時が過ぎ去っていく。僕は時間をつかみとることができないまま、街のなかをさまよいつづけている。君に会えないことはわかっていた。君がいまここにいないことはわかっていた。でも僕は君をさがしている。君と二人で歩いた歩道をふらふらと歩いて行く。気にのケータイはまだつながらないまま。僕はよく君と待ち合わせをしたベンチにたどりつき、そこにすわって君のことをじっと待っている。あのときも今日と同じようにひどく暑い日だった。日が暮れかけたころ、君は僕の前にあらわれて、僕のとなりにすわると、ほっと一息をついたあとタバコに火をつけた。そして、これからどこに行こうか話をはじめた。僕が「何が食べたい」って君にきくと、君は「何でもいいよ」と答えた。でも、たしかあの時は、二人で会う前からどこに行くかは決まっていたはずだった。そして僕たちはささやかなお祝いをした。あの時と同じように僕の前には、ダンボールの中で人が静かに眠っている。僕はあの時に時間を引きもどしたかった。でも、僕には時が過ぎ去っていくのを止めることなんてできない。ましてや、時間をもどすなんてできるはずがない。

 僕はベンチによりかかって空を見上げた。ケンタウルス座のアルファ星がどの星なのか僕にはわからなかった。そもそも僕はその星がいま僕の頭上に輝いているのかさえ分からないんだ。僕は目的もなく空をながめている。そう、僕にはすべてにおいて目的がない。僕は何のためにこんなにも長い間生きてきたのだろう。君に会うためなの。たしかにいまの僕は君に会うために生きている。でも、君に会ったのはごく最近のこと。僕の生きてきた時間のほんの一瞬でしかないんだ。僕は何に向かって歩いているのだろう。たしかにいまの僕は君に向かって歩いている。もし君がいなくなったら、僕はただ行き先も分からず迷走してしまうだろう。僕は君に会うために生きてきたのだろうか。そう、多分そうなんだ。君に会う前から、僕はずっと君に会うために生きてきたんだ。そうなんだ、僕はそのことを君に言いたかったんだ。ずっと前から僕は君にそのことを言いたかった。それなのに僕はずっと、君にそのことを言えずにいた。そしていま、僕は君を失って迷走をつづけている。ねえ、僕は君を失ったの。そうじゃない。まだそうじゃない。僕は君をまだ失っていない。失いかけてはいるけれど、まだ君を失っていない。でも、いま僕は何をすればいいんだろう。何度かけて見てもきみのケータイはつながらないまま。

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