第29話 アシュクロフト家は大騒ぎ
「クリス、頼みがあります」
「はい、母様」
クリスは母であるダイラ・アシュクロフト伯爵夫人に頼まれて、屋敷のあちこちを見て回ることにした。客人をしばらく家に泊めるという形になったからには、その人を泊めるに足るだけのものがあるかを確認して欲しい。それが、母からの依頼だった。客間はあるし、客人を泊めるための設備そのものは沢山ある。けれど大体は一泊二泊をさせるためだったから、もう少し長く逗留してもらう可能性のある彼女の分を十全に用意できるかは一応確認の必要がある。それは、伯爵家の財を示す機会でもあった。
「あ、母様、どのようなものをご用意するつもりです? スライ先輩は元々庶民のお人です、あまり華美なものだと気が休まらないかもしれません」
「エスメラルダと同じ、アルフレッド王子の婚約者になったのにですか?」
「彼女の《癒し》の力を認められてのことなので」
もしかしたら貴族位を授けられるか、そういう家に養子に入るかもしれない。本当にただの平民と結婚したいと思ったとしても、家柄の問題はつきまとうのだ。だが今のところ、彼女はただの平民の……孤児院出身の少女だ。
クリスは母の発注しようとしていたドレスや部屋の内装の一部を、質はいいが見た目は派手でないものへ変えることを提案した。伯爵からの連絡で、なるべく彼女に居心地良く過ごしてほしいと言われていたのを思い出した母はすんなりと注文を変える。
「あの人は、屋敷に相応に留まるのなら過ごしやすくしてほしいと仰ってました。異国から嫁いできたばかりの私に用意してくださったような、温室はさすがに無理ですが……できることはしましょうか」
「大丈夫ですよ、都に咲くような花は大体こちらにも咲きます」
母の母国。あの国は冬でも暖かく、夏は暑く……一番北の端でも雪は降らない。そんな土地とアシュクロフトでは咲く花も違うから、という、父の心遣いだったそうだ。クリスからすると、愛が重いとおもうのだが。
「では、他のところも見てきます」
「お願いします」
厨房には来客の旨が伝わって、献立の変更や仕込みの追加が始まっている。執事長は来客の世話をする侍女を誰にするか、思案の最中。衣裳室は客人にドレスの一枚でも持ち帰ってもらいたいと言って、デザイン案を並べてコンペをしていた。
「急に客人が来ることになっちゃって、大変そうだね」
とクリスが言うと、皆、
「「「せっかくのお客様は、もてなすものでしょう!」」」
と笑顔で返してきた。
騒がしく心地よい喧騒を聞きながら、クリスは予知で流れた血を思う。どうか取り返しのつかないことにならないようにと、それを必死に願った。
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