第28話 その頃、アシュクロフト邸にて

 その頃アシュクロフトの屋敷でクリスは勉強をしていた。年明けに提出する課題で、羊皮紙にレポートを書き上げるものだった。前世に2020年代を生きた日本人の記憶を持つクリスは慣れるまで多少苦戦したが、今となってはスルスルと書き上げることができる。紙も充分普及しているものの、今でも羊皮紙には一定の権威を持たれていた。

(羊皮紙に書くのを慣れるまで、父様にもらった羊皮紙の切れ端で練習させてもらったのはいい思いだよなあ……)

キリのいいところまで書き上げた辺りで、ふと、クリスの視界から書き途中の羊皮紙が消えた。


 ―――父と姉と一緒に屋敷に入ってくる、アンジー・スライ主人公の姿。

 ―――自分達兄妹と過ごしている彼女と、家に遊びに来たライアンの姿。

 ―――4人を囲む、誰とも知れぬ……顔のわからない人々の姿。

 ―――流れて芝生に染み込む真っ赤な血と、《治癒》の光。


「あ」

まずい。大変にまずい。今のは予知のビジョンだ。色鮮やかな、確度の高い予知。

 羊皮紙に書きそうになったのをなんとかこらえて、常に持ち歩いている小さな帳面に今見たものを急いで書きつけた。ビジョンが記憶から少しでも薄れる前に、早く、と急いた気がペンを走らせていく。

「父様……は、まだお城だから、まず、母様に言わないと……」

さすがに雑すぎるメモは母に読めないだろうと、見えた内容をレポートとは別の紙に清書した。人の命に関わりかねないような予知はすぐに伝えて欲しい、と、《力》がわかった時に両親に言われている。

『・父様と姉様が屋敷に戻ってくるとき、アンジー・スライ嬢が家にやってきます

 ・友達のライアンも、屋敷に遊びに来ます

 ・誰か不審者に、自分達が囲まれます

 ・怪我人が出るようですが、《治癒》の光を見たので問題ないと思います』

箇条書きのメモを手に、執事を捕まえて母の居場所を聞く。

「母様! 母様、予知のことでお話が……何ですかこの大騒ぎは」

母の元に駆け込んでみると、彼女は屋敷の使用人達を采配させてあれやこれやと指図をしていた。客間の一つを整理して、誰かを迎える準備をしているようだ。

「ああ、クリス。あの人がね、陛下の頼みでお嬢さんを連れて帰ってくるんですって。うちで守ってやって欲しいって。エスメラルダとあの人と一緒に来るって言うから、三日くらい後だと思うけれど準備をしないと」

「誰が来るんですか……あ、待ってください当てます。アンジー・スライ先輩でしょ?」

頷く母に予知の内容を渡す。母の顔が曇ったのを、クリスは少し申し訳ない目で見ていた。

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