第2話 荷造りと友達
(こうなることはわかっていましたが……これから、どうしましょうか。ああ、まずは里帰りの荷造りをしなくては)
エスメラルダは五歳の頃からわかっていた『終わり』を迎えても、『その後』どうしたいかはまだ未定だった。伯爵は長子として相応しい教育を施してくれたが、だからこそ迷うのだ。高い水準で花開いたそれらは、クリスの未来視とは違う形で彼女に沢山の将来を見せていた。それは、可能性だ。第一王子の妃候補としては《力》が必須だが、他の職業は実はそうでもない。都から離れれば、エスメラルダが習い修めた教育と一般魔法の範囲で、大体のことはやっていけるだろうと言われていた。アシュクロフトの領地であれば、特に。
「アシュクロフトさん、今年も年末はお屋敷に戻られるんです?」
後ろからそう声をかけてきたのは、ルームメイトのガブリエラ・アクランド辺境伯嬢だった。彼女とは互いの領地の近さから家族ぐるみで入学前から交流がある、いわゆる幼馴染に近い。アクランド辺境伯領は王都の学園からかなり距離があるので、彼女が短めの年末年始の休みに地元へ帰ることはなかった。
「……今日はエスメラルダって呼んでほしい、かも」
「まぁ、お珍しい。今夜は星でも降りますかしら」
そう言いながらガブリエラは、手招きをしてエスメラルダを自分のベッドの上に招いた。カーテンの内側には、アクランド領の名産である月光花のいい香りが沁みついている。彼女の淡い緑の目が、いたずらっぽく幼馴染を見た。
「この間こっそり中庭の花を使って作ったポプリがあるから、よかったらもらってくれます?」
「また勝手に摘んだんですか、先生に叱られましてよ…ふふ、でも、ありがとう」
ガブリエラの《力》は植物の育成だが、あまり強いものではなかった。少し、つけた傷の治りが早かったり、芽を出しやすくするだけで、わかりやすい結果が出るものではない。だから学園での評判は、《力》のない(と、いうことになっている)エスメラルダと大差なかった。ガブリエラは卒業したら領に戻り、兄を支えて王都から距離を置くと最初から公言している。
「貴女が王子妃になっていたら、ますます会いづらくなってしまうし、それは寂しいと思ってましたのよね」
「アクランド辺境伯領は王都から遠いですからね。だからこそ、国境付近を任されている貴女の一族は信が厚いという証ですが」
「まあ、やっぱり不便は不便なんですけれどねぇ……」
彼女はエスメラルダの《力》を知らない。何度も秘密を打ち明けるか悩んだが、ガブリエラに恐れられたらと思うと言えなかった。もしかしたら、少しは何かを勘づいてるかもしれない。けれど、少なくとも直接言ってきたことはなかった。大人になっても親同士のように、いい友人でいたい相手だ。
「そうだ。卒業したら、アクランドに戻る途中にうちへ泊まっていってくれませんこと? 卒業したら大人扱いされるようになる頃ですから、子供らしいことをする最後に」
「それ、とっても素敵! 多分お許しは出るでしょうが、手紙で聞いてみますね」
何もかも不透明な『これから』の中、友達と小さな未来の約束をした。エスメラルダは少しだけ、未来が怖くなくなった。
***
「なークリス、今度また遊びに行ってもいい?」
「いいよ、こないだうちのじいやに手紙でライアンの話をしたら話してみたがってたし」
一方その頃。クリスはルームメイトのライアンと雑談をしながら、やはり里帰りの為の簡単な荷物整理をしていた。ライアンは身分こそ男爵と貴族の中では低いが、たまたまルームメイトになった相手であり……前世のクリスにとっては、いわゆる『推しキャラ』だった。
ライアン・アータートン。魔法薬作成の《力》を持った少年で、乙女ゲームの攻略対象の一人。ライアンは男爵の五男で、家を継ぐ可能性は万に一つもないと本人も理解していた。だから半ば就活も兼ねて学園生活を送っており、アンジーとのルートではその辺りの身分差についての話もあった。攻略対象は皆貴族だったので、その中では(比較的)アンジーと身分が近く初期好感度が高い。ライアンとクリスはアンジーの後輩で登場が遅いため、その分の補正の理由付けだった。ちなみに、クリスの場合は「アンジーのことを予知で知っていて好印象だった」という理由になっている。実際に、そういう場面もクリスの未来視で視えていた。
「うちのじいや、魔法薬とかには詳しいんだ。医者みたいなこともしてるし」
「お、それは俺も話してみたいな」
ライアンのような《力》を持った人の作った薬を、魔力ある水や草木で再現したものが世間一般に出回っている魔法薬だった。ライアンが作った魔法薬は、病気の治療や美容、後はちょっと不思議な効果があるだけというものもある。本人が面白がって作った魔法薬はたまに学園で問題を起こし、この間も反省文の提出を求められていた。
「あと俺は一度、俺の作った魔法薬をクリスの姉さんに飲ませてみたい」
「待って何を飲ませる気なの?」
チチ、と視界がぶれて未来の様子が見える。
視界の中の姉がお茶を飲むと、姉の金髪が銀に変わる。ついている色が濃いから、結構近いうちの未来だ。誰かの差し出した鏡を見た姉が驚いた顔をして、そこから綻ぶように笑う―――。
「髪の色が変わる魔法薬ができたんだ。男に飲ませてもつまらないし、髪の長い人の反応が気になるなって」
「……視えた。姉様は多分面白がってくれるだろうけど、お願いだから絶対に俺の目の届かないところでやらないで」
でも、わかっていたとはいえ傷心になっている姉を元気づけるには、いいかもしれない。ライアンは実家が王都から比較的近いから、今年の冬も里帰りをするという。だから冬休み明けね、と約束を取り付けた。学園の中でなら、クリスの目もあるから大丈夫だろう。
「クリスの《力》、すごいよな。視えたものは全部実現するんだっけ?」
「そう。でも前後がわからないから、万能じゃないことも多いよ。後になって、『あー、あの時視えたのはこれか』ってわかることも結構多いし。この間も、ライアンがおふざけで用意した動物言語の魔法薬の騒動、視えてたけど避けられなかったし」
「あ、そうだったの?」
「視えたのは『鏡を見て口を押えて真っ赤になってる自分の顔』だったからな! まさか喋ったら語尾ににゃんがつくようになるなんて誰が思うか!」
俺は楽しかった、と笑うライアンとクリスは、身分差を抜いても悪友というものが近い。ゲームの中でも二人はルームメイトとして仲が良かったが、推しと会えて積極的に離すようになったここでは、ゲームの中以上に仲がいい。
「姉様に魔法薬を飲ませたいなら、絶対に事前に相談して。僕は友達だからいいけど、姉様に変な薬を持ったら多分、母様がびっくりしすぎて倒れる」
「わかった。年が明けたら、約束だからな」
約束、と言うライアンの瞳の奥に、少しだけ寂しさが見えた。ライアンの家庭はあまりいいものではないのを、乙女ゲームをやっていたクリスは知っていた。けれど、『クリス』はライアンの込み入った事情を知らない。だから、友達として接することしかできなかった。
――その時、また視界に砂嵐がよぎる。未来が垣間見える。
『この度はご結婚、おめでとうございます。アルフレッド陛下、アンジーさん』
晴れやかな顔で笑って挨拶をする姉の顔。音はないが、唇を読めば言っていることがわかった。王子の顔も映る。穏やかな顔で、隣にアンジーがいた。結婚式トゥルーエンドスチルの衣装で、二人が寄り添っているのがわかる。
『アシュクロフト嬢、きみも結婚おめでとう』
そうか、姉様も結婚できるのか。誰と結婚するのだろう、と思って目を凝らしてみても、残念ながらクリスに視えたのはそれだけで。姉の結婚相手までは、視えなかった。
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