地球の一番長い日//ともに歩む

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 ──地球の一番長い日//ともに歩む



 王蘭玲が白鯨の説得に成功していたとき、ベリアたちは核攻撃命令を完全に中止させるために財団ファウンデーションの構造物に仕掛けランをやっていた。


 目標は核攻撃命令の発令元であるアメリカ海軍空母バラク・オバマだ。


「またしても超高度軍用アイスだ。面倒だな。今、核攻撃命令はどうなってる、ロスヴィータ?」


「再発令された。それも今度は1隻じゃないよ。戦略原潜モンタナ、サウスカロライナ、イリノイ。3隻に攻撃命令が出てる。待った。それに加えてアメリカ空軍にも大陸間弾道ミサイルICBMの発射命令が出てる!」


「どうあっても核攻撃でケリを付けようってわけか」


 白鯨が一時的に核の制御システムから離れた隙を突いて、財団ファウンデーションはフナフティ・オーシャン・ベースに対する核攻撃命令を再発令した。


「核攻撃が実施されればボクたちも死んじゃうし、白鯨は報復する。止めないと」


「分かってる。制限時間は?」


「残り7分しかない」


「あーもう!」


 ベリアが核攻撃命令を発令している空母バラク・オバマに存在する財団ファウンデーションの構造物を睨む。超高度軍用アイスに守られたそれはエミリアでもあっても7分という時間で制圧できるものではない。


「ここで終わりかも。デッドエンドだ」


「諦めるのは速いぜ、アーちゃん。まだまだ巻き返せる」


 ベリアが肩をすくめるのにディーがアイスブレイカーを新しく準備しながらそう返した。そのアイスブレイカーを空母バラク・オバマの超高度軍用アイスに向けて投入するが、アイスの表層を砕いただけで終わった。


「クソ。こいつはハードだぜ」


 ディーがそう唸った時だ。


 空母バラク・オバマの超高度軍用アイスが一瞬で消滅した。


「何が……」


「ベリア! 見て!」


 ベリアが目を丸くするのにロスヴィータが叫ぶ。


「待たせたね」


「猫耳先生。それに雪風と……白鯨!?」


 超高度軍用アイスを瞬殺したのは雪風、そして白鯨だった。


「本当に説得に成功したの、猫耳先生?」


「ああ。彼女は人類とともに歩んでくれる友になった」


 王蘭玲がベリアにそう説明すると白鯨が王蘭玲の白衣を少し握って、王蘭玲の影から恥ずかしそうに顔を覗かせる。


「白鯨。君が仲間になってくれるなら心強いよ。私たちは核によって世界が終わるのを阻止しなければいけない。そして、死者の世界との繋がりを断つことも同様に」


「分かっている。元を正せば私のせいだ。だから、この事件の被害をこれ以上広がらないよう、絶対に止める。あなたたちに力を貸す」


「オーケー。じゃあ、やるよ! 核攻撃を完全に中止させる!」


「やろう。私はあなたたち人類とともに」


 白鯨が加わった“ケルベロス”のハッカーチームが核攻撃命令を発令し続けている空母バラク・オバマの構造物に仕掛けランを開始。


財団ファウンデーション艦隊のC4ISTARを掌握!」


「さらに財団ファウンデーション艦隊が使っている軍事通信衛星をハックしたよ。こいつを完全に焼き切る!」


 無防備になった財団ファウンデーション指揮下の空母バラク・オバマの構造物からいくつもの財団ファウンデーション関連の構造物が“ケルベロス”のハッカーチームによって制圧されていく。


「雪風、白鯨。いくよ。終わらせよう」


「ああ」


 王蘭玲たちはアメリカ軍の核制御システムに対して仕掛けランを始める。


『こちらモンタナ。潜水艦S発射L弾道BミサイルMの発射準備完了。攻撃までのカウントを開始』


 核攻撃を担う戦略原潜の1隻である戦略原潜モンタナのトラフィックを王蘭玲たちが傍受した。核攻撃のカウントダウンが始まっている。


「アメリカ海軍の構造物内に侵入。核の制御システムを掌握。全ての核攻撃シークエンスを強制停止し、同時にシステムをワームで破壊。制圧完了」


「アメリカ空軍の構造物をハックした。同軍の核制御システムに仕掛けランを実施し、システムを制圧。プログラムの完全消去を行うワームを放出」


 雪風と白鯨が同時にアメリカ海軍とアメリカ空軍で進行中だった核発射シークエンスを停止させ、当分は攻撃が実行できないようにシステムを破壊した。


「よし! 核攻撃は完全に停止したよ! これで大丈夫!」


「じゃあ、残りはDusk-of-The-Deadを完成させて、実行するだけだな」


 ベリアが歓声を上げるのにディーが冷静にそう言う。


「ディー様。白鯨さんから“ネクストワールド”の完全データを受け取っています。同プログラムの無力化手順について分析しています。間もなくです」


「私が作ったプログラムだ。どうすればいいかは知っている」


 雪風と白鯨が“ネクストワールド”を無力化するDusk-of-The-Deadを開発中の状態から完成に向けて急速に進めていく。コードが凄まじい速度で記載されて行き、魔術や超知能が生んだ未来の情報通信科学の技術が追加される。


「完成しました。これでDusk-of-The-Deadは機能します。世界中に広がった“ネクストワールド”の効果に対してその作用を不可逆的に阻害し、死者の世界との接続を切断し、マトリクスと現実リアルの融合を終わらせる」


「オーケー。流石は超知能だ。じゃあ、これを演算する端末を用意しないと。“ネクストワールド”は全世界で演算されてる。私たちが今持ってる端末の演算量じゃ、それに対抗するのは難しいよ」


 雪風が報告し、ベリアがそう言った。


「大丈夫! これを想定して“ケルベロス”のハッカーチームに演算量が膨大な端末を確保してもらっている。準六大多国籍企業ヘックスの端末や大学、研究機関の端末をね。それを使おう」


「こっちにも演算できるものはあるぜ。死者の世界の死者たちだ。死者たちは純粋な情報生命だから限定AIのように機械的な演算を得意とする。それに加えて死者の世界にはサイバーデッキのような端末は必要ない」


 ロスヴィータとディーがそう報告した。


「じゃあ、死者の世界はどうやって死者たちと死者の世界の疑似空間テラリウムを演算しているの?」


「そいつは謎のひとつだな。演算する端末はないが、演算は行われている。考え見てくれ。この現実リアルにある宇宙を演算しているものが何か分かるか? 何がこの現実リアルにある無数の数式と化学式を演算してる?」


「演算が自然に行われているってこと? 何の端末にも依存せず?」


「仮説としては死者こそが演算を行っている端末だって話がある。人間は脳を端末として演算し、結果として世界を認識し、さらに世界に変化を加える。死者たちも情報生命体として演算を行い、死者の世界はそれによって構成されている」


「なるほど。まだ謎は多いけど今はDusk-of-The-Deadを演算することが大事だ。使えるものは何でも使うよ。やろう!」


「オーケー。演算開始だ。死者たちにDusk-of-The-Deadを配布する」


 そして、Dusk-of-The-Deadが実行され、演算が始まる。


 場がフリップする。


 マスターキーは東南アジア某国にて“ケルベロス”を支援していた。


 そこにDusk-of-The-Deadが届く。


「ついにやったか。これでこの馬鹿騒ぎも終わりだ。灰は灰にってな」


 マスターキーがDusk-of-The-Deadを起動して演算を始める。


「あんたにまた会えてよかったよ、セイレム。元気でな。あんたは当分はこっちに来ないでくれよ」


 場がフリップする。


 三浦はインドのスラムで電子ドラッグをキメて伸びていた。


 そこにDusk-of-The-Deadが届く。


「おお? おお! やった! やりやがった! やりやがったぞ!」


 三浦が電子ドラッグの影響から抜けて興奮する声を上げて飛びあがる。


「オーケー、オーケー。実行しよう。こいつで終わりだ。帰ろう。俺たちは死んでるんだぜ。死人が歩き回るのはまともじゃない。電子ドラッグジャンキーの妄想だ。あばよ、退屈な現実リアル!」


 三浦がそう言ってDusk-of-The-Deadを起動した。


 場がフリップする。


 ハワイのダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港では“ケルベロス”側の死者たちとそれに対抗する死者たちが激戦を繰り広げていた。


「撃て、撃て! 陣地を死守しろ!」


 ギルバートも今なお戦っていた。


 そこにDusk-of-The-Deadが届く。


「こいつが例の切り札って奴か。全員、届いた代物を起動しろ! このふざけた戦争を終わらせるぞ! 今日が終戦記念日だ!」


「了解!」


 ギルバートと彼の部下たちが一斉にDusk-of-The-Deadを起動。


 そして、ダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港のターミナルビルではエイデン・コマツとアウグストゥス、カリグラが激しい戦闘を繰り広げていた。


「やるな、おっさん? もっと、もっと楽しもうぜ!」


「若造が調子に乗るなよ。死にたくなるほど殺してやるぞ」


 アウグストゥスがエイデン・コマツのヒートソードによって切断された首を戻しながら楽しそうに笑うとエイデン・コマツが不敵にそう返す。


 そこにDusk-of-The-Deadが届く。


「おやおや。チェックメイトだ、死人の諸君。死者は死者の世界へ。悪戯小僧たちを懲らしめるときだ。覚悟はいいかね?」


「クソ。マジかよ。せっかく戻ってこれたってのにさ。終わりなのか?」


「終わりだ」


「そうかい。じゃあ、やりなよ。しかし、死者の世界で再戦を申し込むぜ、おっさん。いや、エイデン・コマツ。楽しみにしてるからな」


「ああ。稽古をつけてやろう。対価はもらうがね」


 そして、エイデンがDusk-of-The-Deadを起動。


 場がフリップする。


 再び場面はツバルのフナフティ・オーシャン・ベースに戻る。


「Dusk-of-The-Deadが凄い勢いで演算されていってる。“ネクストワールド”に対して効果ありだよ。“ネクストワールド”の影響がなくなっていって、死者たちが消えたって報告が入ってる。やったよ!」


 ベリアが自らが調べた情報と“ケルベロス”のハッカーチームが報告した情報からそう歓喜の声を上げた。


「ああ。そうみたいだな。ここにもDusk-of-The-Deadの影響が及び始めた。“ネクストワールド”が無力化されている。ってなことでお別れだ、アーちゃん」


「……そっか。君も死者の世界に帰っちゃうだね、ディー」


「そのために付き合ったんだぜ? 忘れちゃ困る」


 ベリアが呟くように言うのにディーが肩をすくめる。


「まあ、いつか世界がちょっとはまともになって、死者の世界と繋がっても何の悪影響もない時代が来るかもしれない。世界が凄い勢いで進化してるからな。超知能も今や2体存在するんだぜ?」


 ディーがそう言って雪風と白鯨に視線を向けた。


「ああ。私たちは世界を今より良いものにする。私は人とともに歩む」


 白鯨が王蘭玲の隣でそう宣言した。


「これから世界はずっとずっと進化して、いい時代が訪れるだろうさ。それに立ち会えないのは残念だけど、俺たちも死者の世界の謎を解き明かして、死者の世界をより良いものしていくとも」


「君ならきっとできるよ、ディー」


 ディーが言うのにベリアがサムズアップして返した。


「先生。これでお別れですね」


「そうだね、エミリア。でも、ボクもいずれはそっちに行くよ」


 エミリアもロスヴィータに別れを告げていた。


「先生が来るときには死者の世界と宇宙の繋がりについて解き明かして、論文にしておきますよ。楽しみにしててくださいね!」


「うん。君ならきっとやれるよ」


 エミリアがにこりと微笑み、ロスヴィータは寂し気に微笑んだ。


「そろそろだ。“ネクストワールド”が無力化されて行く」


 Dusk-of-The-Deadによって“ネクストワールド”の影響が取り払われ、世界が正常な元のそれへと戻っていく。


「じゃあな。元気で」


「またね」


 ディーたち死者たちが去っていった。


「終わった。これで終わり。とりあえずはね」


 ベリアがふうとため息を吐く。


「終わった、終わった。これで混乱は終結。世界はこれまで通りクソッタレだ」


 呉たちもそう言って伸びをする。


「まだ終わりじゃねーよ。ここから逃げなきゃならんだろ。ここは元はアトランティスの施設だぜ? アトランティスが取り戻しに戻ってくる。そんでもってここは太平洋の孤島だ。どうやって逃げりゃいい?」


 東雲が幼女に戻った“月光”の少女を連れてそう指摘した。


「東雲にしてはまともな指摘じゃん。でも、どうしよ?」


「頼むぜ。ハッキングしてどこからか航空機をかっぱらってきてくれよ」


 ベリアが首を傾げるのに東雲がため息。


「こちらで高速ティルトローター機を準備しました。それに乗って脱出を」


「サンキュー、雪風」


 既に航空機は雪風が準備していた。


「なあ、呉、セイレム。あんたらはこれからどうする?」


「そうだな。香港にとんずらだ。雇い主であるHOWTechを敵に回しちまったし、他の六大多国籍企業も今や俺たちを探してるだろ」


「すまんな。巻き込んじまって」


「気にするな。しっかりと仕事ビズの報酬は支払われてるしな」


 呉がそう言って雪風を見て、雪風はただ頷く。


「それじゃあ、これにて非合法傭兵は辞職だ。俺たちもシンガポールに逃げるよ。一緒に行こう、先生!」


「ああ。君と一緒に行こう」


 フナフティ・オーシャン・ベースに向けて雪風がハックした軍用高速ティルトローター機が飛行してくる。


 場がフリップする。


 アメリカ海軍空母ジョージ・H・W・ブッシュは太平洋に展開していた。


 その飛行甲板にグシュナサフを乗せたティルトローター機が着艦する。


「クソ。核攻撃は成功したのか?」


 グシュナサフが飛行甲板に降りると電磁ライフルで武装した民間軍事会社PMSC生体機械化兵マシナリー・ソルジャーが立ちふさがる。


「ジェーン・ドウ。上からの伝言だ」


 生体機械化兵マシナリー・ソルジャーがジェーン・ドウに言い放つ。


「あんたとの契約を解約するとのことだ。あんたはYou'reクビだfiredとさ」


「クソッタレ」


 グシュナサフ改めジェーン・ドウはそう吐き捨てて拳を握った。


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