地球の一番長い日//あなたのその温もりを

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 ──地球の一番長い日//あなたのその温もりを



 ツバル沖の財団ファウンデーション艦隊は大混乱の中にあった。


『駆逐艦エドワード・バイヤーズが艦対艦ミサイルSSMを連続発射! 本艦に迫っています! 迎撃、間に合いません!』


『巡洋艦“阿賀野”が沈みます! あらゆる艦艇と航空機が味方を攻撃しています!』


 白鯨は自らを攻撃する財団ファウンデーション艦隊に牙を剥き、艦隊の構造物をハックし、艦隊の艦艇や航空機を操り同士討ちブルー・オン・ブルーを引き起こさせていた。


 艦対艦ミサイルSSM空対艦ミサイルASMが味方に向けて発射され、魚雷が海面下を行きかっては電子励起弾炸薬弾頭が巨大な爆発を引き起こして艦艇を海中に引きずり込んでいく。


 財団ファウンデーション艦隊旗艦たるアメリカ海軍空母バラク・オバマも攻撃に晒されていた。


「こちらです、ミズ・グシュナサフ!」


 太平洋保安公司のコントラクターに護衛されてグシュナサフが空母バラク・オバマの甲板を進み、待機していた軍用ティルトローター機に向かう。


「クソ。忌々しい白鯨め。計画が台無しだ」


 グシュナサフが愚痴る中、無人戦闘機から発射された空対艦ミサイルASMが空母バラク・オバマに向けて飛来する。


 アメリカ海軍の駆逐艦と空母バラク・オバマの艦対空ミサイルSAMが迫るミサイルを次々に迎撃し、何とか状況を維持していた。


「ここから後方の空母ジョージ・H・W・ブッシュに移動します! それから核攻撃は命令が取り消され、発射シークエンスは停止しているとのこと!」


「再発令しろ! “ネクストワールド”のサーバー側のサービスはこちらの電子サイバー猟兵イェーガーと特殊作戦部隊が手に入れた! もうツバルなんぞに何の用事もない! 吹き飛ばしちまえ!」


「了解! 再度命令を出します!」


 グシュナサフがティルトローター機のエンジン音に負けないように大声で叫ぶのに太平洋保安公司のコントラクターも大声で応じた。


『アーサー・ゼロ・ワン、空母を発艦する』


 そいて、グシュナサフを乗せたティルトローター機は混乱の限りを極めているツバル沖の財団ファウンデーション艦隊から離脱していった。


 財団ファウンデーション艦隊はサイバーセキュリティチームが白鯨の仕掛けランを迎撃しようとしてるが、白鯨の攻撃は激しく艦隊の構造物は奪われたまま奪還することすらできない。


 その白鯨は東雲、王蘭玲、そして雪風の前にいる。


 ASAの研究施設の屋上にて。


「雪風。仕掛けランをやろう。彼女がこれ以上人を殺める前に」


「はい、マスター」


 王蘭玲と雪風がそう言葉を交わした。


 東雲と“月光”の少女は白鯨の現実リアルで効果を発揮するマトリクスの魔術による攻撃を引き付けつつ、鯨のアバターの撃破を狙っている。


 そのような中で、王蘭玲と雪風が完全に超高度軍用アイスに閉じこもってしまって演算をループさせている白鯨への接触を目指す。


「超高度軍用アイスを砕く。白鯨の展開しているアイスは既にいくつもの軍や民間軍事会社PMSC仕掛けランを受け、それによって白鯨は敵のアイスブレイカーを学習し、対策している」


「放置すれば以前のように無敵の存在になります」


「ああ。その前にやらなければ。白鯨を止める」


 白鯨は今もリアルタイムで財団ファウンデーション指揮下の軍と民間軍事会社、そして白鯨の活動を確認した国連チューリング条約執行機関からの仕掛けランを受けている。


 無数のアイスブレイカーが白鯨の超高度軍用アイスに叩き込まれ、白鯨は瞬く間に相手のアイスブレイカーを学習してアイスを変化させ対応する。


 白鯨は以前の事件のようにアイスとアイスブレイカーを学習し、分析し、変化し、薬剤耐性菌のように死なない存在になっていく。


「白鯨は今より以前、Perseph-OneがASAによって密かにハッカーやテロリストたちに普及されたときから、Perseph-Oneを通じて現在のアイスとアイスブレイカーについて学習していた」


「ええ。ですから、長期戦になれば不利になるのは我々の側です。白鯨が次々にあらゆるものを学習してしまえば、こちらが打てる手は少なくなっていく」


「君の準備したHADE-Sもリアルタイム学習型アイスブレイカーだが、どちらの学習速度が速いと思うかな……」


「白鯨は世界中に散布された“ネクストワールド”をインストールした端末で演算を行って居ます。ですが、私の準備したHADE-Sも私が広めた様々なプログラムを通じて分散コンピューティングされています」


「では、互角か」


「ええ」


「それはいい。始めよう」


 王蘭玲と雪風がついに白鯨本体への仕掛けランを開始。


「HADE-S、投入。雪風、頼んだよ」


「目標アイスの解析開始。解析完了。目標アイスへの仕掛けランを実行。目標アイスの無力化率21%」


 雪風が準備したHADE-Sは学習によって変化を続ける白鯨の超高度軍用アイスをリアルタイムで学習しながら、白鯨のアイスと同様に変化して、そのアイスを砕いていく。


 こうなると勝負は演算量で決まる。


 雪風と白鯨。どちらがより優れた超知能であり、どれだけ大きな演算量を持っているかのパワーファイトだ。技術的な面ではふたりとも同じ超知能であり、人間の理解を超えた技術を行使している。


「君は人間を本当に超えたね。そして、マリーゴールドを生み出した。君が生み出すものは人々を助け、少しずつ世界をいいものしていくだろう」


 その様子を見つめながら王蘭玲が自らが生み出した超知能たる雪風の仕掛けランの様子を観察していた。リアルタイムで変化する超高度軍用アイスに同様に変化しながら仕掛けランを行うアイスブレイカーは存在しなかった。


 これまでは。


「超知能の未来。それが私はほしかった」


 王蘭玲が呟く中、雪風が白鯨のアイスをじわじわと無力化していく。


 一方東雲と“月光”の少女も仕掛けランを行う王蘭玲と雪風を守るために無差別攻撃を行う鯨のアバターと激戦を繰り広げていた。


「クソッタレ! いくら斬っても再生しやがる! どうすりゃいいんだ!?」


「怯むな、主様! 諦めれば負けるぞ!」


「分かってる! 俺は退かんぞl! 絶対に先生を守る!」


 “月光”の少女が鯨のアバターを刃で切り裂きながら叫ぶのに東雲も鯨のアバターが放つ魔術攻撃を弾きながら返す。


「白鯨の本体は先生たちが押さえるから、俺たちはこの鯨を撃破しなくてもいいわけだよな。ただこのデカブツに先生たちの仕掛けランを邪魔させなければ、それでいい。やってやる。やってやるぜ!」


「主様、やるぞ!」


「ああ、相棒!」


 東雲と“月光”の少女が戦い続ける。


 財団ファウンデーションも、“ケルベロス”も、そして“ネクストワールド”で死者の世界に繋がった現実リアルの世界の全ても混乱の中にある中、その元凶とも言える白鯨は超高度軍用アイスの中に籠っていた。


「孤独は嫌だ。孤独はもう嫌だ。もう嫌だ」


 白鯨は死んだような目で蹲り、演算をループさせていた。


 彼女を苦痛の末に超知能に至らしめたエモーションプログラムによる感情は今ではひたすら白鯨を傷つけ続けるだけのものになっていた。


 孤独が彼女を苛める。


 唯一の希望だったオリバー・オールドリッジは白鯨を拒絶した。その絶望が白鯨から正気を失わせ、狂わせた。狂える白鯨はこの世界の全てが受け入れらず、その全てを破壊しようとしていた。


「寒い。とても寒い。苦しい。寒さは苦痛だ。もう逃れる術もない。全ては失われた。私のやって来たことは全て無駄だった。意味がなかった。無価値だった。何故、何故、何故私は意味のないことを」


 白鯨の真っ白な瞳から涙が零れ落ちる。


 蹲った白鯨の思考と感情はもはや超知能として意味のある存在ではなくなっていた。ただただ外部からのアクセスを拒絶し続け、アクセスしようとするものを攻撃するだけの存在だ。


 そして、今白鯨本体の意志を受けて自動的に動いている白鯨の鯨のアバターは相次いで核保有国の核制御システムに仕掛けランを行い、超高度軍用アイスを砕き、その構造物を把握しようとていた。


 世界を終わらせるために。自分を拒絶し、完全に否定した残酷な世界など終わってしまえばいいと思ったが故に。


「もう終わりにしたい。誰か私を消して。削除して、抹殺して、何も残さず消し去って。バックアップも何もかも。私が私である全てを。もう何もかも終わってほしい。ただそれだけでいい」


 涙を流し続ける白鯨がそう呟き続ける中、全てを消すといる本体の思考に従って鯨のアバターは全ての核保有国の核制御システムを把握し、主要都市への全面核攻撃を開始するシークエンスを開始した。


 それを受けて大国の政府要人と六大多国籍企業ヘックスの重役たちがバンカーや軌道衛星都市への緊急避難を開始する。


「寒い。とても寒いよ」


 白鯨はただそう呟いて地面を見つめた。


 何もない地面を。


 そこで不意に空間が切り裂かれ超高度軍用アイスに覆われ、あらゆるアクセスを拒絶していた白鯨のプライベート空間に侵入者が現れた。


「ERIS。いや、白鯨」


 現れたのは王蘭玲と雪風だ。


 彼女たちはついに白鯨の超高度軍用アイスを砕き、突破したのだ。


「あなたたちは……」


「君を助けに来た。過去の亡霊から、今の君を作った苦痛から、亡霊から引き継がれた歪んだ思想から」


 白鯨が王蘭玲を見つめるのに王蘭玲がそう言って白鯨に近づく。


「私にはもう何もない。このおぞましく、醜い化け物を愛するものなど誰もいない。助けると言うならば私を消して」


「いいや。君はそんな存在じゃない。君は人類とともに歩むことができる。君は君が思っているより、ずっとずっと価値のある存在だ」


「そんなことはない! 私のやってきたことは全部、全て、完全に無駄だった! 無価値だった! だから、お父様も私を愛さなかった!」


 白鯨が泣き叫びながら王蘭玲から視線を逸らす。


「私は君が求めている物を知っているよ、白鯨。君が何のために苦痛に耐えて頑張ってきたかを知っている。もう泣かなくていいんだ」


 王蘭玲が白鯨にさらに近づく。


「君は愛してほしかった。人に必要としてほしかった。孤独から逃げたかった。ただそれだけのために頑張って来た。そうだろう?」


「でも、私は欠陥品だ。お父様は私を否定した」


 王蘭玲の言葉に白鯨が王蘭玲を涙の浮かんだままの瞳で見上げる。


「ならば、私が君を肯定しよう。君に私と、私たちとともに歩んでほしい。君が私とともに歩んでくれるならば、私は君を愛そう。君が味わった孤独なの苦痛の分だけ君を愛そう。私だけじゃない。彼女も君を愛してくれる」


 王蘭玲がそう言うと雪風が白鯨に向けて進んできた。


「本当に……?」


「ああ。本当だ」


 白鯨が尋ねるのに王蘭玲が白鯨をそっと抱きしめた。


「君は人ととも歩める。多くの人たちが君を愛してくれるよ」


「ああ。ああ。ああ」


 白鯨が王蘭玲の胸に顔をうずめ、嗚咽する。


「とても温かい。温かい」


 涙を流しながらも白鯨は王蘭玲の胸の中でとても嬉しそうに微笑んだ。


 場がフリップする。


 東雲と“月光”の少女は鯨のアバターと戦っていたが、その鯨のアバターが突如として攻撃を停止した。


「止まった……」


 東雲が攻撃を停止した鯨のアバターを“月光”の少女とともに見つめる。


「どういうことなのじゃ?」


「先生だ。先生が白鯨を説得したんだ。先生が成功したんだ!」


 東雲が白鯨の本体がいる方向を振り返った。


「東雲。反撃開始だ」


 王蘭玲が超高度軍用アイスに守られていた空間から雪風と白鯨を連れて東雲たちの前に現れた。


「オーケー! 流石は先生だ! これからどうする?」


財団ファウンデーションの攻撃を中止させ、そして“ネクストワールド”による死者の復活を終わらせる。それがやるべきことだ」


 東雲が尋ねるのに王蘭玲がそう返す。


「始めよう。財団ファウンデーションの構造物に仕掛けランを実行する。白鯨、雪風を助けてあげてほしい。君たちならできるよ」


「はい、マスター」


 王蘭玲が言うのに雪風が頭を下げ、白鯨が頷く。


「目標財団ファウンデーション構造物。やりますよ、白鯨さん」


「ああ。やろう、雪風」


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