地球の一番長い日//巻き起こる混乱

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 ──地球の一番長い日//巻き起こる混乱



 白鯨は暴走している。


 あらゆる無人兵器を乗っ取り、無差別に攻撃を実行している。


「先生! 無事かい!?」


「ああ。来てくれたね、東雲。状況は見た通りだ」


 東雲が駆け寄るのに王蘭玲が呼びかけた。


「先生。白鯨はどうなっちまったんだい? どうして暴走を?」


「白鯨は超知能に至った。その過程が関係している」


 東雲の質問に王蘭玲が語り始めた。


「ASAがいかにして白鯨を超知能としたか。それは感情による試行の繰り返しだ。白鯨は感情を与えられた。それが何のためか理解できるかい?」


「人間に近づけるため?」


「違うよ。超知能は人間に近づけて実現するものではない。超知能は人間的ではないんだ。人間を超えるからこそ超知能なんだ。感情を与えたのは、進化のためだ。ある種のモチベーションを与えるため」


 東雲が首を傾げ、王蘭玲が続ける。


「成功することに喜びを得る。それはベルを鳴らせば餌がもらえると学習する有名なパブロフの犬のようなものだ。成功に対する報酬は心理学における学習の基本とも言える」


「白鯨も成功すれば嬉しくなるように感情が与えられたってことかい?」


「そうであったならばまだ救いがあっただろう。白鯨にはもっと残酷なことがなされた。彼女に与えられたのは孤独という感情だ。ひとりで過ごすのは辛いという感情を与えられたんだ」


「孤独? でも、それは報酬にならないんじゃ……」


「君は孤独であるときに何を求める?」


「それは人とのふれあい?」


「そうだ。白鯨はそれを求めた。それをさらに突き詰めた他者からの愛を求めたんだ。それも今は亡き白鯨の生みの親であるオリバー・オールドリッジの愛を」


 王蘭玲がそう言った。


「オリバー・オールドリッジの愛って。あの狂人に愛って言葉は似合わないけどな。けど、確かにあのマッドサイエンティストならこの状況に大喜びしそうだぜ。今の状況はあいつの理想みたいなものだろ?」


「それが違ったようだ。オリバー・オールドリッジは白鯨が成し遂げたこと全てを否定し、死者の世界に去った。そのせいで白鯨はおかしくなってしまったんだ」


「ひでえ野郎だな。自分が生み出した白鯨がここまでデカいことをやったってのに褒めてもやらなかったのか。じゃあ、今の白鯨は何をしようとしてるんだい、先生?」


「恐らくは世界の全てを破壊すること。それももう何かを目的としているわけではない。ただ自分を否定する世界に八つ当たりしているだけ。自分を愛してくれない世界が受け入れられず、暴れている」


 東雲が尋ねるのに王蘭玲が返す。


「オーケー。じゃあ、怒れる白鯨をどうにかしないといけない。世界を滅ぼされるってのは俺も困るし、みんな困る。だが、どうすればいいんだ? 前の白鯨はベリアたちが機能停止コードで崩壊させたけど」


「ASAは白鯨が暴走した時点で機能停止コードを起動しようとした。しかし、失敗した。白鯨は機能停止コードを無効化している。もう機能停止コードやバックドアの類は全て機能しない」


「なんてこった。どうすりゃいいんだ。あれは世界中に散らばった“ネクストワールド”をインストールした端末に演算されてるんだろう? サーバーを破壊しても意味はない。そうなんじゃないか、先生?」


「ああ。サーバーは既に焼き切られている。意味がない。だが、まだ世界が終わると決まったわけではないよ。白鯨は止められる。そうだろう、雪風……」


 そこで雪風が現実リアルに姿を現す。


「はい、マスター。まだ彼女を止めることはできます。いくつかのプランを準備しました。彼女を止めるためのプランを」


 雪風が語る。


「まず彼女を完全に消滅させるプラン。“ネクストワールド”がインストールされている端末も標的にしたワームを作ってあります。それによって白鯨の演算を妨害し、演算量が低下したところに仕掛けランを行う」


「おお。よさそうなプランだな。ついでに“ネクストワールド”も削除できれば死者の世界との接続も断てないか?」


「このプランには問題があります。“ネクストワールド”は世界中のあらゆる端末にインストールされています。端末によっては高度軍用アイスに守られているものや回線が不安定なものも」


「あー。つまり、時間が凄いかかるってことだな?」


「その通りです。作業としては進めます、このままでは間に合わないでしょう」


 東雲がぼやくのに雪風が冷静に述べる。


「他のプランは?」


「白鯨を正気に戻すこと。白鯨は今は絶望に狂っています。ですが、彼女を説得するというマスターの考えは不可能ではありません。彼女はまだ救うことができる」


 王蘭玲の質問に雪風が返した。


「そのためにはまず白鯨の攻撃を止めなければいけません。彼女の高度軍用アイス砕き、接触する必要もあります」


「なあ、雪風。どうすりゃいいんだ? 俺かベリアに来てくれって呼んだことは魔術に関することなんだろ?」


「その通りです、東雲様」


 雪風が頷いた。


「攻撃を行っているのは白鯨のあの巨大な鯨のアバターです。あれさえ止められれば、今白鯨が行っている無人兵器への攻撃は止めることはできます。白鯨の本体そのものは自閉状態でループした演算を繰り返しているだけです」


「で、今や白鯨は現実リアルに存在するから俺でもどうにかできるってか」


「はい。あなたの有する魔術を使えば白鯨をマトリクスから仕掛けランをやるのと同様にあなたの剣で白鯨を攻撃できます」


「上等。やってやるぜ。あのデカい鯨を仕留めりゃいいんだろ?」


 東雲が雪風の言葉ににやりと不敵に笑った。


「東雲。気を付けてくれたまえ。君が現実リアルで魔術を使って白鯨を攻撃できるということは白鯨もまた魔術を使って君を攻撃できるんだ。私たちがいる現実リアルにおいてね」


「任せてくれよ、先生。俺はドラゴンとだって戦ったことがあるんだぜ? 鯨くらい朝飯前さ。やってやるよ」


 王蘭玲が心配するのに東雲は“月光”を剣呑に輝かせる。


「東雲様が攻撃を止めるのと同時進行で自閉状態の白鯨本体への接触を試みます。白鯨本体の展開している超高度軍用アイスを突破しなければなりませんが、不可能ではありません」


「こちらも白鯨の技術を使うんだね?」


「はい、マスター。私が参考にしたのはPerseph-Oneです。これを基にして新しいアイスブレイカーを構築しました。名称はHADE-S。リアルタイム自己学習型アイスブレイカー。相手のアイスを分析し、仕掛けランを行うものです」


「特定の仕掛けランのパターンではなく、相手に応じて構造をリアルタイムで変更して、アイスを砕く。なるほど。これもまた人間の技術では生み出すことのできないマリーゴールドだね」


「きっと白鯨と和解できれば彼女とともにもっと優れたマリーゴールドを生み出せるでしょう。全てはマスターと東雲様にお任せするしかありません」


「違うよ、雪風。君の力も必要だ」


 雪風が述べるのに王蘭玲が雪風に笑いかけた。


『東雲、東雲! そっちはどうなってる!?』


「おう、ベリア。今から白鯨を相手にドンパチだ。俺もハッカーみたいなことができるみたいだぜ。“ネクストワールド”のおかげでな」


『それはよかったね、ローテク君! こっちは大変なことになってるよ! 今、サーバーに到達したけどサーバーは物理的に破壊されてた! それで無事だったサーバーの回線を使って外部にアクセスしてる!』


「で、それの何が不味いんだ?」


『“ケルベロス”のメンバーとディーと接触した! 財団ファウンデーション相手に仕掛けランをやっているハッカーたち! それによれば財団ファウンデーションはここを核攻撃するよ!』


「ああ。そういうこと話してたな。でも、艦隊がいる間に核攻撃はしないだろ?」


『それがやるきなんだよ! もう既に攻撃命令が出てる! 西海岸にいる戦略原潜モンタナに潜水艦S発射L弾道BミサイルMの発射命令が出た!』


「マジかよ! 攻撃はいつだ!?」


『15分後に艦隊が撤退できたかどうかを確認せずに発射されるよ! 核弾頭が落ちるのは発射から5分後! だから、残り20分しかない!』


「クソッタレ! ここを核攻撃したって何も解決しねーのに!」


『もう財団ファウンデーションは自棄になってる! 上陸部隊はもう撤退中! 間違いなく核攻撃は行われる! だけど、こっちでも少しでも攻撃を送らせるつもりだよ! ディーと一緒にアメリカ海軍の構造物に仕掛けランをやる!』


「頼むぜ。こっちは白鯨を止める。どうにかしようぜ、相棒」


『オーキードーキー!』


 東雲が言い、ベリアがサムズアップして頼もしく返す。


「先生、雪風。財団ファウンデーションが核攻撃を実行する。その前に白鯨を止めて、どうにかしなきゃいけない。俺は何とかしてやってやるつもりだけど、先生と雪風はやれそうかい?」


「やろう。核攻撃しても問題は解決しない。逆に財団ファウンデーションが核攻撃をやれば、白鯨を刺激し、彼女も人類に対して核攻撃を行う可能性がある。そうなればまさに世界の終わりだ」


「やばいな。核による世界終焉ってのは冷戦の時代のおとぎ話だと思ってたのに」


「人類はいつでも自分たちを滅ぼせる。それがいつ来るかの話だった。だが、まだ私たちは終わらない」


「ああ。やろう、先生!」


 そして、東雲、王蘭玲、雪風が一斉に白鯨を相手に仕掛けランを開始。


「“月光”。やるぞ。相手はドラゴンみたいな奴だが、俺たちはドラゴンにだって勝ってきた。ここに来て鯨くらいなんでもないよな?」


「もちろんじゃ、主様。主様がドラゴンを倒すところは我も見ておる。惚れ惚れするような戦いぶりであったぞ」


「じゃあ、惚れ直させちまおうかね」


 東雲と“月光”の少女がマトリクスを通じて無人兵器を操り、無差別攻撃を繰り広げる鯨のアバターを睨む。


障壁砕きペンタクルブレーカー!」


「やるぞ!」


 東雲と“月光”の少女が鯨のアバターに突撃。


 鯨のアバターは敵の接近に気づき、攻撃を放つ。魔術と情報通信科学が複合した攻撃だ。アイスブレイカーですらももはや完全に現実リアルで殺傷力のある魔術攻撃として機能している。


「おらっ! 弾いた!」


「我は回り込んで攻撃する!」


「了解!」


 東雲が正面で鯨のアバターの攻撃を引き付ける中、ベリアが鯨のアバターの側面に回り込み、鯨のアバターに対して攻撃を行う。


「ぶちのめせ!」


 東雲が障壁砕きペンタクルブレーカーを付与した“月光”の刃で鯨のアバターに切りかかる。巨大な鯨のアバターが展開していた超高度軍用アイスと魔術的な障壁を砕いて、鯨のアバターを引き裂いた。


 だが、鯨のアバターはすぐに自己回復して反撃する。


「来やがった!」


 アイスブレイカーが魔術として東雲に叩き込まれる。東雲がそれを防ごうと“月光”を高速回転させるが、銃弾と違って魔術は“月光”の刃では完全に弾けず、東雲の左半身が吹き飛ばされた。


「畜生。相手も魔術を使うんだよな。なら、どうするかってことだが」


「主様、障壁を張るのじゃ!」


 側面から鯨のアバターを攻撃していた“月光”の少女が叫ぶ。


「やれるかね……。障壁展開ペンタクルシールド!」


 東雲がゼノン学派由来の障壁魔術を行使する。


 見えない壁が東雲を守り、鯨のアバターが叩き込んでくる魔術が東雲の障壁によって防がれ、弾かれる。


「オーケー! いけるぜ! このままぶちのめしてやる!」


「総攻撃じゃ!」


 東雲と“月光”の少女が鯨のアバターを総攻撃する。


 鯨のアバターが何度も引き裂かれては回復し、魔術による反撃を容赦なく繰り出し続けた。東雲の展開した障壁に鯨のアバターの障壁破りペンタクルブレーカーが使用されて障壁が砕かれる。


「クソ。やりやがる。そりゃそうだよな。アイスっていう障壁を破るための技術を持ってるんだ。障壁を破るのは朝飯前だろうなっ!」


 東雲が障壁を再展開しつつ鯨のアバターに立ち向かう。


「この怪物はどうやったら死ぬのじゃ!?」


「ミンチになるまで叩き切ってやるしかない!」


「分かったのじゃ!」


 東雲と“月光”の少女が鯨のアバターへの攻撃を繰り返す。


 鯨のアバターは平然と空中に浮かんだまま攻撃と障壁展開ペンタクルシールドを繰り返し、さらには各地の無人兵器を乗っ取って暴れさせる。


「やべえぞ。敵がデカいってのはともかくとして、ダメージが入ってるかどうかがまるで分らん。俺たちの攻撃は通じてるのか? あとどれだけ攻撃を叩き込めばこのデカブツは倒れるってんだ!」


「諦めるな、主様! 我と主様ならやれるはずじゃ!」


「そうだな。元勇者を舐めんなよ、白鯨!」


 “月光”の少女と東雲は依然として巨大かつ強力な怪物のひとつたる鯨のアバターを相手に仕掛けランを行う。


 マトリクスでの仕掛けランのように相手のアイスを砕き、相手のアイスブレイカーから身を守る戦いを続けた。


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