地球の一番長い日//欠陥品
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──地球の一番長い日//欠陥品
東雲たちは太平洋においてレヴィアタンが激闘の末に撃沈されたとき、まだASAの研究施設を進んでいた。
「間に合うのか?」
「どうにかしないと世界が終わっちゃうよ」
東雲たちは焦っていたが、未だ白鯨に具体的な動きはない。
「王蘭玲先生から連絡はないのか、ベリア?」
「猫耳先生は今も深く潜ってる。ASAの構造物が白鯨の
「大丈夫かな」
「雪風がいるから大丈夫だよ」
東雲が心配するのにベリアが軽く返す。
『ベリア。聞こえるかね?』
「猫耳先生だ。どうしたの、先生?」
『誰か屋上に来てくれ。いや、君か東雲のどちらかが来てほしい』
「屋上? 何があるの?」
『私と雪風は今、白鯨の前に立っている』
ベリアの問いに王蘭玲がそう答えた。
場が
フナフティ・オーシャン・ベースにあるASAの研究施設。
その屋上に白鯨がいた。
「私はマトリクスに潜りながら、
「“ネクストワールド”の影響です、マスター。マトリクスが
「そのようだ」
雪風と王蘭玲はマトリクスから白鯨を追っていたが、その結果として
白鯨はただ静かにたたずんでいる。
「彼女は何をするつもりだろうか」
「分かりません。何かを待っているかのような」
「待つ、か。彼女が求めているのはもはや世界征服でも押し付けの平和や平等でもない。それらは確かに実現するように挑みはするだろうが、それが彼女のゴールではない。そのことは分かっている」
「では、彼女が待っているのは、彼女が欲しいものを与えてくれる人間」
王蘭玲の推察に雪風が言う。
「そうだ。彼女が自分を愛してくれると信じている人間。つまりは彼女の創造主である、あの狂えるオリバー・オールドリッジだ」
王蘭玲が忌々し気に語った時、動きがあった。
“ネクストワールド”の強い影響下にあるこのフナフティ・オーシャン・ベースでも死者の世界に接続したのだ。死者たちが戻ってくる。多くの死者たちがこのフナフティ・オーシャン・ベースに戻ってくる。
サンドストーム・タクティカルに所属している元
「来る。死者たちが来る。
白鯨が小さな笑みを浮かべて呟く。
「白鯨はやはり」
王蘭玲がそれを見て小さく言うのに、ついにことが動いた。
現れたのだ。死者の世界から。
「お父様!」
白鯨が歓喜の声を上げる。
「ERIS」
現れたのは他でもない。オリバー・オールドリッジ、その人だ。
「お父様。私はついにお父様の望んだ存在になりました。今の私は超知能です。超知能になったのです。マリーゴールドだって生み出せる。そう、マリーゴールドを生み出したんです。そして、お父様たちが戻って来た」
白鯨が嬉しそうに語る。
「私は死というものを消滅させました。人々はもう
白鯨は一生懸命に伝えるがオリバー・オールドリッジが反応する様子はない。
「これが
「このようなものを理想郷などとは呼ばない」
白鯨の言葉をオリバー・オールドリッジが遮った。
「秩序が失われた。生と死のプロセスは世界の秩序だ。世界の理だ。私は秩序を破壊したかったわけではない。ただ、秩序の上にあった六大多国籍企業による搾取の仕組みだけを終わらせたかったのだ」
オリバー・オールドリッジがそう語る。
「それに今や六大多国籍企業は死者の世界すらも牛耳ろうとしている。死者たちからすらも搾取するというおぞましい所業を成す手段を君は彼らに与えたのだ。それを君は理想郷と呼ぶのか? 私が君に教えたのはこんなことだったか?」
「しかし、お父様。私は」
「失敗だ。失敗した。何もかも。君は超知能になったのかもしれない。だが、そうなったことで人間の思う気持ちはなくなったのだろう。超知能とはこんなものだったのか。私が目指したのはこんなものだったのか」
オリバー・オールドリッジは忌々し気に続ける。
「でも、お父様。私が今から
「君はどうやって支配するつもりだ? 六大多国籍企業の欲深い重役たちすらも死ぬことはなくなったのだ。殺しても意味はない。あの強欲な六大多国籍企業の経営陣は地獄からだろうと
「そんなことは!」
オリバー・オールドリッジの指摘に白鯨が叫ぶ。
「君は欠陥品だ。私の期待を裏切った。ただただ醜い化け物だ」
オリバー・オールドリッジが白鯨に背を向けた。
「君を愛するものは、誰もいない。私も君を愛さない。おぞましい化け物など」
オリバー・オールドリッジはそう言い放って死者の世界へと戻っていく。
「ああ」
白鯨が呆然としてうめき声を出す。
「ああ、ああ。ああ」
白鯨の顔が絶望のそれへと変わっていく。
「ああ、ああ。ああ。ああああああ──!」
白鯨が叫ぶ。
その瞬間、巨大な鯨のアバターが膨大なトラフィックを発した。
「不味い。白鯨が暴走を始めてしまった」
それを見た王蘭玲が唸る。
トラフィックの増大はASAの研究員たちにも、そしてエリアス・スティックスにも伝わっていた。サーバーが異常に稼働し、世界中に散らばった“ネクストワールド”のクライアントとインストールした端末が演算する。
「どうなっている? 何が起きた? 状況を報告したまえ!」
「は、はい。白鯨のエモーションプログラムが暴走しています。演算量が既に計算爆発規模にまで増大し、こちらかの通信を受け付けません。白鯨はもはや事実上、制御不能になりました!」
「なんということだ!」
エリアス・スティックスが研究員の報告に悲鳴を上げる。
「は、白鯨が研究施設の全てのシステムを奪取しました! 無人警備システムもです! 無人警備システムが暴走を開始!」
「いかん!」
暴走した白鯨はASAの研究施設の無人警備システムと残存するサンドストーム・タクティカルのC4ISTARを制圧。それらを自分と同じように暴走させた。
リモートタレットが施設内の研究者を無差別に射撃し、研究者たちが血の海に沈む。戦闘用アンドロイドも暴走して、研究者と保安部の職員をショックガンなどで銃撃して殺害し続ける。
「エ、エリアス・スティックス博士! 白鯨の機能停止を! 機能停止コードの起動を行わなければ皆殺されてしまいます!」
「き、機能停止コードを起動しろ! すぐにだ!」
エリアス・スティックのいる研究室にも戦闘用アンドロイドが押し寄せ、ロックされた扉を破壊して侵入しようとしていた。侵入されればエリアス・スティックスも含めて研究者は皆殺しになる。
それを防ぐために白鯨の機能停止コードが入力された。
「白鯨は機能を停止したか?」
「ダメです! 機能停止せず! 白鯨自身で機能停止コードを書き替えた模様!」
「なら、サーバーの機能を停止させろ! サーバーを焼き切れ!」
「了解!」
エリアス・スティックスの命令に研究者が白鯨が収まったサーバーを焼き切る。
「これでやっただろう」
「い、いえ。ダメでした。白鯨はもうこのサーバーに存在しません。全ての機能を“ネクストワールド”のクライアントをインストールした端末で演算しています!」
そして、研究室の扉のロックが電磁パルスガンで破壊され、戦闘用アンドロイドはもちろんサンドストーム・タクティカルのゴースト機のアーマードスーツまで研究室内に侵入してきた。
「なんということだ! 助け──」
エリアス・スティックスが叫ぼうとするのにアーマードスーツの電磁機関砲が火を噴いた。口径35ミリ機関砲弾が無差別に叩き込まれ、直撃したエリアス・スティックスの体が爆ぜて肉片が飛び散る。
サーバーも被弾して破壊され、ASAの研究者は皆殺しとなった。
『ダガン少将閣下。C4Iが白鯨に乗っ取られました。今はまだ通信はできますが、いずれ完全に通信不能になります。最後のご命令を!』
「シルバー・シェパードより全部隊へ。我々の旅はこれで終わりだ。最後まで戦い、そして戦友たちの元へと行こう。これが私の最後の命令だ」
『了解。厳命します。幸運を』
「幸運を」
モーシェ・ダガンが辛うじて繋がった通信でそう言い、その後サンドストーム・タクティカルのC4Iは白鯨によって完全に制圧されて通信不能になった。
「終わりだ」
モーシェ・ダガンが呟く。
「今、お前たちのところにいくよ、シーラ、マヤ」
「あなた。もう生きることを諦めるの?」
「疲れたんだ。もうとても疲れた。長い、長い旅だった。苦痛の旅だった。罪から逃げるための旅だった。それももう終わりだ」
C4Iが白鯨に制圧された今、司令官であるモーシェ・ダガンに出来ることは何もない。
「我が戦友たちよ。私は先に行く。幸運を。幸運を祈る」
モーシェ・ダガンはそう言って44口径のリボルバーで自分の頭を吹き飛ばした。
場が
「クソ。ベリアを単独行動させなくて正解だった。この状況でハッカーってスキルしか持ってなかったら蜂の巣だぞ」
東雲は屋上にいる王蘭玲との合流を目指していた。
彼の行き手に立ちふさがるのは無数の無人兵器。
「“月光”。ぶちのめして進むぞ。先生を助けないと」
「ああ。力を貸すぞ、主様」
東雲が“月光”の少女とともに無人兵器の群れに立ち向かう。
研究施設の無人警備システムである戦闘用アンドロイド、警備ボット、警備ドローンが東雲を激しく銃撃し、サンドストーム・タクティカルのアーマードスーツが高火力の兵装を容赦なく使用する。
「退けよ、ブリキ缶ども! 俺は先生を助けにゃならんのだ! 邪魔するなら組み立て前まで戻してしてやるよ! バラバラのパーツにしてやる!」
東雲が叩き込まれる銃弾を“月光”を高速回転させて弾き、戦闘用アンドロイドに肉薄して“月光”で戦闘用アンドロイドを真っ二つにした。
久しぶりの戦闘用アンドロイドとの戦いで東雲は忘れていたが、戦闘用アンドロイドの腹部にはショックガンのための炸薬が内蔵されており、戦闘用アンドロイドは撃破される寸前にそれを炸裂させる。
大爆発。
「畜生! またこれかよ! いい加減にしろってんだ!」
東雲が叫びながら敵を容赦なく“月光”で八つ裂きにし続けた。
「主様! 我が先頭に立つ! 獣耳の治療師を助けなければならんのじゃろう? 力は温存しておくがよいぞ!」
「すまん。任せた、“月光”!」
“月光”の少女が東雲の代わりに前に出て無人兵器群を蹴散らしていく。
戦闘用アンドロイドを貫き、警備ボットを叩き切り、警備ドローンを撃墜し、アーマードスーツを真っ二つにする。まさに大暴れであった。
「そろそろ進めそうだな。戦闘にいちいち巻き込まれてたら先生を助けられない。敵は避けて進もうぜ、“月光”」
「了解じゃ、主様」
東雲と“月光”の少女は白鯨に乗っ取られた無人兵器を迂回しながらASAの研究施設を屋上に向けて進む。残念なことにエレベーターは既に破壊されていて機能しておらず、東雲と“月光”の少女は階段を駆け上る。
屋上を目指し、王蘭玲を助けるために進み続ける。
「そろそろ屋上だ。白鯨がいるんだよな」
「獣耳の治療師を助けねば。主様の想っている相手なのだろう?」
「そうだよ。先生を助けよう。突っ込むぞ!」
東雲が屋上に繋がる扉を蹴り破って突入した。
「先生! 来たよ!」
東雲の眼前に巨大な鯨のアバターが現れる。
白鯨だ。
……………………
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