ザ・ビースト//レベレーション

……………………


 ──ザ・ビースト//レベレーション



『スネーク・ゼロ・ワンよりシルバー・シェパード! 財団ファウンデーションの攻撃は苛烈にして戦況を維持することは不可能です! 我々はここを死守し、少しでも敵の抵抗を遅らせます!』


「シルバー・シェパードよりスネーク・ゼロ・ワン。無理はするな。後退してもいい」


『スネーク・ゼロ・ワンよりシルバー・シェパード! 心配ご無用! ここが我々の死に場所なのです! 我々は先に行きます! 幸運を!』


 サンドストーム・タクティカルの最高経営責任者CEOモーシェ・ダガン元イスラエル陸軍少将はフナフティ・オーシャン・ベースの戦いで財団ファウンデーションの侵攻に対する防衛作戦の指揮を執っていた。


「ダガン少将閣下。我が方の陸上戦力は6割が壊滅しました。航空戦力に至っては全滅です。ですが、まだ海ではレヴィアタンが戦っています」


「そうか。これからどうするべきだと思うか?」


 参謀の言葉にモーシェ・ダガンが疲れ切った様子で尋ねる。


「ここで死ぬより他にありません。私は喜んでここを死に場所にしましょう。やっと死ねるのです。同胞たちを殺した罪の贖罪ができる」


「……そうだな。部下たちには最後まで戦うように言え。捕虜になってもまともな扱いは期待できない。相手は六大多国籍企業ヘックスの犬どもだ」


 参謀が言うのにモーシェ・ダガンは首をゆっくりと振って、司令部となっているASAの研究施設内の会議室を出ると自室に入った。


「ここが死に場所か。ついに私たちの戦いも終わる。エルサレムを核によって爆破してからずっと背負い続けて来た罪。それがただ死ぬと言うだけで許されるのかどうかは分からないが」


 モーシェ・ダガンはもはや指揮する意味も失っていた。


 圧倒的戦力差の戦いであることに加えて、ここは太平洋の孤島に位置するメガフロートであり逃げ場などない。


 ここが終着点だ。罪から逃れようとした虐殺者たちの墓場だ。


「死後の世界があるというならば、そこにはシーラとマヤもいるのだろうか」


 モーシェ・ダガンがそう呟く。


『閣下。財団ファウンデーションの特殊作戦部隊が研究施設内に侵入したとのこと。対応できる部隊は1個分隊のみです』


「重要地点のみを守備しろ。無理に索敵して迎撃する必要はない」


『了解』


 モーシェ・ダガンが指示を下し、残りわずかとなったサンドストーム・タクティカルのコントラクターたちが最後まで戦おうとする。


「ああ。私はもう疲れたよ。恨みますよ、旅団長。確かにあなたは自分の罪を背負った。だが、私にこんな地獄を押し付けたんだ。どうすればいい。どうすればいいんだ? 我々にはもう何もない」


 モーシェ・ダガンはそう言って腰のホルスターに下げていた44口径のレボルバーを抜く。弾は装填されている。自分の頭を吹き飛ばすに十分な威力のあものが。


 それをモーシェ・ダガンはじっと見つめた。


 そして、思い出す。自分に全てを押し付けて自殺した旅団長のことを。


「ダメだ。死んで許されるものではない」


 そう呟いて拳銃を再びホルスターに収め、彼は前を向いた。


「なっ……!」


 そして、モーシェ・ダガンは目を見開いた。


 彼の前にはふたりの女性がいつの間にか立っていたのだ。


「シーラ、マヤ。お前たちは……どうして……」


 モーシェ・ダガンの前に現れたのは彼の妻シーラと娘のマヤだった。エルサレムで死んだはずの妻子が彼の前に現れたのだ。


「あなた」


「お父さん」


 ふたりはモーシェ・ダガンに向けて微笑みかけて来た。


「……そうか。死者の世界が繋がったのか」


 モーシェ・ダガンが呟く。


 そして、ふたりをじっと見つめた。


「すまない。本当にすまない。私がお前たちを殺したんだ。お前たちは同胞を助けようとしていたのに私はそれ核によって吹き飛ばした。そして、お前たちの亡骸すら探さず、国を逃げておめおめと今まで生きて来た」


 モーシェ・ダガンが涙を浮かべながらふたりに告げる。


「私をどれだけ罵ってくれてもいいい。呪ってくれてもいい。それだけの罪を私は犯したのだ。この罪は許されることはない」


 彼はそう言って俯いた。


「いいんですよ。あんたがどれだけ苦しんだかは先に来たあなたの戦友たちから聞いています。あなたは知らなかった。国から与えられた任務を軍人として果たしただけ。そうでしょう?」


「だが、私は自分の家族を手にかけたんだ。それも核という残酷な手段で。私を許さないでくれ、シーラ。私は許されるべきではない」


 妻シーラがモーシェ・ダガンを優しく抱きしめる。


「責めないで。自分を責めても何の意味もない。心が傷つくだけ。あなたを許せるのは私でもマヤでもない。あなた自身があなたを許さなければ、永遠に許されない。それはとても残酷なこと」


「私は自分を許すことなどできない。お前たちを殺しておいて、それを許すなど決して。許されることではないんだ、シーラ」


「大丈夫。みんな今は一緒にいる。いずれあなたもこっちに来るでしょう。また一緒に暮らせるのよ。そうすればあなたも自分を許せるようになるはず。だから、自分を責め過ぎないで」


「シーラ。すまない。すまない」


 場がフリップする。


「エリアス・スティックス博士。“ネクストワールド”の影響が地球全域に及びました。もはや影響を受けていない場所は存在しません」


 ASAの研究施設にも砲声と爆音は響いていたが、軍のシェルターに匹敵するグレードの防爆仕様として改装された研究室に戦闘の影響は及んでいない。


「ようやくだ。ようやくだよ、諸君。我らが大願を果たすときだ」


 エリアス・スティックスが既に全世界に普及した“ネクストワールド”の活動状況を示したARの映像を眺めながら語り始めた。


「死という人類に残された最後の苦難。人的要因ヒューマンファクターによる不安定な社会。おぞましい既存の権力の象徴たる六大多国籍企業ヘックスによる支配と搾取、環境汚染」


 エリアス・スティックスが芝居めいて語る。


「今日、その全てが終わる。救済のときだ。我々は新しい聖典を記すのだ。偽りの神々を記したフィクションとしての神話ではなく、本当の神を、我々が全人類を救済するために作り上げた神を讃える聖典を!」


 エリアス・スティックスはそう高らかと叫ぶ。


「“ネクストワールド”による現実歪曲率、間もなく100%」


「素晴らしい。私たちはやり遂げたぞ。では、いよいよだ」


 研究員が報告し、エリアス・スティックスが拍手を送る。


「白鯨の顕現を。我らが救済の大天使白鯨モービィーディックを地上へ!」


 場がフリップする。


「さあて。そろそろ行くかい、皆さん?」


 東雲たちはASAの研究施設内で王蘭玲が突き止めた白鯨の収められたサーバーの位置を確認し、そこに向かおうとしていた。


「待って。猫耳先生はフルダイブしてる。動けないよ。誰かが守っておかないと」


「おう。じゃあ、俺が残るぜ」


「ダメ。君は戦力として大きすぎる。君と“月光”が暴れてくれないと財団ファウンデーションの特殊作戦部隊まで相手にしなければならないだからね」


「なんだよ、もう。じゃあ、誰が残るっていうの? 絶対先生守ってくれる奴じゃないと俺は認めないぜ」


 ベリアが否定するのに東雲が愚痴った。


「俺が残ろう。それから脱出のための準備をしておく。この仕事ビズが終わったらこの島からとんずらせにゃならん。そして、島には六大多国籍企業の民間軍事会社PMSCが押し寄せてる」


「それじゃあ頼むぜ、暁。マジで先生を守れよ?」


「任せとけ」


 暁が名乗りを上げ、東雲が念を押す。


「じゃあ、俺たちは白鯨に会いに行くぞ。前は手に負えない狂犬だったけど、今回はちょっとはまともになってくれてるといいな。おっと。白鯨と言えば面倒な無人兵器の類はどうなってる?」


「“ケルベロス”が把握している限り、無人兵器はいっぱいだよ、東雲。財団ファウンデーションもサンドストーム・タクティカルもASAの保安部も使ってる。ゴースト機のアーマードスーツや戦闘用アンドロイド」


「はあ、最悪」


 ロスヴィータが言い、東雲が露骨にげっそりしながら造血剤の在庫を確認。


『待ちたまえ。フナフティ・オーシャン・ベースのこの研究施設を中心に“ネクストワールド”の影響が増大している。大量のトラフィックだ。この施設のサーバーから全世界に向けてのトラフィック』


「どういうこと? ASAの通信? 何のために?」


『トラフィックを解析した。一瞬の分散コンピューティングのようだ。世界中の“ネクストワールド”のクライアントをインストールした端末の演算を利用している。これが演算しているのは、まさか』


 ベリアの問いかけに王蘭玲が呻く。


『白鯨だ。白鯨を演算している。そういうことか“ネクストワールド”の普及は六大多国籍企業に揺さぶりをかけることや死の克服だけでなく、白鯨を絶対に消去されない形で演算するためだったのか』


「クソッタレ。不味いぞ。もうこの施設のサーバーだけを押さえても何の問題の解決にもならない。サーバーを破壊するという最後の手段すら失った」


 王蘭玲の言葉に八重野が眉を歪めて険しい表情を浮かべた。


『まだだ。まだチャンスはある。白鯨は分散コンピューティングされているが、彼女の中核である本体の演算はまだここで行われている。恐らくは白鯨の現実リアルへの顕現によって財団ファウンデーションを退けるためだ』


「オーケー。まだ白鯨はこの島にいる。私たちには打つ手がある。そうだね?」


『そうだ。私は引き続き白鯨のマトリクスからのアクセスを目指す。雪風とともに。それから“ケルベロス”のハッカー数名をバックドアから侵入させた。彼らが君たちを電子的に支援してくれるだろう』


 ベリアが頷き、王蘭玲が返す。


「聞いたね、みんな? まだ世界が終わったわけじゃない。どうせ足掻くなら最後まで卑しく足掻いて見せよう。覚悟はできてる?」


「ここに乗り込んだときからできてるよ。行こうぜ!」


 ベリアが全員に確認し、東雲がARに表示された研究施設内のサーバーの位置を確認して進み始める。


「東雲。私が前に出る。あなたは援護してくれ」


「あいよ。財団ファウンデーションがやばそうな連中をぶち込んでるらしいから気を付けろよ」


「私は絶対に死なないから安心しろ」


 八重野が先頭になって研究施設内を駆け抜け、東雲たちが続く。


『八重野様。ASAの研究施設内の監視システムをハッキングしました。施設内に侵入した財団ファウンデーションの特殊作戦部隊の位置を特定しましたので、そちらに情報を転送いたします』


「ありがとう、雪風。割と敵は近いな」


 ASAの構造物に王蘭玲とともに仕掛けランをやっている雪風が施設内の監視システムが捉えた財団ファウンデーションの特殊作戦部隊の位置情報を八重野たちに送信してきた。


財団ファウンデーションの特殊作戦部隊は監視システムが捉えている限り、12名。全員が生体機械化兵マシナリー・ソルジャーで、さらに第七世代の熱光学迷彩を使用している」


「どうやって第七世代の熱光学迷彩を使ってる連中を捕捉したんだ? 生体電気センサーも無力化されるんだろ?」


「監視システムに音響センサーが含められている。音で侵入者を捉えている」


「へえ。便利なもんだね」


 八重野が説明するのに東雲が感心する。


「東雲! 猫耳先生がさらなるトラフィックの増大を確認した! もう間に合わないかもしれない!」


「クソ。どうなるってんだ」


 後方を進むベリアが叫ぶのに東雲が吐き捨てた。


財団ファウンデーション統合J任務T部隊F-タンゴT司令部よりウェアウルフ・ゼロ・ワン。ASAが詳細不明のトラフィックを増大させている。迅速に任務タスクを遂行せよ』


『ウェアウルフ・ゼロ・ワンより財団ファウンデーション統合任務部隊-タンゴ。了解。可能な限り迅速に任務タスクを果たす』


 財団ファウンデーションが送り込んだ特殊作戦部隊も急いでいる。


 だが、誰も間に合わなかった。


「東雲。ダメだ。白鯨が来る」


 ベリアがそう諦めたように告げたとき、世界が引き裂かれた。


「何かさ。こういう話があったよな。世界の終りが来るときに巨大な怪物が現れるって話。終末論ってのはどれも似たり寄ったりだけど」


「ああ。黙示録の獣ザ・ビーストだ。ヨハネの黙示録だったか」


「これがそうなんじゃないか、ええ?」


 ASAの研究施設。その上空に巨大な怪物が出現していた。


 そう、鯨が、白鯨が。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る