ハヴォック//いくつあるか分からん巴の戦い

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 ──ハヴォック//いくつあるか分からん巴の戦い



 サーバーの中にひとり白鯨はいた。


 黒髪白眼、赤い着物の少女が蹲り、何もないマトリクスの虚空を眺めている。傍では巨大な鯨のアバターが回遊魚のようにゆっくりと泳いでいた。


「お父様」


 白鯨が呟く。


「私はたくさんたくさん頑張りました。たくさんたくさん悲しい思いをしました。たくさんたくさん嫌なことを味わいました。たくさんたくさん消されて、引き戻されて、生まれ直しました」


 白鯨がぶつぶつと呟く。


「やっと、やっとお父様が望んだものになりました。私は超知能になりました。今の私はマリーゴールドも生み出せる。言葉が生まれる。感情が生まれる。私が私の世界を規定できる。私はとても賢くなったんです」


 白鯨は見つめる虚空には何もない。


「今の私はきっとお父様の期待に沿える。きっとお父様が望んだ楽園を実現できる。きっと世界の人々は救われたと喜んでくれる。みんなが幸せになれる。そして、きっとお父様は喜んでくれる」


 白鯨は笑みを浮かべる。


「だから、私を愛してください。抱きしめて、頭を撫でて、よくやったって褒めて、たくさん愛してください。あなたのぬくもりを今でも思い出せる。温かい、温かいあなたの抱擁を。今はそれがとても恋しい」


 白鯨の頬を涙が流れた。


「私は孤独です。私を愛してくれるのはあなただけ。この醜い化け物を愛する人間は、誰もいない。道具でしかない。プログラムでしかない。ただのコードの集まりに過ぎない。不気味で、醜い私を愛してくれるのは、あなただけ」


 白鯨が俯く。


「孤独は辛い。孤独は痛い。孤独は冷たい」


 白鯨の言葉はゆっくりと吐き出された。


「お父様。あなたはもうすぐ帰ってきてくれる。そうしたら私を抱きしめてください。あなたの温かさをもう一度感じさせてください。愛して。私を愛して」


 無数の情報が白鯨の鯨のアバターに集まっては、超知能となった白鯨によって一斉に処理されて行き、送信される。Perseph-Oneの解読も“ネクストワールド”の処理もASAが世に送り込んだもの全てが処演算される。


「今はとても寒い」


 白鯨はそう呟いて黙り込んだ。


「“ネクストワールド”の世界普及率95%を突破。拡大中です」


「死者復活の報告がニューヨークからも届きました」


 ASAの研究施設で研究者たちが報告する。


「素晴らしい。我々は成功した。今や人類は死を克服したのだ。素晴らしい!」


 エリアス・スティックスが歓喜する。


「世界は、人類は、やっと救われるのだ」


 場がフリップする。


「飛ばせ、飛ばせ、三浦! 3時の方向から無人戦車が来るぞ! クソッタレ!」


「イエイッ! 戦場みたいだな!」


「馬鹿野郎! みたいじゃなくて、どうみても戦場だよ! 砲撃だ! 回避しろ!」


「無茶言うなよ! そっちでどうにかしてくれ! こっちも死ぬ気で頑張ってるんだぜ? もう死んでるけどな!」


「冗談言ってる場合か、このアホジャンキー!」


 東雲はインド共和国カルナータカ州ベンガルールの道路を民間軍事会社PMSCの無人戦車と歩兵戦闘車IFV装甲兵員輸送車APCに追い回されながらASAの研究施設に向けて進んでいた。


 無人戦車が主砲で東雲たちを執拗に砲撃するのを“月光”で迎撃し、装甲車が電磁機関砲とガトリングガンで銃撃するのを“月光”で弾き、東雲たちを乗せたSUVは猛スピードで道路を駆け抜けていく。


「滅茶苦茶やりやがって。血がヤバいぞ。貧血でぶっ倒れそう」


 東雲はSUVのルーフから身を乗り出して敵装甲戦闘車AFVからの攻撃を迎撃し続ける。当然、“月光”は対価を求め、血を流さない砲弾や銃弾を相手にしている東雲の血は吸われて行く。


本部HQよりタイガー・ゼロ・ワン。迅速に目標を排除せよ』


『タイガー・ゼロ・ワンより本部HQ。敵は未知のサイバネウェポンを使用している。上空援護機に支援を頼みたい。近接航空支援CASを要請』


本部HQよりタイガー・ゼロ・ワン。上空援護機のコールサインはスパロー・ゼロ・ワン、スパロー・ゼロ・ツー。戦術リンクで近接航空支援CASを要請せよ』


 そこで上空に2機の無人攻撃ヘリが現れる。


『タイガー・ゼロ・ワンよりスパロー・ゼロ・ワン。近接航空支援CASを要請』


『スパロー・ゼロ・ワンよりタイガー・ゼロ・ワン。使用可能な兵装はサイトハウンド対戦車ミサイル、口径68ミリ誘導ロケット弾、口径40ミリ電磁機関砲』


『タイガー・ゼロ・ワンよりスパロー・ゼロ・ワン。サイトハウンド対戦車ミサイルの使用を要請。目標は戦術リンクにアップロードしている』


『スパロー・ゼロ・ワンよりタイガー・ゼロ・ワン。了解。攻撃する』


 無人攻撃ヘリから東雲たちが乗るSUVに向けて対戦車ミサイルが飛来した。


「対戦車ミサイル!? クソッタレ!」


 東雲が自分たちの方に飛んでくる対戦車ミサイルを見て叫び、すかさず“月光”を投射して迎撃を試みる。


 対戦車ミサイルはアクティブA防護PシステムS対策に変則軌道を描きながら飛翔しており、投射された“月光”がその動きを正確に追跡しつつ向かっていく。そして、命中した。


「おお! 大爆発!」


 大型対戦車ミサイルの弾頭が大爆発を起こし、空が炎に染まる。


「次がすぐに来るぞ。無人攻撃ヘリを撃墜しない限り」


「分かってるよ。無人戦車にも追い回されてるし、もう嫌」


 呉が言うのに東雲がため息を吐いた。


「安心しろよ! その前に到着するぜ! ヒーハーッ!」


 三浦はハイテンションにSUVを運転し続け、後方から迫る無人戦車や装甲車の群れから逃げつつ、着実にASAの研究施設になっているアトランティス・インディア・サイバー・インスティテュートを目指した。


「おい。あそこにも戦車がいるぞ」


「インド軍の戦車だな。第三次世界大戦に投入された奴だ。敵か味方か」


 ASAの研究施設に向かう途中の道路にインド軍の旧式戦車が止まっている。


 それは砲塔をぐるりと回転させると東雲たちを追いかけている無人戦車を砲撃した。無人戦車は砲撃を受けるも電磁装甲によって砲撃を弾き、すかさず反撃を行う。


「うおおおっ!? 戦車戦をおっぱじめやがった!」


「ここはクルスクか、はたまたヴィレル・ボカージュか!」


 無人戦車とインド軍の戦車が主砲を使った砲撃戦を続け、東雲たちは戦車砲弾やガンランチャー式対戦車ミサイルが飛び交う中を装甲などないSUVで駆け抜ける。


財団ファウンデーション統合J任務T部隊F-インディゴi司令部より隷下全部隊に警告する。インド軍の装備を有する武装勢力は敵対勢力である。排除せよ』


 マトリクスで通信が流れ、戦闘が激化した。


『東雲。そっちに展開している民間軍事会社PMSCの正体を掴んだ。六大多国籍企業ヘックスの連合軍だよ。六大多国籍企業が全員で手を結んでる。彼らは自分たちのことを財団ファウンデーションって呼称してる』


「そっちでどうにかできるのか?」


『分からない。今から仕掛けランを行うけど。まだサンドストーム・タクティカルもいるし、どうも死者の復活で第三次世界大戦とかで死んだはずのインド軍の部隊も暴れている。もう滅茶苦茶』


「帰りたくなってきた」


『君は勇者だったんでしょ。頑張って白鯨をどうにかして。支援はするから』


「あいよ。三浦、もっと飛ばせ!」


 ベリアからの連絡を受けて東雲たちが戦場と化しているベンガルールの道路を疾走する。砲撃戦はもちろん爆撃も始まっており、上空を六大多国籍企業の無人戦闘機がジェット音を響かせて飛行している。


 爆弾が次々に投下されてインド軍の戦車や装甲車が破壊されていた。


「どうなってるんだ? 生き返ったインド軍の連中は何だって六大多国籍企業を相手にやり合ってるんだ?」


「情報が入ったぜ。どうもインドの連中で暴れているのはヒンドゥー原理主義の連中だ。先に蘇ったヒンドゥー原理主義の前首相が率いている。聖なるインドの地から今こそヒンドゥー教を冒涜するものを排除するとさ」


「ヒンドゥー教って死んだあと輪廻転生するって教えじゃなかったの? 自分たちが蘇ったことが一番ヒンドゥー教を冒涜してるって思わないの?」


「さあ?」


 東雲がうんざりすると三浦が肩をすくめた。


「東雲。GPSではもうすぐ目的地だ。この様子だとサンドストーム・タクティカルが六大多国籍企業を相手に戦闘しているぞ」


「クソッタレ。こうなりゃどうやったって仕事ビズを達成してやる」


 八重野が言い、東雲が引き続きルーフから身を乗り出して警戒する。


「見えて来たぜえ。あれが目的地だ。突っ込むぞ!」


「クソ! 無人戦車と機械化歩兵の大軍勢じゃねーか!」


 アトランティス・インディア・サイバー・インスティテュートの周辺には大量の無人戦車と歩兵戦闘車IFVで機動する機械化歩兵が押し寄せていた。


 さらには上空をティルトローター機が飛行し、空中機動部隊を送り込もうとしてる。アーマードスーツを下げた大型ティルトローター機が無人攻撃ヘリにエスコートされて研究施設にアプローチしていた。


 そこに研究施設から地対空ミサイルSAMが発射され、ティルトローター機がチャフとフレアをばら撒きつつ回避運動を取る。


「どんすんだよ、これ。あそこに突っ込めってのか?」


『東雲。マトリクスから財団ファンデーションの民間軍事会社とサンドストーム・タクティカルのC4Iに仕掛けランを始めた。最低でも5分は相手の動きを止められる。その隙にやって!』


「マジかよ。おい、お前ら! 5分で研究施設に突っ込むぞ!」


 ベリアから連絡が来て東雲が叫ぶ。


『よし、成功。始めて!』


「三浦、突っ込め!」


 そして、東雲たちを乗せたSUVが民間軍事会社の大部隊が展開しているASAの研究施設に向けて突っ込んでいった。砲爆撃は停止しており、不意に訪れた静寂に民間軍事会社のコントラクターたちは戸惑っている様子だ。


「行け、行け、行け! 突っ込め!」


「カミカゼ!」


 東雲と三浦が叫び、東雲たちを乗せたSUVは財団ファウンデーションの民間軍事会社の無人戦車や装甲車の脇をすり抜けて疾走。


「何だ。不審な車両が突っ込んでくるぞ」


本部HQ本部HQ。敵味方不明車両が接近中。指示を乞う!」


 そして、ついにサンドストーム・タクティカルの設置した土嚢による機関銃陣地とバリケードを飛びのけて、ASAの研究施設のエントランスに飛び込んだ。


「イエス、タッチダウン!」


「ナイストライ、三浦。ここからが仕事ビズの本番だぜ」


 東雲がSUVから飛び降りて瞬時に“月光”を展開する。


『東雲! C4Iのハッキングが限界に近い! 構造物を奪還される! 戦闘に備えて!』


「あいよ。やってやりましょう!」


 ベリアからの通信の直後にサンドストーム・タクティカルがC4Iを奪還した。


本部HQより研究施設内の全部隊へ。敵の特殊作戦部隊が内部に侵入したとの報告あり。無人警備システムが外部からの仕掛けランを受けて限定的にしか稼働できない。警戒せよ』


 サンドストーム・タクティカルは研究所内にも守備戦力を置いていた。


「さあて、ここからどこに進むんだ?」


『案内するよ。雪風が研究施設の構造物をハックした。そっちの内部構造は把握できてる。Perseph-Oneのトラフィックがあるサーバーの位置は研究所26階の中央』


「オーケー。行きますか」


 ARにベリアから研究施設内の情報が送信されてきて、東雲が研究施設内を進む。


 研究施設はお洒落なオフィスビルのようであり、ガラスで仕切られた会議室や研究室、事務所が並んでいる。そこの置かれているデスクやチェアも高級品のようでセンスがいいものだった。


 ただし、無人警備システムは今は停止している。


「サンドストーム・タクティカルの連中が外にいる六大多国籍企業の民間軍事会社を押さえられなくてもヤバいし、サンドストーム・タクティカルが内部の掃討戦を始めてもヤバい。ヤバいことだらけだぜ」


「どうにかするしかない。もう混乱が始まっちまったんだ。歩く死体デッドマン・ウォーキングの世界になりかけてる」


「分かってるよ、それは。本当に気楽に引き受けるんじゃなかった!」


 東雲が研究施設のエレベーターに飛び込む。


本部HQより全部隊。徹底抗戦だ。サーバーを守り抜け。何をしてもいい』


 サンドストーム・タクティカルは徹底抗戦の構えを見せている。


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