ハヴォック//デッドマン・ウォーキング

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 ──ハヴォック//デッドマン・ウォーキング



「マジかよ。本当に起きたのか」


「ちょっと静かにしろ。聞こえない」


 テレビはインドのTV会社のアナウンサーを映しており、場所はインドの首都ニューデリーとなっていた。場所はインド国会議事堂前。


『──昨年テロで亡くなった前首相のシッダース・ティラク氏がなんと今国会議事堂前に姿を見せています! 他にもテロで死亡した閣僚たちが並んで──』


 アナウンサーが自分の正気を疑るような表情で告げている。


『テロで死亡というのはデマだったのでしょうか? 今、ティラク氏に報道陣が押し寄せ、インタビューを試みています! 国会議事堂前にはティラク氏の支持者たちが押し寄せ、彼の復活に歓喜の声を──』


 カメラがズームし、テロで死亡したはずの前インド首相を映す。


『インド人民の皆さん! 今日は喜ばしい知らせを持って来ました。今人類は死を克服したのです。もはや人は死ぬことはありません。死という避けられないと思われていた運命は過去のものです』


 前首相がにこやかな笑みを浮かべて報道陣に語る。死人とは思えないほど顔色も良く、幽霊のように透けてもいない。人間に見える。


『さあ、死者たちの帰還を祝いましょう。今や死者の世界は開かれ、死は永遠の別れではなくなったのです。我々は今やひとつの世界に暮らすものたち。死者たちが戻ってきます。彼らが帰ってきます。歓迎しましょう!』


 前インド首相が語る中、カメラが動き、支持者たちの後方を映し始めた。


『なんてこった! 歩く死体デッドマン・ウォーキングが溢れてるぞ!』


 第三次世界大戦で死んだインド軍の軍人たちが通りを行進している様子が映る。


「クソ。マジで始まったぞ。死者の世界と繋がっちまった!」


「落ち着け、東雲。“ネクストワールド”をどうにかできれば防げるはずだ」


 東雲が叫ぶのに八重野がそう諭す。


「そうだな。どうにかしねーと。このままじゃ世界が滅茶苦茶になって俺の引退生活が台無しだぜ、畜生」


「予定通りに動くのか?」


「ああ。今から研究施設に突っ込むぞ。準備はいいか?」


「いつでも行ける」


 東雲が尋ねると呉が“鮫斬り”の柄を叩いて頷いた。


「じゃあ、ぶちかますぞ。ASAの研究施設を襲撃して白鯨を──」


 東雲がそう言って部屋の外に出ようとしたとき、突然プレジデンシャルスイートの扉が切り裂かれて強引に開かれた。


「敵か!?」


「サイバーサムライか」


 扉が裂け、蹴り破られ、襲撃者が姿を見せる。


「よう。久しぶりだな。また会えて嬉しいぜ?」


「てめえ!? インペラトルの!?」


 現れたのはかつて東雲たちとアトランティス・バイオメディカル・コンプレックスで戦い死んだはずの非合法傭兵集団インペラトルのサイバーサムライ、アウグストゥスたちであった。


「死人がどうしてここにいる」


「おや。ニュースを見てないのか? 死は今や克服され、歩く死体デッドマン・ウォーキングが闊歩しているんだぜ?」


「そうらしいが、それでどうして俺たちの部屋に突っ込んできやがった? リターンマッチをご所望ってわけか?」


「まあ、仕事ビズだよ。リターンマッチももちろんやりたいがね。あんたらに“ネクストワールド”を潰されて、せっかくこっちに戻って来たのを無効にされるのはちいとばかり困るんだ」


 アウグストゥスはそう言って獰猛な笑みを浮かべた。


「はあ。死んでも馬鹿は治らなかったらしいな。もう一回殺してやるよ」


「おっと。あんたの相手は俺だ」


 東雲がため息を吐きながら“月光”を展開するのに東雲に殺されたカリグラが前に出る。カリグラは超高周波振動刀の柄に手を乗せていた。


「あーあ。お前ら揃って復活したの? そんなに仲良しクラブだったの?」


仕事ビズを一緒にやるには信頼がなきゃね」


「でも、ひとり見当たらないぜ」


 東雲が見るのにティベリウスが見当たらなかった。


「奴は生き返ることに意味を見出さなかった。あの世で嫁さんと暮らしてる」


「そうかい。じゃあ、やるか?」


「やろうぜ、兄弟?」


 東雲とカリグラが互いを睨む。


「あの世に戻りやがれ、ゾンビ野郎!」


「レッツ、ダンス!」


 東雲が“月光”を投射するのを回避してカリグラが超電磁抜刀で超高周波振動刀を東雲に叩き込んできた。東雲は“月光”でそれを防ぎつつ、さらにカリグラを狙う。


 東雲とカリグラが操る“月光”と超高周波振動刀が踊り、プレジデンシャルスイートの高級家具が破壊されて行く。


「クソが。うんざりだよ、てめえには! 死人は墓に入ってろ!」


「死人も墓で寝るのには飽きたとさ! あの世もいいところだったが現実リアルで刃を散らす興奮には劣る!」


 東雲とカリグラが激戦を繰り広げる。


「もらった!」


 東雲が一瞬の隙を突き、カリグラの胸に“月光”を突き立てた。


「おっと。だが、忘れてないか? 俺はもう死んでるんだぜ?」


 胸に受けた“月光”の刃を気にせずカリグラが斬撃を繰り出し、東雲の左腕が斬り飛ばされて宙を舞った。


「ゾンビ野郎……!」


 東雲が唸りながら後退する。


「おいおい。どうした? 逃げるのか? 死ぬまでやり合って、死んでからもやり合おうぜ。俺たちはヴァルキリーに導かれてヴァルハラに行くんだよ」


「ヴァルハラだろうが等活地獄だろうがひとりで行ってろ、クソが」


 カリグラが超電磁抜刀のために一度刀を鞘に収めるのに東雲がカリグラを睨む。


 相手は死んでいる。故にもう死なない。相手を殺して退けるのは不可能。


「どうする、東雲。こいつらをどうにかしないとASAの研究室には向かえない」


「分かってる、八重野。どうにかしねーとな」


 八重野が言うのに東雲が悩んでいた。


「そっちが来ないからこっちから行くぞ。あんたも死ねば永遠に戦えるのになあ」


「ゾンビになるなんてごめん被る」


 カリグラが距離を縮め、東雲が“月光”を油断なく構える。


 その時だ。


 突如として旋風が吹き荒れたかと思うとカリグラの首が飛び、アウグストゥスの胴体も真っ二つになった。鮮血は舞わなかったが、切断された部位が高級ホテルの絨毯の上に転がった。まさに一瞬のことだ。


「おい、なんだ……?」


 東雲が狼狽えるのにプレジデンシャルスイートの中にひとりの男が新たに現れていた。ブランド物のスーツを纏い、腰に日本刀の鞘を下げ、手にはヒートソードを握った男。間違いなくサイバーサムライだ。


「おっさん、誰だよ? あんた何しに来たんだ?」


 東雲が困惑して男に尋ねる。


「年長者は敬うものだぞ、青年。訳あって手を貸しに来た」


 男はそう言ってニッと笑った。


「エイデン!?」


「えっ!? このおっさんがエイデン・コマツ!?」


 八重野が叫ぶのに東雲が目を見開いた。


「やあ、アリス。また会えて嬉しいと言うべきか、こういう再会になったことを嘆くべきか。いずれにせよ、君とまた会えたな」


「エイデン。あなたは何をしに死者の世界から戻ってきたんだ?」


 エイデンが言うのに八重野が尋ねた。


「君たちが“ネクストワールド”による死者の世界との接続を防ごうとしているように、死者の世界でも動きがあるんだ。死の眠りを妨げられるのを良しとするか、それとも眠りを妨げるものを倒すか」


「あなたは倒すことを選んだ? 他にも同調者はいるのか?」


「いる。私の他にも大勢が参加している。君たちの旧友もつれて来た」


 プレジデンシャルスイートの入り口から機械音が響くとアーマードスーツが姿を見せた。アトランティス・ランドシステムズ製のアーマードスーツ“サーバル1A2”だ。カスタムされている。


「よう、セイレム。助けに来たぞ」


「マスターキー。お前もか」


 現れたのはセイレムが所属している非合法傭兵集団“ウィッチハンターズ”で唯一死んでしまったマスターキーだった。


「外にもあんたらを邪魔しようっていう死人が大勢いる。ここは私たちに任せて行け。そこのおっさんが強くてほとんど蹴散らされたがね」


「昔取った杵柄だよ」


 マスターキーが軽く言うのにエイデンが肩をすくめた。


「おやおや。俺たちを放っておいて雑談かい? まだ戦えるんだぞ?」


 そこで起き上がったカリグラが斬り飛ばされた頭を自分の首に繋げて笑う。


「よかろう。何度でも切り倒してやる。年長者を舐めるなよ、若造」


 エイデンが超電磁抜刀の構えを取り、カリグラと相対する。


「セイレム。足は仲間が準備してる。ASAの研究施設が仕事ビズの目標だろ? 急いで突っ込め」


「ああ。助かったぞ、マスターキー」


「それは何より」


 マスターキーがそう言って同じ蘇ったアウグストゥスに機関砲を向ける。


「さて、死人同士で殺し合いか? それもまた愉快ではあるな。殺し合えれば相手が死人だろうと構いやしない」


「イカレ野郎が。お前みたいなのが蘇るから問題なんだよ」


 そしてアウグストゥスとマスターキーが交戦状態に突入。


「ここは連中に任せていくぞ! 突破だ!」


「ああ!」


 東雲が先頭に立ちホテルのプレジデンシャルスイートを飛び出るとエレベーターに駆け込み、一気に1階まで降りていく。


「うわっ! 戦争が起きてる!」


 ホテルのエントランスでは蘇った死者たちが殺し合っていた。一方はカリグラたちのように“ネクストワールド”による死者の復活を継続させようという勢力で、一方はエイデンたちのように接続を断とうとしている勢力だ。


「巻き込まれている暇はないぞ! 突破だ!」


「オーケー! とりあえずここから出る!」


 呉が突っ込み、東雲もエントランスを駆け抜ける。


「仲間が足を準備したって言ってたが、仲間って誰だ?」


「知るかよ。こっちの味方は撃ってこないから、そいつが頼りだ!」


 東雲たちはエントランスを出てホテルの正面にある通りに出た。


 そこに高級SUVがドリフトしながら滑り込んできた。


「おい! 大井のサイバーサムライ! 迎えに来たぜえ!」


「おまっ! 三浦か!?」


 現れたのは東雲が以前護衛を担当し、最終的にジェーン・ドウに射殺されたアングラハッカーである三浦・E・ノアだ。


「イエスッ! 俺があんたたちを送り届ける。乗ってくれ!」


「もう滅茶苦茶だぞ」


 三浦がそう言い、東雲たちがSUVに飛び込む。


「飛ばすぞ! ヒャッハー!」


 三浦は完全にハイになっていて蘇った死者たちを引き飛ばし、インドはベンガルールの道路を明らかな速度違反で駆け抜ける。


「あんた、また電子ドラッグやってんじゃねーだろうな?」


「まさか。素面だよ。本当、本当。でもな、死者の世界ではいくら電子ドラッグをキメたって死なないし、ハイになった後に嫌な気分になることもないんだぜ?」


「そいつはジャンキーにはいいニュースだな」


 三浦が自慢するように笑うのに東雲が呆れた。


「しかし、俺のこと恨んでるんじゃないのか? ジェーン・ドウがああいうことをするとは思ってなかったが、あんたの死に俺は関係してる」


「気にするなよ。あんたは俺を本気で守ってくれたって分かってる。ジェーン・ドウって人種の行動は予想できない。恨んじゃいないよ。それに死んだ後に終わりじゃなくて、続きがあったんだ」


 東雲が言いづらそうに尋ねるのに三浦はそれを笑い飛ばした。


「死者の世界で大勢の先にくたばった有名で大馬鹿野郎なハッカーたちと出会って意見を交わした。俺たちは死者の世界とはマトリクスの延長だって気づいたんだ。どういう仕組かは、まだ解析できてないが」


「どうなってんだ。死人の世界でもハッカーが活躍してるってのか?」


「そうだぜ。俺たちハッカーは現実リアルでは究極の馬鹿野郎にして、今やイエス・キリストも真っ青の死者の国のエンジニアだ! ヤハウェもルシファーも閻魔大王も俺たちを前には土下座するぜ!」


 三浦がそう言ってSUVをかっ飛ばす。


『発令者パンデモニウム。インドに展開中の全財団ファウンデーション部隊に命じる。死人の一方は味方だ。邪魔をする連中は“ネクストワールド”で排除しろ。速やかに研究施設を制圧し、白鯨を破棄せよ』


 ここでインドのマトリクスに通信が流れた。


『東雲! そっちはどうなってる!? TMCでも死者が復活したよ!』


「ああ。今ちょうど隣に死人がいるよ。三浦だ。前に仕事ビズ護衛エスコートした三浦。覚えてるか?」


『死人と一緒に行動してるの? 彼らは何だって?』


「死人も勢力が分かれた。“ネクストワールド”をぶっ潰す側と“ネクストワールド”を利用する側。三浦はぶっ潰し側だ」


『分かった。その情報はみんなに伝えておく。それからそっちに大規模な民間軍事会社の部隊が展開しているのを確認している。まだ正体は掴めないけど間違いなく六大多国籍企業絡み。気を付けて』


「あいよ」


 ベリアたちはマトリクスでインドの情報を掴もうとしていた。


財団ファウンデーション統合J任務T部隊F-インディゴi司令部。こちら第5特殊S業務O執行EグループG・ヴィーキング。研究施設に向けて侵攻中。交戦規定ROEを確認したい』


財団ファウンデーション統合任務部隊-インディゴ司令部より第5特殊業務執行グループ・ヴィーキングへ。交戦規定ROEは射撃自由』


『了解』


 そして、突然東雲たちがSUVで走る道路の脇から無人戦車が現れた。


「無人戦車だ!」


「止まってはいられないぜ、兄弟! 突き抜けるぞ!」


 三浦がアクセルを全開に踏み込んだ。


……………………

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