ハヴォック//物理担当チーム

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 ──ハヴォック//物理担当チーム



「東雲。仕事ビズを受けて」


「は?」


 ベリアがそう言いだしたのは東雲が王蘭玲を送り届けて帰宅したときだ。


 いきなりのことに東雲が何と反応していいのか分からない困惑した顔を浮かべる。


「いや。ジェーン・ドウから何か言われたのか? 俺は何も聞いてないぞ」


「違う。これは私から君への依頼だ。有志のハッカーたちで“ネクストワールド”の脅威に対抗するために、行動を起こすことが決まった。私たちはマトリクスで東雲たちには現実リアルで動いてほしい」


 東雲が尋ねるのにベリアがそう説明した。


「ちょっと待てよ。つまり六大多国籍企業ヘックス仕事ビズじゃないってわけか? ジェーン・ドウとは関係ない?」


「そう。報酬はないけど、私と君の間の友情ということで」


「おい。大丈夫なのか、そんなことして。ジェーン・ドウは俺たちとは別の考えを持っていて、違う目的の仕事ビズを回してくるかもしれないだろ?」


「そのときはそのときだよ。今は私たちはやるべきことをやらないと。君だって猫耳先生と一緒に逃げて、平穏に暮らしたいんでしょ? “ネクストワールド”がこのまま混乱を引き起こしたら実現できないよ」


「それは困る」


 ベリアが忠告すると東雲が眉を歪めた。


「じゃあ、仕事ビズを引き受けて。やることは既に決まってる」


「何をすりゃいいんだ?」


「インド旅行」


 東雲が尋ねるとベリアがニッと笑った。


「また海外かよ。で、インドだって? 何があるんだ? ガンジス川の水でもくんでくりゃいいのか? それともガンジーの墓参り?」


「違うよ。観光じゃん、それ。東雲も一昔前のインド旅行して自分探しとか言っちゃうタイプだったの?」


「インドってガンジス川とガンジーとカレーしか知らんし」


 東雲がそう言って肩をすくめた。


「君たちに向かってほしいのインド共和国カルナータカ州ベンガルールにあるアトランティス・インディア・サイバー・インスティテュート。今はASAの拠点になっていて、恐らくは白鯨がそこにいる」


「白鯨か。マトリクスからどうにかできないのか?」


「マトリクスでも動くし、現実リアルでも動く。敵は超知能を持ってるかもしれないんだよ。マトリクス頼りってのは不味い」


「ふうむ。俺の他に誰を誘うつもりなんだ?」


「八重野。できれば呉とセイレムにも声をかけたい」


「連中はHOWTechの所属だから分からんぞ」


「一応連絡してみて。航空機のチケットは準備しておくから」


「あいよ」


 東雲が呉の連絡用IDにメッセージを送って返事を待つ。


 返事はすぐにきてセイレムと一緒に会いたいとメッセージが帰って来た。落ち合う場所はセクター9/2の居酒屋だ。


「一度会いたいだとさ。まだ航空機の予約は待ってくれ。八重野と一緒にあってきて、一緒に仕事ビズができるか確認する」


「了解。いい知らせを待ってるよ」


 東雲は自宅を出て八重野の部屋に向かった。


「八重野。ちょっといいか?」


「どうした、東雲?」


 東雲が扉を叩くのに八重野が出て来た。休んでいたのかジャージ姿だ。


「いや。ベリアがさ、“ネクストワールド”をぶっ潰そうって仕事ビズを持ち掛けてきてな。報酬はでないけど放置すると世界が混乱するからどうにかせにゃならんらしいんだ。参加してくれるか?」


「ふむ。確かに“ネクストワールド”とASAは危険だと私も思う。それに東雲が頼むのだ。引き受けよう。他に参加するのは?」


「呉とセイレムに今から会いに行って確認する。向こうが了承すれば連中も参加だ」


「分かった。私も一緒に行った方がいいか?」


「できれば」


「着替えてくる」


 八重野が引っ込み、スーツに着替えてから出て来た。


「じゃあ、行くか」


 東雲と八重野は呉、セイレムと会いにセクター9/2の居酒屋に向かう。


「やけに大井統合安全保障の連中がいるな」


「だな。セクター13/6にまでいたし。他の場所にもうようよ。テロの前触れかね」


 駅も電車も通りも大井統合安全保障のコントラクターちが警戒していた。


 軍用装甲車も配備されており、軍用ドローンも頻繁に飛行している。明らかに大井統合安全保障は何かしらの攻撃に備えて警戒している様子だ。


 そんな中を東雲たちは通過し、セクター9/2で呉が指定した居酒屋に入った。


「よう、呉、セイレム」


「ああ。まだ俺たちがオーストラリアに帰ってなくてよかったな」


「あんたらオーストラリアに家があるの?」


「あるぞ。シドニーだ」


 東雲と呉がそう言葉を交わしながら席に着く。


「で、“ネクストワールド”を相手にするって?」


「そうだ。このままだと世界が大混乱になるってさ。ベリアたちがマトリクスでハッカーたちと組んだ。俺たちは連中のための物理フィジカル担当だよ」


「ふむ。連中のための最初の仕事ビズはインドだそうだな」


「ああ。インドにアトランティスの研究所があって、今はASAに乗っ取られている。そこに白鯨がいる可能性が高いってことらしい」


 呉が尋ねるのに東雲が伝聞を伝えた。


「憶測が多過ぎないか。気に入らないぞ」


「分かってるよ、セイレム。ベリアにもうちょっと確証性のある情報を探すように言っておく。だが、どうあれインドには突っ込むことになるだろう」


 セイレムが文句を言うのに東雲が肩をすくめる。


「インドか。あそこも六大多国籍企業がうようよしてる場所だが、決定的に支配している企業は存在しないな。インドの人口からなる市場はデカいし、それでいてインド政府はいつも決定が遅い」


「インド人はガンジス川のように大らかなんだよ。民族性さ。むしろ、インド人以外がせかせかしすぎなんじゃないか」


「笑えるな」


 呉が冗談めかして言うのに八重野が乾いた笑いを送った。


「聞いておくがあたしたちが動くのと同時に六大多国籍企業が動く可能性は? マトリクスのチンピラハッカーどもが手に入れた情報を六大多国籍企業の情報部が把握してないってのは奇跡に近いが」


「さてね。奇跡が起きたかは知らんが、ベリアたちはジェーン・ドウが知ってるより多くの情報を握ってるみたいだ」


「まあ、いい。あたしたちのジョン・ドウの仕事ビズをブッキングしなければ六大多国籍企業の連中を相手にするのも愉快なものだ」


「物好きだ事で」


 セイレムが合成酒を片手に笑うのに東雲が呆れていた。


「言っておくがマジで俺たちのジョン・ドウの仕事ビズを被るなら手を引くぞ。俺たちは正義の味方でもボランティアでもない。非合法傭兵だ」


「分かってる。無理強いはしない。そっちのジョン・ドウが違う仕事ビズを持ち掛けたらそっちに参加してくれ。こっちはあくまで自分たちに降りかかる迷惑を事前に阻止する目的。それだけだ」


 呉が念を入れると東雲が頷いた。


「オーケー。じゃあ、付き合おう。非合法傭兵なんて仕事ビズをやってる人間同士としてはあんたとも長い付き合いだ。無下にはできん。インドだろうと一緒に行ってやるぜ。セイレム、あんたはどうする?」


「はん。答える必要があるか? 殺し合いが出来るんだ。断る理由はない」


「あんたらしい」


 セイレムが軽く言うのに呉が小さく笑った。


「これでチーム結成だな。俺たちの初仕事はインド。じゃあ、仕事ビズの成功を祈って飲み食いしよう。ここの飯、美味いか?」


「外れではないってだけだ」


「合成品だものな」


 東雲たちはそれぞれ肴と酒を注文して飲みながら話した。


「TMCでやけに大井統合安全保障の連中が警戒しているが、理由知ってるか?」


「世界的な混乱が起きてるんだよ。ASAの連中は“ネクストワールド”を全世界に公開した。全言語対応のフリーウェアとしてな。そのせいで不満を持った連中が六大多国籍企業や政府を相手にドンパチ」


「世界中が上海や沖縄みたいな状況ってわけだ。そりゃ警戒するな。実際にセクター6/2じゃレストランでピザ食ってたら火炎瓶が飛んできたし」


「セクター6/2で食事とは上流階級だな。デートか?」


「そ。王蘭玲先生とな。いいだろ?」


「あの猫耳の女医は確かに美人だからな」


 東雲がにやりと笑うのに呉がそう言ってセイレムを見た。セイレムは別に気にしている様子もなさそうだった。自分に自信を持っているか、他は気にしない人間の態度だ。


「でも、俺の好みじゃない」


「だろうね。王蘭玲先生は刀を振り回さない」


 呉が言い、東雲がそう返した。


「東雲。インドでの仕事ビズが確定したら情報を私の端末にも送るようにベリアたちに言っておいてくれ」


「了解。八重野、お前またサラダばっかり食べてるな。腹の調子が悪いのか?」


「うるさい」


 東雲が言うのに八重野は腹を立てながら中華風ドレッシングが振りかけられたサラダのトマトを口に放り込んだ。


「で、だ。インドにコネのある奴、いるか?」


「あるにはある。中東でイスラエルが無差別核攻撃を行った後に難民になってインドに流れ込んだ連中だ。最初は難民同士の相互扶助団体だったが、犯罪に手を染めるようになった。“ボーン・フロム・ニューク”って連中だ」


 東雲がサシミを食べて尋ねると呉がそう言った。


「核から生まれた、ね。そいつらは現地で頼りにできるのか?」


「それなりの規模がある。違法薬物や電子ドラッグの密輸、武器密売、人身売買。そういうことをやってる連中で、同じ犯罪組織でもインドのヒンドゥー系のギャングとはいつも揉めている」


「ヒンドゥー系ギャングってのもいるわけか」


「インドも六大多国籍企業の躍進で打撃を受けた国家だ。一種の国体アイデンティティ危機クライシスが起きたとき、ヒンドゥー原理主義が台頭した。そのせいでムスリムとの仲は悪い」


「なんだかんだで宗教が大事なんだな。今のこの世の中で神様がいるって思えるのは脳みそが心底幸せな連中だよ」


 呉が説明するのに東雲が呆れながら合成ビールを飲み干す。


「何もない連中ってのに限って何かのグループに所属したがる。民族であったり、宗教であったり、思想であったり。何かに所属することで自分が大きくなったと思い込めるんだよ。てめえは雑魚のままだってのにな。昔からそうだろ」


「そうかもな。人間ってのは群れる生き物だし、本能に素直なんだろ」


 セイレムが鼻で笑うのに東雲が肩をすくめた。


「しかし、ともあれインドで荒事となると民間軍事会社PMSCが出張ってくる。インドも州ごとに警察業務を外注しているからな。昔ながらのグルカ兵もいるって話だ」


「今の機械化した兵隊が一般的な世の中でグルカ兵に価値があるのかね」


「ブランドさ」


 歴史的な傭兵であるグルカ兵は今も出稼ぎのためにネパールの山岳地帯から民間軍事会社のコントラクターとして働いていた。彼らも当然ながら機械化している。


 とは言えど、機械化によって身体的特徴を失った彼らにあるのは自分たちが伝統的な戦士であったことの誇りと外部から抱かれるブランド的価値しかなかった。


「現地の警察戦力についてベリアに調べてももらわんとな。ドンパチやることになりそうだし。それからASAの研究施設で、白鯨もいるって言うなら間違いなくサンドストーム・タクティカルがいる」


「サンドストーム・タクティカルとは随分と因縁があるな。イスラエル国防軍IDFの亡霊ども。インドでもやり合うことになりそうだ」


 東雲が焼き鳥の串を取りながら言い、呉がそう返す。


「そして、六大多国籍企業が首を突っ込んでこないとも限らない。ハッカーたちが得た情報が六大多国籍企業に売られている可能性はある。現地では私たち、ASA、六大多国籍企業で乱戦になるかもしれない」


「やだなあ。乱闘は嫌だぜ。血がメリメリ減るし、死にかけるし。六大多国籍企業の連中は最近では本当に容赦ないからな」


「レバーでも食べておいたらどうだ? メニューにあるぞ」


「うるせえ」


 八重野が茶化すのに東雲が追加で生中と注文。


「マトリクスからの支援は期待していいんだな?」


「ああ。ベリアが直接申し出た仕事ビズだ。向こうも本気だろう。マトリクスからの支援に頼ろう。軍隊を相手に4名とは泣けてくるからな」


「オーケー。じゃあ、無人機の類は潰してもらうとしよう」


 東雲が言って呉が合成焼酎のロックを傾けた。


「ま、とりあえずあんたらの参加決定ってのをベリアに伝えておくよ。航空チケットはファーストクラスを準備してもらおうぜ。軍用輸送機で運ばれるのはもう勘弁」


 東雲はそう言って呉とセイレムが参加することをベリアに連絡した。


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