混沌とした状況

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 ──混沌とした状況



 東雲たちが日本海軍の潜水艦でTMCに帰還する中、ベリアたちはマトリクスに潜っていた。東雲たちが無事にアラスカから逃げたことは民間宇宙開発企業が運用する偵察衛星で確認している。


「東雲たちは潜水艦に乗った。ジェーン・ドウはよっぽどお土産パッケージが大事らしい。六大多国籍企業ヘックスが“ネクストワールド”を解析したがっているのはどうやら当たりみたい」


「潜水艦まで動員したんだからね。いくら日本海軍の艦艇運用を大井海軍が民間軍事会社PMSCとして支えているとは言え」


 ベリアとロスヴィータがそう言葉を交わす。


「それからニューロサンジェルスの方はどうなの?」


「マトリクスは大混乱。アトランティスはフラッグ・セキュリティ・サービスの砲爆撃を退けたけど、アメリカ海軍に支援されて海兵隊が上陸した。アトランティスは民間軍事会社を動員して海兵隊と戦闘してる」


「アメリカ国内でアメリカ軍と戦ってるの? もう滅茶苦茶だよ」


「アメリカ軍と言っても実際はアローの駒でしかないし。今の大統領はアローに支援されて就任したアローの傀儡。アトランティスはずっと今の政府と喧嘩してた」


「報復は?」


「あるだろうね。イギリス海軍が動いてるって情報がある。ニューヨークに向かってるって。イギリス海軍も日本海軍と同じで艦艇の運用を民間軍事会社に委ねてる。ハンター・インターナショナルの海軍部門」


 ベリアがそう言いながらマトリクスに走らせていた検索エージェントが集めて来た情報を眺める。今起きている企業戦争についての情報だ。


 あちこちで戦争が起きていた。まるで世界が発狂しようと決意したかのように。


「どこもここも戦争。どうなるんだろ」


「ASAをどうにかしない限り、戦争は続くよ。彼らの有する超知能化した白鯨はスタンリー・キューブリックの“博士の異常な愛情”に出てくる終末兵器と同じ。世界にとって危険すぎるんだよ」


「だから、六大多国籍企業はASAを直接攻撃できないって?」


「そうじゃない? ASAが白鯨を使って何をするのか分からないから六大多国籍企業は身内で争ってる。“ネクストワールド”も未だ理解できない中、次にどんなマリーゴールドが生み出されるのか」


 白鯨は今や人類には理解できない超知能の産物──臥龍岡夏妃が提唱したマリーゴールドを生み出している。


 今はPerseph-Oneや“ネクストワールド”といった脅威が中程度のものだが、次に白鯨が生み出すマリーゴールドはメティスのDLPH-999のように人類を終焉させるものかもしれないのだ。


「ASAを攻撃するなら六大多国籍企業は一定の同意に達して、共同で攻撃を行うという取り決めがないと無理だろうね。どこかが先走ればこの企業戦争はいよいよ手が付けられなくなるよ」


「今の状況で六大多国籍企業が停戦して、協調路線を取ると思う?」


「コストとリターンの問題だね。戦争するよりASAを攻撃した方が儲かるとなったら早く話は進むと思うよ。六大多国籍企業は歴史や思想、民族問題で対立しあってるわけじゃない。シンプルに利益を巡って争ってる」


「確かに昔の戦争よりよっぽどシンプルだ。彼らは儲かるならば喜んで他と手を結ぶし、裏切った方が儲かるなら裏切る」


 ベリアの説明にロスヴィータが頷く。


「後、問題になっているのはASAの拠点を未だに誰も把握できてないこと。ジェーン・ドウはコスタリカが拠点だと思ったけど違った。恐らくメティスとアトランティスの施設を不法占拠しているはずだけど」


「メティスもアトランティスも自分たちが研究所を制圧された、なんてことを馬鹿正直に言って信頼を落としたくはない」


「そういうこと。六大多国籍企業は巨大であるが故に多くの勢力から攻撃目標にされている。脆弱性を見せれば付け込まれるのがオチだよ」


 六大多国籍企業は決してテロなどの攻撃が成功したとは発表しないし、報道もさせない。全て事故として処理されるか、未遂として犯行グループを皆殺しにする。


「けど、大井海運はテロを隠せてない」


「確かにね。だから、大井は行動する必要があったのかも。いつものように犯行グループを始末したって発表するためにまずは“ネクストワールド”について調べる」


「そして、情報通信学的プロファイリングでもやる? ボクたちは雪風から“ネクストワールド”について知らされたけど、六大多国籍企業は解析すらできてないだろうに」


 “ネクストワールド”についての解析はマトリクスでも進んでいる。だが、白鯨独自の言語で構成されたそれを完全に理解したのは、同じ超知能でる雪風のみ。他のハッカーたちは未だに足踏みしているのが現状だ。


「そろそろ他に解析が進んだかBAR.三毛猫を覗いてみる?」


「東雲たちはもう大丈夫そうだし、そうするべきかもね」


 ロスヴィータとベリアはそう言うとBAR.三毛猫にジャンプし、ログインした。


「企業戦争関係のトピックが目立つね」


「ここにいるハッカーたちも何かしらの形で戦争に噛んでるだろうから。仕事ビズとして儲かるのは六大多国籍企業絡みの案件。ただし、リスクも高い」


「そして、ハッカーはとんでもない馬鹿であり、そうであるが故に恐れしらずである」


「私たちもかなり馬鹿だよ。余計なことを探ってる」


 ロスヴィータがからかうように言うのにベリアが肩をすくめた。


「““ネクストワールド”というプログラムについてのトピック”はっと。盛り上がってるね。いい感じみたい」


「さてさて。議論はどんな感じかな?」


 ベリアとロスヴィータがトピックに列席する。


「だから、こいつのデータベースでPerseph-Oneは解析出来るはずなんだ。今のところ、最強のアイスブレイカーであるPerseph-Oneがマトリクスの理が現実リアルに上書きされる“ネクストワールド”と組み合わされば」


「とんでもない兵器になるな。上海の暴動に件で聞こえてきたが、現地で上海政権の治安部隊と大井統合安全保障とやりやった暴徒はPerseph-Oneを使ってたらしいぞ」


「クソヤバイぞ。早くPerseph-Oneに対抗できるアイスを解析しないと、サイバーデッキを持ってるだけでとんでもないテロができるようになる」


 アニメキャラのアバターとメガネウサギのアバターを中心に議論は進んでいた。


「後先考えないテロリストは置いておいて、六大多国籍企業の連中はこいつを使うと思うか?」


「ASAが作った代物だぞ。信用するはずがない。どんなトロイの木馬が仕込んであるか分からないしな」


 トロイの木馬は古典的なウィルスだ。今も非合法なアイスブレイカーやサイバーテロで使われているが、情報通信学の進化によるサイバー空間のセキュリティ向上によってあまり主流ではなくなっている。


「いいニュースは“ネクストワールド”が世界中にばらまかれでもしない限り、効果は限定的ってことだな。こいつは確かに影響を及ぼせる範囲は同時接続者数によって制限されている。確かだ」


「だが、マトリクスに一度アップロードされたものは二度と消し去ることはできないという鉄則がある。私たちがこうして“ネクストワールド”を手に入れたように、他のハッカーも手に入れ、そこからまた別の人間に渡る」


「広まるのは時間の問題、か」


 マトリクスに一度アップロードされた情報は瞬く間に広がる。それはマトリクスという可視化されたネットワークが誕生する以前からの常識であり、今も変わることはない。あらゆるデータは誰かが保存している。


「問題はこのプログラムが出回った後、どうするのか。世界の常識が根底から塗り替えられる。ハッカーは文字通りの魔術師ウィザードになる。BCI手術を受けたばかりのガキだってテロを起こせるようになるんだ」


「爆弾も銃も必要ない。マトリクスから適当なアイスブレイカーをダウンロードして戦闘準備完了。どこでもテロが起こせる。ワイヤレスサイバーデッキは危険物だとは思われていないからセキュリティも素通りだ」


「今の社会にはどん詰まりになってあらゆるものに理不尽な恨みを抱いている人間でいっぱい。片道切符だろうと社会に報復できるなら、そいつらはテロをやるだろう」


 “ネクストワールド”はテロを容易にする。爆薬や銃を手に入れるには現実リアルで行動せねばならず、その手のものが入手できる場所は治安機関が見張っている。


 だが、“ネクストワールド”が必要とするのはプログラムだけ。マトリクスに無数に出回っているアイスブレイカーを適当にダウンロードすればテロが起こせる。アイスブレイカーはそれこそ子供でも手に入れられるのだ。


「“ネクストワールド”について分かったことがもうひとつある。これはクライアントサーバシステムが必要なプログラムだ。この“ネクストワールド”をオフラインで使用しても効果を発揮しない」


「クライアントサーバシステム? そいつのサーバーはどこにあるんだ?」


「分からん。だが、このサーバーがある場所がASAの拠点とみていいだろう。連中は“ネクストワールド”を管理しているに違いない」


 その情報はベリアたちにとっても初耳だった。


 “ネクストワールド”がマトリクスに接続する必要があることは分かっていたが、それがクライアントサーバーシステムというものを必要とするとは。


「誰か“ネクストワールド”を実際に使ってみた人はいる?」


 ベリアがそこで尋ねた。


「いいや。ASAは胡散臭い。そいつらが作った代物も同様に。今までこいつを使ったのは後先考えない暴徒だけだ。その連中はセキュリティを気にする必要はなかったが、私たちはまだまだ席がある」


「どんなウィルスやワームが仕込んであるか。解析はある程度できているが、まだノイズが混じってる。どこかにトロイの木馬が潜んでいるか分からん」


 全員が使用を否定する。


「使ってみればどこと通信しているのか分かるかも。ASAが必要になるサーバーをおいている場所が分かれば、調査も進められる。ASAの狙いが分かれば、“ネクストワールド”の目的も分かる」


「サーバーを見つけるには使用してみるしかないが、そいつはリスクがある。ASAが作った代物であるPerseph-Oneに関わった連中は死にまくったし、“ネクストワールド”を使った連中も同様に死にまくった」


 こいつは死の臭いがするとアニメキャラのアバター。


「どうしたものかね。どこかの命知らずが使うのを待つか?」


「それか解析を進めてどうにかするかだ。まだまだやれることはある」


 BAR.三毛猫では“ネクストワールド”の解析が進められた。


 場がフリップする。


 東雲たちは日本海軍の潜水艦隊基地があるセクター4/4に上陸していた。


仕事ビズは後はお土産パッケージをジェーン・ドウに渡すだけだ。ちゃんとついてきてくれよ、博士」


「ああ。よろしく頼むよ」


 東雲が日本海軍基地のゲートを出て言うのに南島エルナが頷いた。


「おっと。早速ジェーン・ドウから連絡だ。セクター6/1で取引だとさ」


「向かおう」


 東雲たちは無人運転のタクシーを捕まえて、乗り込むとセクター6/1にある高級ビジネスホテルを目指した。


「まさかここまで来て襲撃されたりしないよな?」


「今回の仕事ビズでは無差別に軟禁されていた研究者を救出しただけだ。特に追われていたり、引き抜き対象になっていたわけじゃない。アトランティスにしろ、アローにしろ、ノーマークだったはずだ」


「それならいいけど」


 東雲たちはそう喋りながらホテルに到着。


 ジェーン・ドウに指定されたロイヤルスイートの部屋を訪れる。


「よう、ジェーン・ドウ。お土産パッケージだぜ」


「手間かけさせやがって偉そうに。今回の貸しひとつだぞ」


「そりゃないだろ」


 ジェーン・ドウが東雲を睨むのに東雲が肩をすくめた。


「念のためにバイオウェアの類をスキャンしろ。手順通りにやれ」


「了解」


 そして、ロイヤルスイートにいた技術者たちが南島エルナをスキャンする。


「報酬だ。75万新円。無駄遣いするなよ」


「はいはい。毎度あり」


 東雲たちは報酬を受け取ってホテルを去った。


「で、これで仕事ビズは終わりってことだが、この戦争は終わるのかね」


「言っただろう。利益の問題だ。戦争より停戦した方が利益になるなら停戦するし、協力もする。今はASAという不確定要素のせいで計算できていないのだろう」


「ふうむ」


 八重野が語るのに東雲が考え込むように腕を組んだ。


「分からんな。何がどうなるやら。とにかく今回の仕事ビズは成功。これから飲みに行かないか? この近くの居酒屋でさ」


「そうだな。飲みたい気分だ」


 東雲と呉はそう言葉を交わすと居酒屋で打ち上げに向かった。


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