上海遊戯//ジェーン・ドウ

……………………


 ──上海遊戯//ジェーン・ドウ



 東雲たちは無事にコスタリカでの仕事ビズを終えてTMCに帰国した。


「おっと。早速ジェーン・ドウから連絡だ。報酬だろう」


「今回はこき使われた分、ちゃんと報酬をせしめにゃならんな」


 東雲がARの映像を見て言うのにセイレムがそう言った。


「TMCセクター6/2のバーに来いとさ。一緒に来るのは?」


「全員で行こう。セクター6/2なら天然の酒が飲めるだろ?」


「勝利の美酒に酔うとするか」


 東雲たちは全員でジェーン・ドウが指定したセクター6/2のバーに向かった。


「全員でぞろぞろ来たのか。まあ、いい」


 ジェーン・ドウからの温かい歓迎ののち、個室に移る。


「コスタリカの仕事ビズの成功は確認した。よくやったと評価してやる。報酬だ。85万新円。大事に使えよ」


「はいはい」


 東雲たちがそれぞれジェーン・ドウから報酬を受け取った。


「で、次の仕事ビズの話だが」


「もうかよ? いくら非正規雇用とは言え、休暇ぐらいくれよ」


「黙れ。俺様が働けと言ったら馬車馬のように働け。仕事ビズはうんざりするほどあってリソースは足りてないんだ」


「じゃあ、駒増やせよ。あんたは有能な殺し屋をいっぱい知ってるんだろ?」


「知ってるが俺様はマルチタスクが上手くてな。並行して他の仕事ビズに回してるんだよ。世界はお前らが思ってるよりずっと広く、常に何かが起きてるんだ。井の中の蛙には分からんだろうがな」


「そうですかい。で、仕事ビズってのは?」


 東雲がうんざりした様子でそう尋ねる。


「上海自由地区で昨日から暴動が起きてる。上海自治政府から警察業務を受けている大井統合安全保障が鎮圧を図っているが、どうもこいつにASAの連中が噛んでるみたいでな」


「またASAかよ。いい加減、こいつら潰したらどうなの? あんたらは仮にも偉大なる六大多国籍企業ヘックスだろ?」


「そう簡単にいけば苦労しない。別に六大多国籍企業は世界で好き勝手できるわけでもないし、六大多国籍企業同士でつるんで世界を支配しようとしているわけじゃない。六大多国籍企業も図体がデカいだけで会社だ」


「でも、軍隊も持ってるし、非合法傭兵だって飼ってるだろ?」


「政治的に微妙な場所でASAの連中は活動しているんだよ。コスタリカにしたところで元はメティスの施設だ。他所から手を出すにはメティスの連中に相談しなきゃならん」


「したのか?」


「したよ。だから、吹っ飛ばせたんだよ、阿呆」


 ジェーン・ドウが心底呆れた目で東雲を見る。


「オーケー。話を戻すが、上海にASAってどういうことだ?」


「ASAとサンドストーム・タクティカルの連中は今やお尋ね者だ。どこに出入りしたかはいろんな情報機関が調査している。六大多国籍企業もそうだし、政府系の文民情報機関、軍事情報機関も同様」


「それでASAかサンドストーム・タクティカルの人間が上海に入ったのを確認した?」


「まず大井統合安全保障の上海事業部が気づいた。それから中国中央政府筋の情報機関から大井に通報。中国政府は日中外相会談が上手くいって、経済制裁を解除された件で大井に借りがあるからな」


「それから暴動が起きたって訳だ」


 東雲が納得というように頷いてから、首を傾げる。


「ん? 待てよ。暴動の原因がASAだから困ってるのか?」


「違う。暴動そのものは前々から傾向があった。上海は第三次世界大戦の後でどん底に落ちた中国の他の地域を見捨てて、自分たちだけで生き残ろうとした連中だ。だが、その労働力は未だに中国内陸部の貧困層に頼っている」


 ジェーン・ドウがカクテルを揺らしながら語る。


「だが、最近になって進出している企業が賃金を下げ始め、それに加えて物価が上がった。中国の制裁解除で他の地域に六大多国籍企業が進出すると見た市場の動きだ。給料は下がって物価は上がる。故郷に仕送りしている連中がキレた」


「で、暴動か。暴動鎮圧は民間軍事会社PMSCのお得意な仕事ビズだろ? 民間人相手に機関銃やら何やら叩き込んで皆殺しにしてお終い」


「大井統合安全保障はそのつもりだった。容疑者をリストアップし、始末する準備を始めていた。そこで予想外なことが起きたんだよ。それが問題になってる」


「何が起きたんだ?」


「お前には話が分かると思うが、暴動を起こしたクソ野郎どもが魔術を使った」


「なんだって? ありえないだろ、そんなの」


「だから、困ってるんだよ。あり得るはずがない。マトリクスで魔術がどうこうなっているのは把握しているが、現実リアルにおいては魔術は確認されていなかった。それがASAの連中が出入りした途端、だ」


「ASAは確かにオカルト染みた連中ではあると思うが」


 ジェーン・ドウが言うのに東雲が眉を歪めた。


「何が何やらだよ。魔術って報告を上げて来たのは現地の治安部隊の指揮官だ。そいつが言うには銃弾が見えない壁に弾かれたとか、装甲車が見えない力でふっ飛ばされたとか。正直、そいつの頭がイカれている方がよっぽど助かる」


「俺も魔術は現実リアルで使ったことはあるが、その手の戦闘魔術を使うにはこの世界の精霊は弱ってる。また異世界から何か飛んできたんじゃないか?」


 ロスヴィータも、オリバー・オールドリッジも異世界から来て状況をひっかきまわしただろうと東雲。


「かもしれん。どうあれ暴動が鎮圧困難になったのはASAの連中が上海に入ってからだ。大井統合安全保障上海事業部情報部と中国政府系情報機関はまだ連中が出国してないと報告した。そこで、仕事ビズだ」


 ジェーン・ドウが東雲たちを見渡す。


「ASAの工作員エージェント拉致スナッチして来い。そいつの持ってる情報によって報酬を払う」


「あいよ。だが、上海は暴動の真っ最中なんだろ? 空港は機能してるのか?」


「してるが民間機は飛行制限が出ている。安心しろ。太平洋保安公司の軍用輸送機で送ってやる。出発は成田じゃないぞ。横田基地だ」


 在日米軍撤退後の横田空軍基地は日本空軍と太平洋保安公司、大井統合安全保障の拠点として整備されていた。


「現地で頼れるのは?」


「まず大井統合安全保障の魔術に出くわしたっていう指揮官。それから黒社会ヘイシャーホェイだ。黒社会ヘイシャーホェイの一部は大井についた。後は中国中央政府の情報機関だな」


「いくつもあるけど装備を密輸してくれて、現地でカバーしてくれる連中は?」


「白幇ってチャイニーズマフィアが非合法な部分はカバーする。作戦には上海に侵入している中国中央政府の情報機関──国家安全部が協力する。これだけ揃えてやったんだ。仕事ビズは必ず真っ当しろ」


「了解。いつから始める?」


「明日、朝一番に輸送機を準備する。それで上海浦東国際航空宇宙港に飛べ。現地での受け入れ態勢は整っている」


「あいよ」


 東雲たちはジェーン・ドウから横田空軍基地の入場許可書を受け取ってバーを出た。


「おい、東雲。魔術ってのはどういうことだ?」


「説明するとややこしいんだが、俺は異世界の勇者だったんだ」


 呉が尋ね、東雲がそう答えると空気が凍った。


「……東雲。猫耳の女医のクリニックは精神科もやっているそうだぞ。それからオールドドラッグ中毒を治すはそれ専門のクリニックがある。ドラッグで萎縮した脳機能だってナノマシンで治療することができる」


「ちげーよ! 別に精神を病んでもいないし、ドラッグもやってない!」


 八重野がドン引きしながら言うのに東雲が叫んだ。


「大体、あんたら白鯨とかマトリクスの魔導書見た後でこの世には妙なものがあるって思わなかったのか? 既存の科学では説明できない代物。俺の体の傷が瞬時に回復するのだって見ただろ?」


「あれは魔術なのか? ナノマシンじゃなくて?」


「おいおい。そういう便利なナノマシンがあったら他の連中だって使ってるだろ?」


「半生体兵器が使ってる技術の応用」


「違う。俺はあんな妙な兵器の親戚じゃない。それに精霊と話しているところだって見ただろうし、マトリクスで魔術が横行しているのは聞いたことがあるんじゃないか?」


 呉が言うのに東雲が必死に説明する。


「それに八重野の呪いだ。八重野、あんたも魔術に関わっただろ?」


「そうだが。あれはヘレナという特異な存在がいたからだろう。東雲はそうなのか?」


「まあ、いろんな意味ではそうだな。まず俺は2012年に異世界に勇者として召喚された。異世界には魔術がいろいろとあった。俺も魔術を使って魔王軍と戦った」


「2012年?」


「そうだよ。世界がこんなにイカれちまう前に俺は異世界に飛んで、そこでドンパチやってた。“月光”も異世界の魔剣だし、ベリアは異世界の魔王だった。ついでに言えばロスヴィータとオリバー・オールドリッジも異世界人だ」


「本当なのか?」


「本当、本当。その異世界の魔術が白鯨に使われていた。だから、マトリクスでは魔術がどうのこうのって話題になってる」


 東雲が八重野にそういう。


「だが、現実リアルで使える魔術は限られている。俺は勇者として召喚されたときにいろいろ祝福を受けて、魔術の修行もしたからある程度は使える。だけど、この世界にはヘレナみたいな例外でもないと素質がある人間がいない」


「あー、大井の。あたしも昔はゲームで遊んだから知ってるが、いわゆるMPが足りないってやつか? 素質ってのはそういうことだろ?」


「そんなもんだな。異世界の人間とこの世界の人間とでは体質的に違いがある。けど、どういうわけかマトリクスでは機能してた。そして、ジェーン・ドウを信じるなら魔術が現実リアルに浸食してきてる」


「使えないはずのものが使える。いきなり上海の人間が魔術に目覚めたってのは考えられん。ASAが何かやった、か。だとしても、魔術がいきなり使えるようになるってのは普通じゃないな」


 東雲が困惑しながら言うのにセイレムがそう呟いた。


「ASAの、少なくともマトリクスの魔導書派閥はヘレナの魔術というものに触れている。呪いではあったが、あれは確かに既存の科学で説明できるものではなかった」


「そう言えばあんたに呪いをかけたのはルナ・ラーウィルだが、あいつはヘレナの魔術を使いこなしていたってことか?」


「アトランティスは魔術そのものを普通の人間が使えるように改良したか、それとも人間の方を魔術に適応させたか。そして、ASAに合流したアトランティスのマトリクスの魔導書派閥がその技術を提供した」


「そう考えると荒唐無稽な話でも……いや、やっぱり荒唐無稽だな」


 八重野が言うのに東雲が唸る。


「うだうだ考えてどうにかなることか。上海に行ってASAの人間を拘束して聞けばいい。あたしたちは学者じゃないんだ。考えるのはあたしたちの仕事ビズじゃない」


「それが手っ取り早いな、セイレム。あんたの言う通りだ。上海に突っ込んでから考えるとしよう。とりあえず、明日の朝一に横田で落ち合おう。こっちはこっちで情報収集をしておく」


 東雲がそう言ってホテルに宿泊している呉とセイレムを分かれ、八重野とともにセクター13/6の自宅に帰った。


「ベリア、ロスヴィータ。帰ったぞ」


「お帰り、東雲。ご飯食べて来た?」


「機内食を食ったよ。不味かったけど」


 ロスヴィータが出迎えるのに東雲が肩をすくめる。


「ベリアは?」


「Perseph-Oneの解析中。ボクは休憩して夜食のカップラーメン食べてる」


「夜中にカップラーメンは太るぞ」


「健康管理用ナノマシンで脂肪吸収するから大丈夫」


 ロスヴィータはそう言ってしょうゆ味のラーメンをずずずと啜った。


「でさ、次の仕事ビズが回って来た。上海で暴動が起きてるらしいが、マトリクスで何か聞いてるか?」


「ああ。一応はニュースを見たよ。出稼ぎ労働者が待遇改善を求めてデモをやって、それを上海の治安当局が鎮圧しようとしたら暴徒化したって」


「どうもその暴徒が魔術を使ったらしい。マトリクスではなく、現実リアルで」


「本当? 信じられない。この話をするならベリアも呼ぼう」


 ロスヴィータがそう言ってマトリクスに潜っているベリアを呼び出した。


「どうしたの? 次の仕事ビズの話って聞いたけど」


 ベリアが少し乱れた格好をして部屋から出て来た。


「ベリア。上海でマトリクスではなく現実リアルで魔術を使った人間が出た」


「嘘。そんなのあり得ないよ」


「ジェーン・ドウがわざわざ上海行きのチケットや中国情報機関との連絡まで準備して仕事ビズを斡旋してきたんだぜ? 絶対にありえないって言えるか?」


 ベリアがすぐさま否定するのに東雲がそう尋ねる。


「それは、そうだけど。本当に魔術が? そして、そのことについて仕事ビズ? もしかしてASA絡みだったりする?」


「ああ。ASAの連中が上海に入ってからおかしくなったってジェーン・ドウは言ってる。少なくとも現地の大井統合安全保障が暴動を鎮圧できないのは事実みたいだ」


「ふうむ。ASAか。Perseph-Oneの次は魔術。彼らは何をしようとしてるんだろう……」


「どうせろくでもないことだろ。オリバー・オールドリッジやルナ・ラーウィルのような連中の集まりだ」


 ベリアが考え込むのに東雲がそう言い放った。


「で、上海で仕事ビズだからマトリクスからの支援を頼む。出発は明日一番だ」


「オーキードーキー。準備しておく」


「頼むぞ」


 東雲はそう言って明日に備えて早めに寝た。


……………………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る