デモリッション//コスタリカ共和国

……………………


 ──デモリッション//コスタリカ共和国



 東雲と八重野は成田国際航空宇宙港でHOWTechの呉とセイレムと合流した。


「今回はよろしくな、おふたりさん」


「ああ。随分と厄介なことになりつつあるとHOWTechのお偉方も思っているらしい」


 東雲が挨拶するのに呉がそう返す。


「HOWTechはあんまりドンパチしてない印象なんだがな」


「ハプスブルク的なんだよ、HOWTechは。『戦いは他のものに任せよ、汝幸いなるオーストリアよ、結婚せよ』ってな。事業提携で自社の技術を売り、そしてそこで得た利益で技術を発達させる」


「なんというか、六大多国籍企業ヘックスにしちゃえらいまともだな」


「産業用ナノマシン技術の独占状態って優位性があるから余裕なんだろ。メティスと同じで専門分野は突き抜けて優れているが、他の吸収合併しまくった六大多国籍企業と比べると総合力で劣る」


「有利な点を活かし、不利な点を他と協力して克服する、か」


「それでもメティス相手には酷い戦争をやってるってもっぱらの噂だがな」


 HOWTechは後進ながら医療用ナノマシンのトップであるメティスを追い越そうとしていた。そのための企業亡命や産業スパイの浸透、暗殺という戦争を行っている。


「あたしたちにもその手の仕事ビズは回ってきてるだろ。HOWTechにとってメティスは親の仇も同然だ」


「あんたらも面倒ごとに巻き込まれないようにしろよ。俺みたいなっちまうとにっちさっちもいかんぜ」


「もう手遅れだよ、大井の。反乱勢力が乗っ取ってるとは言えど、メティスの資産を電子励起爆薬でふっ飛ばそうってのに何人のHOWTechの重役が大喜びしたと思う?」


「歪んでんな」


「それが六大多国籍企業って奴だ」


 東雲が呆れるのにセイレムも肩をすくめた。


「そろそろ時間だ、東雲」


「ああ。飛行機に乗ろう。爆弾は現地に運んであるらしい」


 東雲たちはジェーン・ドウが準備したチャーター機に乗り込み、コスタリカのファン・サンタマリーア国際航空宇宙港を目指した。


「コスタリカってどんな食い物が有名なの?」


「知らん。コスタリカなんて行ったことがない」


「まあ、何かあるよな」


「どうせ人工食料だぞ」


 東雲が観光気分なのに八重野が呆れた視線を東雲に向けた。


「現地の警備の規模は分かっているのか?」


「ああ。ベリアたちが調べた。現地の警察業務と軍事業務を請け負っているデルタ・オペレーションズって民間軍事会社PMSCが2個大隊規模。サンドストーム・タクティカルも2個大隊規模だってさ」


「装備は?」


「デルタ・オペレーションズは低強度紛争のために装備を持ってる。地対空ミサイル、軍用装甲車、アーマードスーツ、強化外骨格エグゾ、銃火器がいろいろ」


「サンドストーム・タクティカルは?」


「分からん。少なくとも連中は六大多国籍企業を相手にしてるって理解しているはずだ。そして、連中はコスタリカ政府からVIP待遇を受けてるみたいなんだよな」


 呉が尋ねるのに東雲が唸る。


「VIP待遇? なんでまた」


「コスタリカ政府が経済政策のひとつとして大々的に打ち出した電子産業の基盤となる教育体制と先進的なITインフラの整備に金を出した連中がいる」


 東雲が続ける。


「それがルクセンブルク=クルップス・グループだ。この連中はASAと繋がっていて、オービタルシティ・パシフィカにASAの研究所をおかせていた。前の仕事ビズで分かったが連中はマジでASAとつるんでる」


「ルクセンブルク=クルップスか。随分と胡散臭い連中とつるんでるな。一族経営の大富豪。貴族的だとか、病的だとか言われている連中で、奇怪な方法で成り上がった」


「知ってる。恐らくはAI研究絡みだ。ルクセンブルク=クルップスも超知能を求めてるみたいだからな。そして、白鯨は超知能になるかもしれないってさ」


「マジか。白鯨が超知能に?」


「マジかもしれないって話。マジだったらヤバイぜ」


 呉が目を見開くのに東雲がそう返した。


「本当なのだろう。そうでなければジェーン・ドウがわざわざASAの研究所を電子励起爆薬で吹き飛ばすなんてリスクの高い仕事ビズを私たちに斡旋するはずがない」


「あのクソ野郎をまたマトリクスに放とうってわけか? イカれた連中め。研究所ごと火星まで打ち上げてやるよ」


 八重野が意見を述べ、セイレムがため息を吐いた。


「今回はまだマトリクスに白鯨がうろついているわけじゃない。研究所さえふっ飛ばせば、研究は止められるかもな。というか、そうじゃないと困る。またあの化け物の相手をするなんて嫌だぞ」


 東雲がそう言って唸った。


「どうにかなるといいんだがな。ASA周りは不審な点ばかりだ」


 呉がそう言いチャーター機はコスタリカに到着し、ファン・サンタマリーア国際航空宇宙港に着陸した


「初日はホテルにチェックインして、それから偵察だ。ベリアたちがマトリクスから支援してくれる。偵察が終わったら爆弾を受け取りに行く」


「了解。IDは?」


「準六大多国籍企業のビジネスマン。電子機器メーカーだ。この国なら怪しまれない」


「そうだな。コスタリカは電子機器メーカーがいくつも進出している」


 コスタリカは電子産業が盛んな国でもある。


 早期に電子機械産業にシフトしたおかげで疫病による一次産業の壊滅による打撃から逃れることができた。


 六大多国籍企業の下請け会社が南北アメリカへのサプライチェーンの一部として利用しているから、東雲たちの偽装IDは持ってこいだ。


「じゃあ、ホテルに行こうぜ」


 東雲がタクシーを捕まえて乗り込む。


「お客さん、中国人? いや、韓国人かな?」


「日本人。日本人も大勢いるだろ?」


 タクシーの運転手は色黒のラテン系の男で古いオーディオ機器から陽気な音楽が流れており、ステレオタイプな南国の雰囲気を出していた。


「ああ。日本人か。珍しいね、日本人がタクシーに乗るなんて。大抵、日本人は空港まで会社のお出迎えの車が来て、そっちに乗るから」


「そうなのか?」


「そうだよ。一時期日本人の金持ち相手のタクシーによる詐欺や強盗は相次いだから、タクシーには乗るなって指示が出たらしいよ」


「へえ。俺たちはあいにく迎えに来てくれるような立場じゃないの」


「苦労してるね」


 タクシーの運転手が同情したようにそう言う。


「じゃあ、この住所に向かってくれ」


「おや。コスタリカでも有数の高級ホテルじゃないか。お客さん、本当にお出迎えがない下っ端なのかい?」


「サラリーマンのコツ。経費で落としてるんだ」


「なるほどね、さらりまんか」


 タクシーがコスタリカの首都サンホセを走る。


「コスタリカってのは治安はどうなんだ?」


「他と比べれば天国だよ。けど、不法移民がね。ラテンアメリカ諸国はゼータ・ツー・インフルエンザとネクログレイ・ウィルスで壊滅的な打撃を受けた。でも、この国は乗り切った。そのせいでここにくれば幸せになれると思ってるんだ」


「ふうん。そして、そんな不法移民が思ったより幸せになれず犯罪を起こす?」


「そう。何を隠そう、俺もこの前不法移民のキューバ人に襲われてね。自衛しなきゃいけない羽目になったよ。全く、嫌だねえ」


 東雲はタクシーの開きっぱなしのダッシュボードに古い拳銃が入っているのを見た。


「キューバからも不法移民が来てるのか?」


「キューバ人はどこにでもいるよ。キューバは古めかしいカストロの共産政権が市民革命で崩壊したけど、何もかも滅茶苦茶の上、共産ゲリラが国内でテロを起こしている。とてもじゃないがあんな場所じゃ暮らせないね」


「キューバってクラシックでいい感じの南国リゾートってイメージだったんだけどな」


 タクシーの運転手が肩をすくめるのに東雲も肩をすくめた。


「まあ、お客さんのいくホテル周辺は警察もいるし、民間軍事会社もいるし、気を付けるのは置き引きやスリぐらいだね。警察も民間軍事会社も探知用機械化生体トレーサードッグを装備してるから銃は取り締まれる」


「あんたの銃は?」


「ちゃんと所有許可を取ってるから大丈夫だよ。これ、古く見えるけどちゃんとID登録してあるものだからね」


 ただ、古いんでメンテナンスが面倒だとタクシーの運転手が愚痴った。


「というか、警察がいるのか? 民間軍事会社だけじゃなくて?」


「コスタリカは他の国みたいに警察業務を全部民間軍事会社に投げてないんだよ。昔ながらの警察官たちがいるよ。いいことに民間軍事会社と競争してるから、昔より愛そうがいいし、道を尋ねるなら警察にするといいよ」


「へえ。TMCの傲慢な大井統合安全保障のコントラクターを経験した後だと感激しそうだな。いいことだ」


「いい国だよ、コスタリカは。お客さんもビジネスのついでに楽しんでいってね」


 タクシーの運転手は愛想よく笑い、東雲から多めにチップを貰ってホテルの前で東雲たちを下ろしていった。


「本当に民間軍事会社のコントラクターじゃない警察がいるぞ」


「軽武装だな。持っているのは短機関銃ぐらいか」


「昔のお巡りさんは拳銃と警棒だぜ?」


「いつの話だ」


 東雲が言うのに八重野がどうしようもない人間を見る目で東雲を見た。


 ホテルのサービスはよく、外国人ビジネスマンを多く相手にしているだけあって配慮が生き届いていた。ラウンジにはアラブ人やアフリカ系、アングロサクロン系など様々な人種の人間が快適な時間を過ごしていた。


「さて、俺たちもビジネスマンとして仕事ビズをしようか」


「ASAのコスタリカにおける研究所はサンホセ郊外だ。名義は今もメティス・バイオテクノロジーのままでASAが不法占拠してることになってる」


 東雲が部屋で言うのに八重野がそう報告した。


「コスタリカは良くも悪くも六大多国籍企業の影響が少ない。生体認証スキャナーはあるし、民間軍事会社もいるが、騒ぎになっても皆殺しにしようと重武装の軍隊が送り込まれてくることはない」


「つまらん話だが、研究所そのものはサンドストーム・タクティカルが警備しているのだろう? 連中との殺し合いは楽しめそうだな」


 呉とセイレムがそう言う。


「問題はそのサンドストーム・タクティカルの連中だよな。連中は紛れもなく軍隊な上にコスタリカ政府からVIP待遇を受けてる。騒動になれば大乱闘だ」


仕事ビズの都合上、隠密ステルスは無理だ。大なり小なりサンドストーム・タクティカルのコントラクターども相手にする必要がある。時間をかけずにすぐに爆弾を設置して逃げれば大丈夫かもしれないが」


「ささっと終わらせる、か。爆弾がどの程度の大きさか分からんが、一気に突入して、ベリアたちにもマトリクスから攪乱してもらって、サンドストーム・タクティカルが本腰入れる前に爆弾をおいて逃げるってのは?」


「できれば苦労はしないな」


 東雲が意見を述べるのに八重野がそう評価した。


「うだうだ考えたところでどうにもならん。研究所をふっ飛ばすって単純な仕事ビズだ。何を強奪スナッチしろだとか引き抜けって話じゃない。突っ込んでふっ飛ばせばいいだろうが」


「乱暴だが、あれこれ考える余地があるようにも思えん。研究所は状況から考えて外部からの侵入をほぼ拒んでいるだろう。どんなIDを使ってもこっそり忍び込むと言うのは無理だ。どうあってもサンドストーム・タクティカルとぶつかる」


 セイレムが苛立った様子でそう言い、呉も同調して見せた。


「あーあ。嫌な予感しかしないぜ。じゃあ、一応は偵察な? それだけはしておこう。事前情報なしに突っ込むのは流石に自殺行為だ」


 東雲がそう言い、TMCにいるベリアに連絡する。


「ベリア? 足を準備してくれないか?」


『オーキードーキー。コスタリカはどんな感じ?』


「結構いいところみたいだぞ。少なくともセクター13/6より遥かにマシ」


『それは結構なことで。足を準備した。ホテルに向かわせてる』


「サンキュー」


 ベリアが適当に車を準備し、東雲たちはホテルの前でそれに乗り込み、ASAが不法占拠しているメティス・バイオテクノロジーのAI研究所に向かった。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る