デモリッション//コスタリカ・マトリクス

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 ──デモリッション//コスタリカ・マトリクス



 東雲が王蘭玲のクリニックを訪れている間にベリアとロスヴィータは今回の仕事ビズの下準備を始めていた。


 マトリクスでの情報収集だ。


「コスタリカ、か。ここ近年は中南米諸国にとって試練の時代だった。その時代を生き延びて、安定した状態を維持しているのがコスタリカだね」


「現地に進出している六大多国籍企業ヘックスはメティスだけなの?」


 元メティスの研究員であるロスヴィータが言うのにベリアが尋ねる。


「知ってる限りは。もっともメティスの業務は限定的だから他の企業に業務を委託することもあったはずだよ。調べてみよう」


 ロスヴィータはそういいBAR.三毛猫にログインする。


「“Perseph-Oneの解析に関するトピック”が伸びてるね」


「最近、覗いてみた? ボクは顔を出しているけど結構解析が進んできてる。少なくとも白鯨由来の技術に関してはかなり」


「問題は新しい言語か」


 Perseph-Oneに使用されている白鯨でも、マトリクスの魔導書でもない言語。


「Warlock-CSの改良にはボクも取り組んでいる。けど、全く未知の言語過ぎてデータベースの構築が大変。規則性を見出そうとしているけど、下地が全くないってのは大きなハードルになってるよ」


「そっか。Warlock-CSは限定AIを使ってるんだっけ?」


「使ってる。準六大多国籍企業のホワイトハッカーが準備した代物。結構高度な限定AIだよ。そして、Warlock-CSは分散コンピューティングもできるから、それぞれが演算して、それを統合して解析してるんだ」


「昔ながらのやり方だね。けど、効果はありそう。この仕事ビズが終わったら顔を出してみるよ」


 ベリアはそう返してジュークボックスに向かう。


 そして、過去ログからコスタリカについて検索した。


「いくつかヒットした。コスタリカはマトリクスでも話題になる国なんだね」


「メティスがAI研究所を設置するぐらい電子機器の製造が盛んな国だから。ゼータ・ツー・インフルエンザとネクログレイ・ウィルスがパンデミックを起こす前に二次産業に大きく舵を取ったのが正解だった」


「政府の成功か。では、“コスタリカでの六大多国籍企業”ってのを見てみよう」


 ベリアがログを再生する。


『コスタリカは疫病による悪夢の時代を乗り切った中南米の数少ない国だ。ここ以外で安定しているのはパナマぐらいか?』


『一次産業の壊滅は大打撃だったからな。まさかこの地球上から穀物と家畜が一掃されるなんて誰が想像した?』


『ゼータ・ツー・インフルエンザに至っては人間まで殺しまくった。中南米は抗ウィルス剤の優先順位も低く、馬鹿みたいに人が死んだ』


『コスタリカは政府が有能だったな。ゼータ・ツー・インフルエンザ対策も上手くやってた。まあ、国境での大虐殺を検疫と言い張るなら完璧なんだろうが』


『アメリカに逃げて助かろうとした連中が南からうようよ。コスタリカは民間軍事会社PMSCを雇って国境に地雷を敷設し、機関銃陣地を据え、殺しまくった。国内においても外出制限などでパンデミックに対抗した』


『上手くやったよな。おかげで今では世界でも有数の経済国家だ。六大多国籍企業も進出してる』


『メティスが人工食料プラントを置いてるんだっけ?』


『それからAI研究所。コスタリカ政府は六大多国籍企業が進出するのを拒んではいないが、全部連中任せにすることはしてない。従来の政府がやるべきことは政府がやってるし、警察・軍事業務は非六大多国籍企業系民間軍事会社だ』


『デルタ・オペレーションズだっけ。コスタリカは内戦の経験から常備軍を廃止して民兵と警察にその業務を行わせていたけど、世界的に軍事業務の外注アウトソーシングの波には勝てなかったわけか』


『まあ、数少ない経済的、政治的安定のある国だから他の国から不法移民がやってくる。で、コスタリカ政府としてそういう連中はトラブルの種だって分かってる。国境警備が主な仕事ビズだな』


『それからメティスが独自にベータ・セキュリティを雇っていて、進出しているアローがフラッグ・セキュリティ・サービスに自社施設を警備させてる』


『まあ、コスタリカ政府は六大多国籍企業系の民間軍事会社に全権委任してないから、連中がやれることは限られるがね』


 どうやらコスタリカはTMCのように六大多国籍企業系民間軍事会社が我が物顔でうろついている場所ではないらしい。


「どうしてASAがコスタリカに拠点を置いているか分かった。コスタリカは今やASAの敵となった六大多国籍企業が介入しずらい場所なんだ。これが別の場所だったら、六大多国籍企業系民間軍事会社が速攻で攻撃してくる」


「ある意味では抜群のバランス感覚で六大多国籍企業を押さえ、それでいて経済的、政治的に安定知るコスタリカは研究を行う環境としてもいい場所だ。コスタリカのインフラは良好みたいだし」


 ベリアとロスヴィータがコスタリカの状況にそう言葉を交わす。


「コスタリカのマトリクスに潜ってみよう。ASAなりサンドストーム・タクティカルなりが活動しているならトラフィックを解析する必要がある」


「そうだね。東雲たちをマトリクスから支援しなきゃいけないし」


 ベリアとロスヴィータがコスタリカのマトリクスにジャンプする。


「コスタリカ政府機関の構造物。あっちはデルタ・オペレーションズの構造物。そして、あれがASAのAI研究所の構造物か」


「大きいし、凄いアイス。下手な軍用アイスが霞むぐらい。流石は白鯨とマトリクスの魔導書を研究していた人間の組織というべきか」


 ASAの研究施設のアイスは半端なものではなかった。高度軍用アイスのレベルを超え、国連チューリング条約執行機関クラスのアイスが構造物を防衛していた。


「これじゃ手出しできない。サンドストーム・タクティカルの構造物は?」


「ASAの研究施設の構造物の中っぽい。外部の防衛システムにトラフィックがある。普通に考えて防衛システムを運営しているのはサンドストーム・タクティカルだろうし」


「じゃあ、どうやってマトリクスから東雲たちを支援するの? 東雲は無人警備システムを相手にすると貧血になっちゃうよ」


「東雲は殺しても死なないぐらい頑丈だから大丈夫だと思うけど、仕事ビズの成功を考えるならば無人警備システムは焼き切りたいし、サンドストーム・タクティカルの使ってるC4ISTARも妨害したい」


「そうなるとこのASAのどれだけ固いか分からないアイスをどうにかしなきゃいけない。Perseph-Oneを使ってみるってのは?」


「なしだね。ASAがPerseph-Oneに何を仕込んでるか分からないのにASAの構造物にあれを使うのはいい選択肢とは思えない」


 ロスヴィータが提案するのにベリアがそう返した。


「どうするわけ? 何か打開策はあるの? 普通のアイスブレイカーじゃこれは砕けないよ。どうにかしないと東雲たちが困るし」


「白鯨由来の技術を使ってみよう。幸い白鯨由来の技術は私たちが知ってる技術だ。異世界の魔術。ASAだと対策をしている可能性もあるけど、彼らが完全に魔術を解析しきったとも思えない」


「分かった。準備しておこう」


 ロスヴィータがそう言ってベリアたちはコスタリカのマトリクスからTMCのマトリクスに戻る。


「ジャバウォック、バンダースナッチ。新しいアイスブレイカーを生成して。滅茶苦茶強力な奴。白鯨由来の技術をフルに使って制限はなし。白鯨技術のデータベースはこれを利用していいから」


「了解なのだ」


 ベリアから白鯨由来の技術をデータベース化したものを受け取り、ジャバウォックとバンダースナッチがアイスブレイカーの生成を始める。


 限定AIである彼女たちは専門性を持って解析と生成が行える。こと専門性においては人間よりも高度な演算能力を示すのだ。


「アイスブレイカーを準備すると同時に敵の攻撃エージェントにも備えなければいけない。あのアイスを砕けば間違いなく管理者シスオペAIが反応する。そうなれば電子戦になるから」


「敵はPerseph-Oneか、それに準ずるものを使って来るだろうね」


「Perseph-Oneについてもっと理解しておかなきゃいけない。BAR.三毛猫のトピックを覗いてみよう」


 ベリアたちは再びBAR.三毛猫にログインし、自分たちが立てた“Perseph-Oneの解析に関するトピック”に顔を出した。


「──Warlock-CSはまだまだバージョンアップが必要だってこと。データベースの迅速な構築と解析パターンの学習がなければこれじゃPerseph-Oneを丸裸にするのは無理だ」


「分かってる。だが、データベースを構築するためには今あるデータを無理やりにでも解析してパターンを見つけなければいけないってことは分かるだろう?」


 トピックではメガネウサギのアバターの男性にアニメキャラのアバターの女性を初めとして見知った顔振りが揃っていた。


 彼らはPerseph-Oneの解析方針を巡って議論を重ねているようだった。


「Perseph-Oneから白鯨由来のコードとマトリクスの魔導書由来のコードを除去し、新言語に収集して解析を進める。白鯨とマトリクスの魔導書については分かっていることもあるし、解析方法も一定して分かっている」


「いや。そう簡単にはいかないだろう。白鯨、マトリクスの魔導書、新言語。この区別をはっきりつけることが私たちにはできない。私たちは経験則的に解析を行ってきた。コードの中からパターンを見つけ、抽出するということで」


「基盤となる技術が俺たちにはない、というわけか。確かに俺たちは大学でこんなイカれた言語を教わってはいない。仕事ビズでも相手にしたことはない。しかし、こいつはマトリクスに存在する」


 やはり問題は魔術という地球に基礎となる知識がない要素が問題になっていた。


「聞いて。私たちが分かっていることを伝える。これを見て」


 そこでベリアが発言し、トピックにあるデータをアップロードした。


「これは……」


「魔術のデータ? それも体系化されている……」


 データをダウンロードしたメンバーたちが目を見開く。


「前に言ったよね? あれはある種の魔術カルトのものだって。白鯨に関して言えば、私はそれが意味するものを知ってる。それについて最近データベースを構築した。私の知っていることを記したデータベース」


 そう、ベリアは自身の知っている魔術を整理し、データベースを構築した。ロスヴィータも手が空いたときに作業を手伝い、異世界の魔術をマトリクス上で摩訶不思議な奇跡でなく、体系的な技術とした。


「魔術、か。ここまで体系化されるとそう呼ぶのは相応しくないとすら思える。これは科学の新しい分野だ」


 メガネウサギのアバターはそう評価した。


「こんなものがあるならもっと早く出してほしかったな。私たちが頑張ってたのはなんだったのか。しかし、こいつは本当に凄い。これまで見えなかった点と点を繋ぐ線が描けるようになる」


 アニメキャラのアバターもため息を吐きつつも、ベリアがアップロードしたデータベースを見て頷いていた。


「マトリクスの魔導書は? あれについてのデータベースはないのか?」


「ごめん。あれは違う魔術なんだ。私たちが知ってる魔術じゃない。だけど、これで白鯨、マトリクスの魔導書、新言語のうちひとつは解明できるでしょ?」


 アラブ人のアバターが尋ねるのにベリアがそう返す。


「そうだな。未確認要素のひとつはどうにかなる。これをWarlock-CSに組み込もう」


「これを俺たちが学べば現実でも魔術が使えたりするのか?」


 アニメキャラのアバターが早速バージョンアップ作業に取り掛かり、メガネウサギのアバターがそう尋ねる。


「無理だと思う。魔術というのもある意味では物理法則に従っていて、無から有は生まれない。本人の魔力や精霊の力を借りる必要がある。エネルギーは保存されるし、かつエントロピーは増大する」


「だとすると、どうしてマトリクスでは魔術が機能するのか……」


「マトリクスはよく分からないものが潜んでるとしか思えない」


 ベリアはマトリクスから死者の世界を見たロスヴィータと八重野のことを思い出した。オカルトだと思ってもロスヴィータはブラックアイスから生還したし、八重野は死者の世界でエイデン・コマツの情報を手に入れた。


「オーケー。データベースを参照して、解析できるようにした。これを使ってくれ」


「よし。謎を解き明かそう」


 そして、BAR.三毛猫でPerseph-Oneの解析が続けられる。


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