平和と青い血//奪還
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──平和と青い血//奪還
『東雲。ルクセンブルク=クルップス・グループの経営者がASAの研究施設を出た。彼らに出くわさないように気を付けてね』
「あいよ。で、
『ASAの研究者に状況を説明されてる。上手く聞き取れないけどAIに関する用語がちらほら聞こえる。白鯨の研究をしてるのかも。あるいはマトリクスの魔導書か』
「奪還して聞けばいい。今は
『オーキードーキー。今、東雲たちがいるのは既にASAの保有する敷地内。警備はD-3プロテクトからサンドストーム・タクティカルに代わってる。用心してね。こっちでもスキャンの状況を確認するから』
ベリアがそう言ってマトリクス上からサンドストーム・タクティカルとASAの構造物をハックし、東雲たちをリアルタイムでスキャンしている無人警備システムの情報を解読していく。
「サンドストーム・タクティカルのコントラクターだ。あいつがいる横の扉から研究施設に入ることになる。通行証は本当に大丈夫なんだな?」
「ベリアを信じようぜ」
八重野が警戒するのに東雲がそう返し、サンドストーム・タクティカルのコントラクターの横を通ってASAの研究施設に入った。
『ここから先は私がナビをするよ。そのまま廊下を直進して。それから非常階段に入る。エレベーターの付近にはスキャナーとサンドストーム・タクティカルのコントラクターが集中してるから』
「オーケー。言われたとおりに進む」
ベリアの案内で東雲たちはASAの研究施設内部を進む。
「あまり人がいないな」
「軌道衛星都市だからな。いくらでも人間が暮らせる環境じゃない。食料も、空気も、居住区も制限されている」
「オリバー・オールドリッジもひとりで白鯨のサーバーがある場所にいたな」
八重野と東雲はそう言葉を交わしながら可能な限りスキャナーとサンドストーム・タクティカルのコントラクターたちを避けて、
『いい調子。ASAの無人警備システムにも、サンドストーム・タクティカルの無人警備システムにも怪しまれてないし、サンドストーム・タクティカルは通常の警戒態勢のまま。この調子で行こう』
ベリアがそう言い東雲たちを目的地まで案内し続ける。
「サンドストーム・タクティカルも大した警備はしてないな。1個小隊程度か?」
「ここは軌道衛星都市だ。環境に制限されることもあるし、テロリストの侵入は水際で防げると考えているのだろう。事実、軌道衛星都市でテロが起きたはのオービタルシティ・フリーダムの1件だけだ」
「あれはテロじゃないの。イカれたAIから人類を助けるための戦い」
オービタルシティ・フリーダムは白鯨との戦いが行われた場所だ。
『
「おいおい。今のIDと通行証でどうにかなるのかよ?」
『無理だね。サンドストーム・タクティカルのC4Iを一時的にマヒさせるから、その隙に殺して突破して。定時報告が最後に行われたのが12分前でその時のデータがあるから、脱出するまで偽装を続ける。ああ、死体は隠して』
「結局こうなるのかよ」
「八重野。ベリアたちがサンドストーム・タクティカルのC4Iをハックするからその隙に警備のコントラクターを仕留めるぞ。数は2名。1名ずつ担当な」
「分かった。正確にやろう」
東雲と八重野が戦闘態勢に入る。
東雲は“月光”を展開し、八重野は“鯱食い”を握る。
『
「始めるぞ。C4Iに
『オーキードーキー。すぐにダウンさせる。よし、初めて』
「あいよ」
東雲と八重野は研究室の扉を警備しているサンドストーム・タクティカルのコントラクターに近づいていく。
「おい。お前たち、止まれ。IDを確認──」
「八重野、やれ」
サンドストーム・タクティカルのコントラクターは東雲たちに気づくのに、東雲と八重野が一瞬で動いた。
八重野が超電磁抜刀でひとりを倒し、東雲が“月光”を投射してもうひとりを仕留めた。ふたりの
「ベリア。サンドストーム・タクティカルのコントラクターをやった。連中に気づかれたか?」
『大丈夫。生体反応はダミーの情報を流してある』
「よし。じゃあ、
東雲が研究室の扉を開く。
「……ん? 何かね、君たちは? ここはレベル5の職員だけがアクセスできる場所だぞ? 君たちのIDは?」
「こいつがIDだよ」
東雲が“月光”を投射してASAの研究員2名の首を刎ね飛ばした。
「ひいっ!」
「あんたが森・V・フェリックスだな? 俺たちはあんたを奪還しに来た人間だ。一緒に来てもらうぞ。いいな?」
「お、大井に雇われているのか?」
「知らん。あんたをTMCに連れ戻せという
「分かった、分かった。一緒に行こう」
森・V・フェリックスはアジア系の男で背がそこそこ高いが、中年太りが目立つ人物だった。金があるならその突き出た腹もどうにかなるだろうにと東雲は思う。
「ベリア。
『任せて。そっちにデータを送ったからそのデータ通りに動いて』
ベリアから東雲のARデバイスに脱出ルートが送られてくる。
「八重野。
「ああ。任せてくれ」
東雲が先頭を進み、後ろから八重野と彼女に守られてた森・V・フェリックスが続く。彼らはASAの研究施設を警備を避けながら脱出していく。
『急いで、東雲。今はまだ警戒態勢じゃないけど研究所内で動きがある。死体が見つかったら一発でアウトだよ。オービタルシティ・パシフィカから脱出できなくなる』
「言われなくても急いでるよ。
『文句言わない。IDは偽造してるけど、
「焼き切れないのか?」
『焼き切ったらAIじゃなくて人間の
「はあ。しょうがない。なるべく急ごう」
ベリアが警告するのに東雲たちが歩みを早める。
「D-3プロテクトの連中がいる。どうする?」
『サンドストーム・タクティカルの警備範囲は出たね。じゃあ、このデータ通りに進んで。シャトルの発着場までのルートだよ』
「サンキュー」
東雲はベリアが送って来た案内に従ってASAの敷地を出て、オービタルシティ・パシフィカの通りに入った。オービタルシティ・パシフィカではD-3プロテクトの軽装歩兵がちらほらと警備しているぐらいで脅威はほぼない。
「よーしよし。このまま逃げ切れそうだ。
「初めてうまくいった気がする」
「マジでな。ここまで順調だと逆に怖くなるぐらいだ」
八重野と東雲は思わぬ成功にそう言葉を交わす。
「シャトルの発着時間は?」
「残り45分。ドッキングステーションまで逃げ込めばどうにかなるだろ」
「45分か。サンドストーム・タクティカルが異常に気付かなければいいが」
八重野がそう呟く。
『東雲。チケットを交換してもっと早く発着するシャトルにした。
「オーケー。サンドストーム・タクティカルの連中は警戒してないか?」
『今のところは静かなものだよ。D-3プロテクトも警戒してない』
「いいニュースだ」
東雲たちは着実にシャトルのドッキングステーションに向けて進む。
オービタルシティ・パシフィカの人口は300名程度で広さの割に人は少ない。ここにいるのはビジネスマンか観光客ぐらいで、定住している人間となるとさらに少なくなる。
ルクセンブルク=クルップス・グループの経営者一族が
「ドッキングステーション、間もなく」
「シャトルの発着時間はいつになった?」
「後、13分後だ。搭乗手続きをさっさと済ませて乗り込むぞ」
東雲たちはようやくシャトルのドッキングステーションに到着し、トート系列の民間航空会社であるユーロエアスペースウィングの搭乗口に向かうために搭乗手続きを速攻で済ませる。
『東雲。サンドストーム・タクティカルが研究室の死体に気づいた。D-3プロテクトにも警報が流れてる。急いで乗り込んで』
「すぐに乗り込めるよ」
『こっちは連中を足止めする。オービタルシティ・パシフィカの無人警備システムを暴走させて混乱を引き起こす』
「シャトルの発着に影響は?」
『ないと思うよ』
「それならいいが」
そして、ベリアとロスヴィータがオービタルシティ・パシフィカの無人警備システムの構造物をハックし、全ての人間を攻撃するように
警備ドローンと警備ボットがD-3プロテクトやサンドストーム・タクティカルを攻撃し、大混乱が生じる。
『これより当機はオービタルシティ・パシフィカから離陸します。目的地は成田国際航空宇宙港。現地の時刻は──』
混乱の中、シャトルがドッキングステーションから発進する。
ドッキングステーションから電磁カタパルトで射出された機体にGがかかり、そのまま宇宙空間に出たシャトルがオービタルシティ・パシフィカから安全な距離を取ってラムジェットエンジンを点火した。
そして、シャトルは地球に降下していき、TMCを目指す。
「はあ。
「ジェーン・ドウに引き渡すまで安心はできないぞ」
「分かってる」
八重野が指摘するのに東雲が頷いた。
「で、森・V・フェリックス博士? それとも教授?」
「博士だ。昔は教授だったがね」
「オーケー。あんたがASAで見たものを教えてほしい。連中はあんたに何をさせようとしていたんだ?」
森・V・フェリックスが息を吐きながら答えるのに東雲が尋ねる。
「まず私の専門だが、それは自律AIに感情を持たせることだ。感情というものがどういう経緯出発現するかを脳神経学的
「ふうん。感情がどうやって生まれるのか分かっているのか……」
「ある程度は。生物が本来備えている生存本能に由来するものと環境や教育で生まれるもの。そのふたつが相互に干渉しあって複雑な人間の感情は産まれる」
「難しそうだな」
「難しいとも。人間のマトリクス上でのコピーが作れないのは脳神経データの複雑さにある。いくつもの要素が影響し合い、人間の感情は生まれる。確かに脳神経科学はシジウィック発火現象を突き止めるまでに成長したものの」
未だに分かっていない要素もあると森・V・フェリックス。
「じゃあ、どうやってそれを自律AIに適応させるんだ? 分からないんだろう?」
「オッカムのカミソリだ」
「議論から不要なものを取り除いて簡素化して考えるって奴か」
「そうだ。我々は生物の感情を生み出す構造を簡素化した。簡単な数式で表せるほどにね。そして、AIにそれを組み込み、学習を施すことで発展させようとしていた」
それが私の研究だと森・V・フェリックスは言う。
「で、ASAでは何を?」
「彼らも私と同じことを研究していた、と言っていいだろう。とはいえ、彼らの場合は既に自律AIは感情を持っており、学習によってどのようにその感情の方向をコントロールするかという問題に携わっていたが」
「既に感情を持った自律AI?」
「君たちも知っているのではないか。そう──」
森・V・フェリックスが告げる。
「マトリクスの怪物。白鯨だ」
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