平和と青い血//オービタルシティ・パシフィカ
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──平和と青い血//オービタルシティ・パシフィカ
東雲と八重野は翌日成田国際航空宇宙港に向かい、ジェーン・ドウから渡されたシャトルのチケットでオービタルシティ・パシフィカに向かった。
「IDについて確認しておくが、俺たちは準
『そうだよ、東雲。オービタルシティ・パシフィカを運営するルクセンブルク=クルップス・グループは六大多国籍企業と関わり合いになりたくはないけど、別に六大多国籍企業の人間が観光に来る程度なら許容してる』
「オーケー。今回の作戦はあくまで
『上手くいくといいけど』
「行かないと困る」
ベリアが肩をすくめるのに東雲がそう言った。
「東雲。
「ああ。そっちと共有しておく。ベリアがオービタルシティ・パシフィカ相手に
八重野が尋ねるのに東雲がベリアから送られてきているオービタルシティ・パシフィカ内の情報を送った。
「現地の警備は
「その情報は確かなのか?」
「ベリアが調べた限りではな。なんでもルクセンブルク=クルップス・グループの連中はオービタルシティ・パシフィカで民間軍事会社がクーデターを起こすのを恐れているとかで、余計な装備は与えないようにしてるらしい」
「クーデターを警戒して警備を縮小するとは。まるで冷戦時代の中南米の独裁者のようだな。テロは警戒していないのか……」
「してはいるだろうが、地上と違ってシャトルしか交通手段がないし、爆発物や銃火器を持っていれば
八重野の問いに東雲がそう返した。
「しかし、これほど簡単に宇宙旅行ができるとは思わなかったぜ。普通の空港からシャトルに乗り込んでそのまま宇宙へ。昔はスペースシャトルを打ち上げるのも随分と大変だったのにさ」
「いつの時代の話だ。今は宇宙往還機の技術は完成している。2020年代後半、第三次世界大戦終結後の宇宙開発ブームでいくつもの民間宇宙開発企業が生まれ、それに六大多国籍企業が乗ってから宇宙に行くのは安く、簡単になった」
「月面には?」
「うんざりするほど行ってる。火星にすら到達してるんだ」
「すげえな。火星に移住した人いるのか?」
「科学的な実験施設以外は何もない。地球以外の場所に住むのはコストばかりが高くて、採算が取れないんだ」
「そういうもんか」
東雲はあまりロマンがないのにがっかりした。
フライトから2時間ばかりが経ったところでアナウンスがオービタルシティ・パシフィカへのドッキング態勢に入ったことを知らせた。
シャトルがスラスターによって減速し、ゆっくりとオービタルシティ・パシフィカのドッキングステーションに入っていく。
『当機はただいまオービタルシティ・パシフィカとドッキングいたしました。客室乗務員の案内に従って──』
ベルト着用サインが消え、乗客たちが動き出す。乗客たちと言っても東雲と八重野を含めても9名しかいないが。
「降りるぞ」
東雲たちは客室乗務員の案内でオービタルシティ・パシフィカに入った。
「うお。なんか中世の城みたいなのがある」
「ルクセンブルク=クルップス・グループの経営者一族のものだな。時代錯誤な一族だと聞いている。まさにその通りだったようだ」
オービタルシティ・パシフィカの居住環境は古いヨーロッパの街並みが再現されており、そこにはドイツのノイシュバンシュタイン城に似た城すらもあった。
「なんというか。思ったより観光できそうだな?」
「観光してる場合か。私たちは
「分かってるよ。ベリア、オービタルシティ・パシフィカに到着した。
八重野が指摘するのに東雲がベリアに連絡した。
『サンドストーム・タクティカルの小部隊がいるし、D-3プロテクトのコントラクターたちもいる。そして、調べてて分かったんだけどASAはルクセンブルク=クルップス・グループからVIP待遇を受けてる』
「VIP待遇?」
『優先的な電力配分と食料配給、それから回線の優先使用権』
「そいつはまた。ジェーン・ドウはASAとルクセンブルク=クルップス・グループの連中に繋がりはないって言ってが」
『それじゃジェーン・ドウの読みは外れたね。ルクセンブルク=クルップス・グループはがっちりASAと手を組んでるよ』
ベリアがそう報告する。
「マジか。となると、
『どうにか頑張って。こっちでも支援する。無人警備システムを暴走させるってこともできるけど、どうする?』
「まずはこっそりやってみる。それでダメなら迅速に強行突破だ」
『オーキードーキー』
東雲が言うのにベリアがそう返した。
「ASAとルクセンブルク=クルップス・グループがグルか。どういう目的だろうな?」
「さあな。ここで行われている研究すら私たちは知らないんだ。分かるはずもない。今はとにかく
「あいよ。
八重野と東雲がわざわざレンガまで作って再現された中世ヨーロッパ風の街並みを歩き、ASAの研究施設があり、
「D-3プロテクトのコントラクターたちだ。標準的な軽歩兵装備だな」
「通信装備は?」
「それなりだ。先進国の基本的なC4ISTARを使っている。攻撃を受けたらすぐに司令部に通知が行われる」
東雲たちが
「交戦は避けたいが、あちこちにコントラクターどもがいる。どうやって抜けるべきだ? 今からドンパチしてたら
「通行証を偽造するしかないな。このIDだけでは通過できないが、ASAなりルクセンブルク=クルップス・グループなりの通行許可証があればコントラクターはそれを確認しただけで何も言うまい」
「オーケー。ベリアに頼もう」
東雲がベリアに連絡を取る。
『どうしたの、東雲?』
「ASAかルクセンブルク=クルップス・グループの通行証を偽造してくれ。コントラクターだらけで研究施設に近づけない」
『分かった。ジャバウォックとバンダースナッチに偽造させる。幸いにもルクセンブルク=クルップス・グループの構造物には侵入できたから』
「何か分かったことはあるか?」
『ルクセンブルク=クルップス・グループの経営者一族はかなり無茶な延命処置を受けてる。大量のナノマシンを入れてるのに臓器の機械化は拒み、生物学的人工臓器を入れてる。クローニング技術を使って自分の複製を作ってそこから』
「マジかよ。どうかしてるだろ」
『彼らの言う貴族らしさって奴なんでしょ。それから彼らはAI研究に熱心だよ。国連チューリング条約執行機関から自律AIの製造許可を貰ってる。彼らが投資している大学の研究もほとんどAI絡み』
「嫌な予感がしてきたぞ。ASAにはメティスの白鯨派閥の連中がいて、今回
『奇遇にもオリバー・オールドリッジが白鯨のために用意した空間も軌道衛星都市だった。嫌な予感は当たりかもね。ルクセンブルク=クルップスは白鯨事件の情報収集にも熱心だったみたいだし』
「確実だな。連中はここで白鯨の研究をしてる」
『でも、ルクセンブルク=クルップス・グループが熱心だったのはAIというよりも超知能みたい。超知能が生み出す産物に興味を持っている。その手の論文をいろいろと集めているね。けど、白鯨は超知能じゃない』
「分からねえ。超知能になると思ってるのかもな」
ベリアは困惑しながら言うのに東雲が肩をすくめた。
『ご主人様。通行証の偽造ができたのだ。オービタルシティ・パシフィカのあらゆる場所に出入りできるルクセンブルク=クルップスの通行証なのだ』
『でかした、ジャバウォック。じゃあ、これを使って、東雲』
ベリアから偽造された通行証が送られてくる。
「オーケー。八重野、ASAの研究施設に踏み込むぞ。今はまだ
「分かった」
東雲たちがオービタルシティ・パシフィカの内部を進む。
ASAの研究施設に近づくとD-3プロテクトのコントラクターたちが訝し気な視線を向けてくるが、スキャンして通行証を確認すると何も言わずに通過させた。
「ちょろいもんだな。情報のリテラシーの欠如って奴だ」
「未だにBCI手術すら受けてない人間が情報のリテラシーを語るのか?」
「うるせえ。情報は集めればいいもんでもないの」
八重野が呆れるのに東雲がそう返した。
『東雲。オービタルシティ・パシフィカの無人警備システムからそっちを見てるけど、ちょっと要注意事項がある。ルクセンブルク=クルップスの経営者のひとりが研究施設に入った。ASAの研究者と話してる』
「おいおい。マジかよ。何しに来てるんだ? というか、そんな状況で今の通行証とIDは通用するのか?」
『まだ大丈夫。その通行証はルクセンブルク=クルップスが発行したということになってるか。だけど、D-3プロテクトのざるな警備をすり抜けても、サンドストーム・タクティカルの連中が厄介だ』
「どうにかできないのか?」
『やってる。通行証とIDの偽造に念を入れてる。まあ、ルクセンブルク=クルップスの重役の警備はD-3プロテクトが行っているから大丈夫。問題はサンドストーム・タクティカルの部隊』
東雲が尋ねるとベリアが唸りながらそう返す。
「サンドストーム・タクティカル相手に
『できないことはない。今の私たちはPerseph-Oneを持ってるから』
「おお。軍用
『そうだよ。素人ハッカーでも軍用
「よく分からんが、上手くやってくれ。頼んだぜ?」
東雲はベリアにそう頼むとさらにASAの研究施設に接近する。
『サンドストーム・タクティカルの構造物をハック。通行証を偽造した。今のところ、彼らはこっちの動きには気づいてないみたいだけど』
「このまま上手くいくことを祈ろう」
ベリアが通行証を新しく偽造し、東雲たちはASAの研究施設である建物に近づいた。
『オーケー。無人警備システムが音声を拾った。ASAの研究施設にいるルクセンブルク=クルップスの人間が何を言ってるか調べよう』
「運が良ければこっちの
ベリアがオービタルシティ・パシフィカの無人警備システムからASAの研究者とルクセンブルク=クルップスの人間が何を話しているか探る。
『──の目的はマリーゴールドだ。超知能が生み出すもの。それが欲しいのだ。私はまだ信じている。レイ・カーツワイルの語った未来を。臥龍岡夏妃が推測した未来を。超知能が我々の人間としての限界を超越させることを』
『分かっています、閣下。我々の目的もマリーゴールドにありますから。今や我らが大願は成就しようとしているのです。我々は人間でありながら人間以上の高次存在になる。死すら過去のものとなる』
ルクセンブルク=クルップス・グループ経営者一族のケルト系の中年に見える白人男性が言うのにメスティーソのASA研究者が答える。
『我々には時間がないんだ。一族は死にかけている。限界に近づきつつあるのだ。この青い血の血筋を残そうとも、もはや貴族というものが絶滅したこの世界では不可能だ。クローニングも徐々に綻びつつある』
『もう少しです。もう少しなのです。間もなく
『そう願いたいところだ。我々も超知能を研究していた。臥龍岡夏妃。あの史上稀にみる天才的なAI研究者のことも随分と調べた。彼女は間違いなく既に超知能を開発している。しかし、我々はそれを掴めない』
『ええ。プロジェクト“ERIS”の初期のプランは彼女の手によって超知能を生み出すことでした。だが、彼女はデータを消し、どこかに消えた。それでも我々は進んだのです。彼女がいなくても超知能は実現できる』
『君たちのことは信頼している。早く結果を出してくれ。一族を守るために死すら超越する超知能を。マリーゴールドをももたらしてくれ』
そこでルクセンブルク=クルップスの経営者一族のひとりはASAの研究施設を出た。
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