ミリシア//ジェーン・ドウ

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 ──ミリシア//ジェーン・ドウ



 東雲たちはTMCに到着したと同時にジェーン・ドウに呼び出された。


 それも全員来いとの指名である。


「嫌な予感がするぜ」


「いよいよ使い捨てディスポーザブルだね。儚い人生だった」


「やめろよ! 縁起でもない」


 ベリアがため息を吐くのに東雲が突っ込んだ。


「ハッカー。ジェーン・ドウが満足しそうな情報は結局なかったのか?」


「白鯨由来の技術が使われているということだけ。絶対にジェーン・ドウはこれでは満足しないと思うよ」


「クソ」


 ベリアの報告にセイレムが悪態を吐く。


「覚悟を決めるか。まだアメリカでの仕事ビズという希望はあるが」


「あーあ」


 諦観気味の呉が促し、東雲が渋々とジェーン・ドウが指定したTMCセクター6/2の高級バーに向かっていった。


「遅いぞ」


 ジェーン・ドウと高級バーのカウンターで落ちあい個室に向かう。


「ちびのハッカー。アムステルダムでの戦果は?」


「これだけ」


 ジェーン・ドウの端末にベリアがPerseph-Oneの断片データを送った。


「はあ。まあ、予想はしていたが、もっと上手くやるだろうとも思っていた。これでエジプトの件も含めて2回目の仕事ビズの失敗だ」


「悪かったよ。水に流してくれない?」


「ダメに決まってるだろ、阿呆。しかし、俺様は冷酷な女じゃない。挽回のチャンスを与えてやる。今度しくじったら殺すからな」


 東雲が言うのにジェーン・ドウが東雲を睨む。


「アメリカの件は聞いたか?」


「白人至上主義者が大陸間弾道ミサイルICBM基地を占領した事件?」


「そう、それだ。事件は解決した。アメリカ陸軍のデルタフォースとフラッグ・セキュリティ・サービスの特殊作戦部隊が基地を奪還し、基地にいた民兵ミリシアの連中を皆殺しにした」


「何だ。もう解決しちまったのか」


「基地の占拠そのものはな。サイバー攻撃をやったハッカーは生きている可能性が高い。基地にいたのはどいつもサイバーデッキの類を持っていなかったのに、アメリカ国防総省ペンタゴンはサイバー攻撃を示している」


「ふうむ。で、あんたがここでその話を持ち出すのは連中がPerseph-Oneを使ったという確信を持ってるからか?」


「そうだ。連中は間違いなくPerseph-Oneを使った。アメリカ軍の軍用アイスを底辺白人の集まりである人種差別主義者の民兵ミリシア程度が破れるはずがない。これまでの事件と同じだ」


 東雲が尋ねるのにジェーン・ドウがそう返す。


「無能なハッカーに優秀なアイスブレイカーの組み合わせ。“アメリカン・フロント”についての情報は?」


「白人至上主義者かつ反連邦主義者の集まりだ。黒人やヒスパニック、アジア系にユダヤ人がいる連邦政府なんてクソくらえ。俺たちは白人による、白人のための、白人の政治を行うって連中だよ」


「わお。貧困層の鬱屈さが煮詰まったような連中」


 ジェーン・ドウが辟易したように説明するのにベリアが呆れかえった。


「だが、特に経済的に重要じゃない州には六大多国籍企業ヘックスも投資を行ってこなかったし、政治に介入もしなかった。現地ではそれなりの規模の勢力があると思っていい。馬鹿で底辺だが、銃を持ってる」


「もうそれ銃しか持ってないって言わねえか?」


「いいや。もうひとつ持ってるぞ。自分が白人だというアイデンティティ」


「救いようがねえ」


 東雲はこの手の人種差別主義者をまともに相手にしたことがない。


民兵ミリシアは2016年に大統領の席にケツを乗せた大統領が国家を分断させるようにことをやらかし、六大多国籍企業がそれを扇動したことで激化した。アメリカの政治的分断が経済的分断に繋がり、今に至る」


「白人万歳の白人至上主義者は俺も知ってるぜ。アパルトヘイトで南アフリカの白人政権がやってたからな。けど、反連邦主義者ってなんだ?」


「アメリカ人は中央政府──連邦政府への集権を嫌っている。そういう歴史的背景がある。連邦政府は“健全で良心的なアメリカ人”から搾取し、自由な民衆を強権的に支配すると思ってる」


「ああ。連邦緊急事態管理庁FEMAが緊急事態を利用して影の政府になるとかそういうのだろ?」


「古臭いがその通りだ。アメリカは国体アイデンティティ危機クライシスを迎えている。何がアメリカ合衆国なのか。六大多国籍企業が傀儡にしている連邦政府によるこれまで統治か、それに反対する反連邦主義か」


「南北戦争でも始まりそうだな」


「事実上、戦争をやってるようなものだ。南部の州の多くは化石燃料の採掘で収益を得ていたが、今や化石燃料なんて金を払ったって引き取ってもらえない。だからと言って工場を立てても安い賃金じゃ不法移民しか働かない」


「で、不法移民が流入するのに白人至上主義者がキレる。働かないのが悪いだろ」


「根性がないんだよ。まあ、アメリカの物価を考えると六大多国籍企業の下請けの下請けの工場で働いても家賃すら払えんが」


「条件が酷すぎる」


 東雲は呆れ果てた。


「ともあれ、物価が高い国で高賃金ばかりを望む連中を雇うよりも、物価の安い国で奴隷労働のごとく低賃金でこき使える連中を雇う方がいい。それを先進国の金持ちに高値で売りつければ大儲けだ」


「だろうな。日本でもそうなのか……」


「この国でも地方じゃ安い給料でこき使われてる連中が大勢いるぞ。日本人だけじゃなく、いろんな人種が混じっているがな」


「まさにグローバル資本主義」


 ジェーン・ドウが言うのに東雲がそうぼやいた。


「それはどうでもいい。とにかく底辺白人が人種意識をこじらせて、武装した民兵ミリシアを組織している。そいつらが地元で銃を持ってうろついている分には構わなかったが、軍用アイスを砕いたとなると話は変わる」


「オーケー。Perseph-Oneを今度こそ回収すればいいんだな?」


「今度は成功させろ。ラストチャンスだ。六大多国籍企業の民間軍事会社とやり合ってきたんだ。民兵ミリシアごときに遅れを取るなよ」


 東雲が頷き、ジェーン・ドウがそう命じる。


仕事ビズはいつから?」


「今すぐ、だ。今日の午後に成田発アルバカーキ行の航空チケットを準備してある。すぐに飛んでPerseph-Oneを手に入れてこい」


「あいよ」


 東雲はジェーン・ドウから航空チケットを受け取ると席を立った。


「休む暇もない。ブラックな仕事だ」


「もっとブラックな職場はいくらでもある。それこそ人間が歯車のひとつしか扱われず、社員がごろごろ過労死するたびに人材を補充するような会社はわんさか」


「労基は何やってんだよ」


 呉が語るのに東雲がげっそりした。


「今、“アメリカン・フロント”について調べてる。彼らが起こした大陸間弾道ミサイル基地占拠事件についても。ロスヴィータとジャバウォック、バンダースナッチがデータの断片の解析から移った」


「頼むぜ。たかが民兵ミリシアだとしても銃を持ってりゃそれだけで脅威だ」


 ベリアがそう言って東雲が無人運転のタクシーを捕まえる。


「成田から戻ったと思ったら、またすぐに成田。だが、行きも帰りもチャーター機だな。今回は仕事ビズの準備をする暇もないってわけか」


「フラッグ・セキュリティ・サービスのサイバーセキュリティチームは無能ではない。既に“アメリカン・フロント”のハッカーの拠点を突き止めていてもおかしくない」


「また民間軍事会社に追いかけ回されながら仕事ビズをするのは嫌だぞ?」


「そんな贅沢は言えない」


 東雲が愚痴ると八重野が短くそう返した。


「でさ、アルバカーキってどんな場所なんだ?」


「田舎。何もない。あるとしたらドラッグと銃撃戦。それぐらいだ」


「うんざり。ラーメン食ってから行けばよかった」


「帰って食えばいいだろ」


 セイレムが東雲にそう言い放った。


「やっぱりフラッグ・セキュリティ・サービスのサイバーセキュリティチームは気付いてるみたいだね。ニューメキシコ州のマトリクスに戦力を集中させている。電子サイバー猟兵イェーガーがうようよ」


「物理的な連中は? 現実リアルで動きはないのか?」


「分からないけどニューメキシコ州州政府は大陸間弾道ミサイル基地占拠事件を受けて対テロ警報を発令してる。ニューメキシコ州とはフラッグ・セキュリティ・サービスが軍事、警察業務を委託されてる」


 ベリアがマトリクスで情報を集めながらそう言う。


「“アメリカン・フロント”は問題のある民兵ミリシアみたいだね。インディアンカジノへの爆弾テロ。ゲイの集まるバーへの銃撃。ヒスパニック系不法移民に対する“良心あるアメリカ市民の自主的な警察行動”とか」


「クソみてえな連中。ベリアと八重野はともかく俺と呉、セイレムはアジア系だけど蜂の巣にされるんじゃないか?」


「さあ? 実際のところ彼らは同じ白人でも性的志向とか宗教とか思想とかで争うからなんとも言えないね」


「オーケー。アルバカーキは連中の縄張り?」


「イエス。アルバカーキで何度も暴れてる。正直言ってニューメキシコ州は無法地帯。警察業務を担ってはずのフラッグ・セキュリティ・サービスもお手上げ」


「アムステルダム以下ってことはないよな?」


「まあ、民間軍事会社同士で戦闘が起きることはないと思うけど、こういった人種差別主義、反連邦主義の民兵ミリシアに麻薬カルテルに人種ごとの自警団だったり、いろいろとこれはこれで複雑かな」


「流石は自由と銃の国アメリカ合衆国。どいつもこいつも銃を持ってるってわけだ」


「セクター13/6も似たようなものじゃん」


「それもそうだが」


 ベリアが軽く言うのに東雲が呻いた。


「しかし、民兵ミリシアの規模としてはどの程度のものなんだ?」


「かなりデカい。各地の人種差別主義者の集団と連携してて、アメリカ全土に支部がある。特に南部にうようよ。前に相手したしょっぱい“人民戦線”何かとは桁が違う」


「ふむ。退役軍人の類は?」


「反連邦主義だから州兵所属だった人間だけ。州兵とはいっても第六次中東戦争と第三次湾岸戦争には州軍からも派兵されてる。実戦経験がある可能性はあるよ」


 八重野が慎重に尋ねるとベリアが集めた情報を告げる。


「元軍人の相手は面倒だな。ただの銃で遊んでるだけの民兵ミリシアなら脅威にもならないが、元軍人は脅威だ。特に戦場を体験した奴らは」


「雑魚ばかりでもつまらん。ある程度は張り合ってもらわないと」


「そうだな、セイレム。雑魚を殺しても何も誇れん」


 セイレムと呉がにやりと笑った。


「あんたら、本当にお似合いだよ。結婚式には呼んでくれよな」


 東雲も小さく笑ってそうやじる。


「東雲は猫耳先生とはデートもできずに可哀そう」


「うるせえ。帰ったら絶対デートする。絶対にだ」


「はいはい。そろそろ成田だよ」


 東雲たちを乗せた無人運転のタクシーは成田国際航空宇宙港に入り、東雲たちを下ろした。東雲が運賃を払い、チャーター機の搭乗口に向かう。


「チャーター機ってそんなしょっちゅう乗れるものなのかね」


「ジェーン・ドウは金持ちだからでしょ。彼女、大井からかなりの資金を受け取ってるよ。出自も出自だし、大井からはただのジェーン・ドウとは思われてないはず」


「だよな」


 ジェーン・ドウはこのグローバル資本主義と企業支配時代の中で人間に偽装した悪魔である。比喩ではなく文字通りの。


「アルバカーキに着くまで寝る。ベリアも無理しないで寝てていいぞ。時差ぼけでおかしくなりそうだからな」


「大丈夫。私は情報を集めておくから。東雲はドンパチするんだからベストコンディションを保っておいてね」


「あいよ」


 東雲はメティス製の睡眠導入剤を口に放り込むとそのまま眠った。


「さて、Perseph-Oneを持ってるだろう“アメリカン・フロント”のハッカーについて探るとしますか」


 ベリアはマトリクスにフルダイブする。


……………………

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