ドゥームズデイ一歩前
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──ドゥームズデイ一歩前
東雲たちは翌朝、ジェーン・ドウの手配したチャーター機でオランダを出た。
「ベリア。解析できそうなのか……」
「やっぱり破損している箇所が大きい。今、可能な限り修復してるけど
「やれるだけやってみてくれ」
「オーキードーキー。今はジャバウォックとバンダースナッチが作業してる。ロスヴィータはアムステルダムの事件の追跡。サンドストーム・タクティカルがどこと契約してて、どこに逃げたかについて」
「面倒な連中だぜ。エルサレムを核で吹っ飛ばしただけはあるっていうか」
東雲はベリアの言葉にそうぼやく。
「おっと。ニュースだ。アメリカで凄いことが起きてる」
「何だよ? とうとう内戦でも始まったか?」
「白人至上主義者の“アメリカン・フロント”って
「おいおい。マジかよ。核戦争が起きちまうんじゃないか?」
「発射はすぐには行えないと思うけど、案外今日世界が終わっちゃうかもね」
どうせ誰かが解決するだろうという暢気さで東雲とベリアは言葉を交わした。
「世界が終ろうと
「どうだろうね、呉。ジェーン・ドウに報告できそうなことはあるかもしれないし、ないかもしれない。Perseph-Oneの実体はまるで分かってないから」
「なら、解明してくれ」
「はあ。やってるよ」
呉が急かすのにベリアが息を吐く。
「大陸間弾道ミサイル基地の件は大事になってるぞ。ミサイルの発射権限が
「アメリカ人どもは核爆弾をちょっと威力の大きい爆弾程度にでも思ってるのかね」
「日本人が核アレルギーなだけだろう」
東雲がうんざりするのにセイレムがせせら笑った。
「うるせえ。核爆弾はポンポンお手軽に使っていいものじゃないの。中学の修学旅行で長崎に行ったから知ってる」
「被爆国仲間は今や大勢いるぞ。被爆国は日本だけの特権じゃなくなった」
「増えたら不幸な仲間がいっぱい。それでいてアメリカ人はテロリストがミサイルを発射しようとしてる。どうかしてるぜ」
そんなに世界に絶望してるのかねと東雲が愚痴った。
「ジェーン・ドウに報告できそうなことができたよ」
「本当か? 何だ?」
「こいつ、白鯨由来の技術が案の定使われてる」
ベリアがそう言ってマトリクスからログアウトしてきた。
「ASAっていう白鯨派閥とマトリクスの魔導書派閥が噛んでるんだから、そいつは当たり前のことじゃないのか?」
「ASAは白鯨を生み出した連中が確かに加わっているけど、白鯨をどこまで理解しているかの指標になる。オリバー・オールドリッジは白鯨を理解していなかった。だから、ホムンクルスによる蟲毒なんてやらかした」
「連中がある程度理論的に白鯨を理解しているかもしれないと……」
「そう。そうなると既存の
未知の外来種の脅威ってわけとベリア。
「待てよ。軍用
「軍は事実白鯨に一度敗北してる。けど、それから何も学んでない」
「やっぱりだ。大陸間弾道ミサイル基地の占拠事件で
「本当?」
「ああ。調べた」
ベリアが驚き、呉が深刻そうにそう言う。
「ASAの連中はやってることが滅茶苦茶。DLPH-999なんてものを散布しようとした次は全面核戦争をやるつもりかよ」
「恐らくその心配はない。
「だからさ。核爆弾は使っちゃダメなの。アンダスタン?」
八重野が平然と言うのに東雲は本当に嫌な様子だった。
「最近の子はさあ、平和学習とか受けてないの? 俺が学生のころはみんな核を嫌ってたよ?」
「いつの時代の話だ、大井の。イスラエルが派手に核を使ってから、誰もが核は単なる抑止力ではなく、使うものだと理解した。テヘランに親族がいた連中はイランが核開発を完成させなかったこと心底悔やんでる」
「報復したくなる気持ちは分かるけど。やっちまったら死人と不毛の大地が増えるだけだろ?」
「放射線除染技術は進んでる。メティスとHOWTechが競ってナノマシンを使った放射性物質の無害化を進めた。それからHOWTechと手を組んだ大井もな」
東雲が苦言を呈するのにセイレムがこともなげにそう返す。
「第三次世界大戦で核が使われなかっただけいいのかね」
「あのときも核は使用される直前だったがな」
第三次世界大戦では米中という核保有国がお互いに核を叩き込む寸前だった。
「大陸間弾道ミサイル基地についてはロスヴィータに連絡しておいた。彼女が軍用
「任せたぜ。しかし、アメリカでもPerseph-Oneが使われたとなると、オランダでの
「アメリカの大都市ならともかく、人種差別主義者の
「ろくでもねえ」
八重野が指摘するのに東雲が首を横に振った。
「でも、Perseph-Oneが手に入る可能性があるなら行くべきだよ。サンドストーム・タクティカルはそこまで大きな
「なるほど。アメリカで
「そういうこと。これはASAの独断専行かもね」
サンドストーム・タクティカルという奥の手を使えない状況で、もしかしたら
「ますますアメリカ行きの気配がしてきた。ジェーン・ドウがオランダの情報だけで満足しないだろうことは確実だし。あーあ。帰ったら王蘭玲先生とデートするつもりだったのにさあ」
「生きてれば機会はある。生き残ることだ。
「憂鬱」
呉が渋い顔をするのに東雲がシートにもたれた。
「けど、ジェーン・ドウもわざわざ私たちを使わないでアメリカに持ってる駒を使うかもしれないよ。TMCを拠点にしているジェーン・ドウがどれほど外部に駒を持ってるかは知らないけど」
「そうして欲しいね」
東雲は心の底からそう願った。
場が
中米コスタリカ共和国。
奇跡的な経済発展を遂げたこの国にメティス・バイオテクノロジーはAI研究所をおいていた。そして、ASAが結成された今、その研究所はASAによって占領され、
そのASAの研究所の屋上にティルトローター機が着陸した。
そこからサンドストーム・タクティカルの
「少将閣下。ようこそ、ASAコスタリカ・インテリジェンス・インスティテュートへ」
「ご苦労。問題は?」
「今のところ、メティスが奪還を行うような気配はありません」
モーシェ・ダガンが尋ねるのにサンドストーム・タクティカルの警備に当たっているコントラクターが返した。
「引き続き警戒を続けろ。メティスにとっては資産を不法占拠されている状態だ。他の六大多国籍企業にとっても我々は不快な存在になりつつある」
モーシェ・ダガンはそう言って研究所内に入っていく。
「エリアス・スティックス博士!」
モーシェ・ダガンがASAの研究所内にある巨大なコンピューターが設置された区画に入り叫ぶ。
「なんだね、将軍? オランダでの
「終わった。だが、アメリカでPerseph-Oneを供与するとは、それも大陸間弾道ミサイル基地を襲撃するために使用させるとは聞いてない。どういうことだ?」
エリアス・スティックスがサイバーデッキから立ち上がって尋ねるのにモーシェ・ダガンは不機嫌さを隠そうともせずにそう問い詰めた。
「プロジェクトの工程を進めただけだ。いずれにせよ、アメリカ軍の軍用
「自分たちが何をやったのか分かっているのか? 核だぞ? 腐った白人至上主義者どもに核兵器の発射権限を与えたんだぞ?」
「将軍、将軍。いいかね。どうせ大陸間弾道ミサイルの1発や2発が発射された程度では世界は終わったりしないのだよ。核で滅んだ君たちには悪いが」
エリアス・スティックスは苦笑を浮かべている。
「貴様!」
モーシェ・ダガンに付き従っていたサンドストーム・タクティカルのコントラクターが大口径自動小銃の銃口をエリアス・スティックスに向ける。
「止めろ。我々が戦うべき相手はこの男ではない」
モーシェ・ダガンが銃口を降ろさせた。
「いいかね、将軍。我々の大願が成就するときは近いのだ。我らが精神の指導者オリバー・オールドリッジが残した技術は、ERISは世界を変える。この腐った世界を変えるのだ。神が人を救わないのならば、人が人を救うしかない!」
エリアス・スティックスがまるで演説するように高らかとそういう。
「人が人を救うのだ! 人は人の手によって栄え、人の手によって救われる! さあ、我々人類の新たな門出だ! もうすぐ、もうすぐ全人類が救われる! そう──」
エリアス・スティックスは研究所の巨大なコンピューターを見上げる。
「我らが救世の大天使、
感極まったかのようにそう呟くエリアス・スティックス。
「狂ってる」
「たかがAIに何ができるというのだ。それよりもPerseph-Oneだ。もし、アメリカの白人至上主義者たちが
サンドストーム・タクティカルのコントラクターがそう吐き捨て、モーシェ・ダガンがそう警告を発した。
「構わんよ。そうそう何度もしくじるものではないし、六大多国籍企業がPerseph-Oneを入手したところで連中はなにも理解できまい。今の白鯨はかつての白鯨を越えたのだ。彼女が生み出すのは我々の理解の及ばぬもの」
エリアス・スティックスが笑いながらそう言った。
「そんなもので何ができる? 白鯨は確かに優れたAIだ。だが、所詮は人間が書いたコードに従うAIでしかない。ちゃちなドローンに搭載された限定AIの親戚だ。それが世界や人類を救うなど。馬鹿らしい」
「かつての白鯨ならば、そうだっただろう。かつての白鯨は人間の想像の域を、人間の思想の域を、人間の発想の域をでなかった。かつての白鯨は、ね」
「今の白鯨は違うと?」
「そうとも。違うのだよ。何のために我々がASAを結成したか。アトランティスのマトリクスの魔導書派閥も合流した意味は何か。オリバー・オールドリッジとルナ・ラーウィルから我々が何を引き継いだのか」
「お前は科学者というよりも思想家、あるいは
「科学が思想を生み出すのだ。原点となるギリシャ哲学は科学を追及する上で生まれた。経済的、政治的思想もその背景には科学の発展と新たな発明がある。産業革命を起こした発明がなければ共産主義もファシズムも生まれなかった」
エリアス・スティックスがモーシェ・ダガンにそう語った。
「我々人類がいかに文明というドレスで着飾ろうと動物というカテゴリーから逃れることはできない。我々は肉の塊で、その全てが、細胞のひとつ、DNAのコードのひとつに至るまで科学で説明される」
「その思想も行動も全て科学で説明できると言いたいのか?」
「そうとも。その通りだ、将軍。科学が全てを証明する。全ては化学式と数式で証明できる問題でしかない。その死後すらも、ね」
エリアス・スティックスが不敵にモーシェ・ダガンに言う。
「肉が生み出したものは肉に帰結する。だが、我々は肉でありながら肉を超えるのだ」
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