ミリシア//マトリクスにて

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 ──ミリシア//マトリクスにて



 ベリアはアルバカーキに向かうチャーター機の中でマトリクスにダイブしていた。


「ロスヴィータ。仕事ビズのことは理解してるよね」


「もちろん。カナダではそういうところはなかったけど、アメリカは酷いよ。人種差別の本場って感じ。貧困の原因を自分以外に求めて、肌や宗教が違う人間に行きつく」


「彼らがどういう思想の持ち主かはどうでもいいよ。どうせ武器を持った狂人ってことだから。問題は彼らの電子戦の拠点とハッカーの特定」


「オーケー。今、アルバカーキのトラフィックをモニターしてる。でも、あちこちから電子サイバー猟兵イェーガーが集まってて。六大多国籍企業ヘックスのサイバー戦部隊だよ」


「面倒なことになりそう。けど、恐らくマトリクスからはPerseph-Oneは奪えない。でなきゃ、ジェーン・ドウだって他のハッカーに依頼してる」


 ベリアがそう言ってアルバカーキのマトリクスにロスヴィータとともにジャンプした。いくつもの構造物が並ぶが、企業の活動もあまりないのかあまり大きな構造物は見当たらず、静かな場所だ。


「さて、ここのどこかに“アメリカン・フロント”のハッカーがいる。問題は彼らが既に仕掛けランをやった後でPerseph-Oneの自壊アポトーシスプログラムが作動していないか」


「作動してないとジェーン・ドウは睨んでる。確実に仕掛けランの前に手に入れる機械があったのはアムステルダムの仕事ビズだけ。エジプトも手遅れだった」


「多分、ジェーン・ドウはまだPerseph-Oneは生きていると確信してる。もしかすると、“アメリカン・フロント”による二度目の仕掛けランの情報を手に入れたのかもしれない」


「二度目の仕掛けランか。何を目標にするんだろう」


 ベリアの言葉にロスヴィータが唸りながらアルバカーキのマトリクスを見渡す。


「マトリクスの凄いところは距離が関係ないところ。アルバカーキからワシントンD.C.の地下鉄を脱線させることだってできる。攻撃しようと思えばマトリクスに接続された全ての兵器とインフラに仕掛けランができる」


「アルバカーキからの不審なトラフィックを監視するしかない、か」


「でも、これだけ六大多国籍企業の電子戦部隊が集まってたら、私たちより先に気づくことも考えられる。Perseph-Oneが優秀なアイスブレイカーであることは証明されてるけど、アイスとして動くとは報告されてないよ」


仕掛けランをしようとした瞬間、六大多国籍企業の電子サイバー猟兵イェーガーに脳を焼かれるかも?」


「ハッカーが間抜けならね」


 ベリアはロスヴィータに冗談交じりにそう返した。


「ただ、Perseph-Oneは本当に優秀なアイスブレイカーであるからにして、仕掛けランが一瞬で終わる可能性もある。交通機関や医療機関の構造物に仕掛けランをやってサーバーを焼き切る。それだけでも脅威」


「確かに。複雑な仕掛けランにこだわる必要はない。テロリストなんだから社会に打撃を与えるだけでいいわけだ。爆弾の代わりにマトリクスからの仕掛けランで重要な構造物を消し飛ばす」


「そういうこと。だから、トラフィックを監視しても防ぐという点においては片手落ちだと思う。それでも他にどうやってハッカーの居場所を突き止めるか」


「過去のトラフィックを当たる?」


「アメリカ空軍の大陸間弾道ミサイルICBM基地のデータがあればグッド」


「軍用アイスを相手にするのは無謀だよ。けど、仕掛けランのために経由した回線や構造物のトラフィックなら調べられるかも」


「それでいこう。アルバカーキから大陸間弾道ミサイル基地に仕掛けランをするための経由するルートを計算して、ジャバウォック、バンダースナッチ!」


 ベリアが2体の自律AIに命じる。


「計算できたのだ、ご主人様」


「随分と早かったね?」


「なんと専用回線があったのだ。ほぼ直接接続ハード・ワイヤードに近い形でアルバカーキにある民間企業の回線からアメリカ空軍の構造物に繋がっていたのだ」


「ビンゴ。そいつだ。回線業者に偽装して仕掛けランのための回線を準備した。その民間企業は?」


「フォート・アラモ・インストラクチャー。本社はアルバカーキで登録されているのだ。今、住所を出すのだ」


 ジャバウォックがその民間企業フォート・アラモ・インストラクチャーのアルバカーキにおける住所を示した。


「よし。まずはここを当たろう。ロスヴィータ、仕掛けランをやるよ」


「了解。まずはアイスブレイカーっと」


 ベリアが言うのにロスヴィータがアイスブレイカーを準備する。


「そのアイスブレイカーは?」


「Pro-LuckyGirlっていう奴。BAR.三毛猫の“白鯨事件反省会”で手に入れたのをちょっと改良してある。白鯨由来の技術なだけあって、大抵のアイスは砕くことができる優れもの」


「よし。じゃあ、それを使おう。幸い、目標の構造物に限定AIは使用されてないし、ブラックアイスもない」


 ベリアはフォート・アラモ・インストラクチャーの構造物にロスヴィータとともに仕掛けランを始めた。


 あっという間に民間産業用アイスが砕かれるが、構造物からの反応はない。


管理者シスオペAIもいないみたい」


「ざるもいいところだね」


 ベリアたちがそう言って構造物内を見渡す。


「さて、関係する情報を引っこ抜こう。まずは従業員リストを連邦捜査局FBIのデータベースと比較参照。ここに人種差別主義者の民兵ミリシアがいればヒットするはず」


「ヒット。わ! こりゃ凄い。従業員の9割が何らかの前科があって、そして連邦捜査局にテロリスト予備軍として警戒されてる」


民兵ミリシアの隠れ蓑か。フロント企業としてインフラ会社。ここで収益を上げてテロ行為のための資金を準備していたってところだろうね」


「ここで間違いなさそう。問題はこの企業の回線事業がどこまで広がっているか。次の攻撃があるとすればまたここが準備したプラチナ回線が使われるはず」


「オーケー。解析しよう。それから業務内容についても」


 ベリアたちがフォート・アラモ・インストラクチャーの行った工事や取引のデータを回収していく。


「業務範囲は南部各州に及んでるけど、ニューメキシコ州なのにフォート・アラモ?」


「アラモのテクシャン気取りなのかも。英雄的なアメリカ人が好きなんでしょ。場所が場所ならパールハーバーとでもつけてたかもね」


 ロスヴィータが首を傾げるのにベリアが適当に返して検索エージェントを走らせる。


「ヒット。フロリダのケネディ宇宙センターとヒューストンのジョンソン宇宙センターに回線工事をしている。どちらもサーバーに仕掛けランをされて焼き切られると、航空宇宙事業に世界的な打撃を受ける」


アメリカ航空宇宙局NASAは今はアローに完全に買収されてるけど、民間宇宙開発企業や軌道衛星都市の運営会社はここにデブリや軌道調整なんかの処理を任せてる。やばいね」


「統一ロシアは内戦で宇宙産業を六大多国籍企業ヘックスに売却し、中国も第三次世界大戦の後の経済的困窮でいくつもの事業を手放した。最終的に形として残っていたのはかつてのアメリカ航空宇宙局NASA


「日本も宇宙航空研究開発機構JAXAを大井に売却してる。大井重工はかつての普天間基地に宇宙往還機の実験場を作った。けど、世界的にどこが宇宙事業を総合的に管理しているかと言えばやっぱりアメリカだね」


 いくつもの軌道衛星都市、民間と軍用の入り混じる偵察衛星と通信衛星、国連管轄の月面実験基地。それらを管理しているのはアメリカ航空宇宙局NASAを買収したアロー・ダイナミクス・アヴィエイションだ。


「その重要な航空宇宙インフラに人種差別主義者で貧困故に鬱屈した民兵ミリシアがプラチナ回線を準備してる。目標ターゲットは恐らくこれだ」


「南部には宇宙産業ぐらいしか残ってないから余計に憎いだろうね。宇宙産業で働くのは高給取りの世界中から集まったエリートたち。対する南部の民兵ミリシアは石油産業も畜産業も全て失われた」


「どん詰まり。だからってテロを起こしたって何も変わりやしないのに」


「だからと言って貧困にあえぎ、無視され、ただのたれ死ぬのは嫌ってことでしょ。テロリストの思想なんて自己愛とエゴの塊だよ」


 ロスヴィータはそう言ってフォート・アラモ・インストラクチャーの内部をさらに探っていく。


「アルバカーキ内にある本社の他にいくつかの倉庫や作業場を確保してる。もしかすると本社以外から仕掛けランをやるつもりなのかも」


「困ったな。東雲たちに全部潰してもらうってのは難しいだろうし。現地のフラッグ・セキュリティ・サービスの規模と行動はどうかな」


 ベリアがそう言って検索エージェントを走らせる。


「アルバカーキにおけるフラッグ・セキュリティ・サービスの規模はなんと1個小隊! これっぽっちだよ。やる気がないにもほどがある」


「一応核爆弾の実験施設なんかもあるんだけどね。ほとんどはアルバカーキ市がささやかな予算で運営するアルバカーキ警察か、そこから委託を受けているその他の民間軍事会社が業務をやってる」


「装備は貧相そのもの。装甲車はおろか強化外骨格エグゾすら持ってない。軍用四輪駆動車はパトカー代わりにいくつも持ってるけど」


「まあ、他の民間軍事会社が重装備過ぎるだけなのかもしれない。昔の警察って銃すらなくてテーザー銃と警棒で警察業務をやってたんでしょ?」


「犯罪者が機械化して電磁ライフルを振り回したり、ただのチンピラが機関銃や対戦車ロケット弾で武装する前はね。今や犯罪者は軍隊並みに武装してる。それをテーザー銃と警棒では取り締まれないよ」


「犯罪者の重武装化は進み、警察活動と軍事活動の境界はあいまいになった」


 ベリアたちはそう言葉を交わしながらも、フォート・アラモ・インストラクチャーの有する不動産のどこから仕掛けランが行われたのか特定しようとする。


「ご主人様。アメリカ空軍の大陸間弾道ミサイル基地のトラフィックのログが流れていたのにゃ。外部からのトラフィックが1件だけあったのにゃ。もうトラフィックの発信源の住所も特定できたのにゃ!」


「よくやった、バンダースナッチ。さて、どこかな」


 バンダースナッチが情報を持ってくるのにベリアがアルバカーキのマトリクス上の“アメリカン・フロント”に所属するハッカーの位置を特定する。


「ここか。今はトラフィックは確認できないし、構造物としても個人サーバー規模の小ささだけどマトリクスに接続されているし、フォート・アラモ・インストラクチャーの準備したプラチナ回線に接続されてる」


「じゃあ、ボクとジャバウォック、バンダースナッチでここを見張っておくよ。ベリアは現実リアルでPerseph-Oneを確保してきて」


「オーキードーキー。任せておいて」


 ロスヴィータにそう言ってベリアはマトリクスからログアウトした。


「おう、ベリア。もうすぐ到着だぞ」


「東雲。ハッカーの居場所を特定した。アルバカーキにいる。間違いないよ」


「グッドニュース。さっさとPerseph-Oneを確保してずらかろうぜ。八重野がアルバカーキが不味いことになってるって言ってるしな」


「不味いこと?」


 東雲がふと口にしたのにベリアが眉を歪める。


「何でもテロ警戒だとかなんだとかで夜間外出禁止令やフラッグ・セキュリティ・サービスの大部隊の展開とかが始まっているらしい。六大多国籍企業の連中もPerseph-Oneを持ってるハッカーを探してる」


「不味いね。マトリクスこっちで調べたところだとフラッグ・セキュリティ・サービスのコントラクターは1個小隊しかアルバカーキにいなかった。それが大部隊を展開させているってのは」


「エジプトやアムステルダムのときのようになるのはごめんだ。さっさと強奪スナッチしてTMCに逃げるぞ」


「それがいいね。流石にまた手に入れる寸前でミサイルを叩き込まれたら私でもブチ切れるよ。今度は邪魔させない」


仕事ビズの成功を祈ろう」


 東雲たちを乗せたチャーター機はアルバカーキ国際航空宇宙港に着陸していった。


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