“キック・ザ・バリケード”//大乱闘

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 ──“キック・ザ・バリケード”//大乱闘



 東雲たちはベリアの案内でアムステルダムの通称地雷区画を進む。


「本当に手足のない人間が大勢いるな」


「ウクライナ戦争から始まり、第二次欧州通貨危機で崩壊した国家の内戦では大量の地雷が使用された。欧州は対人地雷禁止条約オタワ条約にサインしていた国が多かったが、政府が崩壊すると条約が意味をなくした」


 東雲は手足を失った人間が生きていくためにゴミを集めたり、金銭を求めたり、体を売ろうとしている様子を見て呟くのに呉がそう説明した。


「内戦で軍閥に大量の地雷やクラスター爆弾が流れた。供給源として最大だったのは中国とトートだ。中国は第三次世界大戦後に少しでも外貨が欲しかったし、トートは条約にサインしていない国で地雷を作り続けていた」


「全く。ひでえもんだな。日本が平和でよかったよ」


「日本だって第三次世界大戦で激戦地のひとつになった沖縄ではアジアA太平洋P合同JFと中国軍が爆弾を叩き込み合って、不発弾が山ほど眠ってるって話だがな」


「沖縄でリゾートってのは無理そう」


 ハワイといい沖縄といいリゾート地に恨みでもあるのかと東雲は思った。


「銃声だ」


「強盗かなんかだろ。カラシニコフだ。このご時世でもカラシニコフよりタフな銃が生まれてないことが俺には疑問だね」


「偉大なるミハイル・カラシニコフ技術中将万歳。その後を継いだ連中はとんとダメだったがね。今じゃ統一ロシアの銃はトートがドイツで作ってる」


 東雲と呉が無駄話をして時間を埋める。


「ここら辺はいろんな犯罪組織が縄張りだと主張してる。犯罪組織がどうやってここで収益を得るか知ってる?」


「さあ? 電子ドラッグでも売ってるのか?」


「違うよ。粗悪な中古の義肢を売りつけて借金奴隷にして体を売らせてるの。性的な目的だったり、鉄砲玉だったりね」


「最悪」


「これはマシな方。最悪だと義肢をつけてやるって言って臓器を盗むんだ」


「最低限の倫理ってものがねーのかよ」


 ベリアがこの地雷区画の情報を伝えるのに東雲がため息を吐いた。


「倫理じゃ腹は膨れないし、ハイにもなれない。金がいるんだよ、この世界に暮らす皆がな。そして、倫理を無視した方が金は手に入る。金持ちも貧乏人も倫理を無視して金を稼ぐんだ」


「宗教も倫理も役立たずか。未だに価値があるのは資本主義だけだな」


 セイレムがそう言い、東雲がぼやく。


「お喋りはそろそろ終わりにして。現場に着くよ。今のところ現場は静かなもの。到着して位置に着いたら仕掛けランを始める」


「いよいよだな。今回こそは手に入れたい。また仕事ビズに失敗するとジェーン・ドウに使い捨てディスポーザブルにされかねないからな」


「上手くやろう。さあ、位置について。いつでも押し入れる場所に」


「あいよ」


 東雲たちは現場に到着した。


 “キック・ザ・バリケード”が拠点にしているのは古い商店が入っていた廃墟だった。かつては軽食やペットボトル飲料、コーヒーなどを販売していたコンビニに近いものだ。そこに従業員の居住区が設置されている。


「あそこにプラチナ回線並みの通信インフラがあるってのか? どう見ても廃墟だぞ」


「分からないけど抜け道を探しだしたみたい。時々、こういうことがあるんだ。ハッカーたちにとっては夢のようなこと。身元を特定されることなくプラチナ回線にタダ乗りできるって場所がさ」


「ふうん。だが、今回は足がついたな」


 東雲たちは目標の建物を監視でき、かついつでも踏み込める場所に待機した。


「ベリア。始めてくれ」


「オーキードーキー」


 ベリアがワイヤレスサイバーデッキでマトリクスにダイブする。


「ロスヴィータ。始めるよ。仕掛けランの時間だ」


「準備はできてる。偽装された警報をアムステルダムのマトリクスに流す。ALESSのサイバーセキュリティチームがハッカーを追ってるってね」


 ベリアがマトリクスでそう言うのにALESSの下請けの民間軍事会社PMSCの構造物におけるアイスを制圧済みだったロスヴィータが返す。


「引っかかると思う?」


「どうだろうね。“キック・ザ・バリケード”についてあれから色々調べたけど、この手の仕掛けランについては素人。アルゼンチンの文学部ハッカーよりはちょっとマシって程度でしかない」


「やっぱり、ASAはPerseph-Oneを与える人間を選んでる。知識がなく、技術もなく、それでいて思想的にはハッキングによるテロを起こす人間。思想で頭でっかちの素人ハッカーたちが標的だ」


「実験動物にするには申し分ないってわけだね」


 ロスヴィータが分析するのにベリアがそう返した。


「ともあれ、最低限のリスク管理ぐらいはできると期待しよう。仕掛けランを始めるよ」


 ベリアもALESSの下請けの構造物をハックし、そこから偽の通報とコントラクターへの警報をアムステルダムのマトリクスに流した。


「吉と出るか、凶と出るか」


 アムステルダムのマトリクスに潜っている人間ならば誰でも検知できる形で警報が流れていき、アムステルダム中のハッカーたちが騒然となる。


「目的の構造物のトラフィックなし。まだハッカーたちは来てない」


「交通機関も見張って。駅、バス停、空港。全てに生体認証スキャナーがある。探知できるはずだ」


 ベリアたちは交通機関を見張りながらも、マトリクスにおけるトラフィックを監視し続ける。それから現場周辺を飛行中の宅配ドローンの映像も。


「動きがあったよ。目標の建物を目的地に設定した車が走ってくる。カーナビをハックした。間違いない。生体認証スキャナーがスキャンしてる」


「“キック・ザ・バリケード”のハッカーで間違いない?」


「スキャン完了。ヒット。間違いなく目標ターゲットのハッカーだ」


「よし。東雲たちに伝える」


 ベリアがマトリクスから東雲に連絡を取る。


「東雲。ハッカーが動いたよ。向かって来てる。踏み込む準備をして」


『あいよ。連中が本当に仕掛けランをやる前に押さえるんだよな?』


「そう。仕掛けランの後じゃ自壊アポトーシスプログラムが作動するし、警備に当たっている民間軍事会社も動いて大騒ぎになる」


『シビアだな』


「頑張って」


『はいはい』


 東雲たちが現実リアルで動き始める。


「八重野、呉、セイレム。ハッカーどもが動き始めた。連中があの建物に入ったら突入するぞ。何かする前に押さえる。Perseph-Oneを強奪スナッチすることが仕事ビズだ。ハッカーは殺しても殺さなくてもいい」


「例の元イスラエル国防軍IDFの民間軍事会社は?」


「ベリアからは特に連絡はない」


 呉が尋ねるが東雲にもサンドストーム・タクティカルについての情報はなかった。


「来たぞ。ベリアが探した車だ。目標の建物の前で止まる」


「止まった。さあ、仕事ビズの時間だ」


「いっちょやったろうぜ」


 東雲たちは一斉に動き出し、目標の建物に向かう。


「ハッカーどもは武装してるのか?」


「さあ? 物騒な場所だし、拳銃ぐらいは持ってるんじゃないか?」


「では、私が突入する。援護してくれ」


「オーケー」


 八重野が扉を蹴り破って突入し、東雲たちが続く。


 扉が破壊されると警報が鳴り響いた。扉にセンサーが設置されていたようだ。


「ハッカーどもを逃がすなよ。Perseph-Oneを手に入れるまではな」


 東雲たちは建物内を足早に探索しながら進み、ハッカーたちを探す。ベリアもリアルタイムでトラフィックを解析しつつ、東雲たちの後に続いた。


「東雲。不味い情報がある。偵察衛星とドローンがティルトローター機の接近を掴んだ。登録者はまだ不明。けど、本当に民間軍事会社が動いたみたい」


「ああ、クソ。マジかよ。勘弁してくれ。ALESSじゃないのか?」


「分からない。けど、見た限り機体にALESSのロゴは入ってない」


「サンドストーム・タクティカルかもしれんな」


 連中、Perseph-Oneを渡したハッカーたちが仕掛けランにしくじったと思って消しに来たんだろうと東雲。


「彼らより先にハッカーをとっ捕まえるぞ。行け行け!」


 東雲たちは建物内を探る。


「──いた!」


 そして、八重野がサイバーデッキに接続しているハッカーを捉えた。


「ベリア! まだハッカーたちは仕掛けランはやってないか!?」


「やってない! 押さえて!」


 ベリアが叫び、東雲たちは“キック・ザ・バリケード”のハッカーたちに飛びつき、サイバーデッキからの接続を強引に切った。


「おわっ!? クソ、なんだ、お前ら!?」


「黙れ。Perseph-Oneを持ってるな? 渡せ。さもなければ殺す」


「六大多国籍企業の犬だろ! 俺たちは屈しないぞ!」


「お前をぶち殺してから回収してもいいんだぞ。そうするか?」


 呉が“鮫斬り”を20代後半ごろの若いハッカーに突き付けて脅す。


「東雲。不味い。ティルトローター機が屋上でホバリングしてる」


「呉! もう殺していいからPerseph-Oneを回収しろ!」


 ベリアが民間宇宙開発企業の偵察衛星が捉えたアムステルダムの情報を見て報告するのに東雲が呉に向けて叫んだ。


「こ、殺したら手に入らないぞ? Perseph-Oneは俺の頭の中にあって、アクセスするには暗号キーが必要だ」


「じゃあ、お前の頭を切り取って持って帰るさ」


「クソ、クソ、クソ! 分かった! 渡す!」


 呉が超高周波振動刀をハッカーの首に突き付けるのにハッカーが降参した。


「それじゃあ──」


 そこで呉が自身のワイヤレスサイバーデッキでPerseph-Oneを受け取ろうとしたときだ。天井が割れてハッカーの頭に口径25ミリの高性能ライフル弾が叩き込まれた。


「なっ……!」


「やられた! もう敵は降下してた! 上階からの電磁ライフルのスーパーキャパシタによる狙撃だ!」


「マジかよ! 敵は!?」


「ティルトローター機の登録者が判明! サンドストーム・タクティカル!」


 東雲が“月光”を貫かれた天井に向けて展開するのにベリアが叫ぶ。


「ハッカーが死んだぞ。どうする?」


「BCIポートは無事?」


「無事だが脳みそはぶちまけてる」


B埋め込み式IデバイスDにPerseph-Oneはあるんでしょ。それだったら脳埋め込み式デバイスは無事かもしれない。試してみる」


「暗号キーがいるぞ」


「大丈夫。どうにかする」


 ベリアはハッカーのBCIポートに直接接続ハード・ワイヤードすると脳埋め込み式デバイスへのアクセスを試み始める。


『シルバー・シェパードよりジャッカル・ゼロ・ワン。目標ターゲットの生命反応消失を確認。念のためにサイバーデッキを調査せよ。なお、ALESSの空中機動部隊が向かっている。迅速にやれ』


『ジャッカル・ゼロ・ワンよりシルバー・シェパード。了解』


 サンドストーム・タクティカルの通信が目的の建物付近で流れるが東雲たちは傍受していない。


「ベリア。どうだ?」


「破損してるけど行けそう。時間さえあれば」


「そいつはよくないニュースだな」


 東雲は戦士とての直感として脅威が迫りつつあることを感じていた。


「東雲。機械化した兵士が迫っている。上階からだ。このタイプの音響データは以前にも採取してる。エジプトと同じだ」


イスラエル国防軍IDFのローテンション旅団だがなんだか知らんが、来たらぶち殺してやる。エジプトのときのリベンジだ」


「ローエー旅団だ、東雲」


 八重野がそう言って階段と天井を見張る。


「! 電磁ライフルのチャージ音だ! 上から撃ってくるぞ!」


「来やがれ!」


 東雲が天井に向けて“月光”を高速回転させると同時に電磁ライフルの口径25ミリライフル弾が東雲たちに降り注ぐ。


「何階から撃ってる!?」


「すぐ上だ!」


「よし! 呉、セイレム! 上階にサンドストーム・タクティカルの連中がいる! ぶち殺してきてくれ!」


 東雲は電磁ライフルの銃弾をひたすら弾きつつ、呉とセイレムに向けて要請する。


「オーケー。ぶち殺してきてやる」


「殺し甲斐がありそうだ」


 呉とセイレムが上階に向かう。


「ベリア! 時間がなくなった! 急いでくれ!」


「オーキードーキー! もう少し!」


 そのとき既にALESSの緊急即応部隊QRFも現場に到着しようとしていた。


本部HQよりエイトボール・ゼロ・ワン。全ての障害を排除し、目標パッケージを確保せよ。交戦規定ROEは射撃自由』


『エイトボール・ゼロ・ワンより本部HQ。了解』


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