“キック・ザ・バリケード”//アライバル・アムステルダム

……………………


 ──“キック・ザ・バリケード”//アライバル・アムステルダム



 東雲たちを乗せた超音速旅客機はアムステルダムにあるアムステルダム・スキポール国際航空宇宙港に着陸した。


 東雲たちは快適なファーストクラスを降りて、アムステルダムの街に到着。


「ここがアムステルダムか。思ったより綺麗じゃないか」


「ここは重要施設だから。ALESSが気合入れて守ってる。後で悲惨な様子を見てすぐに落胆することになるよ」


「あーあ」


 ベリアが軽い調子で説明するのに東雲がため息を吐いた。


「で、まずはホテルにチェックインして、それから荷物を受け取る」


「俺が同行しよう」


「ああ。あんたはマフィアやギャングの相手が得意だからな」


「TMCセクター13/6に住んでるあんたもそうだろ」


「俺が犯罪組織に関わるときは連中をぶち殺すときぐらいのものだ」


 東雲はそう返してタクシーを捕まえた。


 多くの無人運転システムが開発された今の時代でありながら、運転手はウクライナからの難民だった。無人運転システムが事故を起こしたときに誰が責任を取るのか揉めたゆえである。


「お客さん。六大多国籍企業ヘックスの社員かい?」


 ウクライナ訛りのある運転手が尋ねる。


「いいや。準六大多国籍企業勤めだよ。しかも、下っ端だから」


「気の毒にねえ。アムステルダムは荒れてるよ。ALESSは金持ちしか守らない。金持ちはゲーティングコミュニティーに引きこもって、そうじゃない連中はALESSから鉛玉を叩き込まれるだけだ」


「噂は聞いてるよ。六大多国籍企業ヘックスがいくつも進出していて大混乱ってことなんだろ?」


「酷いもんだよ。エネルギーはトートに、警察業務はアトランティスに、国防は大井に、食料・医療はメティスに、都市インフラはアローに。おかげで六大多国籍企業がそれぞれの権限で大暴れ」


「具体的に言うとどうなんだ?」


「トートのエネルギーインフラを狙ったテロの企てが起きたとき、トートのZ&EとアトランティスのALESS、そして大井の太平洋保安公司が同時に動いた。お互いに権限を巡って叫び合いながら、民間軍事会社PMSCが大暴れ」


「そりゃ酷い。しかし、六大多国籍企業もこれは俺の縄張りだって意固地になるのは、昔の政府みたいだよな。なんだっけ。そう、縦割り行政」


「昔の政府もそれは確かにそれぞれの省庁や内部の派閥が自分たちの予算を確保するために柔軟とは言えず、無駄なところもあったよ。だけど、昔の政府の連中はそれぞれが民間軍事会社を抱えて、戦争はしなかった」


 ウクライナ人のタクシーの運転手はそう言って肩をすくめた。


「アムステルダムはいくつかマフィアとギャングが支配していて、それでいてALESSが治安維持を放棄している場所があるから気を付けて。戦争で破壊されたキーウに比べれば便利な街なんだけど、まあ仕方ない」


「ああ。ありがとよ。じゃあ、支払いを」


 東雲はウクライナ人運転手の端末にチップを含めた金をチャージするとタクシーを降りて、ジェーン・ドウが手配した高級ホテルの前に立った。


「さて。ここら辺の治安は別に問題なさそうだ」


「当り前でしょ。海外のビジネスマンが来る場所なんだから。民間軍事会社にとってはお金持ちはちゃんと客だってこと」


「ビジネスで金を落としてくれる人間にはちゃんとした警備を行いますってわけだな。貧乏人はいつだって得をしない」


 東雲はそうぼやきながらホテルに入り、チェックインした。最高のサービスが提供されるプレジデンシャルスイートが2部屋確保してある。


「作戦会議だ」


 だが、東雲たちはサービスを満喫することはできない。


 彼らは仕事ビズのためにアムステルダムまで来たのだ。


「まず前提条件を確認する。ベリア、まだ六大多国籍企業は“キック・ザ・バリケード”の特定はできてないな?」


「多分ね。まだオランダにいる六大多国籍企業の民間軍事会社は全て通常運転だよ。けど、“キック・ザ・バリケード”は派手に犯行予告をしたし、彼らがPerseph-Oneを持っていることは大勢のハッカーが知ってる」


「時間の問題か」


 ベリアがマトリクスでロスヴィータと連絡を取りながら言うのに、東雲が眉を歪めて腕を組んだ。


「さっさとPerseph-Oneとやらを強奪スナッチすればいい。ハッカーどもの拠点は掴んでいるのだろう?」


「そうだよ、セイレム。拠点は絞り込んである。ただ、ハッカーたちがいつもそこにいるとは限らないということ。マトリクスにダイブした場所は分かるけど、普段暮らしてる場所までは」


 セイレムが苛立った様子で言うのにベリアがそう返した。


「サイバーデッキが自宅にない可能性があるのか?」


「妙に回線はいいんだ。アムステルダムの低所得者住宅が並ぶ場所にしては。プラチナ回線にタダ乗りしてるとしか思えない。そういうことからもハッカー集団の拠点ではあるけれど自宅と断定はできない」


 呉が訝しむのにベリアが説明した。


「なあ、自宅じゃなかろうがアイスブレイカーは仕掛けランをやるサイバーデッキに入れておくものだろ? 襲撃しちまっていいんじゃないか?」


「楽観的に考えればそうだけど、Perseph-Oneが飛び切りのアイスブレイカーだってことは彼らも理解しているはず。そして、ハッカーという人種は自慢したがる癖に、そういう切り札はなかなか人に渡そうとしない」


「難儀な人種だことで。じゃあ、拠点を見張っておくか?」


「そうするべきだろうけど時間がない」


 東雲の提案にベリアが首を横に振る。


「そうだな。帰りのチケットは明日だ。今日中に済ませないとトラブルが起きる」


 八重野もそう言ってベリアに賛同した。


「じゃあ、何か手はあるのか? 連中が今すぐにでも仕掛けランをやってくれるような夢のような手段」


「ないわけじゃない。けど、際どい作戦になるよ」


「オーケー。覚悟はできてる。説明してくれ、ベリア」


 東雲がベリアに説明を求める。


「どうすれば“キック・ザ・バリケード”のハッカーが動くか。それは自分たちに六大多国籍企業の手が迫っていると思わせればいい。時間がないことを悟れば、ハッカーたちは急いで仕掛けランをやろうとする」


「なるほど。確かに有効な作戦だが、リスクがあるって訳だ。まず六大多国籍企業が動いたように見せたとき本当に六大多国籍企業が動くかもしれない。それから危機が迫った時に仕掛けランをやらずに逃亡する恐れがある」


「そういうこと。いろいろとリスクがあって正直実行するのは悩んでる。けど、時間という面から見ると、いつ仕掛けランをやるか分からないハッカーたちを待ち続けることはできないから」


「となると、やるしかねえ。六大多国籍企業のせいで荒れている国ではあるが、別の観点から見れば六大多国籍企業同士で牽制し合ってる分、初動の動きは鈍いはずだ。ハッカーが逃げるなら交通機関を監視して追跡だ」


「オーキードーキー。じゃあ、実行しよう。私たちが配置に着いたらロスヴィータに連絡して仕掛けランを始める」


 ベリアがそう言って頷いた。


「で、具体的なハッカーの居場所は?」


「スラム。通称地雷区画。ウクライナ戦争と欧州における内戦でばら撒かれた地雷のせいで手足を失った人が多いからだって。彼らは機械化する金もなく、働くこともできず、貧困の中にある」


「安定しているドイツ、フランス、イタリア、ベネルクス地方、北欧には戦争難民が押し寄せてるからな。よくあることだ。ALESSも碌に警備してないだろう」


 ベリアが説明し、セイレムが頷いた。


「決まりだな。装備を回収後、地雷区画に潜入する。ALESSのパトロールに警戒。連中は俺たちのような金持ちのIDで動いている人間がスラムに入るのを不審に思うはずだ」


 東雲がそう言って東雲、八重野、呉、セイレムでホテルを出る。


「装備はどこに?」


「ジェーン・ドウが手配した。アルバニア・マフィアを使ったらしい」


「アルバニア・マフィアか。面倒な連中だぞ。昔からの犯罪組織だ」


「犯罪組織を使って面倒じゃなかったことがない」


 呉が眉を歪め、東雲はそう言い放った。


 タクシーで治安の悪い地域の手前まで進む。タクシーの運転手は目的地に行くことを拒否したため、東雲たちは歩きで治安の悪いスラムを進む。


 場所と人種が違えどTMCセクター13/6と似たようなものだ。電子ドラッグジャンキーがウェアを突っ込んだまま死んでいて、壁には銃痕。売られている商品はどうみても盗品で娼婦や男娼が客を待っている。


「化学薬品臭がひでえ。何食ってんだ、ここの連中……」


「賞味期限切れの人工食料を無理やり過熱して食べようとしてるんだろう。オランダへの食料供給はメティスが担っているが、自分たちの権限を拡大するために供給量を絞っている節がある」


 東雲が異臭がするのに唸り、八重野が肩をすくめた。


「ホテルではマシな食い物が出るといいが」


 東雲はそう言ってジェーン・ドウから渡された地図の住所に向かう。


 そして、カラシニコフで武装し、弾薬がたっぷり詰まったタクティカルベストを身に着けた男たちのいる建物までやって来た。


「よう、兄弟。調子はどうだい……」


「お前、誰だ? こっちは忙しいんだ。失せろ」


「そういうなよ。ジェーン・ドウから仕事ビズを受けてるだろ。その仕事ビズに関する荷物を引き取りに来た」


「ああ。お前らがそうなのか。生体認証するから待ってろ」


 武装したアルバニア・マフィアの構成員は東雲たちの顔を生体認証にかけると、仲間に建物の入り口を開けるように手を振った。


「持ってきな。金はもう受け取ってる。ジェーン・ドウによろしくと伝えておいてくれ。次に仕事ビズをやるときも噛ませてくれってな」


「あいよ」


 アルバニア・マフィアの構成員が二ッと笑ってそう言い、東雲たちは装備を回収した。とは言っても今回も武器は刀だけだ。


「オーケー。準備万端だ。ホテルに戻ろう」


 東雲たちは再びホテルに戻った。


 巡回中のALESSのパトロールが富裕層が生活する区画で刀を下げた八重野たちを訝し気に見たが、IDに問題がなかったので声すら掛けられなかった。


「連中、職務怠慢だぜ」


「金持ちは犯罪を犯さないと思ってる。犯罪を犯すのは金のない奴だけだってことさ」


「金持ちだって犯罪は犯すと思うがな」


 呉が辟易したようにそう言い、東雲が呆れていた。


「ベリア。仕掛けランの準備はできてるか?」


「ロスヴィータがオランダのマトリクスに入り、アムステルダムのトラフィックを見張ってる。今のところ、不審なトラフィックはなし。まだ“キック・ザ・バリケード”は仕掛けランをやってない」


「いいニュースだ。ALESSのサイバーセキュリティチームは?」


「そっちも動きはない。静かなものだよ」


 ベリアがそう言って席を立つ。


「すぐに始める?」


「そうしよう。時間との勝負だ。交通機関の監視は?」


「ロスヴィータがやってる。“キック・ザ・バリケード”の構成員の生体認証データも手に入ってる。前にALESSに軽犯罪と非合法な集会で捕まって、その時に生体認証データを取られてた」


「万事順調。連中のケツに火をつけてやろうぜ」


 ベリアが報告するのに東雲が不敵に笑った。


「オーキードーキー。じゃあ、配置に着こう。もう現地周辺の画像データはある。宅配ドローンと民間宇宙開発企業の偵察衛星の画像。それからロスヴィータがALESSの下請けが運用している監視カメラをハックした」


「状況は?」


「何事もなし。ALESSのコントラクターもそれ以外の連中もいない」


「これほど上手く行き過ぎると心配になってくるな」


「上手くいかなくても不安にはなるでしょ?」


 東雲が唸るのにベリアはそう返した。


「一応聞いておきたい。今回はサンドストーム・タクティカルは動いてないか?」


 そこで八重野がそう尋ねた。


「それについてはちょっと分からない。六大多国籍企業の民間軍事会社の下請けはいくつもある上に構造物をハックできないし、オランダ政府の構造物もALESSのサイバーセキュリティチームが軍用アイスを展開してるから」


「そうか。今回も出てくるかもしれないと私は思っている」


 八重野はそう言ってネクタイを締めた。


「サンドストーム・タクティカル?」


「ASAと繋がっている元イスラエル国防軍IDFの将兵で結成された民間軍事会社だよ。前の仕事ビズではこいつらが妨害してきた」


「元イスラエル国防軍IDFか。殺し甲斐があるな」


「あんたってのは本当にどうかしてるぜ」


 セイレムが愉快そうに笑うのに東雲は心底呆れていた。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る