オルタナティブ・サイエンス・アソシエーション

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 ──オルタナティブ・サイエンス・アソシエーション



 結局、東雲たちは手土産なしでTMCに戻り、ジェーン・ドウと会うことになった。


「で、Perseph-Oneはどうした?」


「残念なことに手に入りませんでした。ごめんさい」


 TMCセクター6/2にある高級バーの個室でジェーン・ドウが東雲を睨むのに東雲はちょっとばかり申し訳なさそうにそう言った。


「はあ。まあ、期待はあまりしてなかったが」


 ジェーン・ドウはそういってカクテルを口に運んだ。


仕事ビズは失敗だが許してくれるのか?」


「言っただろう。期待してなかったってな。現地は紛争地帯でどの勢力が送り込んだのかも分からない民間軍事会社PMSCがうようよ。データは遅かれ早かれ消されるのは分かってた」


「なんだ。てっきり使い捨てディスポーザブルにされるかと」


「次しくじったら使い捨てディスポーザブルにするぞ?」


 東雲が安堵の息を吐いたが、ジェーン・ドウが苛立った様子でそう忠告した。


「現地でサンドストーム・タクティカルに出くわしたんだな?」


「ああ。ベリアたちが情報を調べた。これだ」


 東雲が自身のARデバイスからジェーン・ドウに情報を投げる。


 ジェーン・ドウのアイスが安全性を確認してからジェーン・ドウはベリアとロスヴィータが情報を眺める。


「大した情報はないが、サンドストーム・タクティカルの連中についての関与は明白になったな。こっちもこれにまつわる不愉快な情報を手にしている」


「不愉快な情報? というと?」


AオルタナティブSサイエンスAアソシエーション


「は? なんだ、それ?」


「メティスの白鯨派閥とアトランティスのマトリクスの魔導書派閥が合流して組織された会社だ。ASAの名前の通り、オカルト研究をやるって会社。白鯨とマトリクスの魔導書というクソッタレを生み出したクソ野郎どもの夢のコラボだ」


 ジェーン・ドウが忌々しげに語った。


「新しい六大多国籍企業ヘックスってわけか? いや、七大多国籍企業?」


「馬鹿言え。ただの反乱勢力が六大多国籍企業に及ぶはずがないだろ。連中はメティスとアトランティスの施設を占拠し、研究者たちを集めたが、資金力はない。どうやって収益を上げているかすら分からん」


「研究成果を売ってるってことは……」


「ないな。連中にとって白鯨やマトリクスの魔導書の技術は独占すべきものだ。かといって特許が取れるほど理論だってもいない。所詮はオカルトだ。だが、狂人の妄言というほど馬鹿にできるものじゃない」


「そりゃそうだ。白鯨は世界征服をやらかそうとして大騒ぎを起こしたし、マトリクスの魔導書は企業ディストピアを実現しようとした」


「そう。狂人がありもしないことを叫んでいるなら害はない。だが、こいつらは脅威となりうる技術を持っていると思われる。目的は分からんが、ろくでもないことなのは確かだろう」


 こいつらはオリバー・オールドリッジとルナ・ラーウィルの亡霊だとジェーン・ドウが蔑んだ。


「このASAがサンドストーム・タクティカルを雇ってるのか?」


「間違いなく。俺様の調査によればASAに合流したメティスの白鯨派閥がこいつらを使って反白鯨派閥が送り込んだ民間軍事会社の部隊を壊滅させている」


「おやおや。随分ときな臭い民間軍事会社だな。これで正式に白鯨派閥とマトリクスの魔導書派閥は六大多国籍企業でのお尋ね者だ。そいつらに加担するのは六大多国籍企業を敵に回すってことを意味する。だろ?」


「命知らずどもと言えば威勢はいいが、自棄になってるだけのようにも見える。サンドストーム・タクティカルのコントラクターどもは元イスラエル国防軍IDFの連中だ。それもエルサレムを戦術核で吹き飛ばした」


「エルサレムが核で……」


「第六次中東戦争ではイスラエルは常に不正解の選択肢ばかり選んできたが、これもまたそういうことだ。連中は異教徒の手にエルサレムを渡すぐらいならばと自国民ごと戦術核を炸裂させた」


 嘆きの壁も、岩のドームも、聖墳墓教会もなくなり核の地上爆破による深刻な放射能汚染だけが残ったとジェーン・ドウ。


「どうかしてるぜ。みんなで共有すればいいのに自分たちの大事なものまでまとめて吹き飛ばしちまうなんて」


「第六次中東戦争前のイスラエルは追い詰められていたからな。アメリカの外交政策が安定せず、中東情勢は悪化する一方で、ヨーロッパを牛耳るトートはユダヤ人よりもアラブ人と取引していた」


「だからって」


「国というものが、民族というものが、まだ価値を有していた時代の話だ。イスラエルでは国とか民族というものに拘る極右政党が台頭していて、危機を煽っていた」


「はあ。右も左も碌なことしないな」


「政治なんて下らん話さ。政治は道具であって目的ではないということを理解してない馬鹿が昔は大勢いた。六大多国籍企業によって政治が本来の用途として使われるようになるまではな」


「六大多国籍企業にとって政治ってのは民衆を操る方法で、利益に繋がるように仕向けることだろ。俺は共産主義者じゃないけど行き過ぎたグローバル資本主義ってのも同じくらい病的だと思うぞ」


「黙れ。そのグローバル資本主義で成り上がった六大多国籍企業に飼われている犬が文句を言うんじゃない」


「はいはい」


 東雲が降参というように両手を上げる。


「で、次の仕事ビズはそのASAとサンドストーム・タクティカルについて、ってところか? それともあんたらが処理しちまうのか?」


「分からん。ASAはどこの六大多国籍企業とも協定を結んでおらず、実態も不明。上はどう扱うか決めかねてる。元を正せばメティスとアトランティスの連中が責任を取るべきだしな」


「じゃあ、話はこれで終わりかい?」


「ちびのハッカーとエルフ女にASAについて情報を集めろと言っておけ。それから引き続きPerseph-Oneについての情報は高い買うと」


「あいよ」


 東雲はそう言ってジェーン・ドウと別れ、電車でセクター13/6に戻った。


「ただいま」


「お帰り、東雲。その様子だと使い捨てディスポーザブルにはされなかったみたいだね。何より、何より」


「ああ。ジェーン・ドウも期待してなかったとさ。だが、新しい仕事ビズだ。メティスの白鯨派閥とアトランティスのマトリクスの魔導書派閥が手を組んでAオルタナティブSサイエンスAアソシエーションって奴を作ったと」


「ASA? それにその組み合わってまさか魔術専門の企業ってこと?」


「知らん。ただ、連中は白鯨の技術とマトリクスの魔導書の技術を持っていて、六大多国籍企業相手に喧嘩を売ってるってだけだ」


「わお。随分と冒険してるじゃない」


 東雲が説明するとベリアは目をしばたいた。


「こいつらについて情報が欲しいとジェーン・ドウは言ってた。それからPerseph-Oneにも大金を出すとさ。何だが白鯨の時を思い出すな。あの時もジェーン・ドウはデータに金を払うって言ってた」


「ジェーン・ドウが飼ってるハッカーのひとりだからね、私も」


 いろいろなハッカーに同じことを持ちかけてると思うよとベリアは言った。


「それからあのエジプトで介入してきたサンドストーム・タクティカル。あの連中がASAに雇われているらしい。何か知ってるか?」


「エジプトからの帰りに君に伝えたぐらいだよ」


 ベリアは帰りのチャーター機の中でロスヴィータとマトリクスで調べた情報を東雲と八重野に伝えていた。


「そうか。これからこいつら相手に仕事ビズをやることになりそうだから良ければ情報を集めておいてくれ」


「オーキードーキー」


 ベリアはそう言ってサイバーデッキに向かいマトリクスにダイブした。


「ロスヴィータ。東雲が戻って来た。ジェーン・ドウからは仕事ビズの失敗は不問にするってさ」


「よかった。ボクたちも危ない立場だからね」


 ベリアが伝えるのにロスヴィータが安堵の息を吐いた。


「それはそうとメティスの白鯨派閥とアトランティスのマトリクスの魔導書派閥が合流してAオルタナティブSサイエンスAアソシエーションってのを作ったみたい。サンドストーム・タクティカルも噛んでる」


「ってことはPerseph-Oneは彼らが?」


「それが妥当なところだろうね」


「彼らは白鯨の技術を持っているし、マトリクスの魔導書の技術も持ってる。厄介なことになりそう」


「もうなってるんじゃない?」


 あっちこっちでサイバー攻撃とテロとベリアがうんざりしたように言った。


「何はともあれ、これ以上ジェーン・ドウを怒らせないように情報集め。ジェーン・ドウに報告しなくても私たちの仕事ビズに必要になるかもしれないから」


「了解。検索エージェントを走らせてる。それから」


「BAR.三毛猫」


 ロスヴィータとベリアはBAR.三毛猫にログインする。


「おっと。トピックが立ってる。ASAそのものについて」


「ニュースになってるのか」


 ベリアたちは“ASAについて語るトピック”と書かれたトピックに顔を出す。


「メティスの白鯨派閥、アトランティスのマトリクスの魔導書派閥。クソ野郎どもの夢のコラボ。まだ騒動は起こしてないみたいだが、嫌な予感しかしない」


 前に“白鯨事件反省会”のトピックで魔術を解析していたアニメキャラのアバターをした女性がそう発言する。


「同意する。こいつらが何を企んでいるにせよ世のためにはならないだろう」


 メガネウサギのアバターが同意した。


「しかし、よく六大多国籍企業から勝手に抜け出した挙句、会社みたいなものを設立できたな。人員は抜け出すのも苦労しただろうに、研究設備に民間軍事会社までちゃっかり確保してると来た」


 アラブ人のアバターが不思議そうにそう発言する。


「現状、ASAはメティスとアトランティスの研究施設を不法占拠してる。コスタリカ、インド、軌道衛星都市。そこにある研究施設をサンドストーム・タクティカルを使って防衛し、勝手に独立を宣言した」


「メティスとアトランティスは動かないのか?」


「動いてはいるだろう。だが、連中も自社が分裂状態ってのは公にしたくないはずだ。大規模戦闘になったブリティッシュコロンビア州のメティス・バイオテクノロジーの研究所の件も隠すのに苦労していた」


 アニメキャラのアバターが尋ねるとメガネウサギのアバターがマトリクスで集めた情報をトピックのテーブルにアップロードした。


「それらの研究所について調べてる。ASAの主導的立場にあるのはメティスの白鯨派閥の人間だな。エリアス・スティックス博士。自律AI開発界隈の大物だ。元カリフォルニア工科大学の教授でそこで研究していた」


「こいつ、どういう顔して白鯨派閥にいたんだ? 白鯨はカリフォルニア工科大学で開発中だった“ポール・バニヤン”を食って、開発者を殺してるんだぞ」


「因縁深い関係だな。で、こいつの目的は?」


「白鯨の完成? 完全な自律AIになった白鯨を求めてるとか?」


「自律AIは目的があって作るものだ。自律AIはツールであって目的じゃない。最高品の万年筆を準備して、それで満足するはずがない。何かを書くんだ」


 議論が進んでいく。


「ねえ。サンドストーム・タクティカルはエジプトで活動してたのを知ってる人はいるかな? アルゼンチンでALESSによって警戒警報が出されていたこととかも」


 そこでベリアが発言した。


「エジプト? 何かあったか?」


「Z&Eがサイバー攻撃を受けた。軍用のアイスをどう抜いたのかって話を少しした記憶があるが、まさか」


 アラブ人のアバターが首を傾げるのにメガネウサギのアバターが目を細めた。


「アルゼンチンの文学部テロリストが統一ロシアの軍用アイスを砕き、次はエジプトのZ&Eの軍用アイスが砕かれた。Perseph-Oneだ。ASAはPerseph-Oneを開発して実験してる」


「クソ。もう厄介ごとを起こしてるのか。連中は最高のパフォーマンスをしてみせた。統一ロシアとZ&Eの軍用アイスを砕いて、自分たちの最高の製品を事情を知ってる人間に披露した」


 メガネウサギのアバターが言い、アニメキャラのアバターが吐き捨てる。


「Perseph-Oneが何なのかも分からないうちに事態が進んでる。あまりいい兆候とは言えないぞ。白鯨事件の時も対応が後手後手で大事件になった」


「六大多国籍企業がまともに見える日が来るとはね」


 トピックはASAについて情報を集めるハッカーたちで溢れかえった。


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