“キック・ザ・バリケード”//ジェーン・ドウ
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──“キック・ザ・バリケード”//ジェーン・ドウ
東雲はエジプトから帰国後の8日後にジェーン・ドウにTMCセクター4/2にある高級喫茶店に呼び出された。
「あれから何か分かったか?」
「分かっているのはこれだけ」
東雲がジェーン・ドウの端末に情報を送信する。
「ふん。大した収穫はないな。じゃあ、
ジェーン・ドウが切り出した。
「オランダのアムステルダムに拠点があるハッカー集団“キック・ザ・バリケード”って阿呆な名前をした連中がPerseph-Oneを完全に解読したと発表した。それを使って
「マジかよ。解読できたのか? 俺たちはまだ手に入れてもいないのに?」
「ASAのクソ野郎どもが次のモルモットにこいつらを選んだが、こいつらはASAのお偉い研究者たちが思ったようには動かなかった。そんなところだろう。ただし、実際に解析が成功したという物証は今のところ存在しない」
「だが、今は僅かな手がかりも逃したくはない、ってところか?」
東雲が本物のチーズケーキを口に運んでからそう尋ねる。
「そうだ。情報が必要だ。少しでもな。Perseph-One、ASA、サンドストーム・タクティカル。妙な連中の組み合わせで、ろくでもない予感がする。白鯨のときに後手に回って、大事になった。今回は避けたいんだよ」
「まあ、だろうな。白鯨のときのように大事になってからじゃ、損害が大きい。それに前回は奇跡的に止められたが、今回も同じように止められるかどうかは決まっているわけじゃない」
「そこまで分かっているならするべきことは分かるな?
「俺はオランダにコネはないんだが、そこら辺はどうにかしてくれるのか?」
「準備してやる。オランダにはアルバニア・マフィアの縄張りがある。アムステルダムにもな。俺様の
ジェーン・ドウが東雲にそう言った。
「他に情報は?」
「自分で調べろ。俺様が世話を焼いてやる義理はあるか? 自分の
「はいはい」
東雲は頷き、喫茶店を出た。
そして、TMCセクター13/6に戻る。
「ベリア、ロスヴィータ。
東雲が帰宅してそういう。
「当ててあげようか。オランダのアナキストハッカー集団“キック・ザ・バリケード”について調べろ、でしょ?」
「おう。知ってるのか? マトリクスではもう話題なのか?」
「そう、マトリクスが大騒ぎになってる。実を言うと私が出入りしてる
「おいおい。連中、Perseph-Oneの話はしてたか?」
「してた。というか、その話ばっかりだよ。自分たちはPerseph-Oneを手に入れて、解析に成功したって自慢してた。これから六大多国籍企業を相手に
ベリアがそう語る。
「そのときにPerseph-Oneは手に入らなかったのか?」
「彼らは
「ふうむ。本当に解析できたと思うか……」
「できてない。どうして彼らが私が出入りしている電子掲示板に来たかと言えば、白鯨について聞くためだから。解析できてるなら、今さらそんな基礎的なことについて調べる必要はないんだ」
「ガセネタか。それでもジェーン・ドウはPerseph-Oneが欲しいとさ」
「じゃあ、奪わないとね。オランダまでいくつもり?」
「その予定だ。ジェーン・ドウがチケットとかを手配するとさ。エジプトの次はオランダとは。非合法傭兵もグローバル化かね」
東雲が嫌になったように愚痴る。
「オランダについて調べないとね。私も一緒に?」
「多分。
東雲もジェーン・ドウが何人分の航空チケットを配るのか分かってなかった。
「オーキードーキー。では、私は事前調査を済ませておくよ。オランダってよく分からない国だから」
「頼んだ」
ベリアは東雲にそう言ってからサイバーデッキに向かった。
そして、マトリクスのダイブする。
「ロスヴィータはあれからずっとBAR.三毛猫にいるのか。まずは検索エージェントをは知らせておこう」
ベリアはそう言って検索エージェントにオランダと“キック・ザ・バリケード”についての情報を集めるように指示してマトリクスに放った。
「さて、私もBAR.三毛猫へ」
それからBAR.三毛猫にログインする。
「あれからずっと“キック・ザ・バリケード”のトピックが賑やかだ。ロスヴィータもまだあそこにいるのかな」
BAR.三毛猫に現れた“キック・ザ・バリケード”のハッカーたちが行ったPerseph-Oneの解析宣言と六大多国籍企業への犯行予告でBAR.三毛猫は騒がしくなっていた。
「あっちはロスヴィータに任せて私はオランダの情報を、と」
ベリアがジュークボックスから過去ログを探る。
オランダというワードでいくつものトピックのログがヒットする中で、ベリアはオランダそのものを話題としているトピックを再生した。
『オランダ。この奇妙な国家について話せるのを楽しく思うよ』
『欧州諸国が内戦かトートによる支配かという運命を辿った時、オランダは独自路線を進んだ。六大多国籍企業一社を相手にすればオランダなんていと簡単に食い散らかされる。では、どうするべきか?』
『複数の六大多国籍企業を国家の運営に関わらせた!』
『そう。エネルギーはトートに頼り、警察業務はアトランティスに頼り、軍事業務は大井に頼り、食料と医療はメティスに頼り、都市インフラの運営はアローに頼った』
『それでバランスが取れるってオランダ政府は思った。ところがどっこい、国内に六大多国籍企業はいくつも進出したせいで企業同士の戦闘になり、オランダの治安は真っ逆さま。今や欧州最大の裏取引の場所となりはてた』
『電子ドラッグ、オールドドラッグは選り取り見取り。武器だって好き放題に取引できる。ついでに人間もな』
『欧州の人身売買の拠点だ。欧州各地の内戦で生じた難民を攫ってきた犯罪組織が売買してる。目的は様々。臓器目的、性的搾取、実験動物、食用』
『ろくでもない。警察業務はALESSが牛耳ってるんだろう。連中は何しているんだ?』
『金持ち地区の警備。裏取引が行われているのはアムステルダムやロッテルダムだ。いろんなマフィアやギャングが支配してる。セクター13/6の従妹みたいなもんだ』
『隣のベルギーも内紛状態で政府が存在しない。そして、ベルギーは武器取引の場所として有名だった。テロリスト御用達って奴だ。そいつらがオランダにまで進出してる』
『銃乱射事件は数えきれないほど起きてる。ギャング同士の抗争から自棄になった貧困層の無理心中までいろいろ。外務省からは渡航延期勧告が出てる』
『それでも
ログはいかにオランダの治安が悪いかの議論で進んでいった。
「オランダは不味そう。六大多国籍企業による企業紛争とそれによる治安の悪化で紛争地帯になってる。けど、逆に東雲はそういうところの方がやりやすいか」
良くも悪くも非合法傭兵だしとベリアが呟く。
「さて、オランダについての情報も検索エージェントが拾って来てることだし、私もロンメルのところにいこう」
ベリアは“キック・ザ・バリケード”の巻き起こした論争が行われているトピックへと向かっていった。
「解析は嘘っぱちだろ。例のハッカーどもはそこまで優秀ってわけじゃない。白鯨のことをここに来てようやく知ったという間抜け振りだぞ。で、Perseph-Oneには白鯨由来の技術が使われている可能性が高い」
「まだ決まったわけじゃない。だが、限りなく嫌な予感がするって話だ。ASAの連中は白鯨とマトリクスの魔導書に関わっていて、統一ロシアとエジプトの件に噛んでいる可能性がある」
列席者のひとりの発言にメガネウサギのアバターが答える。
「Perseph-Oneを与えられた人間がどいつもこいつも白鯨に行きついている時点でもう間違いないだろう。Perseph-Oneのコードには白鯨由来の技術がある。ASAは野良のテロリストやハッカーを使ってテストしてる」
アニメキャラのアバターがそう発言した。
「オランダの“キック・ザ・バリケード”について調べたよ。オランダで企業紛争が始まってからのアナキスト集団で六大多国籍企業による支配と既存の政府による支配を否定している」
そこでベリアからロスヴィータが発言するのが見えた。
「トートによる電気料金の一方的な値上げとオランダ政府の受諾を見て、オランダ経済・気候政策省のホームページに昔ながらのDoS攻撃。それでメンバーが2名、ALESSのサイバーセキュリティチームに逮捕されてる」
「はあ。DoS攻撃? そんなことやってんの、ご時世に? 政府関係機関の脆弱極まりないサーバーぐらいならトラフィックにラグを生じさせられるだろうけどさ」
ロスヴィータが“キック・ザ・バリケード”の“ハッキング”について述べると列席者たちが揃ってため息を吐いた。
「ASAの連中がこいつらにPerseph-Oneを渡した理由が分かったな。答えはシンプル。馬鹿だからだ。アルゼンチンの文学部テロリストと一緒。解読する能力のない連中に与えて、揉め事を起こさせる」
「俺たちに渡されればな」
アニメキャラのアバターが呆れたように言うのにメガネウサギのアバターがまたため息を吐いた。
「ASAはある意味では怖いものなし。彼らは既存の権力ではないから、反グローバリストやアナキスト、イスラム原理主義者の攻撃目標にならない。彼らに親切な支援者の振りをしてPerseph-Oneを渡して、後は見てるだけ」
「完全な実験動物だな」
ロスヴィータが発言し、アニメキャラのアバターが眉を歪めた。
「ASAの連中にとって予想外だったのは、その馬鹿なハッカーたちが自分たちの道具を見せびらかしたことだろう。もう六大多国籍企業はどこもPerseph-Oneを警戒している。その威力ははっきりしているからな」
「となると、連中は不味い立場だ。さっさと
メガネウサギのアバターが言うのにアニメキャラのアバターが続けた。
「オランダのサイバーセキュリティは?」
「民間はALESS。軍用は太平洋保安公司。オランダの歪んだ構造だ。それに加えてエネルギー関係のネットワークはトートが独自に、食料・医療関係はメティスが独自に、都市インフラについてはアローが独自に」
「海軍陸戦隊と空軍野戦師団みたいな状態だな」
列席者たちがオランダ情勢について語り始める。
「結局はどの六大多国籍企業が動いてもおかしくないってことだ。権限が分散しているならそれぞれが自分たちの権利を主張して介入してくるだろう。オランダは暫くは燃えそうだな」
メガネウサギのアバターがそう総括した。
「ねえ。マトリクスでPerseph-Oneが使用された瞬間を押さえられないかな。白鯨のデータを手に入れようとしたときのようにフルスキャントラップの類を使って」
ロスヴィータがトピックでそう提案した。
「白鯨も大抵目的不明だったが、今回のアナキストハッカーはより分からない。リベンジのためにオランダ政府を攻撃するのか、それともオランダの歪みの原因である六大多国籍企業を攻撃するのか」
「白鯨のときはまだAI関係っていうヒントがあった。だけど、今回は」
メガネウサギのアバターとアニメキャラのアバターが揃って肩をすくめた。
「起きてから対応すれば
ロスヴィータをしばし唸った末に落胆の息を吐いた。
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