スフィンクスの足元で//ポートサイド

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 ──スフィンクスの足元で//ポートサイド



 東雲たちはポートサイドの駅で列車を降りた。


「おいおい。ここは軍事基地か何かか? 装甲車、無人戦車、戦闘用アンドロイドがずらりって」


 ポートサイドの駅から出たときの光景は東雲が表現した通りだ。


「テロが起きたからではないか。暫くはこの手の警戒態勢を取るだろう。ここは地理的に重要な場所でもあるしな」


「なんつーか、この状況でZ&E相手に仕掛けランをやったハッカーは生き残れてるのかね。ここにはZ&Eの特殊作戦部隊もいるんだろう?」


 八重野が言うのに東雲がとりあえずの活動拠点になるホテルに向けてタクシーを拾った。タクシーの運転手はアラブ人ではなく、アフリカ系の男だ。


「おい。ホテルの住所はそっちじゃないぞ」


「そっちの道路は不発弾が見つかって処理してるんだ。回り道になるよ」


「そうかい」


「この街にはあちこちに不発弾があるからね」


 タクシーの運転手は武装勢力同士が砲弾、爆弾をこの街に叩き込んだと語る。特にクラスター爆弾が面倒らしい。


「子供が拾って爆発したこともある。ほら、あそこにいる連中とか」


 タクシーの運転手の視線の先には手足のない子供が座り込み、誰かが慈悲をかけて施しをしてくれるのを待っていた。


「戦争ってのは悲惨だな」


 東雲はあまり興味もなさそうにそう言い、ホテルに到着した。


 ホテルは古い建物で戦争の痕跡である焦げ跡と銃痕が壁に刻まれていた。


「このホテルは武装勢力のひとつが司令部にしていた場所だよ。じゃあ、ポートサイドを楽しんでいって」


「何が楽しめるんだよ、こんな場所で」


 タクシーの運転手の業務用端末に東雲が運賃とチップをチャージして降りる。


 ホテルにチェックインし、東雲たちは作戦会議を始めた。


「ロスヴィータから続報は?」


「“ワールド・デッド”が最後に確認されたのは、このポートサイドのマトリクス。住所をロスヴィータが割り出してる。今は仕掛けランをする様子はないみたい」


「オーケー。位置が分かったら強襲してPerseph-Oneを強奪スナッチする。Z&Eの動きはどうだ……」


「例の第5特殊S業務O執行EグループG・ヴィーキングが動いてる。彼らもここにテロリストが潜伏してるって思ってるみたいだね。ここの治安当局に何度も連絡が来てる」


「規模は?」


「基本的にこの特殊業務執行グループは空中機動歩兵大隊1個と機械化歩兵大隊1個を主力とし、無人戦車中隊や砲兵中隊、無人攻撃ヘリで構成される飛行隊で編成されてる。このサイズならすぐに戦場に投入できるってわけ」


「機動性重視か。ってことは何か起きればすっ飛んでくる?」


「そう。重ティルトローター機でアーマードスーツごと移動する空中機動歩兵はもちろん、機械化歩兵も最新の歩兵戦闘車IFVで機動する。昔と違って無限軌道の装甲車の機動力と自走能力は高い」


「あーあ。で、練度は? やっぱり元特殊作戦部隊のオペレーター?」


「だね。元ドイツ連邦軍の特殊戦団KSK所属だったオペレーターや元フランス軍の特殊作戦旅団BFST、第2外人落下傘連隊のオペレーター」


 ベリアはそう説明する。


「この第5特殊業務執行グループの司令官は元ドイツ連邦軍特殊戦団の少将。内戦に突入したルーマニアに最初に派遣されたドイツ連邦軍の部隊の指揮を執って任務を成功させた。それを買われてZ&Eに」


「ふうむ」


「だけど、政治的な問題も起こしてる。ナチス政権を肯定するような発言をして、連邦議会で国防大臣が責任を追及された。噂ではルーマニアでロマへの無許可の攻撃と殺戮を行ったとも」


「そんなのが司令官かよ。射撃前に質問は期待できそうないな」


 東雲が肩をすくめた。


「Z&Eもクリーンな会社じゃないから。それからZ&Eの部隊の他に民間軍事会社PMSCが複数。基本的にZ&Eの指揮下に入ってるけど、エジプト政府から直接仕事ビズを任されている会社もある」


「どんな会社だ?」


「基本的には不発弾や地雷の処理をする会社。この手の業務は専門知識がいるから大手でもおいそれとは手を出せない。それからトート以外の六大多国籍企業ヘックスや準六大多国籍企業が雇わせてる」


「TMCの中のハンター・インターナショナルのようなものか」


 ベリアの説明に東雲が納得した。


「ロスヴィータから連絡。“ワールド・デッド”の居場所を突き止めた。住所が送られてきてる。これから向かう?」


「善は急げだ。これが善かどうかは分からんが」


 ベリアが報告し、東雲のARに情報を送るのに東雲がそう言った。


「場所はエジプト内戦で武装勢力のひとつが砲兵部隊の司令部を置いていた場所だ。頑丈な建物があるし、通信インフラもある。エジプト内戦中は民間の通信インフラを使って戦争をしてたから」


「なるほど。ハッカーの拠点に持ってこいだ。理にかなっているな。だが、その分Z&Eの連中も気づくんじゃないか……」


「可能性としては。Z&Eについては情報はない。分かるのは彼らが現地の治安当局と行っている通信内容だけ。エジプト当局のアイスは脆弱だから」


 だから、ハックして情報を盗み出せるとベリアは言った。


「オーケー。じゃあ、仕事ビズを始めよう。八重野はベリアを守ってくれ。ハッカーのサイバーデッキからPerseph-Oneを抜き出すのはベリアの技術が必要だ。遭遇するだろうテロリストは俺が相手にする」


「分かった。任せてくれ」


「行くぞ」


 東雲たちはホテルを出てタクシーをまた捕まえ、目的地の近くまで向かった。


「お客さん。悪いんだけどここから先の地域は治安が悪くてね」


「じゃあ、ここでいい。端末を」


 タクシーの運転手が申し訳なさそうにそう言い、東雲は金を払ってタクシーを降りた。目的地付近は見るからに荒れた地域だった。


「すげえ荒れてる。建物はボロボロだし、落書きだらけ」


「砲撃戦があったからだろう。敵の砲兵や航空戦力は砲兵部隊の司令部があったこの地域に砲弾と爆弾を叩き込み続けたはずだ」


「建物がボロだと治安まで悪くなるとはね」


「住宅価格が低ければそれだけ貧困層が流れ込む」


「セクター13/6と同じか」


 東雲たちは油断なく周囲を見渡す。


 この手の場所──スラムは盗みや殺人が横行している。ブランド物のスーツを身に着け、明らかに現地の住民ではない東雲たちはカモだと思われ狙われかねない。


 八重野は“鯱食い”の柄を握り、いつでも抜けるようにして周囲を威嚇した。


「サイバーサムライだ」


「中国人め」


 現地の戦争で手足を失った人間や薄汚れた衣服の男女が東雲たちを見て悪態を吐く。


「こっちだ。ここら辺にはZ&Eの連中はいないな」


「金にならなければサービスは受けられない。TMCと一緒だよ」


「これだから営利化された警察ってのは」


 ベリアが肩をすくめ、東雲が用心しながらスラムを進む。


 いきなり銃を乱射して死体から荷物をはぎ取るというのはセクター13/6でもたまにあることだ。東雲が地球に戻って来た直後に出くわしたのと同じ。


「八重野。妙な連中は見えるか」


「今のところセンサーに生体機械化兵マシナリー・ソルジャー強化外骨格エグゾの類は捉えていない。イスラム殉教機構エジプト戦線は元エジプト陸軍の軍人も加わってるそうだが」


「全く。軍人上がりのテロリストの相手は何度目だ?」


 東雲は呆れながらスラムを目的地に向かって進んでいく。


 そして、見るからに武装勢力がいるだろう土嚢やがらくたを積み上げ、重機関銃を後部の荷台に設置したテクニカルが鎮座する陣地に遭遇した。


「止まれ、中国人」


 そして、その陣地から武装したアラブ人が出来て、東雲たちにカラシニコフの銃口を向けて来た。テクニカルにマウントされた12.7ミリの重機関銃も東雲を狙う。


「中国人じゃねえよ。日本人だ」


「知るか。似たようなものだろ、異教徒が」


 アラブ人はそういってどこかに行けというようにカラシニコフを振る。


「あんたら、イスラム殉教機構エジプト戦線か?」


「だとしたら?」


「ぶっ殺して進ませてもらう」


 東雲が瞬時に“月光”を展開した。


「クソ! サイバーサムライだ! 民間軍事会社の連中だぞ! 殺せ!」


 すぐさま武装勢力が銃弾を東雲に向けて叩き込んでくる。


 カラシニコフと重機関銃がけたたましい銃声を響かせた。


「テロリストならぶち殺しても文句は言われんだろ!」


 東雲は“月光”を高速回転させて陣地に突っ込み、そこにいたアラブ人のテロリストたちを切り刻む。


「RPG!」


 対戦車ロケット弾がそこに飛来し、サーモバリック弾頭のそれが炸裂する。


「クソ野郎! それは人に向けて撃つものじゃないだろ!」


 東雲が“月光”を投射して対戦車ロケットの射手を仕留めた。


「東雲! 気を付けろ! 敵の増援だ! テクニカル複数!」


「やってやるぜ!」


 八重野が警告を発するのに東雲がスラム街を突き進んできたテクニカルの群れを睨み、“月光”を高速回転させる。


「殺せ! 異教徒どもだ!」


 テクニカルにマウントされた対空機関砲や無反動砲、重機関銃が大量の爆薬と銃弾を東雲に叩きつけてくる。


「うおおおっ!? マジかよ、畜生! 八重野! ベリアを頼むぞ! 俺はちょっと突っ込んで蹴散らしてくる!」


「分かった! 気を付けろよ、東雲!」


「あいよ!」


 東雲は“月光”を高速回転させながらテクニカルとテロリストの集団に向けて突っ込んでいった。旧ロシア製の古ぼけた武器ばかりだが、それでも人は殺せるのだ。


「くたばれ!」


 東雲が“月光”の刃を高速回転させて銃弾を弾きつつ、まずは最大の脅威になるだろう無反動砲をマウントしたテクニカルに向けて“月光”の刃を投射する。


 “月光”の刃が無反動砲の射手とテクニカルの運転手の首を貫き、暴走したテクニカルが他のテクニカルに衝突して弾薬が爆発した。


「ラッキー! このまま殲滅して──」


 そこで突如として爆発が生じ、東雲の右わき腹に鉄片がめり込み内臓を引き裂いた。


「な、なんだ!?」


「迫撃砲だ! 気を付けろ! もう狙いを定めているぞ!」


「マジかよ!」


 標準的な口径82ミリの旧ロシア製迫撃砲が東雲に向けて砲弾を振らせる。


「どうすりゃいいんだよ、畜生! 迫撃砲の相手なんてしたことねーぞ!」


「東雲。弾着観測に使っているドローンを今、ハックしてるから。それから迫撃砲の位置に向けてジャックした軍用ドローンを突っ込ませる」


「任せたぜ、ベリア!」


 ベリアがイスラム殉教機構エジプト戦線が使っているネットワークに侵入し、彼らが弾着観測に使っている古い中国製のドローンをハックし、制御系を焼き切った。


 それから飛行中だった下請け民間軍事会社の軍用ドローンをハックし、民間宇宙開発企業の運営する偵察衛星で捉えたポートサイドの映像で迫撃砲の位置を特定。ハックした軍用ドローンを突っ込ませた。


「敵、迫撃砲撃破。やっちゃって、東雲!」


「サンキュー、ベリア!」


 迫撃砲の砲撃が止まり、東雲が戦闘を再開する。


 テクニカルが血を注いだ“月光”によって車体ごと真っ二つになって炎上し、テロリストたちがスライスされ、怖気づいたテロリストが逃走し始める。


 戦闘は20分ほど行われ、最後まで抵抗することを選んだテロリストがカラシニコフを腰だめで構えて、乱射しながら東雲に突っ込んできた。


聖戦ジハード気分か? そのまま天国に行きな」


 東雲はそれらのテロリストを八つ裂きにし、皆殺しにした。


「よし。片付いた」


「急いだ方がいいよ。今の戦闘で治安当局に民間軍事会社の出動要請が出てる」


「あーもう! どうして連中って終わった後に俺たちを殺しに来るの?」


「そういうものだからだよ」


 ベリアがそう言い、東雲たちはハッカーの居場所に向けて駆け足で進んだ。


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