スフィンクスの足元で//トレインパニック

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 ──スフィンクスの足元で//トレインパニック



 東雲たちは翌日、ホテルをチェックアウトしベリアが予約した列車に乗るために駅を目指した。タクシーを拾って駅に向かい、大勢の人で混雑する駅に入る。


「駅を警備してるのはZ&Eの連中じゃないな」


「下請けだよ。民間軍事会社PMSCはこの世界に腐るほどいるから。六大多国籍企業ヘックスの専属は限られているけど、そうじゃないフリーの民間軍事会社はどんどん軍事業務や警察業務が外注されて増えた」


「質はピンキリ」


 東雲たちは探知用機械化生体トレーサードッグを従えている民間軍事会社のコントラクターたちが警備する駅を通り、列車に乗り込む。


 列車はドイツで必要なくなった旧式の車両だ。高速鉄道の車両をダウングレードして通常運転してる。今のエジプトには高速鉄道を運用する能力はない。


「すげえ乗車率。人だらけだ」


「国民の半分が難民になったようなものだから。仕事も家も何もかも失った。だから、各地を回って働ける場所を探してるんだよ」


「座席予約しておいて正解だったな」


 東雲たちは決して清潔とは言えない車両の中で予約した座席を見つけ、ARで乗車登録すると腰かけた。


「駅弁買えなかったな」


「車内販売なんてものもないよ。ご飯はポートサイドで食べるしかないね」


「はあ。紛争地域で飯か」


 ベリアが言うのに東雲がため息を吐く。


 それから列車がのろのろと走り出し、それなりに加速し始めた。


「新幹線乗ったことあるけど、これより速かったな」


「新幹線には乗ったことがないな。一時期どこも高速鉄道計画が盛り上がった記憶はあるが、採算が取れるか怪しいということでその手のインフラ整備は中断している」


 東雲が汚れの突いた車窓から外の景色を眺めると八重野がそう言った。


「新幹線は修学旅行で──」


 東雲が思い出話をしようとしたとき銃声が響いた。


「おい。何だ?」


「銃声だ。中口径弾だな。カラシニコフの発砲音に近い」


「民間軍事会社?」


「恐らくは違う」


 銃声と悲鳴、怒号が聞こえる。戦闘が起きているようだ。


「テロリストだ! 列車を止めろ!」


「連中、爆弾を持ってるぞ!」


 後方の自由席から東雲たちの指定席まで乗客たちが逃げて来た。


「クソ。マジかよ。よりによってテロに遭遇するとは」


「テロにはこれまで何度も遭遇してきただろう」


「準備した上でな。列車を爆弾でふっ飛ばされたら全員死ぬぞ」


 八重野が後方車両を睨み、東雲がいつでも“月光”を展開できるように準備する。


「東雲。犯行声明が出た。イスラム殉教機構エジプト戦線だ。テロリストとして拘束された組織の人間の釈放をエジプト政府とトートに要求している。さもなければ列車を爆破するって」


「はあ。トートの動きは?」


「Z&Eの緊急即応部隊QRFが向かってる。空中機動歩兵で無人攻撃ヘリとアーマードスーツを含む部隊。ティルトローター機で直接走行中の列車に乗り込むつもりみたい。この列車を管理している会社に通報が来た」


「成功しそう?」


「エジプト政府もトートもテロリストとは交渉しない。それは基本原則。そして、トートにとっては現地の住民や難民がどうなろうが知ったことじゃない。最悪、車両を奪還不能と判断したら対戦車ミサイルで吹っ飛ばすかも」


「最悪」


 ベリアが言うのに東雲が盛大にため息を吐いた。


「今、列車の制御権限をハックしてる。無理やり止めるよ。それから東雲たちはテロリストを止めて。完全に停止して脱線の可能性がなくなるまで時間がかかるから」


「あいよ。やるぞ、八重野」


 東雲が八重野に声をかける。


「相手は自爆する覚悟があると思われるが、大丈夫か?」


「その前にぶっ殺してやるよ」


 八重野が尋ねると東雲がそう言って“月光”を展開した。


「民間人に警戒して、進もう。テロリストを殺しても文句は言われないが、民間人を殺すと面倒なことになる」


 八重野がそう言い、東雲を先頭に後方車両に向かう。


「また銃声だ。何に発砲してるんだ?」


「テロリストが車両を占拠すれば逃げようとする人間が出る。混乱も生じる。それに対する連中の対応は射殺だ」


「あーあ。ヤな連中」


 東雲は座席に隠れている乗客たちの横を通って銃声のした方角に向かった。


「前方、テロリストだ。数は9名。全員が爆発物らしきものを身に着けている」


「他に爆発物は?」


「怪しい荷物がいくつかある」


 八重野が機械化した目でテロリストたちを観察して報告する。


『東雲。今から列車を停止させる。急停止は無理だよ。車両にある安全放置が作動するから。だから、何とかテロリストが気づいて爆弾を爆発させないようにして』


「オーケー。やってやりましょう」


 東雲が影からテロリストたちを見る。


 全員がカラシニコフや古いチェコ製の短機関銃で武装。爆発物だろう物体をベストに装着し、爆弾の点火装置と思われるスイッチを手に持っている。


「どうやる、八重野?」


「一斉に制圧できれば文句はない。少なくても先手が打てれば、敵は混乱するはずだ。攻撃を受けてすぐ自爆するような練度も覚悟もないだろう」


「分かった。先手を取るんだな。やってやろう。3カウント」


 東雲が3秒のカウントを行う。


 3──2──1──。


「いくぞ!」


 東雲がテロリストに向けて“月光”を投射し、2人のテロリストの首を刎ね飛ばした。同時に八重野が突撃し超電磁抜刀でテロリスト1名を叩き切る。


「襲撃だ!」


「クソッタレ!」


 テロリストたちがカラシニコフと短機関銃の銃口を東雲たちに向けた。


「おらおらおら! くたばれ!」


 東雲が“月光”を高速回転させて銃弾を弾き、同時に“月光”の刃を投射してテロリストをまた1名殺害。


「東雲。遊んでないで迅速に制圧しろ」


 八重野も銃弾を躱してテロリストたちに懐に飛び込み、“鯱食い”を振るう。ヒートソードはテロリストの銃火器ごとテロリストの体を切り裂き、致命傷を与えた。


「遊んでない。至って真面目にやってる」


 東雲がテロリストをさらに制圧。


「この! 外国の異教徒どもめ!」


「神様なんて信じてると損するぜ」


 テロリストがカラシニコフを腰だめで乱射するが東雲はそれを弾いて“月光”を投射。テロリストの首を刎ね飛ばし、頭を失ったテロリストが崩れ落ちながらカラシニコフの引き金を引き続け銃弾が周囲にばら撒かれる。


「制圧完了!」


『列車が停車するよ、東雲。Z&Eの緊急即応部隊もそろそろ到着。危ないテロリストは制圧できた?』


「できたぞ。これで安心だ」


 東雲が爆発しなかった爆弾を見てそう言う。


「東雲。まだだ。さらに後方の車両で銃声がする」


「ほっとこうぜ。これは俺たちの仕事ビズじゃない。Z&Eの連中の仕事ビズだ。どうせもう脱線はしない」


 八重野がカラシニコフの銃声をさらに後方車両から検知するが、東雲は“月光”を格納して背を向けた。


『Z&Eの緊急即応部隊到着。危ない真似はしないでね。容赦なく射殺されるよ』


「あいよ」


 ティルトローター機の音が響き、車両が揺れる。


 Z&Eのトート製のアーマードスーツが車両の屋根の降下し、強化外骨格エグゾを装備したコントラクターたちも降下。


 同時に無人攻撃ヘリが外部から車両内をスキャンし、武装したテロリストを探し出す。その情報は戦術リンクで共有された。


「銃声だ。カラシニコフじゃなさそうだな」


「Z&Eだろう。緊急即応部隊ならすぐに解決するはずだ」


 それから銃声が何度か響き、静寂が訪れた。


 そして、車両の後方から強化外骨格エグゾを装備したコントラクターたちが自動小銃を構えて前方車両までやってくる。東雲たちは既に座席について、武器はしまっている。


「パロット・ゼロ・ファイブ、全車両クリア。全ての脅威を制圧。指名手配中の目標18名を確認。全員死亡」


本部HQよりパロット・ゼロ・ファイブ。了解。車両内に他に手配中の目標がいないか確認し、確認完了し次第撤収せよ』


「了解」


 Z&Eの緊急即応部隊は訓練されたコントラクターで構成されていたようであり、テロリストたちを迅速に制圧して死体を回収し、ティルトローター機で撤収していった。


「列車が動き出した」


「Z&Eの連中、現場捜査も何もしないのか?」


「する意味ある? イスラム殉教機構エジプト戦線のテロリストは全てZ&Eのデータベースに登録されてるから尋問する必要もないだろうし。ここをいくら調べてもテロリストが死んだ以上のことはない」


「それもそうだな」


 列車は運通を再開し、エジプトの大地を走っていく。


 列車内にあったテロリストの死体は回収されたものの、そうでない民間人の死体は放置され、人々はそれが当たり前であるかのように死体を退けて席や通路に座った。


 血の臭いをさせたまま列車は走り続け、次に停車した駅で鉄道会社の従業員たちが死体を車両から下ろして、運んでいった。


「あの死体、どうなるんだ?」


「有機物再利用施設に運ばれて人工食料プラントの有機肥料に加工されるってところじゃない? そうすれば鉄道会社にお金が入るし、わざわざ遺族を探すっていう面倒なことをしなくていい」


「ひでえ」


「TMCでもそういうものだったでしょ」


 死体は運び出され、ベリアが予想したようにメティス・バイオテクノロジーが運営する有機物再利用施設に売り飛ばされた。死体にあったインプラントは労働者によってこっそりと外され、闇市で売られる。


 列車はテロなどなかったかのように線路を走り続け、ポートサイドに向かって走り続ける。東雲たちは車窓から内戦で破壊された建物と我が物顔で歩き回る民間軍事会社のコントラクターや装甲車を見た。


「ん? 車両が減速してないか……」


「してるね。検問かな」


「検問があるのか?」


「ポートサイドは荒れてるからこれ以上混乱を呼び込みたくないんじゃない?」


 そんな会話をしている中、車両は完全に停車してZ&Eのコントラクターたちが乗り込んできた。強化外骨格エグゾを装備したコントラクターたちだ。さらに探知用機械化生体トレーサードッグを連れている。


「IDを」


 Z&Eのコントラクターたちは乗客のIDをチェックしていく。


「問題なし。次だ」


 東雲たちのところにZ&Eのコントラクターたちがやって来た。


「IDを」


「あいよ」


 東雲たちは偽造された準六大多国籍企業のビジネスマンというIDをZ&Eのコントラクターたちに提示する。


「これから先はポートサイドだぞ?」


「行先も分からない列車に乗るわけないだろ。知ってるよ。仕事ビズだ」


「ふん。準六大多国籍企業のビジネスマンが行く場所じゃないと思うが」


 Z&Eのコントラクターはそう言ってから八重野の“鯱食い”を見た。


「その刀は?」


「私物だ」


「トラブルを起こすなよ」


 そうとだけ言ってZ&Eのコントラクターたちは次の乗客に向かった。


「全然調べないのな、連中」


「マトリクスに繋がれIDが全てはっきりさせてくれると思ってる。便利な社会になった反面、情報のリテラシーは失われたようだね」


 東雲たちがそんな話をしていると後部車両の方から銃声がした。


「何かあったのか?」


「ドラッグの類を所持してたんじゃない? 彼らのトリガーは軽いし、彼らは手錠の類を持ち合わせていない」


「ひでえ」


 民間軍事会社のコントラクターは大抵の場合当事国から与えられた免責特権があるので、簡単に殺害という選択肢を選ぶ。


 それは捜査されないし、訴追もされない。


「大井統合安全保障の強襲制圧チームと同じだ、東雲」


「まあ、そいつらも殺しにためらいがないというか」


 東雲は唸りながら列車が走り出すのを待った。


「終了。列車を出せ」


 Z&Eのコントラクターによる検問は終わり、列車が走り出した。


……………………

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