スフィンクスの足元で//エジプトへ
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──スフィンクスの足元で//エジプトへ
東雲たちは準備を整え、ジェーン・ドウの用意した航空チケットでエジプトへと飛んだ。
「お飲み物をお持ちしましょうか?」
「コーヒーを」
「畏まりました」
東雲がキャビンアテンダントにそう頼む。
ベリアは睡眠導入剤を使って寝ており、八重野は刀がないせいかそわそわしていた。
「八重野。そんなに挙動不審になるな。ここじゃ誰も襲ってこないよ」
「分かっているが」
東雲が機内サービスの合成コーヒーを口にして苦言を呈するのに八重野が呻いた。
そうしているとふとファーストクラスにいた乗客たちが黙祷を捧げる。
「なんだ?」
「今日はエジプトのカイロが核攻撃で吹き飛ばされた日だ」
「ああ」
イスラエルによる核攻撃と国連軍の介入で終結した第六次中東戦争。
今日はその中でもカイロが核攻撃を受けた日だった。
「なあ、核攻撃の後の放射線ってどうなっているんだ?」
「トートが介入してから除染作業が始まった。今は70%ほどの回復だと言っている。とは言え、都市機能が回復し、住民が暮らし始めるのは遥か先の話だろう」
「広島も長崎も結構早く復興してたけどな」
「核爆弾の威力が違う。広島に落とされたリトルボーイは20キロトン程度だ。対するカイロ攻撃に使われたイスラエル軍の核兵器は5メガトンだ」
「完全に吹っ飛んだのか」
「クレーターだよ」
そして、超音速旅客機はカイロから首都機能が移転したマンスーラにトート系列の企業が建設した国際航空宇宙港に着陸する。
「到着、と。新品の空港だな」
「実際に新品なんだよ、東雲。主要都市の壊滅でここに首都機能が発足し、トートが介入してから建設された」
「へえ」
東雲は軌道衛星都市へ向かうシャトルもエプロンに待機している国際航空宇宙港の様子を眺めた。
それから市街地に向かう。
「エジプトまで来たんだし、ラクダに乗りたいな」
「ラクダは人のいるところにはいないよ。ラクダもゼータ・ツー・インフルエンザの
「ピラミッドとスフィンクスは?」
「君、どこが核攻撃受けたのか忘れたの?」
「クソ。全くエジプトらしさがない」
ラクダもピラミッドもスフィンクスもないのかと東雲は辟易した。
「観光などどうでもいい。まずは装備の回収だ」
「分かってる、八重野。今からジェーン・ドウが手配した人間に会いに行く」
東雲はTMCと同じようにZ&Eという
トート製の装甲車や無人戦車が市街地に配備されており、物々しい。
「なんかやけに物騒なのがいないか?」
「テロが起きたばかりだから。Z&Eの
「関わり合いにならないといいけどな」
「それは無理じゃない? 彼らも私たちも狙っている目標は同じだから。どっちもイスラム殉教機構エジプト戦線を狙ってる」
「はあ。このまま主要な民間軍事会社全てと喧嘩するか?」
「その手のトロコンはひとりでやって」
東雲はARで指示された住所に向かった。
「よう。アフマド・サレム警部だな?」
「なんだ、中国人か? 観光案内ならZ&Eの連中に頼みな」
「ジェーン・ドウから話がいってるだろ。荷物を受け取りたい」
東雲が倉庫の傍にいた大型でエジプト警察の制服を着たアラブ人に声をかけると、そのアラブ人は露骨に不機嫌そうに東雲を睨んだ。
「ああ。ジェーン・ドウの客か。ここじゃあ、チップが必要だぜ」
「いくらだ?」
「5000新円だ、中国人」
「日本人だよ、クソ」
東雲がアフマド某の端末に指定された金額をチャージした。
「荷物はこの倉庫の中だ。とっとと持っていけ。言っておくが、エジプトではその手の刃物を許可なく持ち歩くのは犯罪だ。逮捕されたくなかったら、追加のチップだ」
「ジェーン・ドウから貰ったんだろ?」
「おいおい。俺は荷物を預かって保管する
「ケチな小遣い稼ぎだな」
「ここで暮らしていくコツだよ」
東雲はうんざりしながらもまた端末にチャージした。
「これでいいな?」
「行け。俺の傍から失せろ。ムショにぶち込まれたくなかったらな」
「親切なことで。泣きそう」
東雲たちは倉庫中に入り八重野の“鯱食い”を回収した。
「八重野。これで大丈夫か?」
「ああ。これで
八重野は腰に“鯱食い”を下げて、東雲たちとともに倉庫を足早に去る。
それからタクシーを捕まえ、ジェーン・ドウが予約していた高級ビジネスホテルのロイヤルスイートにチェックインした。
「ベリア。ロスヴィータからの連絡は?」
「あるよ。イスラム殉教機構エジプト戦線のハッカーを特定した。ハンドルネーム“ワールド・デッド”。雇われアングラハッカー。イスラム殉教機構エジプト戦線の正式なメンバーじゃない」
「そいつの居場所は?」
「ポートサイド。スエズ運河の入り口にある都市。第六次中東戦争で限りない偶然でイスラエルの核攻撃を逃れた場所だ。その重要性からZ&Eの大部隊がいる」
「クソ。うんざりだ、この
ポートサイドはイスラエルの核攻撃からは逃れたものの、その後のエジプト内戦で戦場になり、トートの介入で武装勢力は排除されたものの荒れている。
「現地は不発弾がゴロゴロしてる。軍閥同士で利益になるスエズ運河を巡って争ったからね。砲撃と爆撃の応酬だよ。けど、少なくとも今は都市機能を有している」
「マトリクスにも繋げるからハッカーも
「八重野のヒートソードがあるから国内便は使えない。列車で移動だ」
「駅弁あるかな」
「あるんじゃない? ハラール認定のが」
「ムスリムの食べ物って酒を飲まない分美味く作ってあるよな。TMCのイラン人やパキスタン人はやってる店も美味いし」
東雲は何とも能天気なことを語る。
「東雲。観光に来たんじゃないんだぞ」
「分かってるよ。でも、移動しなきゃいけないのは予定外だった。いつも現場に直行してたからな。ケンブリッジの件は暁のコネでどうにかなったけど、今回は俺たちだけだぜ? 犯罪組織にも汚職警官にも俺はコネがない」
「それはしょうがない。現場で対応すべきことだ」
「簡単に言ってくれるぜ」
八重野が注意するのに東雲がため息を吐く。
「まあ、明日からポートサイドに移動しよう。今日はここに泊る。まだZ&Eはハッカーを特定してないんだろ?」
「できてない。けど、時間の問題かな。Z&Eの例の第5
「その“ワールド・デッド”って馬鹿が生き残れることを神に祈ろう」
「イスラム圏で気軽に神に縋っちゃダメだよ」
「うるせえ。神様にお願いできるのはムスリムの特権じゃない」
「君の神様はいつだって君のことを見放してるけどね」
「お祓い受けた方がいいと思うか?」
「白鯨の亡霊やらオリバー・オールドリッジの亡霊やらに取り付かれてるかもね」
ベリアはどうでも良さそうに肩をすくめた。
「はあ。ともあれ、神様が助けてくれようと助けてくれなかろうとポートサイドにいって
「去年大規模な爆弾テロがあって車両が脱線し、500名近くが死んだ。それ以降はZ&Eのさらにその下請けが警備を引き受けてる」
「エジプト警察は?」
「ノータッチ。鉄道は企業が所有するインフラだから」
六大多国籍企業のために死ぬのは馬鹿らしいってエジプト警察は思っているとベリアは語った。
「手抜きは期待できそうにないな」
「大丈夫。Z&Eほどの脅威じゃない。下請けは質が悪い。元ショッピングモールの警備員やちょっと軍歴がある程度の人間も雇ってる。民間軍事会社はこの手の悪質な連中がわんさかいるものだよ」
「袖の下は通じると思うか……」
「通じるね。間違いなく」
「オーケー。飛行機の次は列車だ。座席を確保しておいてくれ」
「オーキードーキー」
ベリアがワイヤレスサイバーデッキで列車の予約を始める。
「一応作戦を立てておこう。俺たちの目標は別にイスラム殉教機構エジプト戦線を壊滅させることじゃない。連中に雇われているハッカーを拘束し、奴が使ったアイスブレイカーであるPerseph-Oneを手に入れるだけだ」
「想定される敵勢力は当然イスラム殉教機構エジプト戦線の連中。そして、情報が漏れたり、戦闘が激化した場合に介入してくるZ&Eの部隊」
「なるべく穏便に済ませたいが、荒事は避けられないだろう。最初から脱出手段を確保しておくべきだな。帰りの航空チケットに間に合うように」
八重野と東雲がそう話し合う。
「ポートサイドからの脱出なら手があるよ。ハッキングで現地に展開中の民間軍事会社のティルトローター機をジャックできそう。操縦はロスヴィータに任せる」
「いいニュースだ。手はず通りにいくことを祈ろう」
「神様に?」
「俺たちを助けてくれるかもしれない全てのものに」
東雲は肩をすくめてそう言った。
それからベリアがマトリクスで情報を集め、ロスヴィータも同様に情報を集めながら時間が過ぎていき、夕食の時間になった。
「ブランド物のスーツが似合ってきたと思わないか……」
「まあ、そこそこだね。準六大多国籍企業のビジネスマンとして通じるんじゃない?」
東雲たちはブランド物のスーツで身を固め、ホテルの食堂にいた。
エジプト料理──合成品で作られたエジプト料理が振る舞われ、東雲たちはたっぷりとその味を味わいながら談笑した。
「エジプト料理も美味いな」
「伝統的なエジプト料理ではないけどね。何せ海洋資源も、農業も、畜産も壊滅してメティス・バイオテクノロジー製の人工食料をそれらしく調合しただけだから」
「そりゃそうだが。それでもこのグローバリズムが支配する世界で現地の伝統的な料理が残っているってのはいいことじゃないか?」
「それはここが高級ビジネスホテルだからだよ。一般市民はどこも似たようなものを食べてる。大豆とオキアミを合成した化学薬品臭がする合成食品。メニューも昔ながらのそれは消えて合成品に適した料理に変わった」
「グローバリズムによる均質化ってわけか。TMCで過ごしてるとそこまで感じないんだが。あそこにはそこそこ美味い料理があるし、寿司だってある」
「TMCは核攻撃されてないし、エジプトと違って大井コンツェルンのお膝元でしょ」
「思えばなかなか贅沢な暮らししてるな、俺たち」
TMCセクター13/6とは言えど核攻撃による放射能汚染もなければ、難民で溢れかえっているわけでもない。治安はまだマシだし、大井コンツェルンが拠点を置く程度には経済インフラも安定している。
「今のうちに食べておいた方がいい。エジプト内戦でポートサイドは激戦地だったと聞いている。まともな食事は期待すべきではないだろう」
「そうだな。またイギリスのときのように
東雲はそう言ってもくもくと提供されるエジプト料理を腹に入れていった。
「ポートサイドの状況についてロスヴィータが詳しく調べてる。けど、Z&Eの構造物をハックするのは難しそう。Z&Eは確かに強固な軍用
「だが、ハックされたんだろ? で、輸送機を撃墜した」
「そう。統一ロシア軍へのサイバー攻撃と言い、Perseph-Oneっていうアイスブレイカーは想像以上の代物なのかも」
ベリアはそう言って合成果実飲料を飲んだ。果汁0%という潔い代物。
「Z&Eも早く“ワールド・デッド”というハッカーからPerseph-Oneを手に入れて、Z&Eのヤバイ連中を相手にする前にとんずらしないとな」
東雲はそう言いながら料理を食べ続けた。
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