スフィンクスの足元で//核戦争の生存者

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 ──スフィンクスの足元で//核戦争の生存者



 ベリアたちはまずはエジプト情勢について調べることにした。


「BAR.三毛猫に情報はあるかな?」


「多分。それに後でエジプトでのテロのトピックも覗いておきたい」


「了解」


 ベリアとロスヴィータがBAR.三毛猫にログインする。


「さて、まずはエジプト情勢から」


 ジュークボックスで検索をかける。


「“トートによるエジプトの安定化(笑)について語るトピック”だって」


「ここの住民って本当に六大多国籍企業ヘックスが嫌いだよね」


「私だって別に好きじゃない」


 ベリアは肩をすくめてログを再生した。


『エジプトの世俗的民主政権は支持率69%を達成。トートの傀儡は民衆に受け入れられたようだな』


『トートが今の政権じゃなきゃ経済援助及び軍事援助を打ち切るって脅迫したからだろ。これだから六大多国籍企業はどいつもクズなんだ』


『それでも内戦が終結しただけでもマシになっただろ。カイロ、ギザ、アレクサンドリアはイスラエルに核爆弾でふっ飛ばされたが、まだ除染作業も始まってない』


『直接の攻撃による死者も凄かったが、その後の放射能汚染によるガンでの死者や変異したゼータ・ツー・インフルエンザでの死者も馬鹿にならないし、これは第六次中東戦争と違って現在進行中の災害だ』


 トートによるエジプトの世俗的民主政権の樹立によって第六次中東戦争によって政府を喪失し、勃発したエジプト内戦が集結した。


 現地にはZ&Eが展開し、軍閥の掃討と治安回復が行われている。


『トートが介入した理由が理由だしな。スエズ運河の安定運用と地中海地域の安定化。自分たちのビジネスに差し障るから片づけますって感じ』


『北アフリカには頻繁に介入してるからな。リビア内戦やアルジェリア内戦、後は数えきれない程のアフリカの紛争でで大量の難民がイタリアに押し寄せ、イタリア軍と警察が難民に発砲して批判されたせいで』


『今でもマフィアが軍や警察に雇われて、密航船を沈めてるって話だぜ。海軍が退役させたはずの哨戒艇が港や地中海で確認されてる』


『技術も知識もない難民を受け入れても治安の悪化だけしかもたらされないし、イタリアは2022年からずっと極右政権が政権を握ってる。そしてトートも政権を認め、イタリアの軍需産業などを傘下に組み込んでる』


『極右政権でもちゃんと政府があるのはマシな方だぜ。ドイツ、フランス、イタリア以外の欧州諸国は今や内戦とテロの嵐。ウクライナ戦争から第二次欧州通貨危機に至るまでの過程で欧州連合におんぶされてた連中が破綻した』


『結局はドイツ、フランス、イタリアによる欧州の富の独占だ。とういか、トートによる独占というべきか。トートが欧州連合のお荷物を見捨てさせたせいで、どこも大混乱。で、トートは崩壊した国家から技術者や研究者を引き抜いた』


『東欧の失敗国家は安い労働力の供給源でもある。政府は乱立していて、軍や警察の中世もバラバラだが、まだ教育機関はそれぞれで機能してる。最低限の学はある人間を買い叩いて、機械的労働に当てるってわけだ』


『政治的難民への搾取と富の格差の拡大、ここに極まり』


 それからトートの欧州政策に関する愚痴や批判が続く。


『欧州の話をするトピックじゃないぞ。エジプトの話だ』


『じゃあ、北アフリカの話だ。トートはリビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコにもZ&Eを使って軍事介入してる。本気で地中海の支配者になろうって気みたいだな』


『地中海に何の価値があるんだ? あそこも生物毒素を生成し続ける海洋微生物で汚染されて、魚の一匹も釣れやしないだろ?』


『大規模な海上インフラが整備されてるのを知らないのか? マルセイユ沖の巨大海上フロートのナノマシンプラントやジェノバの海上国際空輸ターミナル。そういう重要拠点が地中海には大量にある』


『そもそも海上輸送って点ではそういうのができる前からずっと重要な場所だったぜ、地中海ってのは』


『で、トートはそのために北アフリカ諸国に介入?』


『フランス軍も動いてる。今さらまたアフリカの憲兵気取りの連中だ。とは言え、トートに支援されなきゃご自慢の原子力空母も動かせない状況だがな』


『にしちゃあ、フランス軍は強気だぜ。徴兵制度を再開したし、不法移民や難民にも兵役を課してる。ドゴール以来の規模の軍拡だ』


『不法移民や難民なんて徴兵しても戦力になるのかよ。今どきはただの歩兵だって銃が撃てて塹壕が掘れるだけじゃ務まらないんだぞ』


『それぐらい知ってる。現代の軍隊は何事もC4ISTARでリンクされている。司令官の将軍がどれだけクソをしたかも共有してるだろうさ。だが、実際にフランスは不法移民と難民を軍隊に叩き込んでる』


『何のために? 俺が軍の司令官だったら、過激派が混じってるかもしれない連中に銃を渡すことすら拒否するね』


『Z&Eの安全保障面での助言だよ。治安の悪化しか招かない連中を軍に放り込んで、銃も持たせず紛争地帯にぶち込む。それでZ&Eの部隊だったり、フランス軍の正規部隊の肉の盾にするってわけさ』


『そんな非人道的なことやるのは統一ロシアぐらいだと思ってたが』


『Z&Eには統一ロシアの軍人もいるからな。ウクライナ戦争のときに囚人部隊を弾除けに使った連中だ。ハイテクで専門的な歩兵がすぐに狙われるから、この手の懲罰部隊染みた連中を盾にする』


『専門性のある歩兵を育てるのには金がかかるが、それらはアフリカのどっかで作られた安いカラシニコフであっさり殺されかねない。それじゃ費用対効果が悪いから歩兵そのものを適当に水増ししましょうってか』


『フランス軍なら外人部隊が普通にあるだろ』


『外人部隊は精鋭だぞ。そこらで適当に徴兵した人間に務まるかよ。Z&Eの部隊レベルで信頼されてるのに』


 それからフランスの軍事事情が語られるのをベリアは飛ばした。


『スエズ運河は予定通り拡張工事が行われる。トートはエジプトから撤退しない』


『内戦は収まりつつあるってトートの広報は言ってるが、収まりつつあるって表現がミソだよな。まだ内戦が終わったわけじゃないってことだ。そんな状況でも運河の工事に大金を投入するリスクを犯してる』


『軍事、経済、政治的に今のエジプト政府はトートに介入されてる。エジプト軍が何をしようとトートが報じさせない』


『それからZ&Eをかなりの規模で投入してるらしい。他にも動員できる民間軍事会社は片っ端からエジプトに投入してるって話だ』


『元イスラエル国防軍IDFの将兵で構成される会社まで投入するぞ』


『本気かよ。この混乱の原因そのものだろ。民衆が受け入れるのか?』


『六大多国籍企業お得意の知らせない権利の行使だ。民衆は検閲された情報しか閲覧できない。少なくとも大勢の民衆はな』


『俺たちハッカーは別ってこと』


『大した技術もないのに偉そうに』


 エジプト情勢がこれぐらいだった。


「トートががっつり噛んでる。トートを相手の仕事ビズは初めてだよね?」


「うん。けど、あそこで仕事ビズをやるなら調べておかないとと思って検索エージェントを走らせていた。情報、あるよ」


「見てみよう」


 ロスヴィータが集めた情報をベリアも見る。


「トート・グループ。本社ベルリン。重工業、ロジスティクス、金融、IT、エネルギー、資源開発、コンサルタント。何でもやってるね」


「ドイツとフランスの資本を中心にしており、傘下にイタリアの企業が加わった。欧州各地の紛争にコミットメントしており、かつ統一ロシアの経済開発にも関与。アフリカでの事業を拡大しつつあり、大井とアトランティスとは敵対」


「大井の敵対者か。ってことはジェーン・ドウの仕事ビズは不味いね。トートは私たちを殺そうとするよ」


「非合法傭兵なんて誰かでも殺そうとされるよ」


「それもそうか。傘下の民間軍事会社のZ&Eは?」


「ツィンメルマン・ウント・エルンスト・グルッペン。蔑称はZの字。元ドイツ連邦軍とフランス軍、イタリア軍、統一ロシア軍の退役軍人を主力に構成される。航空宇宙作戦から陸戦、兵站支援、サイバー戦まで何でもやる」


「本社はボン。主に西側のドクトリンで戦う。一部の部隊は統一ロシア軍のドクトリンを継承し、仕事ビズに当たるか」


 Z&Eはかなり大きな民間軍事会社のようだ。


「自前の大規模な航空作戦部隊とフランス海軍、イタリア海軍の艦船の運用、先進国も真っ青なレベルの陸上装備。機械化したコントラクターが大勢いるし、偵察衛星や成層圏プラットフォーム型戦略級ドローンまで運用。隙がない」


「Z&Eの装備は進んでるよ。トートはアローに次ぐ軍需産業を傘下に収めてるから」


 最新鋭の装備が使い放題とロスヴィータが言う。


「そのZ&Eの陸上作戦部門と海上作戦部門、航空宇宙作戦部門がエジプトに投入されている。主に対反乱戦COINのために」


「エジプトは未だに紛争地帯ってことだ。そこに突っ込むとはぞっとするね」


 ロスヴィータの言葉にベリアがため息を吐いた。


「Z&Eはイタリア海軍の空母も展開させてる。これも地中海の安定のため?」


「かもね。地中海は汚染されていれど地政学上重要な場所だ」


「スエズ運河もあるわけだしね」


 ロスヴィータとベリアがそう言葉を交わす。


「エジプトについては検索エージェントを走らせておこう。それで、エジプトで起きたイスラム原理主義テロリストの犯行を調べるとしよう」


「それなら今、トピックが立ってる」


 ロスヴィータがトピックのひとつを指さした。


「“エジプトにおける国連軍機撃墜事件”か」


 ベリアたちはトピックを覗く。


「国連軍──国連UNエジプト活動EGYの輸送機は中央アフリカから137名の難民をシャルム・エル・シェイク国際空港に輸送中だった。シナイ半島には受け入れ待ちの難民を収容する大規模なキャンプがあるからな」


「輸送機を運用していたのはZ&Eで、輸送機を撃墜したのもZ&E」


「Z&Eの広報はサイバー攻撃を受けて、エジプト陸軍に供与していた地対空ミサイルSAMシステムがジャックされ、輸送機を撃墜したと言っている」


 トピックには2010年代の地方のゆるキャラをモチーフにしたアバターの女性とホラー映画に出てくる殺人鬼のアバターの男性を中心に話が進んでいた。


「軍用アイスを抜いたってことか。エジプト陸軍に供与していたシステムとは言えどZ&Eのサイバー戦部隊がちゃんと対策していたはずだぞ」


「Z&Eのサイバー戦部隊の評価は悪くない。装備もコントラクターの質もいい。これまでトートのサイバー戦を担当していた連中だ。例の伝説的なハッカー“メイヤー・メイヤー・メイヤー”も拘束してる」


「ああ。統一ロシアの対外情報庁SVRとドイツの連邦憲法擁護庁BfVが手を組んでウクライナ戦争と第二次ロシア内戦で国際刑事裁判所ハーグから指名手配されていた旧ロシア軍の将校の亡命に関わった件を曝露した奴か」


「ナチの親衛隊員を亡命させたのと同じことさ。連中は情報を持ってる。西側にとって欲しくてたまらない統一ロシアの内情についてな」


 それから“メイヤー・メイヤー・メイヤー”の暴露した事件についてログが進む。


「Z&Eはイスラム殉教機構エジプト戦線を批判してる。イスラム殉教機構については知ってるよな。第六次中東戦争の破滅カタストロフィーの後で発足した連中だ。活動範囲は北アフリカ、中東、中央アジア、東南アジアと幅広い」


「昔ながらのイスラム原理主義者だ。もうこんな連中は絶滅危惧種だぜ。どの国も宗教の教えより経済発展を優先してる。経済発展に遅れれば容赦なく飢餓と内戦が襲い来る時代なんだからな」


「イスラムの教えを守っても何の得もない。宗教はもはやアイデンティティにすらならない時代だ。無視され、貶され、嘲笑われ、放棄される」


「だが、人殺しの口実には未だに使えるようだ。運ばれていた難民はキリスト教徒。神聖なるイスラムの大地にキリスト教徒が侵入するのを連中は拒否した」


「連中は世俗的な政権と西洋資本主義の権化であるトートが憎いのさ」


「トートが押し付けた政権だからな。そもそもエジプトに何かしらの利益になるものと言ったら、スエズ運河程度のものだ」


「安い労働力も今や最低限の学がないと相手にされない」


 エジプトとトートについて意見が飛び交う。


「Z&Eは掃討作戦を始めるらしい。暫くはエジプトは荒れるな」


「第六次中東戦争以来ずっと荒れてるだろ」


 ログはそこで止まっていた。


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