冥界の女王//仕掛けの準備

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 ──冥界の女王//仕掛けの準備



 BAR.三毛猫での議論は続く。


「検索エージェントに何か引っかかった奴、いるか?」


「ゴミばっかり引っかかる。マジでPerseph-Oneっていうアイスブレイカーは全くヒットしない。本当にこれが統一ロシアの軍用アイスをやったってのか?」


「他に何かあるのか? 統一ロシアの軍用アイスをやったのはアルゼンチンの文学部で、ALESSがそのことを証明した。そして、ALESSはPerseph-Oneというアイスブレイカーを確かに押収している」


「けど、何にもヒットしないぜ。少なくとも神話のペルセポネちゃんはヒットすれど、軍用アイスをぶっ壊すおっかないPerseph-Oneちゃんはさ」


 BAR.三毛猫のハッカーたちはコネと技術を駆使して統一ロシア軍に仕掛けランをやったアルゼンチンのハッカーたちが使ったアイスブレイカー“Perseph-One”を探すが、今のところ戦果は芳しくなかった。


「ALESSの暗号化されたデータだが、一部復元できそうだぞ」


「軍用の暗号を解読したのか?」


「一部の暗号は脆弱だった。ちょっとばかり賢い限定AIに解析させたら判別できるほどにな。とは言えど、肝心のコードは読めない。分かるのは使用ログだけだ」


 アニメキャラのアバターがそう言って解読した暗号データを提示する。


「統一ロシア軍に仕掛けランをやったときのログだな。この軍用アイスはもう見たぜ」


「問題はどうやってそれを砕いたかだ。こいつは凄いぞ。三層の限定AIによるアイスを同時に機能不全に陥らせて、砕きやがった。ブラックアイスも対応できてない。ブラックアイスが砕かれた」


 列席者が発言するのにメガネウサギのアバターが目を見張った。


「このアイスブレイカーの動き。こいつAIだぞ。アイスをリアルタイムで学習してやがる働き方だ。もしかするとチューリング条約違反の電子戦用AIがPerseph-Oneの正体なのかもしれない」


「待てよ。アルゼンチンの連中は白鯨について調べていた。そして、こいつはAIである可能性がある。そこから導き出されるのは?」


 ログを見ていた列席者が発言するのにアニメキャラのアバターがそう言った。


「まさか。白鯨を使ったっていうのか? 文学部の素人ハッカーたちがあのマトリクスの怪物を使いこなしたって?」


「前に確認された白鯨由来の技術を使った電子戦用のAI。あれには学習能力はなかった。だが、これは自己学習しているとしか思えない。そう、そうだよ。あのマトリクスの怪物である白鯨のように」


 列席者のひとりが信じがたいというように呻きながら尋ねるのにアニメキャラのアバターは自己学習したと思われるプロセスに目印をつけた。


「だが、白鯨は討伐された。そうだろう? マトリクスから消え去った。だから、俺たちはこうしていられる。殺人AIに支配されずに電子掲示板BBSでだべっていられるってわけだ」


「メティスがバックアップを持っていたら? DLPH-999を保管していたような企業だぞ。白鯨だって保存していてもおかしくない。六大多国籍企業ヘックスの重役どもはそう言う連中の集まりだ」


 それから白鯨の所在を巡って議論が起きる。


「白鯨が仮に未だに存在していたとしても、文学部の素人ハッカーに使いこなせる代物じゃない。あれは怪物だ。自分の意志で殺人を行う狂ったAIだ。あんなものがただのアイスブレイカーとして使えるものか」


 メガネウサギのアバターが苦々しい表情でそう言った。


「ふうむ。どうやら語るにはまだまだ情報不足みたいだね」


 ベリアが議論を眺めてそう言う。


「確かにな。もっと情報がなければ空虚な議論になる。だが、これ以上の情報は他にない。ALESSの連中は全て押収したし、ハッカーたちは逮捕されて話もできない。これ以上どうやって情報を手に入れる?」


「南米のマトリクスに乗り込んで、現地のALESSの構造物を攻撃する」


「正気か? サイバー犯罪を取り締まるALESSのサイバーセキュリティチームがいるだろう構造物に突っ込む? ALESSが六大多国籍企業たるアトランティスの系列企業だってことを忘れてないよな?」


「至って正気ですとも。私はやるよ。一応聞くけど他に加わりたい人いる?」


 アニメキャラのアバターが正気を疑うのにベリアが平然とそう尋ねた。


「俺は自殺するならインスリンの過剰注射って決めてるんでね。遠慮するよ」


「俺の技術じゃ足手まといだろう。あんたらはあの伝説の雪風とディーと一緒に白鯨相手に仕掛けランをやった大物だが、俺はちんけな覗き屋なんで」


 列席者たちが首を横に振る。


「すまんが俺も仕事ビズがあるんで無理だ。一応はホワイトハッカーなんだよ。準六大多国籍企業で働いている。正直、ALESSからアルゼンチンのハッカーのデータを盗み出しただけでも発覚すればイエローカードだ」


 メガネウサギのアバターもそう言った。


「私はもう無理な仕掛けランはやらないって決めてるんだ。マトリクスでハッキングの技術を開発するのはい。アイスやアイスブレイカーを作ってるのはいいが、それを振り回して馬鹿な真似はしない」


 アニメキャラのアバターも首を横に振った。


「私、参加していい?」


 そこでポップなアニメ調の女性アバターが発言する。中身も女性の声だ。


「いいよ。名前は?」


「BGM-109って呼んで」


「変な名前だね」


「アスタルト=バアルってのも人のこと言えないでしょ」


 BGM-109と名乗った女性ハッカーが肩をすくめる。


「じゃあ、基本的なことは理解してるよね? ALESSへの仕掛けランに名乗りを上げるってことはハッキングが初めてってわけじゃないんでしょ?」


「もちろん。自分でアイスブレイカーを組んだこともあるよ。総合攻撃型アイスブレイカーのStrangeLoveって聞いたことある?」


「あるある。優秀なアイスブレイカーだよね。それを君が?」


「そ。信頼してもらえた?」


「オーケー。一緒にやろう。よろしくね」


「こちらこそ」


 BGM-109が手を振った。


「ここで作戦会議してもいいけど、プライベート空間の方がよくない?」


「そだね。移動しよう」


 ロスヴィータの提案にベリアとBGM-109がBAR.三毛猫内のプライベート空間に移動する。会話は他の人間に聞かれることはなく、ログも残らない場所だ。


「ALESSのアルゼンチンのおけマトリクスの構造物はブエノスアイレスにある。北米と違って国際的な地域防衛アイスはなし」


「で、軍事政権はローテクもいいところ。優秀な人材はアルゼンチンで内戦が始まったときに逃げて、人材がない。北朝鮮とは違って国境線は長いし、軍事政権と名乗っても警察業務はALESSに牛耳られてる。逃げ放題」


 ベリアが説明するのにBGM-109が付け加えた。


「詳しいね。調べたの?」


「前にアルゼンチンから亡命してきた人間に話を聞いただけ。彼が言うにはアルゼンチンが腐敗が酷くて、軍事政権のトップである陸軍大将よりアトランティスの重役が偉い」


「そもそもアルゼンチンでどうやって収益を上げてるの、アトランティスは?」


「二次産業。軍事政権が労働組合や社会主義政権を処刑したせいで、労働者に権利なし。軍に入って左派ゲリラと戦うか、それか労働者として奴隷労働をするか。アルゼンチンで大きな割合を占めていた一次産業は壊滅したから」


「ゼータ・ツー・インフルエンザとネクログレイ・ウィルスはいくつもの国家の経済を滅茶苦茶にしたね。今やアルゼンチンは食料をメティスから買わなければならない」


 アルゼンチンは一次産業が盛んな国でウクライナ戦争で穀物の価格が高騰したときは大いに利益を上げ、左派ポピュリズム政権は支持を得た。


 だが、人類に襲い掛かった黙示録第三の騎士と第四の騎士は家畜を媒介とするゼータ・ツー・インフルエンザと穀物を壊死さるネクログレイ・ウィルスをもたらした。


 一次産業は壊滅した。


「アルゼンチンの左派ゲリラってまだ存在するの?」


「する。南米の左派反米政権は一時期乱立したけど反グローバリズムな彼らは六大多国籍企業にとって邪魔。だから、アローとアトランティスが片っ端から内戦やクーデターを起こして転覆させた。その名残でもある」


 ロスヴィータが尋ねるとBGM-109が答える。


「どうせアローがアトランティスに、アトランティスがアローに左派ゲリラって名目でけしかけてるだけじゃない?」


「それはそう。左派ゲリラは国境付近で活動する。密かに動いている民間軍事会社PMSCに支援されて、迫撃砲から狙撃銃まで使いこなす。やるのは国境付近で活動中の軍や警察を襲撃したり、トラックや鉄道を襲うこと」


 ベリアが呆れたようにいうとBGM-109も肩をすくめた。


「じゃあ、今回の仕掛けランは左派ゲリラのサイバー攻撃を装うってのはどう? アルゼンチンからわざわざTMCまで逮捕しにALESSは来ないとも思うけど」


「そうしよう。現地にいてとばっちりを受ける左派ゲリラには申し訳ないけど」


 ロスヴィータの提案にベリアが頷く。


「さて、検索エージェントがアルゼンチン全域とブエノスアイレスのマトリクスの情報を持ってきてくれたよ。本当にアルゼンチンには人材がいないみたいだね。政府関係のアイスが個人サイトレベルだ」


「けど、現地に拠点を有するアトランティスの構造物は別。軍用アイスに匹敵する産業用アイスだ。ALESSはまだ仕掛けランの余地があるけれど」


 ベリア、ロスヴィータ、BGM-109が検索エージェントが集めたアルゼンチンと首都ブエノスアイレスにおけるマトリクスの状態を眺める。


「軍事政権が検閲用に使っている限定AIが走ってるね。中国が使ってる奴と似たようなもの。中国もマトリクスでの通信を検閲しているから。だから、中国のマトリクスにある構造物を攻撃するのは面倒なんだ」


「まあ、この程度の限定AIなら黙らせられるでしょ。流石のローテク軍事政権も人力でやってなくてよかったよ。人力だったら黙らせられない」


 BGM-109が推察するのにベリアがそう返した。


「やるべきことは検閲用限定AIの無力化とALESSの構造物にある産業用アイスの突破。限定AIには国連チューリング条約執行機関お手製のAIキラーを投入。問題はALESSの産業用アイス


「これ、使えない?」


「アイスブレイカーか。見たことのないタイプだね。どういう仕組みで動くの?」


 BGM-109がベリアたちにあるアイスブレイカーを見せるのに、ベリアが興味を抱いて彼女にそう尋ねた。


「ALESSの産業用アイスは限定AIによる二重防衛と複層式のトラフィックスキャン&インベーダーブロック、そしてファフニール型不審行動検知殺害ブラックアイス。それらを全て黙らせるもの」


 BGM-109がアイスブレイカーの構造解析データを示す。


「限定AIに対するオーバーフロー式パラドクストラップ。これは二重の限定AIをほぼ同時にエラーに追い込む。トラフィック反応分析型ダミーで複層式のアイスを潜り抜け、最後にワームを大量に放出することでブラックアイスを撃破」


「なるほど。君、随分と慣れてるね?」


「ハッカー歴はそう短くないよ」


 ベリアが指摘するのにBGM-109がにやりと笑った。


「オーケー。こいつをちょっと改良して使おう」


「それって魔術?」


 ベリアが提案するのにBGM-109が食い付いたように反応する。


「まあ、そう呼ばれるものではあるね。科学者が表現すると事象改変的現象っていうけど。君も白鯨は知ってるでしょ?」


「知ってる。あなたが最初に白鯨は魔術の産物だって指摘したことも」


「そう。あれは魔術だった。白鯨があれだけ猛威を振るったのも全ては魔術という未知の技術が使われていたから。既存の情報通信科学に対するゲームチェンジャー。あれからいろんな場所で魔術が語られ、分析されてる」


 ベリアが語るようにあれから六大多国籍企業が、アングラハッカーたちが、魔術について急速に学習し始めた。


 白鯨の遺産は高い価値を持って扱われ、白鯨のデータを巡った殺し合いすら起きている。今のマトリクスは白鯨の出現によってハッカーたちが本物の魔法使いウィザードになりつつあるのだ。


「やっぱり。白鯨由来のアイスブレイカーって話題が出て、それからあなたたちがわざわざALESSの構造物を攻撃するって話になったから、その手の話が聞けるって期待してたんだ。詳しく教えてくれない?」


「それが目当てだったの?」


「そ。私、別に“人民戦線”がテロに成功するとは思ってなかったし」


「それも知ってるわけか。私たちの近くにいる人間?」


「内緒」


 BGM-109は小さく笑った。


「まあ、いいや。今さら隠すことでもないし。魔術って奴を経験させてあげる」


 ベリアはそう言ってBGM-109が渡したアイスブレイカーを改良する。


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