帝国主義者に死を//ネットワーク・トレース

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 ──帝国主義者に死を//ネットワーク・トレース



 ベリアとロスヴィータは統一ロシア陸軍の軍事基地が襲われたトピックから出るところだった。議論が迷走し、とにかく六大多国籍企業ヘックスのせいだという人間を論破する方向に進んだからだ。


 そこでミノカサゴと彼女のチームに合流した東雲から連絡が来た。


「どうしたの、東雲?」


『テロについて結構分かって来た。使用されるナノマシンはメティス製のDLPH-999。“人民戦線”が手に入れただろうものをコリアンギャングが保管していたのを破棄して、今はメティスの援軍と合流してる』


「メティスと一緒にいるの? 正気?」


『仲直りしたんだよ、一応。前に樺太で仕事ビズを一緒にやった奴といる。で、頼みたいことがあるんだが』


「何だい?」


『“人民戦線”がナノマシンを散布する前に押さえたい。メティスの専門家がいくつかの散布候補地を挙げている。そいつを送付するからマトリクスからそこら辺を調べてくれ。ドローンも使えたら頼む』


「オーキードーキー」


 ベリアが東雲からの依頼を受けた。


「ロンメル。散布される可能性のあるナノマシンが分かったよ。DLPH-999だって」


「ええっ!? 黙示録ナノマシンがっ!?」


「知ってるの?」


「そりゃあもちろん。世界人口の9割を死滅させる最終兵器だって宣伝されたし、発表当時は話題になった。メティスの医療用ナノマシン技術の優秀さを示すパフォーマンスでもあったけど賛否両論だったよ」


「そんな危険なものをメティスは開発してたの?」


「よくあることではあるんだ。DNAデザイナーの技術が飛躍的に向上した2020年代後半の生物産業革命のときには天然痘、エボラ出血熱、インフルエンザを組み合わせた人工の殺人ウィルスが作られたりしたし」


「技術ってのは倫理が伴わないととんとダメだね」


「それには同感。けど、そのDNAデザイナーの技術進歩のおかげで食糧危機から人類は救われたってことも忘れないで。技術はいつだって中立で、それを使う人間が事態を左右するんだ」


「かもね。マトリクスの技術も最初は脳神経障害を負った患者の治療のためだったんだからね。それが今やサイバー犯罪の温床」


 ロスヴィータが科学者として指摘するのにベリアはハッカーとして受け取った。


「で、東雲たちが候補に挙げたのは?」


「セクター二桁代の人口密集地。それからセクター9/1のメティスの食料ターミナル。東雲はドローンでも援護してほしいって言ってる」


「了解。でも、“人民戦線”のマトリクス上での活動も傍受するのは?」


「役割分断。どっちがいい?」


「うーん。なら、ボクはドローンで」


「分かった。私は“人民戦線”を追いかける。バンダースナッチ、ロンメルを支援して。ジャバウォックは私と」


 ここでロスヴィータとベリアが別行動を取る。


「ここ最近統一ロシアと樺太、朝鮮半島で交わされたトラフィックを解析。民間の回線だよ。繰り返し統一ロシア陸軍の基地が襲われたから増大したトラフィックについて絞り込んで」


「了解なのだ」


 ジャバウォックが回線事業者のサーバーのアイスを砕き、中にあるトラフィック情報を調べていく。


 いくつかのトラフィックが候補として上げられていき、ベリアの元に集まる。


「さあ、ここで秘密兵器だ。白鯨事件のどさくさに紛れて手に入れたアメリカ国家安全保障省フォートミードのPRISMと日本情報軍の極東電子防衛規格の権限によるトラフィック内容の解析!」


 ベリアが上げたふたつの軍事組織は民間のマトリクスのおけるトラフィックを傍受し、解析していることで有名だ。もっとも、それらを運用しているのは業務委託を受けた民間軍事会社PMSCだが。


「あーあ。アダルトサイトのアクセスばっかり。統一ロシアでもマフィアによる人身売買が横行しててマトリクス売春させてるし、韓国の軍事政権も国家ぐるみで組織的な売春をやってるからしょうがないとはいえど」


 ベリアがアダルトサイトへのアクセスの類を除去しながらトラフィックを解析していく。統一ロシアや韓国に家族がいる在留外国人のトラフィックがその次に多く、それから公官庁と六大多国籍企業のトラフィックが続く。


「おっと。これは」


 膨大なトラフィックの中からベリアがある通信を解析した。


「同志小林。黙示録を受領した。我々は韓国経由でこれを輸送する。そちらは統一ロシア経由で輸送されたし。我らが人民の革命のために尽くそう、と」


「ご主人様。そのトラフィックの主を特定したのだ!」


「よくやったね、ジャバウォック。そのアカウントを洗うよ」


 ベリアはマトリクスを駆け、樺太から通信を行っていたアカウントに突っ込み、民生品の脆弱なアイスを砕き、アカウントをハックする。


「さあて。これからどんなことを考えていたのか丸裸にしてしまおう」


 ベリアが検索エージェントを走らせると同時にジャバウォックにも情報収集と分析を命じ、ベリア自身は集まったデータの解析を行う。


「万歳。我々は六大多国籍企業によるグローバリズムを終焉させ得る手段を手にした。これを我々は樺太解放のために使用するべきだ」


 樺太でのテロが計画されていたときであり、アルゼンチンの反グローバリストハッカー集団“オンリー・ワン・ネイション”が仕事ビズを終えたあとのメッセージの記録である。


「樺太での作戦は失敗。東京政権の反動分子の手先である樺太連隊の強襲を受けて計画が漏洩した。だが、我々は決して諦めない。日本人民を開放するためにも!」


 樺太連隊による掃討作戦が行われた後の通信。


「不幸中の幸い。統一ロシア海軍が潜水艦で我々を助けてくれる。通常動力型潜水艦であるマイク級潜水艦が我々を本土へと運んでくれる。今こそ東京傀儡政権に打撃を与えるべきである」


 未確認の統一ロシア海軍の潜水艦。これも関わっていた。


「樺太を発つ。黙示録ナノマシンは無事に本土に運び込まれるだろう。東京傀儡政権と六大多国籍企業は地獄を見ることににある。革命万歳!」


 樺太から朝鮮半島への通信は以上だった。


「ジャバウォック。このアカウントを追跡して。恐らくは日本本土にいる。暗号の類は使ってないからキーワード検索も使って」


「お安い御用なのだ」


 ジャバウォックがアイスを砕き、アカウントを捜索する。


 本土の膨大なトラフィックから樺太と朝鮮半島へのトラフィックで残された形跡を条件に候補を絞り込み、キーワードでさらに絞り込む。


「見つけたのだ、ご主人様」


「いい仕事だ、ジャバウォック」


 ベリアはジャバウォックが特定したアカウントを再度解析する。


「TMC。この資本主義とグローバリズムが時代錯誤の帝国主義者のように振る舞う悪魔たちの拠点を攻撃する。皆、死ぬ覚悟はできている。我々はローザ・ルクセンブルクのように大義のために死ぬのだ」


 ベリアはそのメッセージを見てほとほと呆れた。


「死ぬ覚悟じゃなくて殺す覚悟でしょ。自分たちを歴史的に有名な人物にたとえている辺り大義に酔って、自分たちを偉大な人物だと思い込んでいる。実際はただの卑怯なテロリストなのに」


 ベリアは“人民戦線”がお花畑の思想に心酔した年寄りの集まりだったことを思い出しながらそう呟いた。


「革命万歳。人民万歳。これより我々はTMCに潜入する。我々は死を恐れない。世界が破滅の危機に瀕すれば、六大多国籍企業による欺瞞の統治は崩れ、人民が立ち上がるだろう。これはそのための攻撃なのだ」


 テロが差し迫ってることを示す通信内容になる。


「ジャバウォック。通信が行われた地点を特定して。TMCにどれだけ近づいているかを把握しておきたい」


「特定できているのだ。場所は北方自治政府管轄福島地区。旧福島第一原子力発電所事故の避難区域からなのだ」


「福島での除染はもう完璧って程に進んでいる。廃炉も終わった。それでも人々は戻ってこないで、極度の人口減少を迎えた。そんなところからか。人目を避けてるね」


「このアカウントは大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームにも見張ってたようなのだ」


「そして、大井統合安全保障は北方自治政府にも警察権を委託されている」


 どうやら“人民戦線”は逮捕または銃殺の危機に瀕しているようだ。


「疑問を抱いている人間がいる。我々の散布するナノマシンで人類が滅亡するのではないかという疑問だ。馬鹿馬鹿しい。怖気づいたのだ。私たちは革命戦士だ。弱腰は許されない。よって、人員の整理を行った」


 メッセージは朝鮮半島に向けてのものだった。


「内ゲバか。まるで安保闘争のときの反対運動みたい。愚かで、近視眼的で、自分たちが振るえる暴力に狂ってる。だから、この手の運動は今日が得られずに自滅したのに歴史に学ばなかったのかな」


 ビスマルクは愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶって言ったのにとベリアは“人民戦線”の時代錯誤さに呆れた。


「いよいよ我々はTMCという腐ったグローバル資本主義の拠点に突入する。作戦目標は予定通り。メティスの食料ターミナルとセクター12/5だ」


 ベリアは内心でガッツポーズを取った。


 東雲が求めていたテロの目標ターゲットをほぼ特定したのだ。


「樺太からの侵入した“人民戦線”の情報は以上。朝鮮半島からは?」


「特定してるのだ。いくつか候補があるのだ、ご主人様」


 ベリアが頷くのに、ジャバウォックが朝鮮半島からのトラフィックを解析。


「あったのだ。樺太のテロリストともメッセージをやり取りしているのだ」


「上出来。それを見てみよう」


 ベリアは再びアカウントをハックして、軍事情報機関の通信解析プログラムを使い、メッセージを丸裸にしてしまう。


「樺太の同志たち。我々もナノマシンを受け取った。韓国政府は我々を支援してくれている。革命のために必要な武器弾薬は可能な限りこちらで準備する。我々は先にTMCに向かう。会える日を楽しみにしている」


 どうやらDLPH-999は韓国にも運ばれたようだ。


「韓国の“人民戦線”の細胞が武器を準備しつつ、DLPH-999は樺太と朝鮮半島の両方から運び込む。東雲、韓国の軍事政権と関わりなるギャングはどうなったの?」


『ああ? ほぼぶっ殺したし、連中が運び込んだ防護装備も破壊したよ。これで連中が諦めてくれるといいんだけどな』


「ふうむ。装備の類は韓国の軍事政権頼りだったみたいだから可能性としてはあり得る。だけど、連中は最終兵器であるDLPH-999を所持したまま」


『テロが絶対に起きないという保証はないってわけか。ドローンは?』


「ロンメルに聞いてみる。ロンメル、ドローンの方はどう?」


 ベリアがロスヴィータに尋ねる。


「交通整理用のドローンと大井統合安全保障の下請けの戦術級ドローンをハックしてる。東雲が指定した地域の航空偵察はできてる。もうひとついいニュース。大井統合安全保障の下請けが請け負っている生体認証スキャナーもハック」


『いいニュースじゃねえか。問題になっているテロリストどもをそれで探しだそうぜ。今回ばかりは監視社会に万歳だな』


「今から“人民戦線”の構成員の生体認証データを含めた名簿を入手する。大井統合安全保障と警察が共有しているデータベースならハックできるはず」


『頼んだぞ』


 東雲がそう言ってベリアを励ます。


「それでは“人民戦線”のデータを」


 ベリアはマトリクスを移動し、形だけが法律上残っている警察庁のマトリクスに公官庁の雑魚のアイスを易々と砕き、警察庁が大井統合安全保障と共有しているデータベースに侵入した。


「警察庁広域重要視定事検と大井統合安全保障の高リスク案件。そして、公安調査庁のデータも入っている。これを漁ろう」


 ベリアは“人民戦線”が犯した犯罪についての情報を探る。


「経済通産省事務次官狙撃事件。大井海運爆破テロ未遂事件。大井重工社員寮放火事件。それからTMCセクター4/2における銃乱事件。そのたもろもろ」


 ベリアが事件のファイルと捕まえられなかった犯人たちの情報を眺める。


「大井統合安全保障は“人民戦線”の関係者について具体的な生体認証データを持ってるね。上出来。これを使って市街地に設置されている生体認証スキャナーのデータを見れば相手の足取りが掴める」


 大井は“人民戦線”対策を十二分に行っていたようで、実際に事件に関わっていないメンバーの生体認証データもファイルに掲載していた。


「ここからは腕の見せ所。生体認証データを生体認証スキャナーをハックして手に入れて、相手の現在地を掴む。1秒のロスも致命的になる仕掛けランだ。油断できないね。けど、やりがいはある!」


 ベリアがそう宣言したとき、ロスヴィータがやって来た。


「ドローンと偵察衛星の覗き見の準備ができたよ。オービタル・ランドスケープって会社の偵察衛星からの映像と、スマートSデリバリーDサービスSの使っているドローンの映像が手に入る」


 そこでロスヴィータがそう報告した。


「オーケー。東雲たちを支援する準備はできた。後は本番に備えよう」


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