帝国主義者に死を//昨日の敵は……
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──帝国主義者に死を//昨日の敵は……
東雲と八重野はTMCセクター6/2の賑やかな繁華街にあって、それでいて静かでゴシックな雰囲気が保たれている喫茶店に入った。ここがジェーン・ドウの指定した会合場所なのだ。
「いつも遅刻しやがって」
ジェーン・ドウが苛立ったようにそういうと、いつもの手続きを済ませて東雲たちは個室に入ったが、そこには先客がいた。
「あんた、ミノカサゴか?」
「また会うとはな。樺太から無事に脱出できたようで何よりだ」
個室にいたのは樺太の旧ロシア海軍地下潜水艦基地での
「知り合いかね?」
「樺太で少し」
それからもうひとりブランド物のスーツを身に着けた男がいた。初対面だ。
「ナノマシンを押さえたらしいな」
ジェーン・ドウが東雲に尋ねる。
「イエス。DLPH-999ってナノマシンを無力化した」
「だ、そうだ」
ジェーン・ドウが男の方を向く。
「よければ本当に無力化できてるか確認したい。DLPH-999は熱で変性しないモデルも製造されている。通常の滅菌処理は有効でない場合もある」
「分かった。ナノマシンがある倉庫の住所を送る」
東雲がARから男の方にトーキョー・ボーイズの倉庫がある住所を送信した。
「ありがとう。こちらの処理チームを向かわせる」
「あんた、メティスの人間だろ。俺たちに手を貸すのか?」
「そうだよ。いいかね。DLPH-999は人類を滅亡させられる能力がある。我々はそのようなことは望んでいない。DLPH-999はあくまでナノテクにおけるパフォーマンスだ」
「ふうん」
どこまで本当かと東雲は思った。
「さて。そっちのジョン・ドウは協力してくれるそうだ。中和剤は?」
「提供する。我々のシミュレーションによれば仮にTMCの人口密集地に散布されたとしても適切な対応を取れば被害は日本国内だけで抑えられる。有効に使ってくれたまえ」
メティスの男──ジョン・ドウはそう言ってジェラルミンのスーツケースを渡した。
「これとは別に大規模な散布が行われてしまった際の除染用として十分な量の中和剤をそちらに送る。万が一のときはお願いするよ」
「オーケー。取引成立だ」
メティスのジョン・ドウがジェーン・ドウに情報を送信するのに、ジェーン・ドウが納得したように頷いた。
「それから処理チームを提供する。ナノマシンに対して専門の知識を有する
「なあ、そういうことはまだナノマシンがあるってことか?」
「可能性としては。そちらのジェーン・ドウから話を聞くといい」
東雲が疑問を呈するとメティスのジョン・ドウがジェーン・ドウを見た。
「樺太付近で海上警備中だった大井統合安全保障の巡視艇のソナーが未確認の水中音響を捉えた。追跡したが途中でソナーから消えちまった。日米海軍の運用している
「潜水艦で樺太から移動した?」
「あり得なくはない。統一ロシア海軍太平洋艦隊に配備された新型潜水艦についての情報は日米海軍及び関係する民間軍事会社もよく把握していない。統一ロシアはトートの支援を受けて、音響技術を発展させているらしいしな」
東雲が尋ねるのにジェーン・ドウがそう返した。
「統一ロシアは潜水艦を使った輸送技術を発展させている。旧
「メティスも潜水艦が使われたって説ね。確かに統一ロシアで奪ったナノマシンをわざわざ一旦韓国に運んでそれからTMCに運んだってのはややこしい。統一ロシア、樺太、本土、TMCの順の方が回り道してない」
「そうことだ。繰り返すが、我々はDLPH-999が流出することを避けたいと思っている」
「じゃあ、何で統一ロシアなんて不安定な国にクソみたいに危ないナノマシンを流したんだ? あんな不安定な国じゃあ遅かれ早かれこうなることは予想できただろう?」
「我々が流したわけではない。白鯨派閥と諸君らが呼ぶ、反乱勢力が独自に行ったことだ。我々とは関係ない。彼らは我々からDLPH-999を強奪し、そして統一ロシアに渡した。それだけだ」
「出所はあんたのところだろう。白鯨派閥もあんたらのお仲間だった。それでも知らんふりしようってのか?」
「もちろん、我々に落ち度が全くないということはない。だから、こうして支援を行っているのではないか」
「そうですかい」
東雲が肩をすくめる。
「メティスの反乱勢力は戦術核とナノマシンのバーター取引をやった。そういうことだ。こいつは認めないだろうがな」
ジェーン・ドウがメティスのジョン・ドウを見てうんざりしたようにそう言った。
「オーケー。今もナノマシンは潜水艦で運ばれている可能性があるってわけだな。チームを把握したい。いつ会える?」
「これから彼女が案内する。彼女は我々の側の指揮官だと思ってくれ」
「あいよ。じゃあ、
メティスのジョン・ドウがそう言って、東雲が立ち上がる。
「こっちだ。ついてこい」
ミノカサゴが東雲たちを喫茶店の駐車場に止めてある四輪駆動車に乗り込んだ。
「あんた、あの後樺太からどうやって脱出したんだ?」
東雲が助手席に座り、運転席にいるミノカサゴに話しかける。
「それなりの伝手があった。現地の少数民族にな。そいつらに船を出してもらって、アリューシャン列島まで逃げてとんずらだ」
「なるほどな。まあ、今回も仲良くやろうぜ」
「そうしたいね」
東雲が笑うのにミノカサゴは肩をすくめたのみだった。
車はそのままセクター9/3に入り、交通ハブの駐車場に停車した。
「あんたのチームは?」
「ホテルにいる。装備も整っているからいつもで動ける」
「あんたの装備も?」
「樺太のときからアップグレードしたぞ」
「へえ」
ミノカサゴが電磁フレシェット弾を発射するランチャーが装着された右腕を叩いた。
「このホテルだ。ついてこい」
ミノカサゴはセクター9/3のビジネスホテルに入り、エレベーターで12階に上った。そして、そこにある部屋の一室に入る。
「紹介しよう。今回のメンバーだ」
中には40代前半のアフリカ系の男性と30代後半のアングロサクソン系の女性がいた。どちらも機械化しているように思える。
「よう。俺のことはドクター・ジョナサンと呼んでくれ。今回の
「ナノマシンの専門家なのか?」
「ナノテクの学位を取って海兵隊で
「じゃあ、DLPH-999の対策もできるな?」
「相手にしたくない代物だが、できないことはない。手順については把握している。海兵隊時代にナノマシン戦の訓練も受けているし、演習もやった。問題のDLPH-999を想定した演習をな」
「そいつは安心」
アフリカ系の男はジョナサンと名乗った。元海兵隊員で
「あたしは、そうだね、メディック・マリーとでも呼んで。あたしは陸軍。
「オーケー。頼りしてるぜ」
アングロサクソン系の女はそう言い、東雲は頷いた。
「それで? 準備するべきことは?」
「DLPH-999はあらゆる生物由来の有機物を分解し、自己を複製する。その過程で人間の細胞を壊死させる。症状は感染が起きた部位によって違う。皮膚から感染すれば皮膚から体の深部が。肺から感染すれば中から外に」
「知ってる。まず俺たちは今回のテロ計画の準備をしていたギャングを襲撃して、大井都市機能事業の制服を押さえた。恐らくは最初は上水道で散布するつもりだったんだろうと見ているが」
「悪い計画じゃないが、上水道に一握りのナノマシンを流し込んでもあまり意味はない。TMCの上水道の質はある程度コントロールされている。ナノマシンが分解し、自己増殖するのに必要な有機物が不足している」
「ダムにひと匙の青酸カリを入れも意味がない、か」
ドクター・ジョナサンが説明するのに東雲が唸った。
「そういうことだ。この手のナノマシンはウィルスより細菌に似ている。ウィルスは自己複製のために宿主の細胞を借りる必要があるが、細菌は栄養素さえあれば単細胞分裂して増える」
「ああ。俺も昔高校で習ったよ。ウィルスは生物の定義である自己複製の可否に疑問符があるって。ウィルスの培養を生きた卵でやる理由も知ってる」
「なら、話は早い。材料がなければ自己複製できないとしたら、どうする?」
「栄養たっぷりな場所に叩き込む」
「同時に感染を広げる。ひとつ、思い当たる節がある」
ドクター・ジョナサンが人差し指を立てた。
「何だよ? 人口密集地か? アーコロジー?」
「いいや。TMCの全てのセクターに繋がっていて、有機物を大量に有する。メティスの人工食料ターミナルだ」
「クソ。そうか。人工食料ターミナルにナノマシンを流し込めば汚染された食料がTMCに出回り、全セクターが汚染される」
「イエス。狙いのひとつにはなる。もちろん、人口密集地を襲撃することも考えられるが。それでも、この手のテロは攻撃目標がいくつかに絞り込める」
そう言うとドクター・ジョナサンはTMCの地図をAR上で広げる。
「TMCで爆発物が爆発して、すぐに大井統合安全保障がすぐに現場を封鎖しない場所。セクター一桁代ではあり得ない。セクター二桁代なら大丈夫だ」
「爆発物を使えば一気に散布できるが、セクター二桁代じゃないと大井統合安全保障が感染を封じ込める。それにセクター一桁代は大気をモニターにしているってことだ」
「ああ。狙いはセクター二桁代に絞れるだろう。セクター二桁代で感染を広めて、そこから人を使って感染がセクター一桁代に拡大することを期待する」
AR上の地図にドクター・ジョナサンが指でマークした。いくつかのセクター二桁代の人口密集地を指している。
「ふうむ。こいつは難しいぞ。セクター二桁代はほとんどが無法地帯だ。テロリストはもちろん現地のギャングやチンピラの相手もする羽目になる」
「荒事は任せるぞ。俺は確かに海兵隊だったが、自分たちを殺そうとする兵士の相手をしたのは数えられるほどだ。機械化していても、軍用レベルじゃない」
ドクター・ジョナサンがそう言ってメディック・マリーを見るのに彼女を頷いて東雲たちを見た。彼女もアメリカ陸軍にいたが実戦経験は乏しそうだ。
「大丈夫だ。俺たちはナノマシンについてあんたたちほどの知識はないが、ドンパチについてはあんたらが体験する一生分のものより上の経験がある。テロリストだろうと、チンピラだろうと蹴散らしてご覧に入れましょう」
東雲がそう請け負う。
「俺たちは少数チームだ。ピンポイントで現場を押さえなきゃならん。セクター二桁代の人口密集地が狙われていると絞り込めても、まだ
「不審な行動を調べる、ってところだろう。ドローンが使えればいいんだが。軍と民間軍事会社で研究したことだが、この手の攻撃には一定の行動パターンがある。専門家じゃないテロリストが扱う場合には特に」
「どういうパターンだ?」
「ひとつは自分たちの扱っているものを極度に恐れること。やたらと持ってる荷物を気にする人間がヒットする。それから自分に感染させて人口密集地をうろつくことで感染を広げること。こいつはやたらと無計画に動く」
「自分に感染させて広げるのは不味いぜ」
「大丈夫だ。今回の場合、その手の攻撃はない。自爆テロってのは相当な覚悟が、あるいはドラッグなどを使用して判断力が鈍ってないと難しい。“人民戦線”をプロファイリングしたが、自爆テロを起こせるほどの組織じゃない」
「分かった。あんたを信じる。じゃあ、うちのハッカーに頼んでドローンを調達してもらうのと同時にマトリクス上でテロリストがやり取りしてないか調べてもらう」
「それは助かる」
東雲が言うのにドクター・ジョナサンが頷いた。
「ベリア? 今大丈夫か? ちょっとやってほしいことがあるんだが」
東雲は早速ベリアに連絡を取った。
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