帝国主義者に死を//運ばれた荷物

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 ──帝国主義者に死を//運ばれた荷物



 ベリアたちがマトリクスで情報収集に当たっていたとき、東雲たちはコリアンギャングであるトーキョー・ボーイズの倉庫でコンテナを前にしていた。


「どうする? 開けた途端、有害なナノマシンがドカンって可能性もあるだろ」


「そうだな。だが、兵器として使用されるナノマシンはナノマシン群を制御するシステムで通常の場合は非アクティブで保存されている。使用する人間が自爆覚悟じゃないなら、普通は開けてすぐ作動とはならないはずだ」


「だといいんだけど。大井統合安全保障に通報だけして俺たちは逃げるってのは?」


「大井統合安全保障が動けるならジェーン・ドウは私たちに依頼してない」


「ですよね」


 八重野の言葉に東雲が肩をすくめた。


「じゃあ、覚悟を決めて。オープンセサミ」


 東雲が“月光”でコンテナの電子キーを破壊し、コンテナをこじ開けた。


「こいつは」


「ただのアーマードスーツじゃないな。防護装備だ。核兵器N生物兵器B化学兵器C対策が施されている」


「ナノマシンも?」


「ああ。対策されている」


 コンテナの中にあったのは韓国でライセンス生産された大井重工のアーマードスーツだった。特殊兵器の影響下で戦闘可能なものだ。


「こいつはテロのためって訳だよな?」


「敵がナノマシン使用を想定しているならば、この手の装備は必要になるだろう。人体に悪影響を与えるナノマシンというのを防護装備なしで使用するのは無謀だ」


「いいニュースだ。俺たちがこいつをぶっ壊したら、連中困るよなあ?」


「困るだろうな」


 東雲がニッと笑うのに八重野も小さく笑った。


「じゃあ、やっちまいますか!」


 東雲がアーマードスーツに向けて“月光”を投射する。


 血を注いだ“月光”の刃はアーマードスーツを容易く貫き、アーマードスーツが稼働不可能なほどに破壊してしまった。


仕事ビズ完了か? ちょろかったな」


「他にもコンテナはある。見てみよう」


「あいよ」


 東雲たちはいくつもおかれているコンテナに向かう。


「よっと」


 東雲が“月光”でコンテナを開く。


「お次は?」


「無人空挺戦車だ。こいつも特殊兵器の影響下で活動できるようになっている」


「戦車まで持ち込むつもりだったのかよ。連中が使う目に見つけてラッキーだったな。こいつもぶち壊しちまおう」


 東雲がアーマードスーツ同様に韓国でライセンス生産された無人空挺戦車を“月光”で叩き切り破壊してしまう。


「どんどんぶっ壊していこうぜ」


「ああ」


 東雲が言うのに八重野が次のコンテナに向かう。


「ふん」


 今度は八重野が“鯱食い”でコンテナの扉を破壊した。


「これは」


「バイオセーフティレベル4の空挺モジュール式の実験室だ。不味いぞ」


 コンテナに収められていたのはヘリや輸送機で輸送可能な移動式の実験室だった。


「ってことは、こいつはアトランティス・バイオメディカル・コンプレックスにあったような危ないウィルスや細菌を扱う代物だろ。ナノマシンとどう関係があるんだ?」


「一部のナノマシンは世界保健機構WHOが定めた規則でバイオセーフティのしっかりした実験室で扱うことを定められている。だが、バイオセーフティレベル4となるとかなり危険なナノマシンだろうな」


「こいつはどうする?」


「恐らく中身がある」


 八重野がそう言って実験室の扉を叩いた。


「はあ。どうしたらいい? 連中の目的はここの中身をTMCにぶちまけること。ここでどうにかしないと連中がゲットする。だが、俺たちは防護装備があるわけじゃない」


「軍用に開発されたナノマシンだとすればそこまで量は多くないはずだ。ナノマシンは細菌やウィルスのように自己増殖する。ひとたび解き放たれれば、ナノマシンは自分の構造を理解し、複製する」


「半生体兵器みたいだな」


「あれもナノマシンの力だ」


 ナノマシンは自己を構成する分子または原子を入手すればそれを組み替えて自己の複製を製造可能だ。ナノマシンひとつひとつにはそのような高度な機能はないが、群れになることで知性を得る。


「大井統合安全保障に通報してみようか?」


「ジェーン・ドウに使い捨てディスポーザブルにされるぞ」


「だよな。どうする?」


「中に入って廃棄する。ナノマシンを破棄する手段もこの手の実験室には備えられている。今、手順をマトリクスで調査中だ」


「マトリクスには何でもあるのな。昔はそんなになんでもあるわけじゃなかったのに」


 東雲が感心したようにそう言った。


「調べ終わった。中に入る」


「俺は?」


「外にいてくれ。私なら大丈夫だ」


「すまん。任せたぜ」


 東雲がそう言い、八重野が実験室の扉を開いた。


 入ってすぐの空間は防護服を装備する空間になっている。バイオセーフティレベル4となると実験室では気圧が調整された防護服を装備して活動するのが基本だ。


 八重野が防護服を身に着け、次にナノマシンやウィルス、細菌を消毒して、流すシャワーを浴び、それからナノマシンなどを扱う実験室に入った。


「さて。作業開始だ」


 八重野が厳重に管理された実験室の中で目的のナノマシンを探す。


「説明によればナノマシンなどの検体の保管庫は冷凍設備の中だ」


 八重野がマトリクスで調べたこのメティス・メディカル製の移動実験室の中で、そこにあるはずの冷凍設備を探す。


「あった。これだ」


 八重野は慎重な手つきで冷蔵施設のロックを外し、中身を見る。


「これは。“DLPH-999”だと」


 八重野がナノマシンを見て呻く。


「大丈夫だ。非アクティブ状態だ。このまま廃棄できる。手順通りにやれば」


 八重野は慎重にナノマシンが入った金属製のカプセルを取り扱い、ナノマシンが自己分解を引き起こす高熱と圧力を発生させるオートクレーブという滅菌設備にそれを入れた。それからオートクレーブが高圧蒸気を発生させる。


「冷凍設備には他にナノマシンはなかったが、一応他も見ておくか」


 クリーンベンチや戸棚を八重野は慎重に調べていく。だが、他にナノマシンなどの危険な物質がある様子はなかった。


「オートクレーブでの廃棄完了。出よう」


 八重野が手順に従って実験室を出る。


「八重野! 大丈夫か?」


「ああ。大丈夫だ。大したことはしてない。それよりも問題のナノマシンだが」


「どうだった?」


「“DLPH-999”だった。」


「なんじゃそりゃ?」


 東雲が八重野の告げた単語に首を傾げた。


DDisasterLLikePPaleHHorse-999。人工的に作られた致死的な感染症類似の症状を引き起こす感染型ナノマシンだ」


「何か聞くからにヤバそうだな」


「黙示録ナノマシンとも言われていた。これが流出すれば全世界の人口の9割が死亡すると言われているほどだ」


「なんでそんなもの作っちゃうかな」


「パフォーマンス。今の技術でどれほどのものが作れるかという実験でもある。メティス・メディカルが開発し、メティスにおける医療用ナノマシンの絶対的技術を証明した」


「で、パフォーマンスの後に廃棄しなかったのか? くす玉だって割った後は掃除するんだぜ?」


「廃棄したとメティス・メディカルの広報部は伝えた。だが、陰謀論を扱うマトリクスの電子掲示板BBSではメティスが自社に対する攻撃への抑止力として保有を続けて言えるという噂だった」


「うちの会社潰したら世界を滅ぼすぞってか。正気じゃねえ」


 大人しく倒産しろよと東雲がぼやく。


「しかし、メティスがどこにDLPH-999を保管しているかは長年の謎だったが、まさかこんな場所にあったとは」


「廃棄はできたんだよな?」


「間違いなく。ナノマシンは意外と繊細な機械だ。分子レベル、原子レベルで行動するという点において分子生物学的であるところもある。工業のナノマシンも触媒としては複雑で繊細な三次元構造をしている」


「焼いて廃棄した?」


「いいや。熱と圧力で自己分解を引き起こさせた。最近の滅菌処理と同じくオートクレーブに十二分にかけた。ナノマシンの構造が破壊され、分解されるようにな」


「オーケー。おっかない積み荷のひとつは始末した」


 八重野が説明するのに東雲が頷く。


「で、他のコンテナを開ける勇気はあるかい?」


「テロリストも任務を遂行するまでは死ねないだろう。他に保存しているとは考えにくい。これで終わりだろう。DLPH-999の潜伏期間は2日。軽い消化器と呼吸器の風邪に似た症状から始まり、それから体が壊死する。全身だ」


「嫌なナノマシン。残りはやっぱりさっきのアーマードスーツや無人戦車みたいな防護装備かね」


「いや。まだ足りないものがある。散布手段だ。確かにDLPH-999は流出すれば世界人口の9割が死滅するだけのポテンシャルがあるが、早期に封じ込めが図られればそれは不可能になる」


「どうやって効率よくTMCに散布して、TMCを殺すか」


「そうだ。基本的にDLPH-999を人体に取り入れるのは口や鼻などの粘膜だ。空気中に散布するのが一番手っ取り早い。だが、TMCセクター一桁代のの大気は常に計測されている。当然、異常なナノマシンが散布されれば気づく」


「のんびりと垂れ流しても意味がないと。樺太連隊は大規模な爆発によるテロの計画を手に入れていたらしいが」


「爆弾で散布するか。不可能な選択肢でもない。事実、ワシントンD.C.で起きた炭疽菌によるテロでは散布のために爆発物が使用された。地下鉄や公官庁の施設を狙って。結果として死者がでることになった」


「炭疽菌は人から人に感染しないけど、こいつは違う。爆発物で撒き散らされたら大惨事だ。だが、それでも散布するにはちとばかり効率が悪い」


「ふむ。狙いは何だったのだろうか」


「ま、危ないナノマシンはなくなったし、オーケーだろう。テロを防げと言われたが、テロを分析しろとは言われていない」


 仕事ビズは終わりと東雲が手を振る。


「だといいのだが。残りのコンテナも探ろう」


 八重野と東雲はトーキョー・ボーイズが保管していた全てのコンテナを開いた。


 中からは大量の銃火器や防護装備が出てきたが、ひとつ気になるものがあった。、


「これ、どっかの制服か? 大井統合安全保障じゃないな」


 東雲が手にしたのはグレーの作業着だった。合成繊維の撥水性の頑丈な服だ。


 背中にはOCFSというロゴが入っている。


大井O都市CF機能S事業だな。大井がTMCから引き受けている都市インフラの維持と開発、更新のための会社だ」


 大井都市機能事業というグループの傘下に発電施設などを運営する事業部も存在すると八重野が言った。


「おい。待てよ。じゃあ、水道事業もか?」


「ああ。上水道の管理もこの会社が」


 そこで八重野がはっとした。


「まさか上水道でDLPH-999を散布するつもりだったのか」


「こいつは水の中でも機能するのか?」


「する。感染もする」


「やばかったな。危うくTMC全域が汚染されるところだった」


 東雲が大井都市機能事業の制服を改めて見て呻いた。


「しかし、本当にここが連中の作戦の要だったのだな。樺太から来るという連中はどうなったんだろうか。連中はただの陽動か?」


「かもな。樺太から本土に渡るのは大変だ。樺太連隊、太平洋保安公司、大井統合安全保障の3つの組織ががっちり国境を守ってる。爆発物はもちろんナノマシンだって持ち出せないだろうさ」


 八重野が訝しむのに東雲が実に楽観的な意見を述べた。


「おっと。ジェーン・ドウから連絡だ。仕事ビズは終わったって報告しようぜ。テロリストだって武器と爆弾がなければテロはできない。たっぷり報酬貰って美味い飯でも食いにいこう」


「どうだか」


 東雲と八重野は倉庫街を出て、ジェーン・ドウが会合場所に指定したセクター6/2の喫茶店に向かったのだった。


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