帝国主義者に死を//マトリクス

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 ──帝国主義者に死を//マトリクス



 東雲たちがコリアンギャングを襲撃したころ、ベリアたちはマトリクスで今回予想されているテロについて調べ始めた。


「テロ実行の疑いがあるのは反グローバリズムテロリスト集団“人民戦線”。朝鮮半島と樺太で勢力を増していたという」


「オーケー。まずはそいつらについて知ろう。いつものようにBAR.三毛猫へ」


 ベリアたちはBAR.三毛猫にログインする。


「特に気になるようなトピックは立ってないね。テロの噂とかはなさそう。企業間紛争は今はなく平和そのもの」


「待って。ブリティッシュコロンビア州で謎の爆発だってよ」


「それはまた。何だろう。少し覗いていこう」


 ロスヴィータがトピックを指さすのにベリアがトピックに向かった。


「ドカーン。吹っ飛んだのはメティス・バイオテクノロジーの研究所。カナダ政府はまだ爆発の原因について明らかにしてない」


「現地の情報じゃ戦術核レベルの爆発だったってさ。だが、今のところ放射線の類は検出されていない」


「電子励起爆薬か?」


「かもな。今やどこの国もその手の高性能爆薬で武装している」


 トピックはブリティッシュコロンビア州で起きた爆発について推論を重ねていた。


「新しい情報だ。爆心地グラウンド・ゼロになったのは間違いなくメティス・バイオテクノロジーの研究所。それもAI研究所だ。爆発物の類は置いてない。メティスは事故を否定している」


「さらに新しい情報だ。北米NOR航空宇宙A防衛司令部Dは爆発の数分前にカナダに向けて極超音速の飛翔体が確認されたと発表した。正式には業務を請け負っているフラッグ・セキュリティ・サービスだが」


「巡航ミサイルか? どこから?」


「誰がというべきだろう。メティスは白鯨の件でクソみたい恨みを買っている。誰からもミサイルを叩き込まれる可能性がある」


「巡航ミサイルの母機は? 不審な艦船や航空機がいれば衛星が気づくはずだぜ。メティスの連中も自前の偵察衛星を飛ばしているんだ」


「潜水艦」


「アメリカ西海岸に到達できて、かつ巡航ミサイル母艦になれる潜水艦は限られる」


「アメリカ海軍と日本海軍の潜水艦ならやれるな。それかカナダ海軍が自作自演」


「カナダ海軍は巡航ミサイル母艦になる潜水艦は持ってないよ」


 容疑者は何か国が上がるものの、これといった決め手がない。


「民間宇宙開発企業が持ってる偵察衛星の画像もないな。これはどん詰まりだ。正式発表を待つしかない」


 トピックはそこでほぼ雑談に変わっていった。


「きな臭いね。こっちの仕事ビズに関わってこないといいけれど」


 ベリアはそうこぼすとBAR.三毛猫のジュークボックスに向かった。


「“人民戦線”で検索と」


「いろいろ引っかかったね。それなりに話題の組織らしい。どれから調べる?」


「“反グローバリズム集団を語るトピック”からかな」


 ベリアがログを再生する。


『反グローバリストでも意見は一致してない。グローバル化を拒むのはいろいろ理由があるからな。右派の国粋主義も、左派の環境主義者も』


『伝統的な右派は死に体だ。連中が大好きな伝統って奴は消滅した。国家は企業のいいなりで、民族は企業の都合で配置される』


『左派はどうかっつーとそこそこ生きてる。連中も連中が夢見た明るい未来がパーになってから精神的に死んでるが、まだお題目は残ってる。環境汚染や格差』


『日本で言うと“人民戦線”か? 左派の過激派が集まって、六大多国籍企業ヘックスにノーと言おうと結成した。企業による環境汚染反対。地域の雇用を守ろう。弱者からの搾取反対。言ってることはご立派だが』


『やってることは時代錯誤の暴力主義。爆弾テロ、放火、銃撃。大井統合安全保障とドンパチやってたな。日本に拠点のあったころは』


『今でも日本に拠点があるぞ。樺太をお忘れ?』


『都落ちもいいところだな』


 “人民戦線”の話題が出てくる。


『樺太でオホーツク義勇旅団と一緒にテロやってるって話だぜ。連中が最終目的として掲げているのは樺太共和国の樹立。六大多国籍企業に依存しない社会主義的な国家を樹立しようってさ』


『食い物どうするんだよ。採算の取れる人工食料技術を持ってるのはメティスだけだぜ。エネルギーだって大井に頼まないと調達できない』


『だから、結局は夢見る社会主義者の寝言に過ぎないのさ』


 概ね発言者は“人民戦線”の活動に同調している様子はなかった。


『“人民戦線”が唯一自由にできるのはマトリクス。樺太の“人民戦線”の細胞も朝鮮半島の“人民戦線”の細胞も連携してる。樺太では統一ロシアの参謀本部情報総局GRUから朝鮮半島では韓国の軍事政権から支援されて』


『どっちも日本政府とそのバックにいる大井に被害が及べばどうでもいい連中だな』


『そ。どっちも日本と大井と憎んでる。統一ロシアからすりゃ樺太泥棒だし、韓国の軍事政権からすれば自分たちの軍需産業を盗んだ連中だ』


『それでもってどっちもテロリストとの関与を否定ってな』


 それから統一ロシアと韓国の軍事政権を皮肉る発言が続く。


『で、だ。“人民戦線”の公式発表──マトリクスの電子掲示板BBSに書きなぐられたものだが──によれば連中の規模は5万人らしい』


『馬鹿げてる。5万人もいるはずない。せいぜい50人か60人か。その程度だ』


『そんなにいるかね。日本赤軍だって20名程度だぞ』


『大井統合安全保障が過激派の定義を拡大して、自分たちのいいなりにならない邪魔な連中をテロリストとして殺し始めたから逃げた連中がいるんだよ。第三次世界大戦の際の親中派狩りより大井統合安全保障は容赦なかったからな』


『それで50名?』


『それはぐらいなければやる気なさすぎだろ』


『ねーんじゃねーの、やる気。俺は六大多国籍企業相手に反グローバリズムを訴えようなんて言われたら縁を切るぜ』


『言えてる』


 “人民戦線”の規模についての論争が続くが、50名程度という結論だった。


『脱走兵が加わってるって話は?』


『統一ロシアと韓国の? ありえなくはない。だが、少ないだろうな。逃げ込む先としちゃ魅力がない。軍歴があるなら下っ端でも民間軍事会社PMSCの方がいい。低ランクの民間軍事会社でも給料はいい』


『純粋に思想に酔ってないと駆けこまないか』


『事実、統一ロシアも韓国も脱走兵を問題視してない』


 どうやら脱走兵は事前の情報ほどいないようである。


「“人民戦線”そのものは時代錯誤のおじいちゃんテロリスト集団って感じだね」


「これじゃどんな装備を受け取ったって、役に立てられないよ」


 ベリアとロスヴィータが呆れたようにそう言う。


「後は統一ロシアからのナノマシン流出だけど」


「それはトピックが立ってる。検索エージェントも使って情報収集中」


「オーキードーキー。じゃあ、トピックを覗いてみよう」


 ベリアたちが“統一ロシア東部軍管区基地襲撃事件”のトピックを覗いた。


「襲撃者の武装は大したものじゃなかった。旧式のカラシニコフとRPG。だが、基地の警備は破られた。どうして?」


「電子戦で制圧したから。襲撃者は極めて高度な電子戦を統一ロシア陸軍に対して仕掛けた。基地の無人警備システムはジャックされ銃弾をロシア人にぶち込んだ。バイオセーフティレベル4の設備がある基地だってのが影響した」


「その手の施設は省人化が基本だな。何もかも無人警備システム任せ。それを攻撃されたらかなわない」


「仮にも軍用アイスだぞ? 素人には抜けない」


「そこが謎だな。統一ロシア軍は電子戦についてトート系列の民間軍事会社から支援を受けてる。専門的な訓練も受けてるし、設備もそこそこあった」


「しかし、連中の軍用アイスは存在しなかったのように砕かれた。無人警備システムを焼き切るだけでなく、ロシア人に銃口を向けさせた」


「並みのハッカーの仕掛けランじゃないな。プロだ。訓練され、実際に軍や六大多国籍企業で仕事ビズをやってたハッカーだ」


「名前を知ってる奴がいるんじゃないか? 教えろよ」


 列席者たちがそう言ってハッカーの正体を探る。


「ハッカーの正体について興味深い情報を入手したぞ」


 そこで現れたのはいつの日かのメガネウサギのアバターだった。


「おう。あんたか。どんな情報だ?」


「疑いがかかっているのは反グローバリストハッカー集団“オンリー・ワン・ネイション”の連中だが、こいつに“人民戦線”っていう左派テロリストが関与している。今のところ公式の発表はないが統一ロシアの軍用アイスのデータだ」


「マジかよ。結構なアイスのようだが、こいつをぶち抜いたってのか?」


「ぶち抜いた。だから、こうしてデータが流出している。複合テロだ。統一ロシアへのサイバー攻撃と物理フィジカル攻撃。ただ、疑問なのはこれまで“オンリー・ワン・ネイション”にこんな能力はなかったってことだ」


「確かに聞いたことのない連中だ。どこの連中だ?」


「アルゼンチン。“人民戦線”とはマトリクスでメッセージのやり取りをしただけ」


「アルゼンチン? おいおい。反グローバリストの割に随分とワールドワイドだな」


「妙な話だろ? 誰かが連携させたとしか思えない。アルゼンチンは正直言ってハッカーが暮らせる土地じゃない。通信はラグるし、軍事政権は自由なマトリクスっての親の仇みたいに恨んでいる」


「確かにハッカー文化が育つ場所じゃねえ。そいつら、本当に統一ロシアの軍用アイスを抜いたのか? 騙りじゃないのか?」


「それは真っ先に疑ったよ。しかし、連中は自慢してたんじゃない。アルゼンチンから警察業務を委託されているALESSのサイバーセキュリティチームに取っ捕まってたんだ。連中が全て押収する前に手に入れたのがさっきのアイス


「アルゼンチンなら死刑ってこともあり得るな。少なくともあそこの刑務所でハッカーなんてデスクワーカーが生き抜けるとは思えん」


「ああ。連中は死ぬだろう。それが証拠だ」


 最大の証拠だとメガネウサギのアバターは少し悲しげに言った。


「連中の仕掛けランについては何か情報はないのか? どこのアイスブレイカーを使えば統一ロシアと言えど軍用アイスが抜ける?」


「それについてはさっぱりだ。ALESSのサイバーセキュリティチームの動きが早すぎて情報が回収できなかった。何か知ってる人間はいないか? アイスブレイカーじゃない。“オンリー・ワン・ネイション”についてだ」


 メガネウサギのアバターが列席者に尋ね、列席者たちが席を外してるハッカーたちに連絡を取る。


「前に連中がここに来たのをみたよ。この事件が起きるより5、6日前? それぐらいに来てた。白鯨関係のトピックを熱心に眺めてたな」


「おい。まかさ」


 一昔前の賭博マンガのアバターが言うのに、トピックにいた全員が慌てふためいた。


「待ってくれ。連中は私たちが解析した白鯨の情報を見てたんだよ。それ以上のことは白鯨のトピックにいた何人かのハッカーに話を聞いてたって。けど、質問が素人すぎて白けたって言ってる」


「勘弁してくれよ。ようやく白鯨がくたばったと思ったのに」


 トピックにいた全員の意見をメガネウサギのアバターが代弁した。


「だがよ。デカい仕事ビズの前に白鯨の思い出に浸ろうと思ってわざわざここに来たと思うか? 連中にとっちゃ貴重な数日だったはずだ。上手くいけばアルゼンチンから脱出する手段だって得られたかもしれない」


「それはそうだな。観光客にしては不自然だ。連中は軍事施設に仕掛けランをやるってのがどれほど重罪か理解していないほどの馬鹿じゃなった。なのに、か」


「おかしいっちゃおかしいだろ?」


 ハッカーには軍事施設相手に仕掛けランをやる技術があっても、自分たちの安全を確保するという真っ先にやるべきことを忘れる間抜けだったのだろうか。


 それがトピックの話題になる。


「ねえ。もしかしたら、どこかの誰かが白鯨由来の技術で出来たアイスブレイカーを何も知らないハッカーたちに渡したってことは? それなら検索エージェントで中身を検索してここに行きつく」


 ベリアがトピックでそう発言した。


「どこの誰がそんな意味のないことを? 自分たちで使えばいい」


「実験動物」


 メガネウサギのアバターが首を傾げるのにベリアがそう言った。


「マトリクスの魔導書で分かったけど、白鯨関係のデータはマトリクスで思っている以上に現実リアルに関わる。人の生死を決めるほどに」


「なるほど。それで実験か。何も知らずに使って成功して“しまった”ってわけだ」


 ベリアの発言に列席者たちが同意する。


「なら、言うが。最悪だぞ。その白鯨由来のアイスブレイカーの安全性と効果は証明された。この技術を本当に握っている人間がいたら次は遊びじゃない」


「もう遊びじゃない。白鯨の技術を掘り返した時点で危機だよ」


 メガネウサギのアバターが呻きながら言うのにベリアは肩をすくめた。


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