ディア・ヴァンパイア//フィナーレ

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 ──ディア・ヴァンパイア//フィナーレ



 胸を押さえて倒れ込む八重野。


「おい、八重野! しっかりしろ!」


 東雲が慌てて八重野の顔を覗き込むが、八重野の顔は顔面蒼白で激しく息を荒くしていた。汗が大量に流れ、口からは血が滴り落ちている。


「呪いの反動か」


「暁の野郎は何やってるんだよ! このままじゃ八重野が死ぬぞ!?」


 呉が呻き、東雲が叫ぶ。


「あたしが暁を迎えに行く。待ってろ」


「頼む、セイレム」


 セイレムが駆けだし、東雲が何かできることはないかと必死に考える。


 だが、何も思い浮かばない。


「八重野。踏ん張れ。すぐに暁とセイレムがヘレナを連れてくる」


 東雲が八重野を励ますのに八重野の口から大量の血が漏れる。


「東雲。退け。八重野の体に直接接続ハード・ワイヤードする。八重野の外傷は腕だけだ。エラーを起こしているプログラムがあれば修復する」


「任せた、呉」


 呉が自分のBCIポートにケーブルを刺し、八重野のBCIポートに直接接続ハード・ワイヤードする。


「凄いエラーだ。どうなってる」


「治せそうか?」


「幸い、排熱機構にエラーはない。爆死することはないだろう。だが、循環器系を初めとして人工臓器に多大なエラーがある。これは全て修復する前に八重野が死ぬ」


「クソ!」


 呉が告げると東雲が地面を蹴った。


「おい! 暁! 何やってるんだよ! ヘレナは確保できたんじゃないのか!?」


『すぐに行くから待ってくれ。こっちはひとりでALESSとハンター・インターナショナルの相手をしてたんだぞ。残敵がいるんだよ』


「すまん。分かった。だが、急いでくれ。八重野が死にそうだ」


『なるべく急ぐ!』


 暁から連絡が来て、東雲が八重野を見る。


「横向きに寝かせるぞ。血が詰まって窒息しないように」


「ああ。八重野、もう少しだ。耐えろ」


 呉が八重野を楽な形に寝かせ、東雲が励まし続ける。


「東雲! 八重野!」


「暁! こっちだ!」


 そこで手術着姿のヘレナを抱えた暁が駆けつけて来た。


「セイレムは? 会わなかったか?」


「セイレムは残敵を掃討している。俺にはすぐに東雲のところに行けと」


「そうか。じゃあ、頼むぞ」


 暁が答え、呉が脇に退く。


「ヘレナ。こいつが話していた八重野だ。頼めるか?」


「ああ。私のことを連れだしに来てくれた人間だ。恩は返す。だが、結局は呪われるということを理解しているのか?」


「どうなんだ、東雲?」


 ヘレナが確認するのに暁が東雲に尋ねる。


「している。やってくれ。このままじゃ死んじまう」


 東雲が今にも死にそうな八重野を見てヘレナにそういう。


「分かった。では、呪いを付与する」


 ヘレナが八重野の身体に触れてラテン語のような発音の言語を呟いた。


「はあはあ。ああ。助かった、のか……」


 八重野が口から吐いていた血が止まった。


「オーケー。エラーが全て消えた。正常稼働している」


「あぶねー。寿命が縮んだぜ」


 呉が報告し、東雲が盛大に安堵の息を吐いた。


「八重野。これで助かったぞ。あんたはもう2年後に死ぬことはない」


「ああ。ありがとう、東雲。あなたのおかげだ」


「礼はヘレナに言えよ」


 八重野がふらつきながらも立ち上がるのに東雲がそう言った。


「ヘレナ。ありがとう。助かった」


「やったのはルナ・ラーウィルだとしても奴に技術を与えることになったのは私のせいでもある。気にするな。それよりもまだ仕事ビズは終わってないぞ?」


「分かっている。ここから逃げなければな」


 八重野が周囲を見渡す。


『東雲! ヘレナは取り戻せた? ルナ・ラーウィルが死亡したことは知ってる。アトランティスが彼女を暗殺したみたいだから。ルナ・ラーウィルの埋め込みデバイスからの生体情報が途絶えてる』


「アトランティスが暗殺した? 自分のところの最高技術責任者CTOだぞ?」


『分からない。拉致スナッチされると思ったのかも。とにかくアトランティス理事会がハンター・インターナショナルに輸送機の撃墜命令を出して、ルナ・ラーウィルの死亡を確認した』


「で、こっちに何か向かってないか?」


『ハンター・インターナショナルの空中機動部隊が向かってる。3個大隊規模。空挺戦車やアーマードスーツも装備しているし、無人攻撃ヘリの上空援護機もついてる。大所帯で駆けつけてるよ』


「あーあ」


『急いで逃げて。足を準備しようか?』


「大丈夫だ。アイリッシュ・マフィアを頼る」


『オーキードーキー。可能な限り援護するよ』


 そこでベリアからの連絡が切れる。


「悪いニュースだ。ハンター・インターナショナルの大部隊が向かって来てる。ずらからないとせっかくルナ・ラーウィルを殺して、ヘレナを奪還して仕事ビズを果たしたのに殺されるかもしれん」


「とっとと逃げようぜ。セイレムも戻ってきてる」


 東雲が説明すると暁がそう言った。


「じゃあ、とんずらだ。アイリッシュ・マフィアに連絡。欧州大陸に逃げ込むぞ」


 東雲がそう言って中庭から走り出した。


「東雲! 八重野は助かったのか!?」


「ああ! 逃げるぞ、セイレム!」


 残敵を掃討していたセイレムが加わり、一行はアトランティス・バイオメディカル・コンプレックスから脱出する。


「暁。アイリッシュ・マフィアへの連絡は?」


「やった。メティスの食料デポで合流だ」


「あいよ」


 東雲たちがメティスの食料デポに向かう中、上空に無人攻撃ヘリが到来した。


『トライアンフ・ゼロ・ワンより本部HQ。アトランティス・バイオメディカル・コンプレックスを捉えた。現在スキャン中。強制介入部隊FIUは?』


本部HQよりトライアンフ・ゼロ・ワン。強制介入部隊FIUは全滅。施設全体をスキャンし、リンクにアップロードせよ』


『トライアンフ・ゼロ・ワンより本部HQ。了解』


 ドローンとともに無人攻撃ヘリが研究施設をスキャンし、脅威を捜索する。


 その時には東雲たちは既に研究施設を脱出し、メティスの食料デポに到着していた。


「おう。来たか。乗れよ。ドーバーまでドライブだぜ」


「サンキュー!」


 アイリッシュ・マフィアの運営するメティスの食糧輸送トラックの荷台に飛び込み、東雲たちはハンター・インターナショナルの大部隊が押し寄せて来たケンブリッジを離れていった。


「はあ。一安心。身体の調子はどうだ、八重野……」


「大丈夫だ。今は正常に稼働している。足手まといにはならない」


「そいつは結構」


 八重野が言うのに東雲がぼんやりとトラックの中を見渡した。


「安心したら腹減ったなあ」


「フランスで何か食うか?」


「それは惹かれるんだが、八重野の左腕は折れてる」


「片手でも飯は食えるだろ」


「ひでえ奴だな、お前」


 暁が平然と言い放つのに東雲が暁を睨んだ。


「大丈夫だ、東雲。確かに片手で飯は食える」


「ならいいけど。痛々しいぜ。フランスに闇医者の知り合いとかいる奴いないのか?」


 東雲がそう言って一行のメンバーに尋ねる。


「フランスで仕事ビズをやったことはほとんどない。ヨーロッパで安定している数少ない国だが、安定し過ぎてて仕事ビズの需要がない。そりゃ犯罪組織やら民兵やらはいるがアメリカほどじゃ」


「俺もフランスで仕事ビズをやったことはないな。フランス人を相手にしたことはあるが。フランス政府、というよりもトートがケベック独立運動を支援して、メティスを脅かしていた件で」


 セイレムと呉がそう語る。


「私もフランスで仕事ビズをやったことはない。ほとんど南北アメリカと中国、日本ばかりだ」


「俺はつい最近外国にいくようになりましたよ。暁、お前はどうなんだ?」


 八重野と東雲がそう言ったのち、東雲が暁に話を振った。


「俺は世界中どこでも仕事ビズをやったぜ。中東の紛争地帯でも第二次ロシア内戦中のロシアでも。フランスにだって当然いった。闇医者の当てはある。治療してから帰るのか?」


「そうしておきたいね。まーた、空港でグローバル・インテリジェンス・サービスみたいな連中に襲われたらたまったもんじゃない」


 それからふと東雲が思いついたように暁を見た。


「あんた、どこでずらかる予定だ? 俺たちと別行動でヘレナを連れて逃げるんだろう? どうする? それとも聞かない方がいいか?」


「あんたらはフランスから出国してくれ。俺はイタリアのミラノ・マルペンサ国際空港から自由香港共和国に逃げる。お前たちがジェーン・ドウに睨まれないといいんだが」


「安心しろ。こっちはこっちでどうにかしておく。逃げ切れよ」


「ああ」


 東雲の力強い言葉に暁が頷いた。


「あんたら、そろそろドーバーだよ。港まではALESSも封鎖してないから、俺たちの船で英仏海峡を渡るといい。幸運を!」


 トラックの運転手がそう言い、トラックはドーバーの街に入った。


「ALESSが警戒態勢だ」


「俺の持ってる武器は全部破棄だな。探知用機械化生体トレーサードッグに火薬の臭いを嗅ぎつけられる」


「そうした方がいいだろう。無事に港まで辿り着かなければ」


 暁が電磁ライフルを叩き、八重野がトラックの隙間からドーバーの街を見渡す。


「降りていいぞ。怪しまれないように港まで向かってくれ」


「あいよ」


 東雲たちはメティスのトラックから飛び降りる。


『東雲。今、君たちのIDを作った。フランスからの観光客ってIDだよ。ALESSにはそのIDを提示して突破して。幸い、ドーバーでのALESSの展開中の部隊は小規模』


「サンキュー、ベリア。じゃあ、行くか」


 東雲たちはドーバーの街に繰り出す。


 ドーバーの街はイギリスの欧州連合EU離脱と、第二次欧州通貨危機、海洋の破滅的汚染によって寂れ切っていた。


「ゴーストタウンだな」


「この手の港湾都市は大型化してコンテナターミナルとしての機能を有するか、あるいは寂れ切って破綻するかのどっちかだ。漁業は壊滅したからな」


「酷い有様だぜ」


 一昔前の都市の様相を成すドーバーを見渡して東雲が呟く。


 ホログラムやネオンによる広告は少なく、街は資本主義に狂った企業支配の及ぶ前のようにすら見えていた。


「田舎だな」


「俺は好きだぜ。こういう静かな街は」


「馬鹿を言うな。この静かな街には失業者がたっぷりで政府と六大多国籍企業ヘックスを死ぬほど恨んでいる。ここは可燃性物質で満ちた弾薬庫だ」


「あーあ。そんな街ばっかり」


 呉が語るのに東雲が肩をすくめた。


「港湾都市ってのは主要な場所にあるものじゃないとクソみたいに寂れてるからな。海洋汚染のせいでいくつもの港湾都市が潰れた。そして六大多国籍企業ヘックスは自分たちが好き勝手できる場所にしか投資しない」


「六大多国籍企業に街を売るか、あるいは寂れて人口流出で潰れるか」


 暁とセイレムがそう語る。


「港湾都市のインフラを維持するのもただじゃねーしな。本来面倒を見るはずの政府はどこかにいっちまったし、全部六大多国籍企業任せってわけだ」


 東雲はそう言いながら周囲を見渡した。


「ALESSの連中があちこちにいるが避けて通れるかね?」


「任せとけ。抜け道を知ってる」


 暁がそう言って東雲たち一行を引き連れて、ドーバーの寂れた街の細い道などを通過して、港湾区画まで連れて行った。


「オーケー。到着だ。で、どの船なんだ?」


「あれだ。アイリッシュ・マフィアに話を通す」


 東雲が碌に整備されていない港に泊まるボロい船を見渡すと暁が港を進む。


「おう、暁! 話は聞いてるぜ。あんたらを乗せたらフランスに行けってな。乗りな」


 アイリッシュ・マフィアはすぐに暁の求めに応じ、東雲たちを古いフェリーに乗せた。そして、フェリーはドーバーを、イギリスを離れていく。


「あばよ、大英帝国」


 東雲はフェリーから遠ざかるドーバーの土地を眺めてそう呟いた。


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