ディア・ヴァンパイア//呪い

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 ──ディア・ヴァンパイア//呪い



 アトランティス・バイオメディカル・コンプレックス上空でホバリングする八重野とルナ・ラーウィルを乗せたティルトローター機。


本部HQよりリバティ・ゼロ・ワン。現在援軍がそちらに向かっている。援軍が到着し次第、着陸せよ。援軍がテロリストを排除する』


「リバティ・ゼロ・ワンより本部HQ! 了解!」


 ティルトローター機がホバリングを続ける。


「さて、時間があるようだな。お前は私のモルモットの一匹だろう。どうして自分がモルモットにされたのか興味はあるかな?」


「話してみろ」


 ルナ・ラーウィルが足を組みながらそう言うのに、八重野がそう返す。


「私の研究は人間、いや生物の恒久的保存だ。私はまずはマトリクスにおいてそれを成そうとした。生物情報学的保存。“エデン・イン・ザ・ボックス”の開発だ」


 ルナ・ラーウィルが語る。


「プロジェクト“タナトス”もプロジェクト“パラダイス”も失敗した。生物というものは複雑だ。ひとつの生命だけでも恐ろしく複雑な上に、自然環境においてはそれらが複雑に交わっている」


 生物情報学においてはそれが常に問題になっていたとルナ・ラーウィルがいう。


「マトリクスの情報工学はシンプルだ。確かに一見すれば複雑であるように見えるが、所詮は人間が作ったもの。簡単にコピーできるし、シミュレーションできるし、再現できる。その程度の複雑性に過ぎない」


 同じ情報学でも生物情報学とマトリクスの情報工学はレベルが違うと言う。


「そして、生命の本質とは遺伝子にあるのか、それとも脳の記憶と思考にあるのか。その点においても意見は分かれる」


 ルナ・ラーウィルが続ける。


「私は遺伝子にあると信じて“エデン・イン・ザ・ボックス”を作った。マトリクスの情報工学で説明できるような簡易なシミュレーション。くだらない箱庭遊び。だが、生命の本質とは遺伝子だけで決まるものではない」


 生命をひとつの生命として表すのは遺伝子という化学式だけではない。


「遺伝子は己の情報を残そうとする。それは生命の本能に存在するものだ。だが、人間や知能の高い生物は社会を構築する。その社会においては原始的な本能は抑制され、知性が物事を決定する」


「そのような環境における教育による思考と記憶が生命の本質となり得る」


「その通りだ。社会はかつて同性愛を抑圧した。社会による生物の本能的特徴の抑制と歪曲だ。社会は生命の本能を、遺伝子による生物学的特質を歪めることがある。このような環境は生命の本質に影響を及ぼす」


「生命の本質は遺伝子だけによらず、か」


 古典的生物情報学で学問の対象となるのは遺伝子とそれによってコードされ発現するタンパク質などであった。


 だが、新しい生物情報学では遺伝子に影響を与える環境についても調査される。


技術的特異点シンギュラリティが訪れれば、人間の知性を遥かに上回る超知能によって人間はデジタルなバックアップを有し、不老不死になるだろうと推察された。だが、もう技術的特異点シンギュラリティには期待できない」


「チューリング条約か。アトランティスはチューリング条約に反対の立場だったな」


「そうだ。アトランティスは自律AIが進化し、超知能となり、そこから生み出される人間の想像を越えた産物をビジネスに使おうと考えていた」


 ルナ・ラーウィルが八重野にそういう。


「ともあれ、私はそのような生命を恒久的に保存することを試みた。マトリクス上での保存を考えたのは現実リアルの環境がもはや回復不可能なまでに汚染されていたからだ」


 毒素を吐く海洋微生物、ゼータ・ツー・インフルエンザ、気候変動、第三次世界大戦と九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイア


「この世界の完全な崩壊はそう遠くない。行き過ぎた六大多国籍企業による経済活動はいずれ人類の生存圏をごく限られたものにし、いずれ今の文明社会の崩壊が訪れる」


「救世主にでもなろうというつもりか?」


「私は科学者であって救世主でも宗教家でもない。だが、悲しいかな今の時世では全く報われない環境保護運動には熱心だった。絶滅や、絶滅の危機にある動物を保護することに。だから、マトリクスの魔導書が必要だった」


「ふん。不老不死を求めたことの言い訳が環境保護か?」


「そうだ。我々にとってこの惑星は既に終わりかかっている。ならばどうするか? 宇宙だ。我々は宇宙に進出するべきなのだ。軌道衛星都市のような地球の重力に囚われたものではなく、完全な外宇宙へと」


 ルナ・ラーウィルは堂々とそう語った。


「だが、宇宙を旅するのは簡単ではない。超光速航法というようなSF小説染みた技術を我々は有していない。遠く離れた人類と地球の生命の生存可能な惑星に到達するまでには恐ろしく長い時間がかかる」


「そのための不老不死だと?」


「重要なのは地球の生物情報学的構成要素を移民先の惑星に運び、そこに第二の地球を生み出すことだ。不老不死になった人間と生物が必要な数あれば、遺伝情報は確実に移民先の惑星に届けられる」


「環境によって生じる思考や記憶、文化はどうやって運ぶ?」


「それらの保存は簡単だ。多くの人類文化はマトリクス上でデジタル形式になり保存されている。考古学の進化によって分かった古来の風習すらもマトリクスに保存されている。それを運べばいい」


 これでこの惑星が崩壊しても人類と地球の生命は生き延びられるとルナ・ラーウィルは語った。


「ふん。どうでもいい。そんなくだらない夢物語など。お前の理想はクソだ。私や他の人間をモルモットにし、犠牲にしてきた。そんな理想など!」


「実に陳腐な言葉になるが科学の発展に犠牲はつきものだ。犠牲の分発展するだけ科学は素晴らしくすらある。犠牲だけ出して何も発展しない戦争や経済活動とは違う」


「発展に犠牲はつきものだと? そんなものは科学者のエゴだ。科学者は自分を特権階級だと思っている。自分たちは他の人間より優れていて、人類を発展させる救世主であると思い込んでいる!」


 八重野が“鯱食い”をルナ・ラーウィルに突き付ける。


「何を馬鹿なことを。科学者は義務を果たしているだけだ。科学者は血筋で選ばれるものではない。誰も志せば科学者になることはできる。だが、科学者になった以上は義務を果たさなければならない」


 ルナ・ラーウィルが呆れたように八重野を見る。


「科学者はこの自然界の謎を解き明かす。暗闇の中を照らす光となる。科学者はこの自然界を発展させる。未来に続く道を作る。それは驕りではない。義務だ。科学者となったならば世界に貢献する義務がある!」


「嘘だ! 六大多国籍企業の重役という特権を得て、そして他の人間など全て実験動物扱い! 人の死すらも必要経費扱いするにもかかわらず、人類と地球のためだなど笑わせてくれる!」


「無知蒙昧な非合法傭兵ごときに何が分かる! 私はこの地球に残った生命の奇跡を存続させる義務があるのだ! そのためならば何だろうとやろうではないか! お前の18年程度の人生よりも生命の数億年の歴史の方が大事だ!」


 八重野とルナ・ラーウィルが罵り合っていたときだ。


『テンペスト・ゼロ・ワンより本部HQ。命令を確認する。当該施設上空のティルトローター機の撃墜で間違いないのか?』


本部HQよりテンペスト・ゼロ・ワン。その通りだ。撃墜せよ』


『テンペスト・ゼロ・ワンより本部HQ。了解』


 アトランティス・バイオメディカル・コンプレックスに迫りつつあったハンター・インターナショナルの強制介入部隊FIUの上空援護機として飛行していた無人戦闘機がティルトローター機をロックオンした。


 ティルトローター機内でアラームが鳴り響く。


「ロックオンされている! 畜生!」


「待て! 着陸しろ!」


「ミサイルが飛んできてるんだぞ! できるわけ──」


 爆発。


 ティルトローター機は辛うじて回避行動を取ったものの無人戦闘機から放たれた空対空ミサイルはティルトローター機のエンジンの1基を完全に破壊し、ティルトローター機は墜落していった。


「くうっ……!」


 ミキサーのように揺れながら降下するティルトローター機の中で八重野は必死にティルトローター機に捕まっていた。


 そして、地面に叩きつけられた。


『八重野! 八重野! 無事か!?』


「無事だ、東雲。ルナ・ラーウィルを乗せたティルトローター機が墜落した。場所は……アトランティス・バイオメディカル・コンプレックスの中庭だ」


 東雲がARデバイスから呼びかけるのに八重野が墜落したティルトローター機から這い出して返事を返す。腕の骨が折れている。


「ルナ・ラーウィル。まだ生きているな」


「生きている。だが、肋骨が折れた。折れた骨が肺に突き刺さっている」


 ルナ・ラーウィルは気泡の混じった血を吐きながらそう返す。


「東雲。ルナ・ラーウィルが死にそうだ。暁は?」


『さっき連絡が来た。ヘレナを確保して向かっている。俺たちも中庭に向かうから待ってろよ』


「ああ」


 八重野も自分の左腕のタングステン合金でできた強化骨格が折れていることを認識している。既にオペレーティングOシステムSがエラーを吐いている。


「私が死ねばお前は呪いの反動で死ぬだろう。せいぜい私が生き残ることを祈ることだ。馬鹿な真似をしたことを悔いろ」


「誰が悔いるものか。私はやるべきことをした」


 ルナ・ラーウィルが嘲るのに八重野がそう返す。


 その時、複数のハンター・インターナショナルのティルトローター機が上空に現れた。ハンター・インターナショナルの特殊作戦部隊強制介入部隊FIUだ。


 強制介入部隊FIU生体機械化兵マシナリー・ソルジャーたちがファストロープ降下し、八重野に向けて大口径電磁ライフルの銃口を向ける。


「リゲイリア・ゼロ・ワンより本部HQ。目標を捕捉。排除する」


 そして、電磁ライフルが一斉に火を噴く。


「ここまで来てやられるものか!」


 八重野は極超音速で放たれる大口径弾を回避しながら強制介入部隊FIU生体機械化兵マシナリー・ソルジャーを相手に斬り込んだ。


「警戒。敵の脅威増大。敵は情報通りサイバーサムライ。火力はこちらが上だ。確実に仕留めていけ。かかれ」


「了解」


 強制介入部隊FIUが八重野を的確に狙って銃撃を行う。


「その程度!」


 だが、銃弾は八重野に1発たりと当たらない。


 八重野は回避しながら強制介入部隊FIU生体機械化兵マシナリー・ソルジャーに一気に肉薄する。


「馬鹿な。肉薄されただと」


「下がれ、下がれ。相手はサイバーサムライだ。肉薄されたら相手の勝ちだぞ」


 強制介入部隊FIUは八重野から距離を取ろうと火力を叩き込んで牽制し、後退することを試みる。


「無駄だ! 私の邪魔をするな!」


 しかし、八重野の動きの方が遥かに早かった。


 彼女は敵に迫り、超電磁抜刀で強制介入部隊FIUのコントラクターを切り裂いた。血を流さない肉が引き裂かれ、機械化された臓器が破壊され、死亡する。


「まだだ! まだ私は戦える!」


「クソ。相手はサイバーサムライと言えどひとりだぞ。さっさと仕留めろ!」


 八重野は呪いのよって死なないという状況にある。強制介入部隊FIU生体機械化兵マシナリー・ソルジャーがいくら電磁ライフルから銃弾を叩き込もうと八重野には効果がない。


「くたばれ」


 八重野は“鯱食い”で大暴れし、強制介入部隊FIUのコントラクターたちが切り倒される。彼らは射撃しながら後退し、必死に戦っていた。


「八重野! 大丈夫か!?」


 だが、彼らの背後から東雲たちが突入してきた。


「背後から敵だ。陣形を組みなおせ。応戦しろ」


 強制介入部隊FIUのコントラクターたちは冷静に対応した。


 遮蔽物に隠れ、八重野と東雲たちの両方に向けて射撃する。グレネード弾を叩き込み、大口径弾を叩き込み、手榴弾を投擲する。


「畜生! しつこい連中だぜ、クソッタレ!」


 東雲は何度もミンチにされながらも遮蔽物を飛び越えて強制介入部隊FIU生体機械化兵マシナリー・ソルジャーに近接した。


「しま──」


「スライスしてやるよ、ブリキ缶ども!」


 “月光”の刃が舞い、強制介入部隊FIUのコントラクターが斬殺される。


「リゲイリア・ゼロ・ワンより本部HQ! 部隊は壊滅状態! 指示を乞う! 繰り返す! 指示を乞う! クソッタレ──」


「死ね」


 八重野がさらに敵を追撃した。


「よし。終わったな。大丈夫か、八重野?」


「ルナ・ラーウィルが死にかけてる。このままだと呪いの反動が。暁は?」


「向かっている。ルナ・ラーウィルをどうにかしよう」


 八重野と東雲は墜落しているティルトローター機に向かう。


 そこでティルトローター機のバッテリーが炎上を始め、ティルトローター機が爆発した。破片が周囲に飛び散る。


「なんてこった。ルナ・ラーウィルが」


 東雲が呻いたときだ。


「ぐっ……」


 八重野が胸を押さえて倒れ込んだ。


……………………

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