ディア・ヴァンパイア//ケンブリッジに向けて

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 ──ディア・ヴァンパイア//ケンブリッジに向けて



 東雲たちはスラム街を暁の先導で進み、古い倉庫に入る。


「あまり深く呼吸をするな。アスベスト規制以前の建物だ」


「げえ」


 暁がそう言い、東雲が口を手でふさぐ。


「おい! ギルバート・オコナー! 俺だ! 暁だ!」


 倉庫に入ると暁が声を上げる。


「なんだ? おい、お前本当に暁か……」


「そうだよ。整形した」


 暫くするとブランド物のスーツの上にタクティカルベストを纏い、ホルスターに50口径の自動拳銃を下げた男が現れた。


「で、何の用事だ? ロンドンじゃどこかの馬鹿がALESSとハンター・インターナショナルのクソ野郎ども相手に大暴れしたらしいが」


「そうみたいだな。おかげで俺たちも迷惑しててね。ケンブリッジに向かいたいんだが、手段がないんだ。金は出すから手を貸してくれないか?」


「運び屋が自分を運んでくれとはね。とんでもない世の中になったもんだ。ケンブリッジに何の用事だ? あそこにはアトランティス関係のデカい研究所がいくつもあるが」


「研究所の見学ツアーだ。知的好奇心って奴さ」


 アイリッシュ・マフィアの構成員が暁をじっくりと見つめるのに暁が肩をすくめた。


「ふざけるのも大概にしろよ、暁。俺たちも仕事ビズでやってるんだ。慈善事業でも友達付き合いでもねえ。お前が六大多国籍企業ヘックスのクソみたいな仕事ビズに顔突っ込んでるなら正直に言え」


「分かった、分かった。用があるのはアトランティス・バイオテックの研究施設で、そこにいる六大多国籍企業の重役を狙っている」


「運び屋が殺しか? 副業でも始めたって訳か?」


「盗みもやるよ。殺しは顧客からの追加のオーダーだ」


「ジョン・ドウかジェーン・ドウか。相変わらずそういう胡散臭い連中と付き合ってるんだろ?」


「食っていくためにね」


 アイリッシュ・マフィアの構成員が嫌味のように言うのに暁が軽く返した。


「いいだろう。金を出せばケンブリッジまで運んでやる。帰りもサービスだ。あのロンドンでの馬鹿騒ぎは計算外だろ? イギリスの空港は全て閉鎖された。英仏海峡トンネルもな。大陸に逃がしてやる」


「ありがたいね。頼もう。いくらだ?」


「全員運んで50万。米ドルで」


「オーケー。端末を」


 暁がアイリッシュ・マフィアの端末に指定された金額をチャージする。


「確認した。ケンブリッジに食い物を運んでいるメティスのトラックの運用を俺たちのフロント企業がやってる。そこに乗せてやるよ」


「いつ出る?」


「1時間後」


「いいね」


 アイリッシュ・マフィアの構成員が言うのに暁が頷いた。


「どこにいけばいい?」


「案内させる。だが、いいか。トラックで運ばれているときには問題を起こすな。俺たちのまともな仕事ビズなんだ。揉め事やクソトラブルはなし」


「重々理解した」


「じゃあ、行けよ。おい、フィル。こいつらをメティスのトラックまで案内してやれ。ドライバーにはケンブリッジまで連れていってやれって伝えておけよ。既に金は貰ったってな」


 アイリッシュ・マフィアの構成員がそう伝え、暁たちが車に乗せられる。古い初期の電気自動車に無理やり最新のエンジンとバッテリーを乗せたものだ。


「メティスは食い物の輸送をマフィアに任せてるのかよ」


「合成でも食料は略奪の対象だ。略奪を主導するマフィアを避けるために民間軍事会社PMSCのエスコート部隊を雇うよりマフィアそのものにやらせて金を払った方がコストダウンってことだよ」


「世も末だな」


 暁の説明に東雲が心底呆れた。


「で、問題はケンブリッジに到着して以降だ。アトランティス・バイオメディカル・コンプレックスに侵入するのはどうやるか」


「ハッカーの方はどうなってる?」


「様子を聞いてみよう」


 場がフリップする。


「ロスヴィータ! さらに敵の攻撃エージェントが更新! ジャバウォックとバンダースナッチが再構築したアイスを使って!」


「分かったけど守りに入ったままじゃダメだよ!?」


「分かってるよ! けど、今は油断すると脳を焼き切られる!」


 ロスヴィータとベリアは例の雇われハッカー──ネロを相手にしていた。それと彼の使用する自律AIヤヌスを。


「うざったい奴! こいつのせいで東雲たちを援護できない! 白鯨並みじゃないにしろ脅威としては厄介だ!」


「おいおい。お互い仕事ビズだろ? スマートにやろうぜ。熱くなるのは柄じゃない。適当にアリバイ作ったらとんずらってのはどうだ?」


 ベリアが悪態を吐くのにネロがそう提案してくる。


「残念だけど答えはノーだよ。こっちの仲間がロンドンで電子支援を求めてるんでね」


「鼻持ちならない金持ちのために俺たち貧乏人が戦って死ぬなんて馬鹿らしいじゃないか。あんたのお友達はどうにかして逃げるだろうさ。だから、停戦といこうぜ?」


「全部君がくたばれば解決だよね!」


 ネロが肩をすくめるのにベリアが攻撃エージェントを叩き込んだ。


「お互いにお互いがくたばれば一番だろうさ! だが、俺はあいにくくたばらない!」


 ネロがアイスで身をも守り、自律AIヤヌスが攻撃エージェントを吐き出す。


「ベリア。あの自律AIは白鯨とマトリクスの魔導書の雑種ミックスだ。何も新しいものはない。白鯨を倒せたボクたちなら倒せる!」


「でも、白鯨にトドメを刺したときは雪風がいたし、ディーもいた。今はふたりともいないんだ」


 ロスヴィータの言葉にベリアがそう言いながら攻撃エージェントとアイスの攻防を分析し、ジャバウォックとバンダースナッチに指示を出す。


「でも、彼らの遺産はあるし、こっちには究極の電子戦AIがいる」


「究極の電子戦AI?」


「ヘレナだよ」


 ベリアが尋ねるのにロスヴィータがそう言ってにやりと笑った。


「そうか。彼女の力を借りるって方法があったか。彼女はプロジェクト“タナトス”の被験者と同じかそれ以上。であれば、ディーと雪風の役割が果たせる」


「今、暁に連絡してる。暁のデバイスにヘレナはいるからね」


 ロスヴィータがそう言って暁にコールする。


『俺だ。どうした、ロスヴィータ?』


「手を貸して、暁。ヘレナが必要になってる。敵のハッカーをヘレナの力を借りて叩き潰し、君たちをマトリクスから支援できるようにする」


『分かった。デバイスをマトリクスに繋ぐ。ヘレナにはそっちから話してくれ』


 暁がそう言って彼の記憶デバイスをマトリクスに接続した。


 同時にマトリクスにヘレナが姿を見せる。


「どうした? 何か問題が起きているようだが」


「君の本体をアトランティスから奪還するのに君の力が必要なんだ。力を貸して」


 ヘレナが尋ねるとベリアがそう答える。


「分かった。私の本体を取り戻すためだ。だが、聞くが私の本体を取り戻した後はどうするつもりなのだ?」


「それは。……ジェーン・ドウに引き渡すことになる」


「ふん。結局はそうなるか。気に入らない」


 ヘレナが呟くように言う。


「ねえ。所詮は仕事ビズだよね? ジェーン・ドウにどこまでも尽くす義理なんてものはない。そうじゃない?」


「まさかヘレナを逃がそうっていうの?」


「そうだよ。今は現実リアルに暁がいる。彼がボクたちから離れて独断専行で逃がしたことにすれば」


「そんなこと暁に相談しないと」


 ロスヴィータが提案するのにベリアが眉を歪める。


『聞いてるぞ。その提案、乗ってもいいが』


「本気? 一生ジェーン・ドウに狙われることになるよ?」


『だからなんだってんだ。俺はもう死んでる。いくらでも採取した脳神経データから回復させられる。ボディだって代わりはいくらでも作れる。ジェーン・ドウだろうと俺は殺せない』


「だけど、自由は制限されるよ」


『ヘレナだってそうだろう。このままじゃ一生六大多国籍企業のモルモットだ。これも何かの縁だ。俺はヘレナを連れて逃げる』


「分かった。そうしよう。じゃあ、まずはヘレナを奪還しないとね!」


 ベリアがネロと自律AIヤヌスの方を向く。


「ヘレナ! 頼むよ!」


「ああ。私の自由のためだ。協力しよう」


 ここでヘレナがベリア側に加わる。


「出来損ないの私の記憶。そんなものでいい気になっているのか? 所詮は私を再現しようとして失敗したものに過ぎない」


 ヘレナはそう言って自律AIヤヌスから放たれる攻撃エージェントを全て無力化した。


「なっ……! マジかよ、クソ。マトリクスの魔導書を握ってやがるのか。これじゃあちと勝ち目が薄いな」


 ヘレナを前にしてネロが唸り、ヘレナから放たれるだろう攻撃エージェントに備えてアイスを展開した。


「貫け」


 ヘレナが攻撃エージェントを叩き込み、ネロのアイスを削っていく。


「よし。ジャバウォック、バンダースナッチ! ヘレナの攻撃エージェントを解析して白鯨の技術を付与して! 白鯨の技術を使い、ヘレナのマトリクスの魔導書の技術を使えばあの自律AIは倒せる!」


「了解なのだ!」


 ベリアたちがヘレナが放つ攻撃エージェントの法則性とそれに対するネロと自律AIヤヌスのアイスの反応を分析し、そこに白鯨由来の技術を投入した。


「叩き込め!」


 そして、ベリアが自律AIヤヌスを狙って攻撃エージェントを叩き込んだ。


「おいおい。やべえぞ。この野郎!」


 自律AIヤヌスのアバターの表示がぶれ、アイスが破られたことが示された。


 そして、自律AIヤヌスが消滅した。


「さて。暴君ネロ? 近衛隊プラエトリアニがいなくなっちゃったよ?」


「やってくれるぜ。俺の仕事ビズはこれで失敗だ。畜生」


「さっさと失せな。こっちはまだ仕事ビズがあるんだから忙しいの」


 ネロが唸り、ベリアが手を振る。


「覚えてろよ。絶対やり返してやるからな」


 ネロはそう言うとマトリクス上から消えた。


「さあて! 東雲たちを支援するよ。次の目標はケンブリッジだ。ケンブリッジあるアトランティス・バイオメディカル。コンプレックス。偵察衛星の画像が手に入るかな」


「あるよ。12時間前のものだけど」


「とりあえず見ておこう」


 ロスヴィータが民間宇宙開発企業が運営している偵察衛星の画像をダウンロードして持ってくるのにベリアが眺める。


「アトランティス・バイオメディカル・コンプレックスはまさに要塞だ。外部からの不正な侵入を許さない。高い壁とリモートタレット。唯一の入り口はバンカーに面する正面ゲートだけ」


「厄介だね。恐らく生身のALESSのコントラクターがいる。生体認証スキャナーと一緒に。マトリクスから無力化するのは不可能に近いし、東雲たちはもうALESSのIDで偽装することはできない」


「強行突破、しかないかな」


「できると思う?」


 ベリアが唸るのにロスヴィータが訝しむ。


「ロンドンで大暴れした後だから施設の警備はより強固になっていると思う。けど、他に侵入方法もない。壁は越えられないし、裏口はないし、出入りできるのはアトランティスの関係者だけ」


「そしてルナ・ラーウィルとヘレナはここにいる」


「陽動作戦でもやらないと難しい。東雲たちに全て任せるわけにはいかない。テロの予告やサイバー攻撃。それからアトランティス・バイオメディカル・コンプレックス無人警備システムの制圧」


「六大多国籍企業のシステムだよ? できるかな?」


「ALESSの構造物がハックできたんだから、できないことはないはず。もちろん、難しいことは確かだよ。それに今の私たちにはヘレナがいる」


 ベリアがそう言ってヘレナを見る。


「やれることをやろう。私が自由を得るためだ」


 ヘレナはそう言って頷く。


「じゃあ、東雲たちをマトリクスから支援するよ。ロンドンの混乱は収束しつつある。次はケンブリッジで混乱を起こさなくちゃ。ケンブリッジにあるのはアトランティスの研究施設ばかりだけど」


「危険なウィルスが漏洩した、とかは?」


「いいね。防護装備を持ってなくちゃ動けなくなる。ALESSにしろハンター・インターナショナルにせよ大混乱」


 ロスヴィータが提案するのにベリアが頷く。


『ベリア? マトリクスから支援できるのか? 俺たちはこれからケンブリッジに向かう。支援できるならしてくれ』


「任せといて」


 ベリアは東雲にそう言ってケンブリッジのマトリクスに向けて飛んだ。


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