バトル・オブ・ブリテン//レジェンド

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 ──バトル・オブ・ブリテン//レジェンド



 東雲たちはALESSの警備チームを一時的に退けた。


「またエレベーターに乗りたい奴いるか?」


「止めとこうぜ」


 東雲がうんざりした様子で尋ねるのに暁がそう言った。


本部HQよりロンドンに展開中の全部隊。ロンドンに対テロ警報アージェント・オレンジを発令。繰り返す。ロンドンに対テロ警報アージェント・オレンジを発令。ハンター・インターナショナルが展開する』


「東雲。ハンター・インターナショナルが展開する。戒厳令だ」


 ALESSの無線を傍受していた八重野がそう伝える。


「畜生。面倒なことに。ベリアたちは動けないし、まだジャスパー・アスカムすら殺せてない。どうすりゃいいんだ!」


「やれることをやるしかない。ジャスパー・アスカムはまだ会議室にいる。ロンドンからの脱出も不可能じゃないはずだ。ロンドンを脱出し、ケンブリッジまで向かって、ヘレナを奪還し、ルナ・ラーウィルを殺す」


「はあ。やれるところまで仕事ビズをやるしかないか」


 東雲はそう言って非常階段に向かった。


本部HQよりアトランティス・バイオテック本社ビルに展開中の全部隊へ。これより緊急即応部隊QRFが展開する。注意せよ』


 ALESSの無線は増援の展開を知らせている。


「急げ、急げ。馬鹿騒ぎはごめんだぜ」


 東雲は大急ぎで非常階段を上っていく。


『グラディエーター・ゼロ・ワンより本部HQ。アトランティス・バイオテック本社に到着。これより侵入者を排除する』


本部HQよりグラディエーター・ゼロ・ワン。展開完了を了解。実験体のデータをリアルタイムで送信せよ』


『グラディエーター・ゼロ・ワンより本部HQ。了解』


 ALESSの無線が流れる。


「東雲。緊急即応部隊が展開した。何か妙な装備を持っているらしい」


「何だよ、妙な装備って。勘弁してくれよ」


 八重野が言い、東雲が肩をすくめる。


「ハンター・インターナショナルの展開にはどれくらいかかる?」


「即応できる部隊はニューヨークのときよりも早く展開するだろうな」


「マジかよ」


 暁が答えるのに東雲が唸る。


「時間との勝負だ。一応脱出に関するプランBは考えてある。だが、そこからケンブリッジに向かうとなるとどうなるか分からん」


「神様にお祈りだ」


 東雲はそう言ってジャスパー・アスカムがいるはずの79階層の扉を蹴り破って、フロアに突入していった。


「ここにはALESSはいないみたいだな」


「他の職員もな。どうも臭うぞ」


「深く考えてもしょうがない。敵が出たら殺す。自分たちは死なないようにする」


「それがいい」


 東雲の言葉にセイレムがそう言って79階層を会議室に向かう。


「八重野。殺す前に魔術について聞き出せ。あんたの呪いを解呪する方法を把握しなければならないからな」


「ああ。もちろんだ」


 東雲と八重野は慎重にフロアを進み、目的の会議室を目指した。


「ここだ。内部にALESSのコントラクターはいない」


「突っ込むぞ」


 東雲がそう言って扉を蹴り破った。


「ひいっ!」


 ジャスパー・アスカムは40代後半ごろの男だった。アングロサクロン系でブランド物のスーツを纏っている。企業工作員として典型的なスタイルだ。


「ジャスパー・アスカムだな? 八重野、確認しろ」


「こいつだ。久しぶりだな、ジョン・ドウ?」


 八重野が前に出てジャスパー・アスカムの首に“鯱食い”を突き付ける。


「ま、待て! 取引をしよう、アリス! 君を使い捨てディスポーザブルにすることを決定した張本人を教える! あの判断は私が下したんじゃないんだ!」


「魔術について教えろ。どうすればこの呪いは解ける?」


 ジャスパー・アスカムが叫ぶのに八重野が冷たく尋ねる。


「そ、それに関わっていたのは私じゃない。ルナ・ラーウィルだ。ルナ・ラーウィルが君を使い捨てディスポーザブルにすることを決定したんだ!」


六大多国籍企業ヘックス最高技術責任者CTOが非合法傭兵なんて末端の人間の生き死にに口を出して来たというのか?」


「そうだ、そうなんだ! 実験だと言っていた! ある種の事象改変的現象の実験だと言っていた! 仕事ビズのついでにやれと!」


「ふん。どうでもいい。教えろ。どうすれば解呪できる? お前を殺せばいいのか?」


「し、知らない! 本当に知らないんだ! 私はルナ・ラーウィルから実験の手伝いをするように命じられて、それで……」


 そこでジャスパー・アスカムが自動拳銃を抜いて八重野に向けた。


「くたばれ!」


 銃弾が放たれる。そのはずだった。


弾詰まりジャム!? そんな!」


「どうやら実験は成功のようだな。私は2年後までは何があろうと死なない身になった」


 八重野はそう言うと自動拳銃を握ったジャスパー・アスカムの腕を切断した。


「ああっ! ああっ! 助けてくれ、アリス! 悪かった! 真摯に謝罪するし、金も渡す! 許してくれ!」


「謝罪などどうでもいい。呪いを解く方法を教えろ。私の呪いについて知っていることを話せ。全てだ」


 八重野がジャスパー・アスカムの首に高熱を帯びた“鯱食い”を食いこませる。


「知ってるのはルナ・ラーウィルだ! あの女だ! 私は利用されたんだ!」


「そうか。なら、お前にもう用はない」


「やめ──」


 八重野がジャスパー・アスカムの首を刎ね飛ばした。


「ジャスパー・アスカムの死亡を確認」


仕事ビズがひとつ完了。やったな、八重野」


「ああ。しかし、こうもあっさりと終わるとは思わなかった」


「終わってないからな。呪いの解呪にはジャスパー・アスカムは必要なかった。必要なのはルナ・ラーウィルだ」


 八重野がため息交じりに言うのに東雲がそう指摘した。


「用事は済んだか? ALESSの連中が来るぞ」


 セイレムがALESSの構造物で無線通信を傍受しながらそう促す。


「もう来てるだろ。上にも下にも。どうする?」


「上に逃げても未来はない。こっちに空輸手段はないんだ。暁、脱出作戦ってのは?」


 東雲が尋ね、呉が尋ねる。


「アイリッシュ・マフィアにいざってときの脱出準備をして貰ってる。連中はスラム街に逃げ込んでくれば助けてやるとさ」


「犯罪組織のお世話になるわけね」


「文句言うなよ。それしか方法はないんだ。文句があるなら対案を出せ」


 暁がそう言って会議室の外を見渡す。


「はいはい。ないです、ないです。とっとと逃げようぜ」


「ケンブリッジには向かうのか?」


「行かなきゃ仕事ビズが果たせないでしょ。すっぽかすと後が怖いぞ」


 呉が尋ねるのに東雲がそう返す。


『グラディエーター・ゼロ・ワンより本部HQ。アトランティス・バイオテック本社の監視システムが停止しているため、侵入者の位置が把握できない。遭遇戦になる可能性がある。指示を求める』


本部HQよりグラディエーター・ゼロ・ワン。ハンター・インターナショナルの無人攻撃ヘリがアトランティス・バイオテック本社に到着。外部からスキャンを実施。無人攻撃ヘリのコールサインはワイバーン・ゼロ・ワン』


『グラディエーター・ゼロ・ワンより本部HQ統合J拡張E戦術TリンクL-24にマトリクス接続する』


 アトランティス・バイオテック本社のオフィスのガラスが揺れ、無人攻撃ヘリの激しいローター音が響く。


「クソ。不味い状況になりつつあるぞ。TMCでアトランティス・ユナイテッド・タワーを襲撃したときと同じような状況だ」


「外は無人攻撃ヘリがブンブン。中には敵の大部隊。笑える」


 呉が呻くのに東雲がそう返した。


「笑えねえよ。無人攻撃ヘリのセンサーは建物の外から内部が見える。こっちがアトランティス・バイオテック本社の監視機能を把握していても意味がない」


「じゃあ、どうにかしましょう。そそくさと逃げるか。それともやり合うか。お好みの方をどうぞ」


「やり合おうぜ」


 東雲が尋ねるとセイレムが小さく笑ってそう言った。


「んじゃ。迎え撃ちますか。いつもの仕事ビズ。いつもの殺し合い。今日も俺たちは通常運転ってわけだ」


 東雲はそう言って緊急用造血剤をポケットに移す。


『グラディエーター・ゼロ・ワンより本部HQ。侵入者を捕捉。79階層だ。残っている社員の取り扱いについて指示を求める』


本部HQよりグラディエーター・ゼロ・ワン。付随的損害については許可する。既に要人VIPは施設より離脱』


 ALESSの緊急即応部隊が東雲たちを捕捉した。


「来るぞ。八重野は引き続きALESSの構造物をハックしておいてくれ。暁、その電磁ライフルで無人攻撃ヘリは落とせるか?」


「不可能ではない。無人攻撃ヘリの装甲ぐらいなら電磁ライフルで抜ける。だが、お前のサイバネティック兵器と違って電磁ライフルを構えている人間ってのは無人攻撃ヘリの脅威検出AIに特定される」


「何とかしろ。俺は緊急即応部隊の相手だ」


 東雲はその己の身体能力強化によって高められた感覚器で迫りくるALESSの緊急即応部隊の位置を捉えていた。


「恐らく敵は生体機械化兵マシナリー・ソルジャーだ。数は36名。アーマードスーツの類はない」


「ALESSの無線を傍受しているが概ね間違いはない」


 東雲が報告するのに八重野が同意する。


「日本海軍特別陸戦隊とやり合った時のようにはならんだろう」


「特別陸戦隊とやり合ったのか?」


「樺太でね」


 呉が驚いたというように尋ねるのに東雲が軽くそう返した。


『グラディエーター・ゼロ・ワンより緊急即応部隊全部隊。実験体を稼働する。友軍誤射ブルー・オン・ブルーに警戒』


『了解』


 そして、何かが稼働し始めた。


「何だ。馬鹿でかい何かが動いている。アーマードスーツ級だが」


「突っ込んでくるぞ。備えろ」


 セイレムが音響センサーで分析するのに東雲が“月光”を高速回転させた。


 そこに電磁ライフルから放たれたであろう口径35ミリの大口径弾が突っ込む。


「クソ! アーマードスーツか!?」


「違う。生体機械化兵マシナリー・ソルジャーだ。グロテスクな」


「ありゃあ」


 八重野が言うのに東雲が呻く。


 東雲たちに向けて迫って来たのは八本を腕と四本の足を持ったアーマードスーツのような生体機械化兵マシナリー・ソルジャーだった。


「化け物にもほどがあるだろ。グロすぎる」


 東雲がそれを見て唸る。


「おや。お前らはいつぞやの非合法傭兵どもか?」


「ああ? あんたみたいなグロい知り合いはいないぞ」


「ははっ! そうだろうな。このマーリンMコンバットCコンプレックスCは確かにグロテスクですらある。だが、俺にはこれが使いこなせる。そう、このジャクソン・“ヘル”・ウォーカーには」


「ジャクソン・“ヘル”・ウォーカー!? おま、マジかよ!?」


 思わず東雲が叫ぶ。


「ああ。そうだ。俺はジャクソン・“ヘル”・ウォーカーだ。もはや、俺の生身の部分はひとつも存在しない。だが、俺はジャクソン・“ヘル”・ウォーカーだ」


「クソ。ベリアが言っていたジャクソン・“ヘル”・ウォーカーの脳神経データってのはこういうことかよ!」


 そう、メティスからジャクソン・“ヘル”・ウォーカーの脳神経データは盗み出されていた。アトランティスの手によって。


「あの化け物についての情報は?」


「ない。完全な新型、あるい試作機だ。あんなグロテスクな生体機械化兵マシナリー・ソルジャーは初めて見る。そして、あんなものが扱えるのはそれこそジャクソン・“ヘル”・ウォーカーでもなければ」


「伝説再びってか。いいだろう。俺がもう一回あの世に送ってやるよ。ヘル・ウォーカー地獄を歩く者!」


 東雲が“月光”を高速回転させてジャクソン・“ヘル”・ウォーカーに向かった。


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