バトル・オブ・ブリテン//ロンドン・ヒースロー国際航空宇宙港

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 ──バトル・オブ・ブリテン//ロンドン・ヒースロー国際航空宇宙港



 決行日まで2日に迫ったタイミングで東雲たちは成田国際航空宇宙港を発って、ロンドン・ヒースロー国際航空宇宙港に向かった。


 超音速旅客機が東雲たちを迅速にロンドンまで輸送する。


「着いたぞ。ようこそ、ロンドンへ」


 東雲がロンドン・ヒースロー国際航空宇宙港を出て、ロンドン内の高級ホテルに向けてタクシーに乗りながらそう言った。


「お客さん、TMCからかい?」


「ああ。仕事ビズで来た。ロンドンはいいところかい……」


「そりゃあ、いい場所だよ。立派な建物がいくつも建っていて、国王陛下がいて、歴史がある。観光にはもってこいの場所さ。満喫できるよ」


 東雲が尋ねるのにタクシーの運転手をしているパキスタン人がそう返した。


「あいにく仕事ビズでね。できればしたいけど観光はあまりできないんだ。美味い料理を出す店はあるかな」


「そうだね。イギリスの伝統的な料理って奴は外国人にはあまり受けない。だけど、ロンドンは国際色豊かな経済都市だ。インド料理なんかは美味いところがあるよ。それからスペイン料理。美味いよ」


「いいねえ。期待させてもらおう」


 タクシー運転手が上機嫌に言うのに、東雲が頷いた。


 そして、タクシーは東雲たちを宿泊する高級ホテルに運んだ。


「さて、到着したわけだが。仕事ビズの準備を始めるかい……」


「ああ。実行まで2日だ。準備しよう」


「あいよ」


 暁がそう言って東雲が頷く。


「じゃあ、先に部屋に行っていてくれ」


「私も一緒に行く。万が一ということもある」


「じゃあ、呉とセイレムは留守番な」


 八重野がそう提案し、東雲たちは再びタクシーに乗り、ロンドン内を進む。


 それからロンドンの僅かに外に出て、スラム街に入った。


「お客さん。ここは危ないよ。アイリッシュ・マフィアの縄張りだ」


「大丈夫だ。ちょっと欲しいものがあってね」


「ドラッグかい? 健康に悪いよ」


「分かってるって。ほら、運賃な」


 東雲は多めに運賃を渡すとタクシーを降りた。


「スラムだな」


 ロンドン市内の住宅価格は非常に高い。住めるのは金持ちだけだ。


 だが、ロンドンは低賃金で働く労働者を必要としている。ロンドンという都市機能を維持するにはその手の労働者が必要なのだ。


 そういう労働者がスラムに暮らす。ほとんどは移民だ。


「荒れてる。まるで昔のロサンジェルスだ」


「ああ。酷い場所だ。殺人、暴行、窃盗、強姦に臓器強盗。何でもありだ」


 段ボールを布いた地面にゴミと一緒に座っている人々を眺めて八重野が言うのに、暁がそう付け加えた。


「アイリッシュ・マフィアの縄張りだが、今回は連中に用がある。荷物の密輸は連中に任せた。武器は連中が運んでいる。今も保管しているはずだ」


「信頼できるんだよな?」


「ああ。北アイルランド問題がイギリスの欧州連合EU離脱と第二次欧州通貨危機で再燃し、真のIRARIRAの攻撃が激化したときに、ここにいるアイリッシュ・マフィアがロンドンでの活動を支援した」


「活動ってテロだろ? テロを支援したのか?」


「ああ。キングスクロス駅での爆弾テロだ。33名が死んだ」


 暁がそう語りながらスラム街を進む。


「そのせいでロンドンの治安を守っているアトランティスを敵に回した。それからはロンドンにいながら他の六大多国籍企業ヘックス仕事ビズを助けてる」


「なるほど。そりゃ信頼できる」


 暁の説明に東雲が納得し、スラム街を歩く。


「とはいえ、連中は別に信条あるテロリストってわけじゃない。金と暴力で全てが支配できると思ってる犯罪組織だ。仕事ビズにはそれ相応の代金を支払わなければならない」


「いくらぐらいかね」


「今回の仕事ビズは10万ポンドで引き受けてる」


「支払いは?」


「半分が前払い。後は荷物を貰ってからだ」


 暁はそう言って、スラム街にある古びたビルに入った。


 ビルは元はホテルだったらしく受付カウンターとラウンジがあるが。そこには高級ブランドのスーツにタクティカルベストをつけて銃で武装したアイリッシュ・マフィアの構成員たちがいた。


「おい。どこのどいつだ? 何の用だ?」


「暁だ。オーエン・ケリーに荷物パッケージの輸送を任せていた」


「暁? お前、整形したのか?」


「ああ。訳あってな」


 アイリッシュ・マフィアの構成員が驚くのに暁がニッと笑って返した。


「お前の荷物パッケージなら届いてるぜ。しかし、あんな馬鹿デカい電磁ライフルなんてどこのどいつが使うんだ? あんなのジャクソン・“ヘル”・ウォーカーだって使わないだろ?」


「俺が使うのさ」


「マジかよ。そこまで機械化したのか?」


「ああ。いろいろと訳あってな。荷物パッケージを受け取れるか」


「オーケー。案内する。ついてこい」


 アイリッシュ・マフィアの構成員のひとりがそう言って、暁たちをホテルの駐車場に案内していく。駐車場には防弾仕様のSUVなどが駐車されていた。


「こいつだ。全部揃っているか確認してくれ」


「ふんふん。リストにある通りだ。問題なし。残りの金を払う」


「こいつにチャージしてくれ」


 アイリッシュ・マフィアの構成員は端末を暁に渡した。


「チャージした。確認を」


「確認した。じゃあ、これで仕事ビズは終わりだ。あんたがどういう仕事ビズを引き受けてるかしらないがヘマはするなよ」


「そう願いたいね」


 アイリッシュ・マフィアの構成員は武器弾薬が詰まったバンのキーを暁に渡し、手を振って去っていった。


「トラブルなし。いい兆候だ。幸先のいい滑り出しだな」


「ああ。後はこいつを運ぶだけだ。ALESSの探知用機械化生体トレーサードッグに捕まると不味い。電磁ライフルの銃弾からは爆薬の臭いがする。それからグレネード弾からも」


「上手くいくだろ。俺たちは準六大多国籍企業のエリートビジネスマンってIDだ。どこの民間軍事会社PMSCにも言えることだが、連中は金持ちは疑わない」


「そうだな」


 東雲が極めて楽観的な意見を述べ、暁が車に乗り込む。


 バンはスラム街をゆっくりと進み、その間は荷物は武装した八重野が警護した。


 それからスラム街を抜け、ロンドン中心部に戻る。


「前方にチェックポイント。探知用機械化生体トレーサードッグがいる」


「止められないことを祈ろう」


 暁が運転席でそう言い、東雲が肩をすくめる。


 車はALESSのコントラクターがいるチェックポイントに向かう。


「オーケー。通れってさ」


「運がいい」


 だが、ALESSのコントラクターは車を止めなかった。東雲たちの偽装されたIDを見て、問題はないと判断したようだ。


「このままホテルに戻れるといいな」


「ロンドンはALESSのチェックポイントだらけだからどうだろうな」


「トラブルはごめんだ」


 幸いにも東雲たちは偽造IDのおかげでALESSのチェックポイントを素通りし、ホテルまで戻ってくることができた。


「呉、セイレム。来てくれ。荷物パッケージが届いた」


 東雲がARデバイスから呉たちに連絡を送り、呉たちがホテルの駐車場にやってくる。


「愛しいあたしの“竜斬り”だ。嬉しいね」


「よし。武装は準備万端。これで仕事ビズができる」


 セイレムと呉がそれぞれ超高周波振動刀を受け取る。


「ついでにこれだ。ALESSの制服だ」


「ニューヨークの時と同じだな」


 アイリッシュ・マフィアはALESSの制服も準備していた。


「作戦については後で話し合う。概ね決まってるがね。それで装備を運び込んだら、作戦会議だ。というか作戦確認か」


 東雲がそう言って周囲を見渡す。


「こいつは凄いぞ。口径30ミリ電磁ライフルだ。戦車だろうとバンカーだろうとぶち抜ける。アドオン式グレネードランチャーはいろいろと便利だ」


「だが、その馬鹿デカいのをどうやって運ぶんだ? いくらALESSだってそんなのは装備してないだろ?」


「大丈夫だ。計画通りなら俺たちのIDは自由な装備が認められる部門になる。何を装備していても疑われない」


「だといいがな」


 東雲は巨大な電磁ライフルを軽々と振り回す暁を見て肩をすくめた。


「じゃあ、楽しい玩具はとりあえずここに置いておいて、作戦確認だ。ベリアにも連絡をつける。俺の部屋に集合。いいな?」


「オーケー」


 暁は電磁ライフルをバンに残し、一旦全員が自分の部屋に戻ってそれから東雲の部屋に集まった。


「見ろよ。ミニバーまであるぜ」


「合成酒のな。高いホテルでも合成酒だ」


「スコッチウィスキーが味わえると思ったんだが」


「お生憎さま。スコッチウィスキーは今では六大多国籍企業の取締役員でもない限り、飲めることはないよ」


 東雲が部屋の中に設置されたミニバーのアルコールを見渡して言うのに、呉が肩をすくめてそう言った。


「じゃあ、作戦確認だ。ベリアとの連絡もついた。全員、端末をミーティングモードにしてくれ。ベリアたちも加わる」


「了解」


 東雲が通達するのに呉たちがサイバーデッキをミーティングモードする。


『テステス。オーケー。繋がっているね。まずは私からアトランティス・バイオテック本社襲撃計画を伝えるよ』


 ミーティングモードで現れたベリアのアバターがそう言う。


『トロントやニューヨーク方式は恐らく逆効果。ロンドンでテロが起きれば重武装のハンター・インターナショナルが展開し、面倒なことになる』


「じゃあ、どうするんだ?」


『君たちにはALESSのレベル4のIDを準備する。アトランティス・バイオテック保安部も不審に思わないID。それで隠密ステルスを戦術オプションに行動する』


「戦術オプション?」


『君たちにはいくつかの戦術オプションがある。ニューヨークのようにテロを偽装して重要拠点に潜り込み仕事ビズをやるのか。それともALESS以外のIDで忍び込むことを狙うか。そんなところ』


「なるほどな。で、隠密ステルスが失敗した場合の戦術オプションは?」


『ハンター・インターナショナルのIDで行動する。だが、その前にヘレナの奪還、ルナ・ラーウィルの殺害、ジャスパー・アスカムの殺害を済ませなくちゃいけない』


「ALESSの制服着て、ハンター・インターナショナルのIDの使うのか? それに奪還と殺害を済ませておかなきゃいけないって」


隠密ステルスが失敗した場合ってのはアトランティスが攻撃に気づいたってこと。以前のテロ事件の際の対応から考えて、ロンドンは戒厳令下に置かれる。つまり、主役交代。ALESSからハンター・インターナショナルへ』


「それでどうして奪還と殺害を済ませなければいけないんだ?」


『通常運転時のALESSによる警察活動と違って、ハンター・インターナショナルの治安出動は軍事作戦。ハンター・インターナショナルのIDを使っても自由には移動できない。制限がかかる』


「だから、先に仕事ビズを済ませにゃならんということか。もし失敗したら?」


『プランB。本格的にテロを起こす。ほぼトロント方式でね。準備はできてる。ALESSの構造物をハックして偽のテロ情報を流しまくって攪乱する。それからインフラの一部を実際に破壊することで信憑性を高める』


「マジかよ。大暴れになりそうだな」


『だから、なるべくなら隠密ステルスを維持して』


 ベリアがそう釘をさす。


「あいよ。じゃあ、全体的な流れをおさらいしておこう」


 東雲がそう言う。


「まずALESSのIDでカナリー・ワーフに入る。そのままアトランティス・バイオテック本社へ。理由は生体認証スキャナーの故障の修理。ベリアがその通りに生体認証スキャナーをマトリクスから故障させる」


「つまり、アトランティス・バイオテック本社内に入ってもIDスキャンはない?」


「そうだ、セイレム。俺たちはそのまま自由にアトランティス・バイオテック本社にいるヘレナを奪還し、ルナ・ラーウィルを殺し、ジャスパー・アスカムを殺す」


「居場所の特定はできてるのかい」


「ベリアとロスヴィータがALESSの生体認証スキャナーからルナ・ラーウィルとジャスパー・アスカムはここ最近ずっとアトランティス・バイオテック本社に通っているということが分かっている」


「そいつは結構」


 東雲の言葉にセイレムが頷く。


「で、ヘレナを奪還するのが最優先。ALESSの警備は要人VIPの脱出ではなく、その場での保護になってる。つまり、ルナ・ラーウィルとジャスパー・アスカムはアトランティス・バイオテック本社から逃げない」


 東雲がそう言って参加するメンバーを見渡す。


「もちろん、不測の事態もあるだろうが、これが全体的な流れだ。アトランティス・バイオテック本社の地図を渡す。実行日にはベリアたちが具体的な位置を掴む」


 そう言って東雲はミーティングを終わらせた。


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