バトル・オブ・ブリテン//混成チーム

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 ──バトル・オブ・ブリテン//混成チーム



「ルーク・マクファーランド元アメリカ陸軍大将は今もALESSのロンドン管轄司令官だよ。いい噂はないね。人権侵害を訴えている団体がいくつもある。大井統合安全保障より評判が悪いなんてなかなかないよ」


「ALESSのロンドンにおける戦力はかなりの規模。機械化歩兵と空中機動歩兵を中心にアーマードスーツ、強化外骨格エグゾ、戦闘用アンドロイド、装甲車、軽装攻撃ヘリ、ドローンで武装してる」


「ほぼTMCにおける大井統合安全保障と同程度の装備。で、大井統合安全保障の強襲制圧部隊と同じように特殊戦術作戦部隊STOCという皆殺し部隊を飼ってる」


 ベリアとロスヴィータがそれぞれが検索エージェントで調べた情報を報告し合う。


「少なくとも幸いなのはALESSの構造物に忍び込むのは可能だということ。ALESSのコントラクターのIDは偽造できる。そして、ALESSのコントラクターはロンドンのあちこちにいても怪しまれない」


「問題はハンター・インターナショナルだ」


「彼らが出てくるってことは考えられるの?」


 ベリアが言うのにロスヴィータが怪訝そうな顔をする。


「TMCでも大井統合安全保障が手に負えない事態に陥った場合、TMC自治政府の権限で戒厳令を発令できる。それで動員されるのは太平洋保安公司だ」


「白鯨事件のときは出て来なかったよ」


「あの時は太平洋保安公司の装備のほとんどが白鯨にジャックされててそれどころじゃなかった。それに太平洋保安公司は樺太と違ってTMC内に配備されてない」


「ロンドンは違うってわけか」


 ロスヴィータが情報を探る。


「大英帝国の買収のときにテロが起きてイギリス政府は戒厳令を布告した。その際にはアトランティスが動いてALESSとハンター・インターナショナルが展開した」


「そして、今もハンター・インターナショナルはロンドンに展開可能な地域に駐屯してる。ニューヨークで東雲たちが仕事ビズをやったときもALESSが非常事態を宣言して、ALESSの指揮下で展開した」


「東雲たちがアトランティス・バイオテックで暴れればALESSだけじゃなくて、ハンター・インターナショナルも出てくる可能性があるってことか」


 ベリアがそうぼやいた。


「ハンター・インターナショナルが出てくるのは不味いよ。彼らの装備も規模も治安維持や低強度紛争の鎮圧を目的としたALESSとは違う。完全な民間軍事会社PMSCという名の軍隊だ」


「無人戦車と無人攻撃ヘリ、無人戦闘機。以前のロンドンでの作戦を踏まえると本格的な軍隊がロンドンを制圧することになる」


「東雲たちでも流石にその状況から逃げるのは楽じゃない。真っ先に空港は閉鎖されてしまうだろうから」


「ジェーン・ドウのバックアップは?」


「まだ不明。彼女が東雲たちを使い捨てディスポーザブルにしなければいいけれど。ヒースロー行きのチケットだけ渡して、帰りのチケットはなしとか」


「完全に否定できないのが怖いところ。けど、東雲たちはヘレナというお土産パッケージを持ってる。それを持ち帰るためには帰りの便は必要だ」


「ジェーン・ドウの目的が本当にヘレナの奪還にあるのならば」


 ロスヴィータが言うのにベリアが唸る。


「ジェーン・ドウはヘレナはどうでもいいって思ってるかもって?」


「ヘレナは短い間だけど大井医療技研に収容されてた。情報の採取はほとんどできてたはず。解析には時間がかかるかもしれないけど、もうヘレナそのものは必要ない。アトランティスから奪うのは単なる嫌がらせ」


「それも考えられるね。ボクたちの方で独自に脱出手段を考えた方がいいかも」


「そうしよう」


 ベリアたちはマトリクスでアトランティス・グループの本社機能が集中しているブリテン島からの脱出手段を探す。


「英仏海峡トンネルも非常時にはALESSが封鎖する。だけど、船舶の移動の制限はそこまで行われていない。漁業が壊滅し、海が深刻な汚染地域になっている今の海で航行する船は人と荷物を運ぶ目的だけ」


「密航できそうな船を見つけておこう」


 ロスヴィータが検索エージェントで調べた情報を告げるとベリアがさらに検索エージェントを走らせて英仏海峡を航行する船のデータをデータベースとして集め始めた。


「今の私たちにできるのはこれぐらいだ。後は本番の際の電子制圧とジェーン・ドウのバックアップ次第。東雲にそう伝えておこう」


「ボクはもう少しBAR.三毛猫で調べものをしてるから」


「分かった」


 場がフリップする。


「ん。呉からメッセージだ」


 東雲は暁の部屋にいた。八重野もいる。


 さっきまで次のロンドンでの仕事ビズのことを話し合っていたのだ。


「HOWTechのサイバーサムライか。そいつらも仕事ビズに加わるのか?」


「ああ。会いたいってさ。仕事ビズの前に酒を飲もうって誘ってる。行くか?」


「行こう。今の俺はいくら合成酒を飲んでも肝臓を壊さない」


「羨ましいことで」


 暁が小さく笑うのに東雲が肩をすくめた。


「場所は?」


「セクター8/4の居酒屋。よければ3時間後に合流しようて言ってる」


「私は酒はいいが、仕事ビズを一緒にやる人間とは話し合っておきたい」


 東雲が答えるのに八重野がそう言った。


「じゃあ、行くか」


 東雲たちはセクター13/6を出て、電車でセクター8/4に向かう。


 呉たちが指定した居酒屋はそこそこ綺麗で新しい店だった。


「いらっしゃいませ、お客様。3名様ですか?」


「いいや。先に待ってる人間がいる。呉って客だ」


「ご案内したします」


 案内ボットが東雲たちを呉たちが待っていたテーブルに案内する。


「よう、東雲。そっちの男は……まさか暁か?」


 呉は暁の姿を見て目を見開いた。


「そうだよ。暁だ。訳あって機械化率100%になった」


「そいつは凄い。どういう仕組みだ?」


「それを説明するのは難しい」


 暁はそう言ってテーブルに座った。


「とりあえず生中。それから枝豆とから揚げ」


「私はサラダにしよう。それからシシャモ」


 東雲が早速注文し、八重野がそう言う。


 暁たちも注文し、調理と酒が運ばれてくる。


「で、今度の仕事ビズはどんな感じなんだい……」


「ロンドンへの殴り込み。楽しくなってくるよな。ワクワクするよ。ALESSとハンター・インターナショナルがわんさかしている大英帝国に突っ込むわけだ」


「トロントやニューヨークの仕事ビズとはわけが違うぞ。ロンドンはアトランティス・グループ本社機能が集中している。当然ALESSやハンター・インターナショナルの連中が警戒しまくってる」


 東雲が言うのに呉が渋い顔としてビール風味の合成酒を飲んだ。


「そそるじゃないか。天下のロンドンで大暴れしてALESSやハンター・インターナショナルを尻目にささっと逃げ出す。まさに伝説になる仕事ビズだ」


「伝説なんてのは所詮は殺しの履歴ヒストリーに過ぎないんだぜ?」


「あたしは自分の履歴ヒストリーを輝かしいものして、語り継いでもらいたい」


「ただのちんけな非合法傭兵の伝説なんてすぐに消えちまうさ」


 セイレムがにやりと笑って言うのに東雲がそう返した。


「なあ、ロンドンに殴り込むにはそれなりに準備が必要になる。ジェーン・ドウはどこまでバックアップしてくれるんだ?」


「今の段階では分からん。トロントやニューヨークでの仕事ビズを考えるとある程度は準備してくれると思うがね」


「ロンドンに片道切符で特攻させて使い捨てディスポーザブルって可能性は?」


「ヘレナ。俺たちはお土産パッケージにヘレナを連れて帰る。ジェーン・ドウはヘレナが欲しい。とならば、脱出はさせてくれるはずだ」


 呉が訝しみ、東雲は楽観的にそう返した。


「運び屋。いや、暁。あんたは戦力としてカウントしていいのか?」


「頼りにしてくれ。この身体は高度軍用グレードの品で構築されている。かのジャクソン・“ヘル”・ウォーカーですらたまげるだろうよ」


 セイレムが尋ね、暁がから揚げを取り皿に移しながら返す。


「ロンドンはALESSやハンター・インターナショナルがうようよしてる。隠密ステルスで行きたいところだが」


「ニューヨークでそれをやろうとしてギリギリ失敗しかけたからな」


「今度は上手くやろうぜ」


 呉が合成ビールを手に言うのに東雲が枝豆をつまみながらそう言った。


「ALESSのコントラクターのIDは偽造できる。そうだろう。だが、問題はALESSのコントラクターの雑魚のIDでアトランティス・バイオテックの本社に乗り込めるかだ」


「ニューヨークじゃALESSの雑魚のIDのせいで交戦状態になった。だが、ニューヨーク以上にロンドンはアトランティスに支配されている。トラブルは命取りだ」


「雑魚のIDも危険だが、あまり上のIDを使うとチェックが厳しくなる。ジレンマだな。だが、ロンドンではニューヨークでやったのと同じことはできない。ロンドンであの手のパニックが起きれば戒厳令だ」


 呉と暁がそう言葉を交わし合う。


「勘弁してくれよ。そんなのはごめんだぜ。静かに、こっそり、気づかれずにやろうぜ。大暴れしたくない。トラブルは避けるに限る」


 東雲がから揚げを口に運んでそう言った。


「ジェーン・ドウのバックアップの詳細が分からなければどうしようもないって点もあるぞ。ロンドンに侵入するのも、ロンドンから脱出するのも、どちらもバックアップが必要になってくる」


「それもそうだな。こっちだけじゃ準備できないだろ。暁、あんたはロンドンにコネがあるんだろう? それを使って武器は運べるか?」


 セイレムが言い、東雲が暁に尋ねる。


「運べる。ロンドンの犯罪組織にコネがある。ロンドンがいくらアトランティスに支配されているとしても、犯罪組織って奴はどこからでも生えてくる。ロンドンに貧困層がいないわけじゃないからな」


「そいつは頼もしい。武器の輸送は任せるぜ。あんたの武器も運ばないといけないからな。俺はフリーパスだけど」


「羨ましいな」


 東雲が自慢げに言うのに暁が合成酒を飲みながらそう言う。


「いいか? 目標ターゲットにはルナ・ラーウィルとジャスパー・アスカムがいる。だが、そいつらの居場所を正確に特定しなければならない」


「連中が必ずしもアトランティス・バイオテック本社にいるとは限らない、か」


「そうだ。最大の不確定要素だ。ヘレナの居場所はある程度特定できるだろうが、ルナ・ラーウィルとジャスパー・アスカムは特定しにくいはずだ。片や最高技術責任者CTOで、片や企業工作員」


「どっちも身分的に位置特定を避けるってわけだ。ロンドンで運用されている生体認証スキャナーは?」


「ALESSが運用しているはずだ」


 東雲が尋ねると八重野が答える。


「ALESSのマトリクス上の構造物にはベリアたちが仕掛けランをやれる。ニューヨークでやったように。そこからルナ・ラーウィルとジャスパー・アスカムの位置を特定できるんじゃないか?」


「ルナ・ラーウィルとジャスパー・アスカムの生体情報はどこから?」


「ううむ。データベースから検索する、とか?」


「あればいいがな」


 東雲が楽観的に述べるのに八重野が合成ウーロン茶を口に運んだ。


「ルナ・ラーウィルとジャスパー・アスカムがロンドンにいなかったら最悪だぞ。完全な無駄足になる。仕事ビズの前に位置は特定しておいてくれよ」


「あいよ。ベリアに頼んでおく。俺はあいにく便利で便利なマトリクスにはダイブできないんでね」


 東雲は少しいじけたように言って、次の注文で焼き鳥を頼んだ。


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