バトル・オブ・ブリテン//レディ・トゥ・ファイア

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 ──バトル・オブ・ブリテン//レディ・トゥ・ファイア



 東雲と暁はまずは整形外科医に行き、可能な限り機械化した暁の顔を元の顔に戻した。少しばかりハンサムになるようにリクエストを出したのは言うまでもない。


「で、次は王蘭玲先生に見てもらうか」


「ああ。このままでも戦えないことはないが、お前たちの戦力を考えると中途半端に機械化しただけじゃ足手まといだ。それこそジャクソン・“ヘル”・ウォーカー並みに弄ってこそだろ」


「あの伝説男か。思い出すだけでうんざりする」


「何かあったのか?」


「大したことじゃない。奴の言うくだらない血で記された履歴ヒストリーにピリオドを打ってやっただけだ」


「あの野郎は死んだって聞いたが」


「死んだよ。完全にね」


 東雲はそう言って暁を王蘭玲のクリニックに連れて行った。


「東雲様。貧血でお悩みですか?」


「いいや。こいつのための人工筋肉が届いているはずだから交換をお願いできるかね」


「畏まりました」


 ナイチンゲールがそう言って受付に引っ込む。


「ここの医者。腕は確かなのか……」


「先生は名医だよ。TMCセクター13/6で一番腕のいい医者だ。価格も良心的。その上、美人と来た。俺なんていつも貧血起こして来てる」


「美人か」


「先生にちょっかいだしたら殺すぞ。俺が狙ってるんだからな」


「分かってるよ」


 東雲が威嚇すると暁は肩をすくめた。


「暁様、どうぞ」


「行ってこい」


 東雲が見送り、暁が診察室に入る。


「新顔だね。それも機械化率がかなり高い」


 王蘭玲は暁を一目見ただけでそう言って猫耳を揺らした。


「ああ。実を言うと一度死んでてね。ハッカーに助けてもらったんだ」


「ほう。面白い話だね。そのハッカーはどうやって君を助けたんだい?」


「雪風という凄腕のハッカーなんだが、俺の生体情報を保存してくれて、ベリアってハッカーに渡してくれた。それでそいつがこの体を準備してくれて、昨日顔を整形してきたところだ」


「……そうか。君はその技術が今のどの六大多国籍企業ヘックスにも、大学にも、研究所にも存在していないことを理解しているかね?」


「そうなのか? だとするとどうやって」


「心当たりはある。心配はいらない。彼女ならば完全に君を助けることができただろう。それだけの腕があるエンジニアでありハッカーだ」


「知り合いか?」


「ちょっとしたね」


 王蘭玲は平然とそう言った。


「それで、今回は君の人工筋肉のアップグレードだね。機械化したボディに応じたセットアップもやっておくかね?」


「頼めるなら頼みたい。東雲があんたを名医だって褒めてたから」


「それは嬉しい評判だ」


 王蘭玲は少し笑うと暁を施術室に案内した。


 王蘭玲は手際よく暁の機械化ボディの人工筋肉を高度軍用グレード──特殊作戦部隊仕様にアップグレードし、セットアップを終えた。


 それからまた診察室に戻る。


「東雲が気に入るはずだ。手際がいいし、美人ときた」


「残念ながらお世辞を言っても値引きはしないよ。それにもう先約があるからね」


「そいつが羨ましいよ」


 暁はそう言って肩をすくめ、王蘭玲は小さく微笑んだ。


「しかし、君のオペレーティングOシステムSはこの身体と適合していないね。君の話からすると君の脳神経データはそのまま採取されたもので、それが制御系を直接コントロールしている」


「ふむ。まあ、馬を鐙なしで乗っているようなものか?」


「まさに。君の脳神経データが直接制御するのではなく、オペレーティングシステムを介して制御するべきだ。その方が効率がいいし、反応速度も早くなる。生身の状態からでも機械化するときは強化脳のインプラントを入れる」


「だな。俺もそうするべきなのかも」


「君はインプラント入れ放題だ。君の人格は脳という記憶デバイスに影響されない。そして、高度軍用人工筋肉を移植した」


「ハードが良くてもソフトが軟なら意味がない、と」


「そういうことだ。できる限りのことはしよう。流石に大井重工やメティス・メディカルの正式ライセンス店並みとは言わないが」


「そういうところは記録が残るから困る。あんたに任せるよ」


「では、必要なインプラントとオペレーティングシステムを準備する。少し待ちたまえ。それから費用は少し差し引いておこう。私にとっても機械化率100%の人間のこの手の施術をするのは貴重な経験だ」


「助かる」


 王蘭玲は暁に必要な高度軍用グレードのインプラントをどこからともなく準備し、自作のオペレーティングシステムをインストールして適合させた。


「どうだい?」


「かなりいい。以前はちょっとラグみたいな感じがあったというか、少し反応が遅かったが今は本当に自分の身体だと言える」


「それはよかった。助かった命だ。次は死なないようにしたまえ」


「ああ」


 暁はそう言って診察室を出た。


「……雪風。君はついにマリーゴールドを生み出したんだね」


 王蘭玲はそう呟いた。


 そして、暁が東雲の元に戻ってくる。


「支払いはこっちでやっとく。次に行こうぜ」


「分かった」


 東雲たちは王蘭玲のクリニックを出て、セクター13/6の繁華街から怪しげな店が並ぶ地域に入った。ここら辺は犯罪組織の縄張りだ。


「次は武器だ。調達してくれる人間がいる。追跡IDなし。質は上等で確か。しかしながら、価格は市場価格より高い。その分、購入者のリストは作ってない」


「そいつは打って付けだ」


「だな」


 東雲たちはそう言って繁華街から外れた九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイア以前から残っていただろう古い建物の前に立った。


「ここだ。武器というものは大抵扱っている」


「いいものが手に入るといいんだが」


 東雲たちは古い建物に入った。


「おやおや。東雲さんじゃあないか。電磁パルスグレネードかい?」


「そいつも欲しいがちょっと別の武器もいる」


「なんだい?」


 武器調達屋は50代後半ごろの男で機械油で汚れた作業服を着ていた。


「口径30ミリの電磁ライフルを一丁。大井重工製の43式重装電磁ライフル。39式アドオン式グレネードランチャーもセットで。それから予備のマガジンとグレネード弾をあるだけくれ。それだけだ」


「ふうむ。調達には時間がかかるよ。6、7日ってところだね」


「大丈夫だ。よろしく頼む」


 武器調達屋に暁はそう言った。


「それでいい。届いたら教えてくれ」


「東雲さんの連絡IDに送信するから、東雲さんから聞いてくれや」


 武器調達屋はそう言って東雲を見た。


「俺から知らせるよ。代金は?」


「まあ、前金として5000新円貰っとこうか」


「あいよ」


 東雲は武器調達屋の端末に5000新円をチャージする。


「連絡くれよ」


 東雲はそう言って帰宅した。暁は以前入っていた東雲のアパートの部屋に入った。


「ベリア。暁の準備が概ね終わった。今はハンサムな面で、身体も高度軍用グレードだ。武器も1週間あれば手に入る」


「いいニュース。今回の仕事ビズは大事になりそうだからね」


 東雲の知らせにベリアがコーヒーを飲みながらそう返す。


「もうマトリクスで情報を集めたのか?」


「まだだよ。けど、大体想像はできる。イギリスのマトリクスにはALESSのサイバーセキュリティチームがいっぱいで、アトランティス関係の構造物にはブラックアイス」


「面倒だな」


「可能な限り電子的制圧はするから安心して。ニューヨークのALESSの構造物に仕掛けランをやったときのログがある。ALESSのアイスのパターンはそこまで違いはないはずだよ」


「頼むぜ。無人警備システムを制圧してくれたらかなり助かる。あいつらは血を流さないから俺の天敵なんだよ。今度のロンドンツアーでも造血剤はたっぷり持っていくつもりだけどさ」


 ベリアが軽い調子で言うのに東雲がそう返した。


「オーキードーキー。じゃあ、早速情報収集を始めておくね」


 ベリアはコーヒーを飲み干すとサイバーデッキに向かった。


「ベリア。東雲と暁は帰って来たみたいだね」


「暁もハンサムなったし、万事順調。もうディーみたいにはならないはず」


「あれは君の責任じゃないよ」


「いいや。私の責任だよ。無茶な仕事ビズに無関係のディーを巻き込んだ。彼の苦しみは想像もできない」


 ロスヴィータが励まそうとするのにベリアはそう言って返した。


「さて、それはそうと情報を集めるよ。今度はロンドンに仕掛けランをやる。標的はアトランティス・バイオテック本社。そこでヘレナを奪還し、ルナ・ラーウィルを殺し、ジャスパー・アスカムを殺す」


 ベリアがそう説明した。


「オーケー。何から始める?」


「BAR.三毛猫は復旧した?」


「してる。管理者シスオペからメッセージが来た。新しくログイン制度を見直すから手続してくれって」


「よし。じゃあ、アカウントを再設定してログインしよう」


 ベリアたちはBAR.三毛猫の改定された規約に従ってアカウントを作成すると、そのアカウントでBAR.三毛猫にログインした。


「あれだけ荒れたけど人は前より増えてるね」


「観光客気分の連中だよ。何せこのBAR.三毛猫で六大多国籍企業ヘックスが大暴れしていたんだから」


「それに関係するトピックも立ってる。けど、今は用はない」


 ベリアはそう言ってジュークボックスの方に向かった。


「整理しよう。必要な情報は何か。ロンドンに乗り込み、アトランティス・バイオテック本社に突っ込む上で何が必要なのか」


「現地のALESS及びハンター・インターナショナルの規模。ロンドンにおける非常時の治安維持計画。アトランティス・バイオテック本社保安部の情報」


「そんなところだね」


 そう言ってベリアは検索を始めた。


「まずは“アトランティスによるロンドン統治”だ。ここにALESSとハンター・インターナショナル絡みの情報がある。ロンドンにおける、ね」


 ベリアがログを再生する。


『大英帝国の買収以後、アトランティスは徹底的にイギリスという国家の牙を抜いた。スコットランドヤードにはALESSの“政治将校”が常駐してる。連中はスコットランドヤードが自分たちの邪魔をしないか見張ってる』


『どうしてだよ。同じ警察業務をやってる連中だろ? 大井統合安全保障だって警視庁と上手くやってるぜ』


 コミカルなゾンビのアバターをした男性が言うのにスペースオペラの宇宙戦艦クルーのアバターをした女性が尋ねる。


『上手くやってるものかよ。大井統合安全保障がTMCの警察権を獲得してから、警視庁の人員は9割も削減されたんだぞ。今残ってるのは大井統合安全保障の書類に判子を押すだけの管理職と特殊作戦部隊だけ』


『スコットランドヤードも同じって訳か』


『もっと酷い。SS-GBって小説読んだことあるか? ナチスがイギリスを支配する話だ。その話じゃスコットランドヤードは親衛隊の管理下に置かれる。それと同じだ。ALESSはナチの親衛隊だよ』


『六大多国籍企業がナチね。反グローバリストの言いそうなことだ。確かに連中の偏見は酷いものだがな。金がなければ客じゃない。客じゃない奴はどうでもいい』


『でな、スコットランドヤードはALESSに組み込まれてる。イギリス政府はロンドンの警察権をTMCと同じようにALESSに売却した。大井統合安全保障は自分たちの手で今の体制を構築したが、AELSSは乗っ取りだ』


『大井統合安全保障にとってTMCの警察権を得たのは九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアの後だ。警視庁のデータベースも捜査員のコネも全て滅茶苦茶になった後』


『対するALESSが乗っ取ったスコットランドヤードは今も使えるデータベースと有能な捜査官がいる。そいつらを使って金持ちのための警察業務だ。アトランティスの利益になる犯罪捜査。ナチだろ?』


『どうあれALESSはロンドンを支配している。ALESSロンドン管轄司令官はルーク・マクファーランド元アメリカ陸軍大将。元アメリカ陸軍特殊部隊群の司令官だ。第六次中東戦争後のパレスチナでの治安作戦を行ってる』


『第六次中東戦争の治安作戦でまともな話を聞いたことがないんだが。例の国連UNパレスチナ活動PAL国連平和維持軍PKFはとんでもない人権侵害をやったって話だぞ』


『当り前だよ。国連軍の中身は民間軍事会社PMSC。人権侵害のエキスパート』


 ベリアはそこまでログを読んだ。


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