バトル・オブ・ブリテン//生命の本質

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 ──バトル・オブ・ブリテン//生命の本質



 東雲はジェーン・ドウからの仕事ビズを受けて帰宅した。


「お帰り、東雲。ジェーン・ドウは何だって?」


仕事ビズだとさ。ロンドンのアトランティス・バイオテック本社を襲撃して、ヘレナを奪還し、ルナ・ラーウィルを殺し、ジャスパー・アスカムを殺す」


「わお。ロンドンに乗り込めっての?」


「援軍は呉とセイレムだけ」


「あーあ」


 ベリアはやってられないというのに肩をすくめた。


「それからお前が援軍をひとり隠してるってジェーン・ドウが言ってたけど」


「なんだ。バレてたのか。まあ、別にジェーン・ドウが怒ることじゃないけど」


「勿体ぶらずに言えよ」


 ベリアが平然と言うのに東雲が身を乗り出した。


「暁を復活させる」


「はあ? 死人は生き返らないぞ。異世界でもな。ゾンビはいたが、あいつらは別に生前の人間として生き返ったわけじゃない」


「知ってるよ、それぐらい。君が戦ってきた魔王軍のアンデッドは私の指揮下にあったんだからね」


「そういやお前、魔王だったな。すっかり忘れてた」


「私もつい最近思い出したところ。職務経歴書を書く時は忘れずに前職魔王って書いておかないとね」


 ベリアがからかうようにそう言った。


「で、暁をどうするんだ?」


「雪風が生前の彼を完全にマトリクス上で再現できるようにした。彼女が生み出したマリーゴールドってわけ。彼女はプロジェクト“タナトス”の失敗をひっくり返した」


「すげえな。人間のバックアップが取れるってことだろ。不老不死が実現できるんじゃないのか?」


 東雲は驚いていた。


「いいや。君は君のクローンを作ったとして、君自身が死んだ後もクローンが生き続けるのに自分が不老不死になったと思う? 君という個体は死ぬんだ。たとえクローンは生きていても」


「それはそうだな。人間のバックアップを取っても自分と全く同じ他人が生まれるだけで自分が生き続けるわけじゃない。生命の本質ってのは記憶にあるってわけか」


「さてね。生命の本質は自然選択で選ばれた遺伝子か、それとも個人が体験し、学習してきた記憶なのか。意見は別れるところだろうね」


「生命としては遺伝子が本質。人間としては記憶が本質。そんなところじゃないか」


「記憶を司る脳には遺伝子が深くかかわっている。ホルモンや神経伝達物質、そして脳神経そのもの。それらは肉である人間の身体から生み出される。DNAによってコードされた設計図に従って」


「記憶は遺伝子によって影響される。じゃあ、遺伝子こそが本質?」


「遺伝子を残す選択をするのは高度に文明化された人間社会において、人間の学習や環境が選択する。つまり記憶は遺伝子に影響されるし。遺伝子は記憶に影響される。ひとつの生物として同じ体内にいるものには影響しあう」


 ベリアがそう語った。


「なんだよ。それじゃ人間のコピーなんて作れないじゃないか」


「普通ならね。複雑に影響し合う要素をシミュレーションすることは難しい。アトランティス・バイオテックですらできなかった。だけど、雪風は超知能としてそれを成し遂げたんだ」


「ふむ。それで、暁をどうやって生き返らせるんだ?」


「そろそろ荷物が届く時間だから待ってて」


 ベリアがそう言ったときチャイムが鳴った。


「来た来た。はいはーい」


 ベリアが自宅の玄関に向かい、宅配業者からとても大きな段ボール箱を受け取り、仲間で運んでもらった。


「なに頼んだんだよ?」


「暁のためのアイテム」


 ベリアはそう言って段ボール箱を開いた。


「こいつは機械化ボディ?」


「そ。大井重工製40式機械化ボディ。ちょっとばかりオーダーメイドでね」


 ベリアはそう言って機械化ボディとサイバーデッキを接続し、自分もサイバーデッキに接続した。


「なにしてるんだよ? わけわかんねーぞ?」


 その様子を眺めて東雲は困惑しきっていた。


『東雲。機械化ボディの方は動いてる?』


「いいや。何してるんだ?」


『だから言ったじゃん。暁を生き返らせるってさ』


「どういうことだよ」


『まあ、見てて。今、データを弄ってるから』


 ベリアがARデバイス越しにそう言い、東雲は待つ。


『よーし。準備完了。フォーマットと初期セットアップに問題なし。暁、準備できたから試してみて。問題は残りのセットアップを行いながら解決する。スタート!』


 ベリアがそう言って、何かをサイバーデッキで行う。


「お? ベリア、機械化ボディが動いているように見えるんだが」


『順調だね。暁、制御系にアクセスできた? できたらそのまま把握して。それから残りの手順を済ませるよ。制御系から末端のシステムにアクセス。データ移行開始。よしよし。問題なしだね』


 そして、機械化ボディが起き上がった。


「おいおい。誰が動かしてるんだ……」


 東雲が思わず後ずさりする。


「東雲。俺だ。って、これじゃ分からんか」


「誰だよ」


「暁だ。暁涼。一緒に仕事ビズをしただろう」


「ええっ! あ、暁! お前、撃たれて死んだだろ」


 機械化ボディの顔面筋肉が動いて流暢に喋り出すのに東雲が驚いた。


「それが前に説明しただろ。雪風ってハッカーのおかげで死ぬ前の生物情報を全て保存してもらったんだ。脳神経から遺伝子情報まで全てを。確かに暁涼という人間は死んだ。だが、バックアップがあったってわけだ」


「ああ。そうだったな」


 デフォルト状態の機械化ボディにベリアがデバイスとサイバーデッキを装備させ、そこに暁のデータが流し込まれ、暁は機械化ボディという肉体を手にしたのだ。


「やった! できた! やれると思ってたけど本当に上手くいったね!」


 ベリアがマトリクスからログアウトしてそう歓声を上げた。


「なあ、鏡はあるか?」


「はい、どうぞ」


 機械化ボディに入った暁が言うのにベリアが鏡を差し出した。


「イケメンとは言えないな。能面みたいな面だ」


「髪もないしね。マネキンみたいだよ。オプションでいろいろ弄れるから、追々人間らしくしていこう。今はこれが最善策だよ。君とヘレナを守るためには」


 暁がデフォルトのままの機械化ボディの自分の顔を見て愚痴るのにベリアがそう言って返した。


「そうだな。ここにいればヘレナも無事だ」


「どういうことだ?」


 よく分からない東雲が尋ねる。


「ヘレナ──マトリクスの魔導書を今の暁のストレージに保存してる。暁がマトリクスに接続しない限り、六大多国籍企業もヘレナを検索エージェントで見つけることはできないってわけ」


「ああ。確かにそれなら安心だ」


 ベリアの説明に東雲が手を叩いて納得した。


「しかし、この機械化ボディは軍用だろ? どうやって調達したんだ?」


「その手の筋を通じて。何もセクター13/6に馴染んだのは君だけじゃないんだよ」


「へえ」


 ベリアが東雲に得意げにそう言った。


「まあ、私もいろいろと考えたんだよ。もしかしたらディーを助けられたかもしれないってね。ディーを消さずに済んだんじゃないかって」


「いや。ディーって男は雪風に脳神経情報をバックアップしてもらったけど人格を完全に再現できるぐらい十分な情報があったわけではないんだろう? どうやっても無理なんじゃないか? それに消したのは本人が望んだ」


「分かってる。あの時の雪風の技術は不十分だった。失敗したプロジェクト“タナトス”と同じ。けど、彼は生きてた。不完全でも生きてたんだ。何か私にできたんじゃないかってずっと考えてた」


 そうベリアが語る。


「ディーはマトリクスでは何も感じないと言っていた。それが苦痛だとも。なら、彼に肉体があったら少しは空虚な気持ちが紛れたんじゃないかって。そう思った。それで暁のデータを雪風から渡されたとき思い出した」


「肉体を、機械化ボディを作ればいいってか」


「そう。そうだよ。気分はどうかな、暁?」


 東雲が頷き、ベリアが暁に尋ねる。


「顔以外不満点はない。しかし、これはあれだろ。かのジャクソン・“ヘル”・ウォーカーを上回る機械化率じゃないか? だってあの伝説の生体機械化兵マシナリー・ソルジャーでも機械化率100%じゃなかった」


「それも君はジャクソン・“ヘル”・ウォーカーのように高度な機械化によって人格が歪んだわけじゃない。雪風は完璧にやり遂げた。君は恐らく生前の人格のままだ。100%機械化してもね」


「そうだな。俺は俺のままだ。それは分かる。しかし、これで現実リアルでも行動できるようになったな。そっちの仕事ビズがいよいよ俺の本来の能力で手伝えるってことだ」


 暁はそう言って機械化した身体を見渡した。


「戦闘能力に関しては?」


「それもカスタムして。私は君の好きな戦闘スタイルとか知らないから任せるよ。一応デフォルトの人工筋肉からグレードアップした完全軍用の人工筋肉に限って言えば猫耳先生のところにオーダーしてる」


「助かる。俺は刀を使って戦う趣味はない。この体で使うなら口径30ミリの電磁ライフルだな。大井重工製の最新型だ」


「その手のコネは東雲が持っているから相談してみて」


 ベリアは東雲に話題を振った。


「おう。銃火器の調達なら任せとけ。電磁ライフルでもロケットランチャーでも手に入れてやるよ。まあ、次の仕事ビズじゃそいつをアトランティスの縄張りであるロンドンに運ばにゃならんのだがね」


「次の仕事ビズはロンドンか。ハードな仕事ビズになりそうだな」


「全くだぜ」


 うんざりしたように東雲がため息を吐いた。


「だが、ロンドンにはコネがある。武器の密輸の類は安心してくれ。とは言え、この見てくれのままでは難しいな。せめて声ぐらいは合わせないといけない」


「それも自分でやって。お好きなように。カスタムの方法は後で教えるよ。猫耳先生のところで調整してもらってもいいけどね」


「了解。頑張りましょう」


 暁が頷いた。


「じゃあ、どうする? まずは顔をイケメンにするか?」


「そうしよう。流石にこれは整形外科か?」


「王蘭玲先生に頼むのは無理だろうな。知り合いの整形外科医を紹介してやるよ。法外な料金を取りやがるがカルテは残さないでくれるから隠れやすい。俺たちのような裏の仕事ビズを助けてる」


 東雲はそう請け負った。


「セクター13/6で整形手術と言えばほとんどの場合、逃げ隠れするためだからね。それか犯罪組織のボスの情婦が美容整形を受けるか。そっちの場合はもっと腕のいいクリニックを選ぶだろうけど」


 ベリアはそう言って人工甘味料たっぷりのコーヒーを淹れた。


「飲んでみて。自分が生きていて、人生を味わえるってことを証明して」


 そして、ベリアが暁にコーヒーを渡す。


「……ちょっと甘すぎるな。カロリーオフの甘味料か?」


「いいや。私とロスヴィータがよく使う低カロリーの甘味料。脳を機能させるには糖分がなくっちゃね」


「そうだな。これからは内臓の心配をせずに飲み食いできる。悪くなったらさくっとパーツを交換だ。その間は脳みそは別のボディで遊んでいられる」


「君が楽観的で助かったよ。それじゃあ、これから人生を味わって。まだ死ぬには早いってことだから」


「そうだな」


 ベリアがニッと笑い、暁もデフォルトの能面のような顔で可能な限り笑った。


「さて、新しい人生の門出を始めるために整形外科医に行くか? この時間帯でも営業してるぜ。この街は夜中遅くまで働かなきゃ食っていけない人間が大勢いるからな」


「たまにはいいこともあるものだな、このセクター13/6でも」


「住めば都って奴だ」


 東雲はそう言って機械化ボディに入った暁を知り合いの整形外科医に連れて行った。


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