バトル・オブ・ブリテン//アナウンス

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 ──バトル・オブ・ブリテン//アナウンス



「東雲。何をにやにやしてるの? 気持ち悪いよ」


「うるさいな。いいことがあったんだからいいだろ」


 東雲が王蘭玲とのランチから自宅に帰ってダイニングのテーブルに座っているのにベリアがそう言ってきた。


「猫耳先生にプロポーズでもしたの?」


「子供の話をした」


「へえ。それはよかったね。私は悪魔だし、ロスヴィータはハイエルフだし、八重野はまだ未成年だし、セイレムはもう呉っていう恋人がいるし、アプローチできるのは猫耳先生だけだもんね」


 ベリアがどうでもよさそうにそう言った。


「本当だぞ? 本当に子供の話をしたんだ。俺と先生の子供の話」


「はいはい。そう言うことにしておいてあげる。で、放射線障害はなかった?」


「ない。健康そのものだ」


 東雲はそう返した。


「夕食は何にしようか? 食べに行く? テイクアウトにする?」


「新しくラーメン屋ができたからそこに行ってみるか?」


「セクター13/6にあるのは中華、カレー、寿司ぐらいだもんね」


「俺のランチはイタリアンだったぜ」


「猫耳先生を食事に誘うならせめてセクター一桁の店にしなよ。お金はあるんだからさ。猫耳先生にいいところ見せたいでしょ?」


「それもそうだけど先生は忙しいからな」


 東雲がそうぼやいた。


「ああ、東雲。帰ってきてたの?」


「おう、ロスヴィータ。晩飯はラーメンでいいか?」


「いいよー。太麺のトンコツ醤油がいいな」


「あるかどうかは分からないが見てみよう」


 ロスヴィータのリクエストに東雲がそう返す。


「八重野も誘ったら? 彼女も食事まだなんじゃない?」


「そうしよう」


 ベリアが提案すると東雲が八重野の部屋に向かった。


「八重野。晩飯食いに行くんだけど一緒に行かないか?」


 東雲がドアをノックすると八重野が扉から顔を出した。


「一緒していいのか?」


「ああ。もちろんだ。飯はみんなで食った方が美味いだろう?」


「そうだな。では、一緒に行かせてもらおう」


 そして、東雲たちは4人でセクター13/6の繁華街にあるラーメン屋に入った。


「いらっしゃいませ。4名様ですか?」


「そ。案内を頼む」


「畏まりました」


 案内ボットが東雲たちをテーブルに案内する。


「トンコツラーメンのお店だったか。うーん。炒飯も食べたいけどカロリーがな」


「俺は濃い味のチャーシュー麺」


 ロスヴィータが唸り、東雲が早々に注文を決定する。


「私は薄味のラーメン。合成品の脂はあんまり健康に良くないし」


「私は濃い味のラーメン」


 ベリアと八重野も注文を決めた。


「そういや俺と八重野は北海道で味噌バターラーメンを食ったんだぜ」


「羨ましい。セクター13/6は中華そばかトンコツばっかりだから。昔は塩とかいろいろあったらしいけど合成品じゃ美味しく作れないんだってさ」


「普通に美味かったけどな札幌で食った味噌バターラーメン」


 ラーメンはすぐに運ばれてきて熱々のラーメンを東雲たちは啜った。


「美味い。けど、ちょっと変な味だな」


「こんなものじゃない? これって正確に言うとトンコツラーメンじゃなくてトンコツラーメン風の麺料理だし。だって、豚はもう家畜として飼育されてないからね」


「マジかよ。気候変動とかで海洋資源が壊滅したのは分かったけど、家畜もか?」


「コストの上昇。家畜の餌になる穀物が気候変動で大幅に価格上昇の末に穀物の間で感染症が流行した。地球上の穀倉地帯の9割がこれで壊滅」


「ひでえ」


「その上、豚はゼータ・ツー・インフルエンザの媒介ベクターになって一斉に殺処分。ゼータ・ツー・インフルエンザは他にも様々な家畜を媒介ベクターにした。それでいて致死率は7割の及んだ」


「ワクチンは?」


「メティスがすぐにウィルスの細胞への結合を阻止し、ウィルスを自己免疫で排除することを促進するハイプロックスというワクチンを開発した。けど、これは製造に時間がかかったし、既にウィルスは世界中に広がっていた」


「スペイン風邪みたいなものか」


「もっと酷いよ。結局、ワクチンは金のある先進国に優先して配布され、貧しい国ではばたばた人が死んでいった。多くの地域でウィルス感染者と見做された人々が消毒と称して焼き殺されたんだ」


 ベリアはそう言って味玉を口に運んだ。


「その影響で畜産業も壊滅ってか」


「家畜は全て殺処分されて石灰で埋められるか、焼却されたよ。世界保健機構WHOが主導した“シルバーライト作戦”で家畜の処分が行われた。民間軍事会社PMSCからなる国連軍が世界各地で片っ端から家畜を殺した」


「で、今や豚も牛もいないってわけだ」


「そういうこと。だから、これはトンコツラーメン風麺料理ってわけ」


「俺が食ったのも味噌バターラーメン風麺料理だったのか」


 東雲はそう言ってスープを飲み干した。


 そこで東雲が目を細める。


「ああ。クソ。ジェーン・ドウからだ。セクター6/2に来いとさ」


「最近、人使いが荒くない、ジェーン・ドウ?」


「そう思うよ。だけど、仕事ビズを回されたらやるしかない。八重野の呪いの件もほぼ何も進んでない状況だしな」


 ベリアが愚痴るのに東雲が肩をすくめた。


「すまない。迷惑をかける」


「気にするな。なんだかんだであんたがいてくれたから仕事ビズがやれたんだ。次の仕事ビズでも頼りにしてるぜ」


 八重野が俯くのに東雲がそう励ました。


「じゃあ、俺はジェーン・ドウから仕事ビズについて聞いてくる。こいつで支払っておいてくれ」


「オーキードーキー。気を付けてね、東雲」


「ああ」


 東雲はベリアたちを置いて単身セクター6/2の指定されたバーに向かった。


 電車でセクターを上り、セクター13/6よりけばけばしいホログラムとネオンがまばゆい歓楽街に入る。バーは駅から近い場所にあった。


「遅いぞ」


 ジェーン・ドウはいつものように遅刻を責めた。


「仕方ないだろ。飯食ってたんだぜ」


「俺様が呼んだら飯食ってようが、寝てようが、瀕死の重傷を負って運ばれていようが、すぐに来い。いいな?」


 ジェーン・ドウは有無を言わせずそう言い、いつものように個室に移る。


「上がついに決断した。アトランティスのクソ野郎の生物医学的サンプルの強奪スナッチに対して報復を実行する」


「それはまた。取り戻すってことか?」


「それ以上だ。既にルーカス・J・バックマンからマトリクスの魔導書に関する経緯は全て聞いた。あの生物医学的サンプルがどのように扱われたのかについても。そして、どこのどいつが強奪スナッチを命じたかも」


 ジェーン・ドウはそう言いながらカクテルを口に運ぶ。


「ルナ・ラーウィル。だろう?」


「そう、そいつだ。グローバル・インテリジェンス・サービスの連中に強奪スナッチを命じたのはそいつだ。そいつが不老不死の研究をしてることも掴んだ」


「アトランティス・バイオテックの最高技術責任者CTOだぜ?」


「だからどうした。六大多国籍企業ヘックスの重役が殺されないとでも思ったか? 連中はいつだって暗殺の対象だ。だから、保安部や民間軍事会社PMSCの連中が働いているんだよ」


「そうですかい。で、殺せって?」


「その通りだ。今日はちびのサイバーサムライは来てないみたいだな」


「まだ飯食ってるよ」


 ジェーン・ドウが不意に言うのに東雲がそう返した。


「じゃあ、伝えてやれ。奴のアトランティス時代のジョン・ドウであるジャスパー・アスカムを殺すチャンスを与えてやると。こいつの処分の対象だ」


「そいつはいい。だが、あんたがただの駒のためにわざわざ配慮してくれるとは思えないんだよな?」


「当り前だ。このジャスパー・アスカムはルナ・ラーウィルのお気に入りだ。こいつを経由して非合法傭兵どもを動かしている。ちびのハッカーなら知っていると思うが、インペラトルのハッカーもこいつが雇った」


「なるほど。しかし、企業工作員を暗殺の対象なのか? あんたも?」


「そうだよ。忌々しいことにな。六大多国籍企業にとってはあまりダメージにはならないが、嫌がらせにはなる。企業工作員はそれなりに情報を保険として握っているし、六大多国籍企業の保安部の類にも繋がってる」


「で、殺されると情報は洩れるし、繋がりが途切れるし、また一から使える企業工作員を探さなければいけない。そんなところか?」


「ああ。そんなところだよ」


 ジェーン・ドウは肩をすくめた。


「オーケー。八重野には伝えておくが、仕事ビズの具体的な内容について教えてくれくれ。どこに行って、どうすればいい?」


「アトランティス・バイオテックは本社をロンドンのカナリー・ワーフに置いている。そこを襲撃してもらう。そして、生物医学的サンプルを奪還し、ルナ・ラーウィルを殺し、ジャスパー・アスカムを殺す」


「あのさ。俺だって知らないわけじゃないぞ。ロンドンがあるイギリスは完全にアトランティスの縄張りだ。ニューヨークですらALESSとハンター・インターナショナルに追いかけ回されたのに、今度はロンドン?」


「文句を言うな。トロントには突っ込んでも生きて帰れただろう」


「ギリギリだったけどな。二度とやりたくないと思ってたよ」


 ジェーン・ドウが小馬鹿にするように笑うのに東雲が眉を歪めた。


仕事ビズ仕事ビズだ。どんなクソッタレになろうとやってもらう。まあ、ある程度のバックアップはしてやるよ。ありがたく思え」


「呉とセイレムは?」


「動員する。まだHOWTechは同盟者だ」


「そいつは助かる」


 東雲は心の底からそう言った。


「実行はいつ?」


「14日後。俺様の方も準備しなければならんことがいろいろとある。カナダ政府もメティスの傀儡政権だが、イギリスはもっと酷い。アトランティスが全てを支配してる。イギリス軍ですら奴らには逆らえない」


「頭痛がしてきた」


「頭が痛いのは俺様も同じだ。いいか。お前らがしくじれば俺様の評価にも響くんだ。やり遂げてもらわないと困る」


「おい。俺があんたの正体を知らないとでも思っているのか? あんたはそう簡単に殺される奴じゃないだろ。あんたを殺すのは六大多国籍企業だって苦労するはずだ」


「殺される、殺されないの問題じゃない。俺様は今の立場を楽しんでいる。六大多国籍企業からたっぷり金を貰い、貧乏な連中を馬鹿にして美味い飯と酒を味わうのは楽しい。だが、しくじれば今の立場を追われる」


「贅沢な奴」


 東雲は呆れた様子でカクテルを口に運んだ。


「お前の相棒であるちびのハッカーがやった悪戯を許してやるんだ。ありがたく思え。そして、仕事ビズを果たせ。ロンドンで大暴れしてこい。アトランティスの連中は散々俺様たちを虚仮にしてくれたんだからな」


 ジェーン・ドウが不快そうに言った。


「お互いに文句が言える立場でもないだろうに。だが、八重野のジョン・ドウを殺すならば頑張るよ。あいつの寿命がかかってるからな。せいぜい頑張りましょう」


「そうしろ。言っておくが逃げようなんて馬鹿なことを考えるなよ」


「考えてないよ」


 東雲はギクリとしながらも平静を装った。


「で、動員されるのは俺とベリア、ロスヴィータ、八重野、呉、セイレム。それだけなのか? それともニューヨークのときのようにチームを?」


「いいや。チームはなしだ。だが、ひとり欠けてるな」


「誰だよ」


 東雲が怪訝そうにジェーン・ドウを見る。


「ちびのハッカーに聞いてみろ。分かるはずだ」


 ジェーン・ドウはそう言って出ていけと言うように扉を指さした。


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