原潜基地//ラジエーションハザード
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──原潜基地//ラジエーションハザード
ディミトリの先導で東雲たちは旧ロシア海軍地下潜水艦基地を進む。
いくつものホットスポットを回避しながら、東雲たちは居住区から警備部隊の弾薬保管庫とバンカーのある地下へと降りた。
「ここら辺はもう放射能汚染地帯だが健康に害はないレベルだ。ただし、足音は立てるなよ。下の核兵器貯蔵庫には日本海軍と太平洋保安公司がいる」
「あいよ」
ディミトリが小声で言うのに東雲も小声で返した。
『東雲。そろそろ地下潜水艦基地に入った?』
「ベリアか。よく繋がったな。こんな地下なのに」
『太平洋保安公司の定時連絡用の回線にタダ乗りしてる。太平洋保安公司の構造物は
「よくやるぜ」
東雲が感心したようにそう言う。
『注意してほしいことがある。太平洋保安公司の地下潜水艦基地にいる部隊は予定より大規模かもしれない』
「なんでまた」
『大井重工造船事業部が日本政府からかなりの額の契約を結んだ痕跡がある。大井重工原子力事業部と合同で。そして、大井重工のエンジニアが何度も樺太に派遣されている』
「原潜をどうにかしようってのか。地下ドックは物凄い汚染地帯らしいぞ」
『そ。太平洋保安公司が大井と富士先端技術研究所の合弁企業である“日本放射線技術イノベーション”って会社から除染用のナノマシンを大量に購入してるんだ』
「マジかよ。狙いは?」
『地下潜水艦基地の除染とロシア製原潜の解析。そして、地下潜水艦基地の日本海軍による利用。そんなところじゃない?』
日本海軍も統一ロシアに対する前線基地として樺太を利用しようとしているみたいだからとベリアが言う。
「それが本当なら警備は想定以上だな。嫌になって来た」
『さらに嫌になるニュースがあるよ。樺太でオホーツク義勇旅団がテロを起こした。犯行声明がマトリクスで出されてる。けど、大井統合安全保障は部隊をほとんど動かしてない。彼らはテロを陽動だと思ってるのかも』
「何か別の攻撃をやるってか。本当に嫌になってきたぜ」
東雲がベリアからの連絡に呻く。
『じゃあ、東雲。いろいろと気を付けてね。ああ。そう言えばロシアの原潜乗りの区別の付け方知ってる?』
「さあ。臭いとか?」
『夜に身体が光るってさ』
「洒落にならねえよ」
東雲が憤る。
「ベリアからか?」
「ああ。太平洋保安公司が大部隊をここに配備している可能性があるのと、オホーツク義勇旅団が妙な動きをしてるってさ」
「ふむ。オホーツク義勇旅団が動けば樺太連隊も太平洋保安公司の
「最悪の状況。そうならないことを祈りたいね」
八重野が語り、東雲がそう返した。
「気を付けろ。この近くにもホットスポットがある。日本海軍特別陸戦隊と戦った海軍歩兵の装備が放棄されている。地下ドックで戦ったときのもの。まさにホットスポット。深刻な放射能汚染の源だ」
「ホットスポットはあといくつあるんだ?」
「腐るほど」
東雲がもう限界というように尋ねるとディミトリが平然とそう言い放った。
「もう少しで取引地点だ。急げないか……」
「急性放射性障害で死にたきゃ直進していいがな。放射線で死ぬのは悲惨だぜ。人体が溶けるんだ。俺の戦友は体中から血を流して、顔面が溶けていた」
「ああ。クソ」
アーロが悪態を吐く。
「待て。止まれ」
「どうした?」
「武器弾薬保管庫にセンサーがある。人感センサーだ。日本海軍が太平洋保安公司の連中が仕掛けたんだろう。索敵範囲が分からない。ここは少し危険だがホットスポットのギリギリの地点を通るぞ」
「全く」
ディミトリは用心深くサーマルセンサーと動体感知センサーからなる人感センサーを避けると、いざという場合はここで侵入者を迎え撃つことになっていたバンカーの壁を這うようにしてを進む。
「ここら辺のバンカーの中には入るな。原潜で被爆した水兵たちを隔離していた。死体は俺たちがいたときは処理されたなかった」
「とんでもねえな。白骨死体が転がってるのかね」
「日本海軍か太平洋保安公司の連中が片付けただろう。鉛張りの棺桶に入れて、コンクリートで埋めてしまう」
「酷いな」
「他の連中が死体から被曝するよりマシだ」
ディミトリは軽い調子でそう言ってバンカーの並ぶ地域を通過していく。
「よし。大丈夫だ。危険な場所は通り過ぎた。後は目的のバンカーに向かうだけだ」
「いいニュースだ。急ごう。取引相手が待ってる」
ディミトリが確認するのにアーロがそう言った。
「なあ、取引相手はどうやって地下潜水艦基地に入ったんだ?」
「言っただろう。隠し通路はいろいろあると。太平洋保安公司の連中が守っているのは正面ゲートだけだ。相手も賢ければロシア人を雇って隠しルートを通ったはず」
東雲の問いかけにディミトリはそう返してバンカーの中を進む。
「うおっ。今、頭がふたつあるネズミが走っていたぞ」
「極度の放射線障害で突然変異した連中だよ。俺がいたときには大型犬サイズのネズミを見たこともある。まあ、大抵の動物は突然変異で生き残るより死ぬんだがな」
アーロが叫びそうになるのにディミトリが冷静にそう言う。
「目標のバンカーだ。ここは放射能汚染されてない。少なくとも俺がここにいたときにはな。今も大丈夫だといいんだが」
ディミトリがそう言って進んでいたが、突然立ち止まる。
「水たまりだ」
「地雷じゃないだろ」
「この地下潜水艦基地の水は放射線で突然変異した人食い連鎖球菌が猛毒化して潜んでいる。水たまりは踏むな。命と健康が大事ならな」
「うへえ」
東雲は一見して普通の汚水に見えるそれを慎重に避けて進んだ。
「着いたぞ。目的のバンカーだ」
「案内ご苦労さん」
「後でちゃんと報酬を払えよ」
アーロが労うのにディミトリがそう返した。
「丁度時間になるな」
「取引相手は?」
「来るだろう。取引中止のときはメッセージが送られてくる」
八重野の問いにアーロはそう答えて30ミリ機関砲弾にも耐えられるだけの頑丈さがあり、放射線を防ぐための鉛が貼られているバンカーで待った。
すると、小さな足音が聞こえてくる。2名分だ。
「おいでなすった」
「警戒しろ。取引相手だとは限らない」
東雲が呟き、アーロが警告する。
「バンカーの扉が開くぞ」
そこで東雲は“月光”を展開させて握り、八重野も“鯱食い”の柄を握った。
「時間通りだな」
やってきたのは30代後半ごろのパンツスーツ姿の女とジャージ姿の20代前半ごろの女のふたりであった。スーツ姿の女の方はアーロと同じようにチタン製のアタッシュケースを抱えていた。
「取引だ。どちらからデータを確認する?」
「そっちからでいい。信頼しているよ」
「オーケー」
アーロがスーツ姿の女にアタッシュケースを渡すのに、スーツ姿の女がアタッシュケースを開き、中にあったデバイスにBCI接続する。
「確認した。今度はそっちの番だ」
スーツ姿の女がそう言ってアーロにアタッシュケースを渡し、アーロが同じようにアタッシュケースを開き、中のデバイスにBCI接続して中身を確認した。
「確認終了。取引はこれで終わり──」
アーロがそう言いかけたとき爆発音が響いた。
「何だ?」
「不味い」
アーロが狼狽え、スーツ姿の女が呻いた。
『東雲。大井統合安全保障が動いた。君の位置データを君のARデバイスから検出しているけど、大井統合安全保障の警察部隊が向かっている。任務は周辺の封鎖。オホーツク義勇旅団によるテロに警戒だって』
「クソ。このタイミングで都合が良すぎないか」
『可能性として考えられるのはオホーツク義勇旅団をメティスの白鯨派閥が使っているということ。アトランティスがルーマニアでルーマニア人民共和国暫定陸軍を使ったように
「太平洋保安公司の連中は?」
『そっちの動きは分からない。けど、君のいる地下潜水艦基地には核兵器があることを太平洋保安公司も日本国防軍もしっかり把握している。彼らはテロリストに核が流出することは避けようとするはず』
「となるとドンパチか。畜生め」
銃声が聞こえ始め、爆発音がさらに響く。
「アーロ、ずらかろう。これ以上ここにいるのは危険だ」
「分かっている、ディミトリ。取引は終了した。逃げるぞ」
ディミトリが促すのにアーロがアタッシュケースを手錠で手首に繋げる。
『よしっと。東雲、太平洋保安公司の通信ネットワークの傍受に成功した。太平洋保安公司はオホーツク義勇旅団の攻撃を受けたと報告している。
ベリアからそう連絡が来る。
「ベリア。攻撃してきてるオホーツク義勇旅団の規模は?」
『不明。だけど、少なくとも太平洋保安公司が地下潜水艦基地の入り口に張り付けていた1個中隊の機械化歩兵戦力を突破できるくらい』
「そりゃ重武装かつ大部隊だな」
爆発音が立て続けに起こり、大勢の激しい足音が聞こえてくる。
「もう来やがったのか。クソッタレめ。そっちの護衛は戦えるか?」
「ああ。戦える。そっちのサイバーサムライは?」
「戦えるはずだ」
スーツ姿の女とアーロがそう言葉を交わす。
『東雲。オホーツク義勇旅団の通信ネットワークを傍受。そっちに転送する』
ベリアがそう言ってオホーツク義勇旅団の通信が聞こえてくる。
『ボリス。太平洋保安公司と大井統合安全保障の連中が来る前に核兵器貯蔵庫まで辿り着くぞ。中にいる太平洋保安公司と日本海軍が動くのには時間がかかるはずだ』
『分かった。急ぐぞ。強固突破だ』
『アルチョム! 俺たちは入り口を守るぞ! 脱出ルートの確保だ!』
オホーツク義勇旅団の目的は核兵器貯蔵庫。
『それからついでの
そして、どうやらオホーツク義勇旅団が東雲たちを狙っているような情報が入ってくる。やはり、オホーツク義勇旅団はメティスの白鯨派閥に使われているらしい。
「俺が先に出る。八重野、あんたはアーロと
「分かった」
「じゃあ、行くぞ」
東雲がバンカーの金属製の扉を開いてバンカーの外に出る。
「いたぞ! 日本人どもだ!」
「撃て、撃て!」
バンカーの外には旧ロシア軍の軍服や作業服にタクティカルベストをつけたような民兵スタイルの兵士たちが旧式極まりないカラシニコフを構えて銃撃してきた。
「おいでなすった。かなりの数の敵だ」
「切り抜けられるか?」
「どうにかしましょう」
アーロが心配そうに尋ねるのに東雲がそう返して“月光”を高速回転させた。
“月光”に銃弾が叩き込まれては弾かれ、激しい金属音が響く。
「ディミトリ! 他に脱出ルートは!?」
「知らん! あのトンネルを使う方が確実だ!」
「クソ! なんとか逃げ切るぞ!」
東雲に援護されてアーロたちがバンカーを遮蔽物から遮蔽物に移動する。
「RPG!」
オホーツク義勇旅団の兵士がそう叫ぶと旧ロシア軍の旧式兵器である対戦車ロケットが叩き込まれてきた。サーモバリック弾頭だ。
「クソッタレ! やりやがったな!」
東雲が衝撃波で潰れた内臓を身体能力強化で修復しながら対戦車ロケットを構えている兵士に向けて“月光”を投射する。
「サイバーサムライだ! 気を付けろ!」
「おい、あんたらの出番だ!
オホーツク義勇旅団の兵士たちが叫ぶのに統一ロシア空挺軍の装備を纏った12名の集団が現れる。身体のシルエットからして高度に機械化されている。
「統一ロシア空挺軍の
反白鯨派閥側のスーツ姿の女に護衛としてついていたジャージ姿の女がそういう。
「あーあ。もう滅茶苦茶」
東雲が心底うんざりしたようにそう呟いた。
……………………
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