原潜基地//ロシア人居住区

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 ──原潜基地//ロシア人居住区



 東雲と八重野はビジネスホテルの格安部屋で一泊し、翌日正午に運び屋のアーロとラウンジで合流した。


「落ち着いたか、八重野?」


「ああ。やはりこれがないとな」


 八重野はアーロから“鯱食い”を受け取っていた。


 ヒートソードを腰から下げているその姿はサイバーサムライだ。


「準備はできてるかい、おふたりさん」


 アーロがアタッシュケースを下げて尋ねる。アタッシュケースはチタン製の頑丈なものであることに加え、鉛が内側に貼ってある。


「いいぜ。行こう」


「それではこいつを受け取ってくれ」


「IDか?」


「そうだ。NGO職員のID。NGO法人“セーブ・オール・リフュジーズ”のメンバーということになる。このNGOはジェーン・ドウがでっち上げた団体で、中東などの難民キャンプで仕事ビズをするためにな」


 アーロはそう言ってIDを確認する。


「樺太に難民キャンプはないだろ」


「ロシア人居住区。亜港に作られている。樺太に暮らしていたロシア系住民の9割がぶち込まれて高圧電流の流れるフェンスと限定AI制御のリモートタレットに囲まれた日々を送っているんだよ」


「それで難民支援のNGOを隠れ蓑に使う、と」


「そういうことだ。今回の仕事ビズには樺太に詳しい人間が必要になる。特に樺太の旧ロシア海軍地下潜水艦基地にな」


 アーロはそう言ってレンタカーをビジネスホテル前に自動運転で連れて来た。


「乗ってくれ。運転は任せろ。それと改めて言うが」


「戦闘は可能な限り避けて、余計なトラブルは起こさない。だろ?」


「そういうことだ。頼むぜ」


 アーロは車を出してロシア人居住区に向かう。


 車はあまり整備されていない道をガタガタ言いながら走り、樺太を北上していく。


「おっと。太平洋保安公司のチェックポイントだ。やっぱりオホーツク義勇旅団が騒いでるってのは本当らしい」


 アーロが見つめたチェックポイントには強化外骨格エグゾを装備した太平洋保安公司のコントラクターとアーマードスーツ、そして軍用の六輪装輪装甲車が止まっており、道路を通る車両をチェックしていた。


「止まれ!」


 太平洋保安公司の武装したコントラクターが東雲たちの乗った車を止め、装甲車とアーマードスーツが武装の明確に狙いを東雲たちの車に定めた。


「ご苦労様です、軍人さん」


「我々は民間軍事会社PMSCのコントラクターだ。軍人ではない」


 アーロが声をかけるのに太平洋保安公司のコントラクターが不満そうにそう返した。


「爆発物の有無と乗っている人間のIDを確認する」


 太平洋保安公司のコントラクターがそう言い、探知用機械化生体トレーサードッグが車から爆発物の探す。同時に他のコントラクターたちが東雲たちのIDをスキャンして確認する。


「爆発物発見できず」


「NGO法人の職員? 難民支援関係か?」


 探知用機械化生体を使っていたコントラクターが報告し、IDのスキャンを行っていたコントラクターが怪訝そうにそういう。


「ええ。難民の就労活動について支援するために来ました。これからロシア人居住区に向かいますが」


「日本政府は日本国内に難民はいないという見解だ」


「分かってます。けど、国連UN難民高等弁務官事務所HCRは難民認定をするように促しているでしょ? それに我々は正式に難民と認められた人々だけでなく、困窮してる人々も支援しているんです」


「ふん。物好きだな。通っていいぞ。問題は起こすな」


 チェックポイントのゲートが開かれ、アーロが車を出す。


「全く。太平洋保安公司の連中は賄賂を受け取らないからな。賄賂以上に給料を貰ってやがる。一般人と自分たちより弱い連中しか相手にしないのに」


 アーロはそう愚痴りながら車を走らせた。


「チェックポイントがあったってことで、この先で軍事衝突の最中とかいうことはないよな?」


「戦闘が起きていればそもそも通れない。回れ右させられる。連中は余計な人間が戦場に近づくことを物凄く嫌っている。一般人に被害が出て非難されるからじゃないぞ。無駄弾を撃つことになるのを嫌ってるんだ」


 東雲が尋ねるのにアーロはそう言っておんぼろのレンタカーを可能な限り加速させて走った。舗装がいい加減な旧ロシア時代の道路では酷く揺れて尻が痛い。


「そろそろロシア人居住区だ。言っておくがロシア系住民は日本人を死ぬほど憎んでる。温かい歓迎は期待するな。もっとも連中が暴力行為に出れば、ロシア人居住区を管理している太平洋保安公司に撃ち殺されるがな」


「容赦ねえな」


「ロシア系住民に人権なしだ」


 車は走り続け、そしてついに亜港のロシア人居住区に到達した。


 ロシア人居住区の前には車両による自爆テロ防止のための土嚢がジグザグ走行を強いるように積み上げられており、リモートタレットとして電磁機関砲がいくつも設置されている。


「物騒極まりねえ。あれで撃たれたら木っ端みじんだぞ」


「戦闘はしない。俺たちはNGOの職員。ここにいるロシア系住民に就労支援を行うためにロシア人居住区に向かう。そして、こちら友好的なロシア系住民に接触する」


 アーロはそう言ってチェックポイントでまた太平洋保安公司のコントラクターによるスキャンを受けてから、物騒なチェックポイントを抜け、ロシア人居住区に入った。


「壁が出来てやがる。ベルリンの壁かよ」


「それを言うならイスラエルの分離壁だろ。そのイスラエルも今や地球上から姿を消した点ではベルリンの壁と同じだが」


 コンクリートの高い壁がロシア人居住区を囲い、壁には各種リモートタレットが配備されており、警備ドローンが絶え間なく上空を飛行している。


「人口密集率が半端ない。ぎゅうぎゅう詰めだな」


「そのせいで感染症は広がるし、衛生環境は悪くなるし、犯罪が横行する」


 アーロはそう言ってまるで第二次世界大戦のユダヤ人ゲットーのような有様のロシア人居住区を進んでいく。


「当てはあるのかい……」


「ある。込み入った事情はあるが、その男は元オホーツク義勇旅団のメンバーだったが太平洋保安公司に仲間の情報を密告した。まだバレてないが、すぐに樺太から逃げ出すために金を必要としている」


 もし、オホーツク義勇旅団にバレれば、全裸にされて縛り上げられ、海に投げ込まれるとアーロは言った。


「ここだ。降りるぞ」


 アーロがそう合図して東雲たちは車を降りる。


 東雲たちも車を降りると周りのロシア系住民たちから敵意ある視線を向けられた。


「歓迎されてねーな」


「言っただろう。連中は死ぬほど日本人を憎んでる」


 アーロは古びた建物のチャイムを鳴らした。


『誰だ?』


「俺だ。アーロだ。早く出た方がいいぞ。電話ひとつであんたはオホーツク義勇旅団に狙われるんだからな」


『クソッタレ』


 悪態がインターフォンから響いて、扉のカギが外された。


「おい。金になる話なんだろうな?」


 扉から顔を出したのは50代のロシア系住民だった。着古されたロシア海軍歩兵の軍服を纏って、頭には白髪が目立つ。


「なるとも。東雲、八重野。この男はディミトリ・クリヴォフ。ディミトリ、こっちは東雲と八重野だ」


「ああ。よろしくな、日本人。で、俺に何の用事だ?」


「中で話そう」


 アーロはそう言ってディミトリと一緒に建物の中に入る。


 建物の中はソ連時代から変わってないんじゃないかと思うほど古ぼけていた。


「それで仕事ビズの内容は?」


「旧ロシア海軍地下潜水艦基地を案内してほしい。放射線汚染されていないルートを知ってるのは日本海軍特別陸戦隊を相手に戦って生き残ったあんたぐらいのものだ」


「あの基地か。あそこは不味いぞ」


「分かってる。廃棄された原潜。旧ロシア政府忠誠派の海軍歩兵と日本海軍特別陸戦隊の戦闘で原子炉が破損。基地の中は用心しないとホットスポットだらけだ。だから、あそこで戦った海軍歩兵の生き残りであるあんたが必要だ」


「クソ。今ごろは太平洋保安公司から報酬を貰ってロシア本土かアメリカにとんずらしているはずだったのに。太平洋保安公司の連中まで密告の件で脅してきやがった。ばらされたくなければもっと情報を寄越せ、だと!」


 ディミトリがロシア語で悪態を吐く。


「ご愁傷様。情報を売る相手を間違えたな。樺太連隊に売るべきだったんだ。そっちはちゃんとあんたに報酬を支払ったはずだぜ。領収書とセットで」


「後悔先に立たずだ。もうどうしようもない。密告がバレるのは時間の問題だ。そして、樺太からロシア本土に逃げるには金が要る。あんたの仕事ビズは報酬は確実なんだろうな?」


「確実だ。前金に1万新円。成功報酬に7万新円」


「乗った」


 ディミトリがアーロと握手した。


「いつ案内すればいい?」


「今からだ。案内してくれ」


「分かった」


 ディミトリがそう言って椅子から立ち上がる。


「どうやってそいつをここから出すんだ?」


 東雲がそう言って尋ねる。


「NGOのIDを使う。このIDは国連高等難民弁務官事務所のお墨付きだ。それに日本政府はロシア系住民が樺太から出ていくのには大喜びする」


「そういうことだ。だからと言って日本政府はロシア系住民に出ていくための資金は出さない。ロシア系マフィアの手引きで密航するように仕向けてるわけだ。そして、その手の手段で脱出した連中は性的搾取か臓器を抜かれる」


 ディミトリが全てを受け入れているように淡々とそう語った。


 そこで突如してディミトリの家の窓ガラスが激しく振動し始めた。


「クソ。太平洋保安公司の連中、また無人攻撃ヘリを超低空飛行させてやがる。夜中にも飛んでくる。まともに眠れやしない」


「太平洋保安公司はこんなことしてて儲かるのか?」


 ディミトリが吐き捨てるのに東雲が尋ねる。


「樺太は六大多国籍企業ヘックス──大井にとって新しい市場だ。民間軍事会社PMSCの連中は俺たちに嫌がらせをするだけで高給を貰ってる。日本政府は大井に頼りっきりで、ロシア系住民の追い出しを決めたのも大井」


「大井は腐ってる。いや、腐ってない六大多国籍企業なんてないか。連中は利益のためならばいくら死のうと構いやしないのさ」


 ディミトリが語り、アーロが付け加える。


「ふむ。一応確認しておきたいが、旧ロシア海軍地下潜水艦基地には入れるんだな? あそこには日本海軍特別陸戦隊と太平洋保安公司がいるって話だぜ?」


「俺が脱出に使った秘密のトンネルがある。日本海軍特別陸戦隊とやり合って生き残ったのは俺と戦友の三等兵曹だけだった。その三等兵曹が基地の構造に詳しくて、非常事態用のトンネルを見つけてくれた」


「オーケー。そもそも日本海軍特別陸戦隊と太平洋保安公司が守っているのは核兵器の貯蔵施設だけってことで間違いないか?」


 東雲がアーロに尋ねる。


「間違いない。日本海軍に放射線汚染された基地を使う予定はないし、核兵器は日本本土に運ぶために守り、そしてテロリストから守っている」


「そいつはいいニュースだ。今回の取引では核兵器の貯蔵庫には近づかない」


 東雲はジェーン・ドウから渡された旧ロシア海軍地下潜水艦基地のデータを見てパンと手を叩いた。


「問題はホットスポットだけだな。あなたが基地を脱出したときから変化はないか?」


「日本海軍がむやみやたらに原潜の原子炉を破壊したとは思えないし、爆発していない核兵器から放射される放射線は微量だ。ホットスポットは俺の記憶通りだ」


 八重野に疑問にディミトリが答える。


 そこでまた窓ガラスが激しく揺れた。


「畜生。ここにいる限り明るい未来なんてものはない。稼がせてくれよ?」


 ディミトリは深刻そうにそう言った。


「稼がせてやる。端末を出せ。前金を支払う」


 アーロがそう言ってディミトリの端末に1万新円を振り込んだ。


「オーケー。じゃあ、行こう。ここであんたらと長話しているだけでも日本人に密通しているって疑われる。まあ、密通したんだがな。それでもこれ以上疑われたくはない。ここから連れ出してくれ」


「オーケー」


 こうして案内役のディミトリが加わった。


……………………

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