原潜基地//大泊港
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──原潜基地//大泊港
稚内港から出港する連絡船で東雲と八重野は樺太に向かった。
今回は呉とセイレムは参加しない。2名で取引を護衛しなければならない。
「寒いな」
「冷えると言っただろう」
東雲と八重野は連絡船の中で電気ストーブに当たっていた。
「取引の場所はもう決まってるのか?」
「決まった。ジェーン・ドウから樺太の旧ロシア海軍地下潜水艦基地の地図が来てる。用心して動けとさ。基地は旧ロシア海軍に放棄されてから放射線モニターは動作していないそうだ」
「放射線は目に見えないし、臭いもしないからな」
東雲が八重野と情報を共有し、連絡船から次第に樺太が見えて来た。
「豊原のホテルで取引に当たる運び屋と合流する。それから基地に向かうぞ。問題は日本国防軍、太平洋保安公司、大井統合安全保障、それからオホーツク義勇旅団がいることだ。紛争地帯だぜ」
東雲はゆっくりと樺太の大地に近づく連絡船の中でぼやいた。
『東雲? 聞こえる?』
「ファイブ・バイ・ファイブだ、ベリア。ここでもマトリクスに繋げるらしい」
『当り前。樺太には日本国防軍が展開していて、彼らもマトリクスに繋がっているんだ。それに樺太は今、開発中の土地だしね』
ベリアがそう伝えてくる。
「紛争地帯を開発中ってか」
『旧ロシア政府が開発していた化石資源開発は核融合発電の成功で不要になって凍結されたし、オホーツク海の海洋資源も絶滅した。けど、日本政府は樺太を対統一ロシアの前線基地にしようとしている』
「軍事拠点としての開発か」
『それからある種のタックスヘイブンとデータヘイブンとして機能させようとしている。北方自治政府の政策でね。樺太にはもう必要な資源は何もない。それでいて日本国防軍は軍事的要衝として必要としている』
「不良債権をどうにかしなきゃいけないってわけか」
『そ。樺太は北方自治政府にとっての不良債権。それも紛争地帯でもある。北方自治政府は樺太を
「へえ」
東雲が感心したように頷いた。
『それから移民の推進。ロシア系住民の追い出しを進めるのと反面に移民を大量に移住させている。第三次世界大戦で難民になった中国人やパキスタン人、バングラディッシュ人を。そして、二次産業を行っている』
「体のいい奴隷だな」
『そんなところだね。北方自治政府にこういう政策を取るように促したのは大井リサーチ&コンサルティングだし。大井の植民地経営事業部』
「あーあ」
『それでロシア系住民の追い出しとオホーツク義勇旅団と統一ロシア軍の不正規作戦部隊に対する
ベリアがそう指摘する。
『樺太連隊は事実上の歩兵連隊戦闘団。
「半生体兵器か。白鯨の件で懲りなかったのかね」
東雲は心底呆れていた。世界が滅びかけた原因が未だに活用されていることに。
『使える兵器だから。それに白鯨の事件で極論を言うならマトリクスそのものが危ないってことになっちゃうでしょ?』
「それもそうだ」
ベリアの指摘に東雲が納得した。
『けど、少なくとも樺太連隊はむやみやたらに撃ってこない。問題は太平洋保安公司。これは大井統合安全保障の派生元である
「連中はどれくらい樺太に展開している?」
『樺太連隊の後方支援を行っているのが1個連隊規模。樺太連隊のアドバイザーとして派遣されてる軍事顧問が12名。それから太平洋保安公司の
「
『機械化歩兵大隊が2個。空中機動歩兵大隊が1個。自走化した砲兵大隊が1個。無人化された戦車大隊が1個。中高度長時間滞空ドローンを装備した飛行隊が1個。無人攻撃ヘリの飛行隊が1個』
「マジで紛争地帯だな」
『まあ、とは言ってもオホーツク義勇旅団に対する
ベリアが何とも言えないというように肩をすくめた。
『紛争地帯ってことを頭に置いて置いてね。こいつらと大井統合安全保障の連中は相次ぐテロやゲリラによる攻撃で余裕がない。連中はまともに確認することもなく撃ってくる。疑わしきは撃ての世界だ』
「もううんざり」
東雲はげっそりした。
「東雲。もうすぐ到着するぞ」
「ああ。分かった。上陸準備だ」
八重野がそう言い、東雲が樺太の入り口である大泊港を見た。
大井統合安全保障海上保安事業部の艦砲と
『本船は間もなく大泊港に到着いたします』
連絡船の中でアナウンスが流れ、樺太に向かう外国人の労働者たちとともに東雲と八重野は船を降りる準備を始めた。
そして、船が港に到着する。
「さて、樺太へようこそ」
東雲と八重野は連絡船を降りて、大泊港の港湾管理局に向かった。
港湾管理局は大井統合安全保障が運用しており、不審な人物や物品が樺太に入ることを水際で防いでいる。
『こちらは大泊港湾管理局です。現在対テロ警戒中。大井統合安全保障のコントラクターの指示に必ず従ってください。指示に従わなかった場合、無警告での発砲を実施する恐れがあります。繰り返します──』
物騒なアナウンスが流れる中、大井統合安全保障のコントラクターたちが乗客の手荷物を調べる。爆発物、銃火器、禁止薬物がないか猟犬の生物学的構成要素を取り込んだ
「次!」
大井統合安全保障のコントラクターたちが移民のパキスタン人のグループを通した後に東雲たちを呼ぶ。
「何にもないぜ?」
「黙れ。手荷物をそこにおいてゲートを潜れ」
東雲が肩をすくめるのに大井統合安全保障のコントラクターが命じる。
「はいはい」
東雲は造血剤と安定ヨウ素剤、それからいくつかのエチケット用品と北海道で購入したペットボトル飲料の入ったカバンをX線探知機に乗せ、金属探知機のゲートを潜る。
「問題ありません」
「行け」
X線探知機と探知用機械化生体を動かしていた大井統合安全保障のコントラクターが報告するのに指揮官が東雲にまた命令した。
「次!」
八重野もほぼ東雲と同じ中身のバッグを置き、金属探知機のゲートを潜った。
「問題なし」
「行け。問題は起こすなよ」
大井統合安全保障のコントラクターが八重野にそう言って港湾管理局の事務所から追い出すように出発させた。
「やっぱり落ち着かないか……」
「ああ。やはり落ち着かない。これでは戦えないからな」
八重野の“鯱食い”は先に密かに移動させてあった。運び屋と合流するときに回収する予定になっている。
「まあ、少しの辛抱だ。鉄道で豊原まで行けば回収できる」
樺太の鉄道は日本陸軍の戦略機動のために整備されている。この鉄道は日本陸軍の戦車部隊や地対艦ミサイル部隊が移動するのにも使われる。
運営しているのは大井コンツェルンの系列企業だ。
「そこら中に武装した連中がいるな」
「対テロ警戒という名の戒厳令だ。北方自治政府は日本国防軍に樺太の行政権を半分委ねている。ここでは軍と民間軍事会社が法律だ」
「やってられねえ」
東雲は八重野の言葉にそう愚痴って本土で中古になった鉄道の揺れる座席で豊原に着くまで殺風景な景色を眺めた。
『豊原、豊原。お降りの方は──』
鉄道内にアナウンスが流れ、扉が開く。
「わあ。落書きだらけ。セクター13/6よりひでえ」
東雲は豊原駅に降りてさっそくキリル文字の落書きが目に入るのにため息を吐いた。
ロシア語で『ここはユジノサハリンスクだ!』と書かれた落書きの傍に銃痕と乾燥した血液があった。どうやら大井統合安全保障は落書きに対しても死刑を執行するらしい。
「急ごう。大井統合安全保障のコントラクターに混じって太平洋保安公司のコントラクターがいる。両者の装備にさほど違いはないが、太平洋保安公司の方は最初から法律なんて意識してない」
「そりゃ急いだ方がいい」
東雲たちは駅の外に止まっているバングラデシュ人の運転手がやっているタクシーに乗って、豊原市内のビジネスホテルに向かった。
「何かここだけ一昔前だよな」
東雲は控え目なホログラムの広告と僅かな高層ビル、そしていくつものレストランチェーンが並ぶ街並みを眺めてそう呟いた。
「旧ロシア政府の古いインフラが残ってる。近代化するのには金がかかるが、北方自治政府には余裕がない。マトリクスだけを整備して、タックスヘイブンやデータヘイブンにするのは一番金がかからずリターンが大きい」
「旧ロシア時代の遺産を新しくするのは面倒くさいってわけか。それなのに移民をバカスカ入れている。何がしたいんだ、連中?」
「ロシア系住民を少数民族にするのが狙いだ。仮に日本が統一ロシア政府が要求している国際司法裁判所への出廷に同意し、住民投票でどちらに帰属するかが争われたときに日本政府は勝利できる」
「あくどい」
「これも日本政府の事実上の頭脳である大井リサーチ&コンサルティングの
八重野があまり関心もなさそうにそう言った。
「さて、着いたぞ」
東雲はバングラデシュ人の運転手に運賃を渡すとホテルの前でタクシーを降りた。
「運び屋の生体認証データは持ってる。ラウンジで会う予定だ」
東雲はそう言ってホテルに入り、ラウンジに向かう。
ぐるりとラウンジいる客たちを見渡し、ARで生体認証を行う。
ほとんどの客は日本人のビジネスマンや華僑のビジネスマンだ。以前ここにいたはずのロシア人は全く見かけない。
「いた。あいつだ」
東雲はARで合流予定の運び屋を見つけ、八重野とともにテーブルに向かった。
「アーロ・ミズノだな?」
「あんたが東雲と八重野か?」
「そうだ」
アーロ・ミズノという名前の運び屋は30代ほどの中肉中背の男でそこらの六大多国籍企業の下請け会社にいる冴えないビジネスマン風にアレンジしたさほど高くもないスーツを纏っていた。
「会えて嬉しい。クソみたいに危険な
「紛争地帯らしいな。ジェーン・ドウから何か根回しは?」
「何も。俺たちがジェーン・ドウによって日本国防軍や太平洋保安公司、大井統合安全保障から守られるとでも思ってたならご愁傷様。ここにいる連中は全部潜在的な敵だ」
「嬉しくて涙が出そう」
東雲はそう言って盛大にため息を吐いた。
「ヤバイのは樺太連隊と太平洋保安公司の
「面倒なタイミングで来ちまったな。トラブルに遭遇しそう」
「樺太は年がら年中トラブルだらけさ。だが、本格的にヤバイ時期が定期的に巡ってくる。その時期の樺太連隊と太平洋保安公司には近づかないに限る」
アーロはそう言ってテーブルの上の合成紅茶を口に運んだ。
「取引は明日の午後16時。場所は知ってるな? 俺が安全なルートを使って案内する。可能な限り戦闘は避けて、トラブルを防止する。オーケー?」
「あいよ」
東雲はそう言って頷いた。
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