サイバー戦争//大乱闘と脱走

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 ──サイバー戦争//大乱闘と脱走



 グローバル・インテリジェンス・サービスの電子戦部隊と大井系列の民間軍事会社PMSCの太平洋保安公司の電子戦部隊、そしてメティスの白鯨派閥が雇ったフリーランスのハッカーたちが大暴れしている。


 攻撃エージェントが手当たり次第にBAR.三毛猫にいる人間の脳を焼き切り、次々に殺していく。


「混乱の中心は三勢力。グローバル・インテリジェンス・サービスの電子戦部隊。太平洋保安公司の電子戦部隊、メティスの白鯨派閥に雇われたハッカー。いずれも狙いはマトリクスの魔導書──ヘレナ」


 ベリアはそう言って周囲を見渡す。


 軍用アイスを展開したそれぞれの勢力のハッカーたちが相手のアイスを砕き、攻撃エージェントを解析してアイスを再構成する。その繰り返しを続けながら、確実に演算能力が限界を迎えつつある。


「どうする、アスタルト=バアル? このままじゃボクたちまで脳を焼き切られてしまうよ。サーバーも落ちるし、とんずらする?」


「ヘレナを、マトリクスの魔導書をこのまま置いてはいけない。彼女を脱出させないと。今の大井にも、メティスにも、アトランティスにも彼女を渡すわけにはいかない」


「了解。三つ巴の戦いで争い合っているうちにヘレナを脱出させよう。脱出の手順は分かっている?」


「今のヘレナは電子データ。だから、データを扱うようにして移動させられる。私たちがログアウトする時にヘレナもつれて脱出」


「彼女が拒まなければね」


「ひとつ、いいアイディアがあるんだ」


「何?」


 ロスヴィータが怪訝そうに尋ねる。


「暁。正確には暁のマトリクスにおけるデータ。彼に説得してもらおう」


「できるかな?」


「信頼の薄い私たちよりも望みはある」


 そう言ってベリアはアイスを何重にも展開して入り乱れる三勢力の攻撃エージェントから身を守りつつ、雪風から渡された暁のデータを展開する。


「……ん。穏やかならざる事態のようだな?」


 暁が攻撃エージェントが飛び交うBAR.三毛猫を見渡してそういう。


「暁。あそこにヘレナ──マトリクスの魔導書がいるのは分かる? それを巡って六大多国籍企業が大乱闘してる」


「グローバル・インテリジェンス・サービスの戦略電子支援群と太平洋保安公司の情報作戦事業部、あっちはメティスの保安部だな。三大勢力が勢ぞろい。俺の仕事ビズは何だい?」


「ヘレナのここからの脱出。彼女は六大多国籍企業ヘックスに実験動物扱いされることを嫌がっている」


「お姫様のエスコートか。運び屋らしい仕事だ。やってやろう」


「これを使って。特注のアイス。これでも使ってないと攻撃エージェントによって一瞬でやられちゃうから」


「分かった。じゃあ、行ってくる」


 ベリアたちが次々に放たれる攻撃エージェントを解析しながらアイスを再展開していくのに暁がヘレナに向けて進んでいく。


「ヘレナ! 俺だ! 暁だ!」


「……誰だ?」


 ヘレナが怪訝そうに暁を見る。


「そうか。お前が作られたのは俺と出会う前だったな。だが、俺とお前は会っている。お前のことで知らないことはない。お前の口から聞いたんだからな。何でも質問してくれ。答えてやる」


「そうか。では、聞くが私が好きだった小説のタイトルは答えられるか?」


「カフカの『城』だ。古典文学が好みだったよな」


「ふむ。このことは誰にも喋っていない。私の本体はお前にこのことを話したのか?」


「そうだ。そして、俺がアトランティスからメティスが拉致スナッチしたのを、さらに拉致スナッチした。あいにく俺は死んでしまったが」


「……今の私と同じような存在というわけか」


 ヘレナが呟くそうにそう言う。


「同じマトリクスでしか生きられないもの同士、分かり合えることもあるだろう。ここは六大多国籍企業の連中が暴れていて、お前を狙っている。ここから逃げよう」


「そうだな。ここにいても何の解決にもならない」


 ヘレナが差し出された暁の手を握る。


目標パッケージが逃げるぞ」


「逃がすな。迷宮回路を展開しろ」


 各六大多国籍企業の電子戦部隊が迷宮回路を展開して、ヘレナのBAR.三毛猫からの脱走を阻止しようとする。


「まだまだ遊ぼうぜ、六大多国籍企業の雇われハッカーどもよ!」


 ネロは攻撃エージェントを叩き込み続けて、大井やメティスの電子戦部隊の行動を阻止しようしてくる。


「通信負荷増大。このままでは演算不能になります」


「クソ。あの自律AIだ。奴を排除するぞ。敵のアイスを解析して、攻撃エージェントを叩き込め!」


「了解」


 大井とメティスの電子戦部隊がグローバル・インテリジェンス・サービスとネロ、そしてネロが動かす自律AIを相手に攻撃エージェントを叩き込み始めた。


「凄い通信負荷。ログアウトするタイミングを逃したかも」


「どこもここも攻撃エージェントと迷宮回路で滅茶苦茶。ヘレナのような大きなデータを連れて脱出するには時間がかかるよ」


「なんとかしよう」


 ロスヴィータが言うのにベリアが頷いた。


「まずはシンガポール自由地区のデータハブへのアクセスルートの確保。これを使って一気にTMCまで脱出する。幸い、データハブはまだ制圧されてない」


「アクセスルート確保中。ジャバウォックかバンダースナッチを貸してくれる? プラチナ回線にタダ乗りしてみるから」


「分かった。バンダースナッチ、ロンメルを手伝って」


 ベリアがバンダースナッチを展開してロスヴィータに貸し与える。


「ジャバウォック。私たちは何としてもここからヘレナと暁を脱出させるよ。飛び交っている攻撃エージェントを解析してアイスを再展開。暁を守って。ヘレナには攻撃は飛んでいないから」


「了解なのだ、ご主人様!」


 ベリアは戦場と化したBAR.三毛猫の中で攻撃エージェントを解析しながら、アイスを展開し、ヘレナと暁と合流しようとする。


「所属不明のハッカーが目標パッケージに近づいている」


「ネロ。仕事ビズだ。あのハッカーを排除しろ」


 グローバル・インテリジェンス・サービスの電子戦部隊の指揮官が命令を出す。


「任せとけよ。脳みそをローストしてやるぜ!」


 ネロとヤヌスがベリアに向けて攻撃エージェントを叩き込んでくる。


「残念! こっちも伊達にマトリクスの怪物と呼ばれた白鯨を相手にしたわけじゃないんでね! あの怪物に比べたら君の自律AIは玩具だよ!」


「言ってくれるなあ! まあ、そんなに簡単に潰れてもらっちゃ楽しめない!」


 ベリアもジャバウォックに演算させた攻撃エージェントをネロとヤヌスを相手に叩き込む。完全にアイスを砕くとは行かなかったものの、相手にアイスを再構築する必要性を生じさせた。


「暁! ヘレナ! 逃げるよ!」


「おいおい。この状況でか? ふっ飛ばされるぞ」


「このままここにいてもふっ飛ばされるか脳をこんがり丸焼きにされるよ!」


「分かった、分かった。脱出しよう」


 暁たちを連れてベリアがBAR.三毛猫の中をシンガポール自由地区におけるデータハブとアクセスルートが繋がった場所まで誘導する。


「所属不明のハッカーが目標パッケージを所持し、逃亡中」


「迷宮回路をありったけ展開してこのサーバーからの脱出を阻止しろ」


 六大多国籍企業の電子戦部隊がベリアたちの脱出を阻止しようとする。


「そこまでっ!」


 突如としてBAR.三毛猫の構造が変わり、そしてブードゥー教の祭りの格好をした巨大なアバターが出現した。


「BAR.三毛猫内での戦闘行為は禁止されている! 規約を読まなかったのかね! 3秒以内に戦闘行為を停止して、ログアウトせよ!」


「BAR.三毛猫の管理者シスオペ……!」


 そう、BAR.三毛猫の管理者シスオペがことに介入した。


管理者シスオペだ。サーバーを落とされるぞ」


「奴の脳を焼き切れ。ただの電子掲示板BBS管理者シスオペごときに仕事ビズを邪魔させるな」


「了解」


 六大多国籍企業の電子戦部隊がBAR.三毛猫の管理者シスオペに向けて攻撃エージェントを叩き込み始める。


「ははっ! 無駄無駄! こちとら一癖も二癖もあるハッカーたちを相手に電子掲示板を運用してきたんだからな! さて、そろそろ3秒だな。一斉にBANだ!」


 BAR.三毛猫で乱闘を繰り広げていた六大多国籍企業の電子戦部隊が一斉にアクセス権限を喪失し、BAR.三毛猫から叩きだされる。


「全く。ログイン条件を見直さなければならないね」


 BAR.三毛猫の管理者シスオペはそうぼやきながらベリアたちの方を向く。


「君たちはログから見て、巻き込まれた方だろう? その自律AIはちょっと気に入らないな。私は国連チューリング条約執行機関とも仲良くしていたいんだ」


「失礼しました。すぐに出ていくから」


「頼むよ。私はこれからシステムの再設定だ。暫くBAR.三毛猫は閉店だな」


 やれやれとBAR.三毛猫の管理者シスオペはため息を吐いた。


「ヘレナ、暁。追跡エージェントは追ってきてない?」


「もう検索エージェントがうろうろし始めている。逃げよう」


「オーキードーキー!」


 ベリアは暁たちとともにシンガポール自由地区のデータハブへのアクセスルートに飛び込み、一気にTMCのマトリクスへと向かった。


「ロスヴィータ。追手は?」


「アクセスルートに検索エージェントが入り込んできてた。だけど、追跡エージェントは撒けたみたいだよ。これからどうする?」


「今は私たちがボールを握っている。だけど、今の状況からしてジェーン・ドウにヘレナ──マトリクスの魔導書を渡すのはなしだ。ヘレナはそれを拒否している。ジェーン・ドウには悪いけど、知らんぷりさせてもらおう」


「大丈夫?」


「大丈夫じゃない。私たちがヘレナを匿っていればいずれは大井なり、メティスなり、アトランティスなりに見つかる。ヘレナには逃げてもらうしかないね」


 ベリアがヘレナを見てそう言う。


「……準備はできている。私はマトリクスのあらゆる場所に行くことができる。逃げ続けることはできるだろう。だが、いつまで逃げればいい? 永遠にか? このマトリクスが滅び去るまで永遠に逃げ続けるのか?」


 ヘレナが憤った様子でそう語る。


「待ってよ。最終的な逃げ場はどうにかするから。ただ、今は無理。今はメティスの白鯨派閥も残っていて、荒れてるけどいずれちょっとは状況も沈静化する。六大多国籍企業はコストとリターンを考えるから」


「当てはあるのか? 本当にそうだと言えるのか? 私はもううんざりだ。逃げ続けることにも、実験動物にされるのにも。ハッカーたちが騒ぎだしてから六大多国籍企業以外のハッカーにまで追い回される」


「だから、呪い殺したの?」


「そうだ。呪いをかけた。礼儀のなっていないハッカーたちに」


 ヘレナは平然とそう言い放った。


「困りものだね。しかし、今は逃げてもらうしかないよ。大井は君の本体を奪還されてなんとかリターンを得ようと必死だし、メティスの白鯨派閥は追い詰められてるし、アトランティスは他が技術を得るのを望ましく思わない」


「どこもここも争いだらけか」


 ヘレナがため息を吐く。


「ねえ、ベリア。せっかくだからこれから仕事ビズをヘレナに協力してもらったら? 彼女は雪風クラスのハッカーだよ」


「けど、彼女が動いたら即座に六大多国籍企業に情報が伝わる。そして、六大多国籍企業はどんな犠牲を払おうとヘレナを確保しようとする。私たちも巻き添えになるリスクがあるんだよ?」


「それはそうだけどさ。どうせあの場にいたボクたちのことを六大多国籍企業の電子戦部隊は検索エージェントで探し出すよ。その時、ひとりでも戦力が多い方がお得じゃないかな?」


「ううむ。でも、今はダメ。BAR.三毛猫が襲撃されたばかりで、ジェーン・ドウも私たちのことを調べるはず。今は逃げてもらう。暁と一緒に」


 そこでベリアが暁の方を向いた。


「どこまでお姫様をエスコートすればいいんだ?」


「安全な場所まで。軌道衛星都市のサーバーでもいい。君たちは現実リアルの距離に影響されないからね」


「承りました。逃げおおせて見せましょう」


 暁はそう言ってにやりと笑った。


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