サイバー戦争//第2ラウンド

……………………


 ──サイバー戦争//第2ラウンド



「逃亡先について考えてる。エストニアがいいかも。ここには六大多国籍企業ヘックスの情報技術事業の下請けが集中していて、東欧ではほぼ唯一安定している国だ。ここならば逃げ先にいいかも」


「六大多国籍企業の下請けがいる場所に逃げ込むのか?」


「それだけ自由なんだよ。六大多国籍企業は規制や監視を嫌う。エストニアはその点香港自由国に次いで自由な場所なんだよ」


 ヘレナが訝しむのにロスヴィータが説明する。


「エストニアのサイバー自由地区まで護衛しよう。検索エージェントを完全に振り払うためにも。エストニアのマトリクスに潜り込んだら、そのままどこかの企業のサーバーに隠れているといい」


 ベリアはそう言ってエストニアのサイバー自由地区にあるサイトへのアドレスを展開する。そして、アドレス先に飛ぼうとしたときだ。


「検索エージェントに嗅ぎつけられた! これは国連チューリング条約執行機関の検索エージェントだ! タスクフォース・エコー・ゼロ!」


「国連チューリング条約執行機関のエリート電子戦部隊!」


 そう、白鯨とも戦った国連チューリング条約執行機関の電子戦部隊タスクフォース・エコー・ゼロがベリアたちがいるTMCのマトリクスに突入してきた。


『アイアン・ワンよりシルバースター。最重要指定条約違反自律AI“ニューロノミコン”を捕捉。これより排除を試みる』


『気を付けろ。あれも白鯨と似たような技術を使用しているとの報告がある』


 タスクフォース・エコー・ゼロは国連権限でTMCのマトリクスを掌握した。


 この状況ではエストニアには逃げられない。


「全く! やるよ、ロスヴィータ! タスクフォース・エコー・ゼロを撤退に追い込む! 今、ここで!」


「国連相手に仕掛けランをやるつもり!? 国連と言っても中身はアローやトート系列の民間軍事会社PMSCの電子戦部隊だよ!?」


「それでもやらないとヘレナたちが逃げられない!」


「ああ、もう! じゃあ、全力で行くよ!」


 ロスヴィータが攻撃エージェントを生成してタスクフォース・エコー・ゼロに叩き込む。だが、タスクフォース・エコー・ゼロも伊達にAIキラーをやっているわけではなく、随伴する限定AIが攻撃エージェントを解析する。


「ジャバウォック、バンダースナッチ! 相手の攻撃エージェントを解析してアイスを再構成しつつ、攻撃エージェントを生成! フルに演算して! こっちには雪風に貰った弾薬庫がある!」


「任せるのにゃ、ご主人様!」


 白鯨との最終決戦の際に雪風から託されたアイスブレイカーのデータベースをベリアは保存して取っておいた。


 TMCのマトリクス上でベリアたちとタスクフォース・エコー・ゼロの双方が放つ攻撃エージェントが大量に飛び交う。


『クソ。アイスを砕かれた! 再構築する!』


『所属不明のハッカーからの攻撃だ。構わん。連中も排除してしまえ!』


『了解。対人戦態勢に入る』


 攻撃エージェントが飛び交う中、ヘレナは心底不満そうな顔で戦いを見ていた。


「失せろ。下郎ども」


 次の瞬間、ヘレナから白鯨クラスの大量の攻撃エージェントがタスクフォース・エコー・ゼロを襲った。


『アイランドが脳を焼かれた! アイランド死亡!』


『この攻撃エージェントの数は何だ!? 自律AIだとしても規模が白鯨クラスだ!』


『落ち着け。こっちが数では勝っている。攻撃エージェントを解析しつつ、アイスを再展開。アイスブレイカーにはAngleTonを使用。これで大抵の自律AIは葬り去れるはずだ』


『了解』


 タスクフォース・エコー・ゼロがアイスを再展開しながら攻撃エージェントを一斉にヘレナに向けて放つ。


「ヘレナ!」


「これぐらい造作もない」


 ヘレナが叩き込まれたAIキラーの攻撃エージェントを無力化する。一瞬で。


『攻撃エージェントが無力化されたぞ!』


『敵のアイスの解析急げ。解析完了まで即席攻撃エージェントで足止めせよ。下手をすると白鯨のときのようにリアルタイムでアイスブレイカーを学習され、攻撃エージェントを解析される恐れがある』


 足止め目的の攻撃エージェントが放たれ、ヘレナはそれを退け続ける。


「こちらからもやるよ! 攻撃エージェント発射! ぶちかませっ!」


「いくよ!」


 ベリアとロスヴィータもタスクフォース・エコー・ゼロに向けて攻撃エージェントを叩き込んでいく。


「俺は何をしたらいい?」


「何とかTMCのマトリクスから脱出する手段を探して! エストニアに何としても逃げるんだよ! このまま国連チューリング条約執行機関とやり合ってたら、六大多国籍企業も騒ぎをかぎつけてやってくるから!」


「了解。なんとか脱出手段を探しましょう」


 暁がTMCのマトリクスから脱出する方法を探す。


目標ターゲットアイス解析できず! 白鯨由来の技術とも違う法則のプログラミング言語で動いています!』


『なんてこった。可能な限り情報を集めろ。フルスキャンデータが取れれば文句はない。給料分だけやるぞ』


 国連チューリング条約執行機関がヘレナのフルスキャンを目指す。


「ヘレナがフルスキャンされてるよ。どうにかしないとヘレナがコピーされちゃう。そうなったらいずれ国連チューリング条約執行機関から六大多国籍企業が圧力をかけて、ヘレナ君を奪う」


「全く。次から次に。欺瞞エージェントを展開! フルスキャンを妨害する! 暁、急いでエストニアへのアクセスルートを確保して!」


 ベリアがタスクフォース・エコー・ゼロによるヘレナのフルスキャンを妨害するためにフルスキャン時にノイズを生じさせ、フルスキャンにエラーを吐かせる欺瞞エージェントを大量にばらまいた。


「ジャバウォック! 新しい攻撃エージェントを生成! 雪風のデータベースをフル活用して! ロスヴィータ、トラフィックに異常はない!?」


「待って。国連が布いたマトリクス封鎖を突破した痕跡がある。新手だ。タスクフォース・エコー・ゼロじゃない。六大多国籍企業だよ!」


 ロスヴィータの叫びと同時に国連権限で布かれた封鎖を突破してハッカーたちが突入してきた。六大多国籍企業系列の民間軍事会社PMSCに所属する電子戦部隊だ。


『封鎖が突破されました! 複数のハッカーを確認!』


『こちら国連チューリング条約執行機関。所属不明のハッカーに告げる。直ちに退去せよ。我々は国連チューリング条約憲章に基づいて与えられた権限に則り行動中。妨害は国際犯罪として扱われる恐れがある』


 六大多国籍企業の電子戦部隊を相手にタスクフォース・エコー・ゼロの指揮官が警告を発する。


 だが、警告にはほとんど力がない。仮に国連チューリング条約執行機関の活動を妨害し、国際司法裁判所ハーグで判決が下されても六大多国籍企業は無視できる。


目標パッケージを捕捉。タスクフォース・エコー・ゼロが邪魔だ』


『無視しろ。連中は我々に攻撃できない。目標パッケージの確保を最優先。エスコートを排除しろ。脳を焼き切れ』


『了解』


 大井系列の民間軍事会社PMSCである太平洋保安公司の情報作戦事業部、メティスの白鯨派閥についた保安部の情報戦部隊、グローバル・インテリジェンス・サービスの戦略電子支援群。


 それらがベリアたちとヘレナを攻撃しようとする。


「BAR.三毛猫で仕掛けランをやった連中より反射速度も速いし、アイスの展開速度も段違い。こいつらただのハッカーじゃないよ」


「もしかして電子サイバー猟兵イェーガー? 脳にインプラントを植えこみまくって電子戦に特化した機械化をした連中。噂には聞いていたけど、本物に出くわすのは初めて」


「流石は六大多国籍企業のお抱えってところだね。電子戦用のインプラントの上にB埋め込み式IデバイスDに限定AIを埋め込んで、リアルタイムでアイスを再構築させてる」


「こっちも条件はほぼ同じ。電子戦用のインプラントはしてないけど、こっちだってジャバウォックとバンダースナッチに支援されてる!」


 ベリアたちが六大多国籍企業の民間軍事会社に所属する電子サイバー猟兵イェーガーを相手に交戦を開始する。


『ハンニバル・ゼロ・ワンよりシャーリー・ゼロ・ワン。目標パッケージを護衛している敵の自律AIが抵抗している。攻撃エージェントはタイプ・モービーディック・プラス。白鯨由来の技術だ』


『数で制圧しろ。こちらの方が演算力は高い。攻撃エージェントの飽和攻撃でアイスを対応不能にするんだ』


『了解』


 太平洋保安公司の情報作戦事業部の電子サイバー猟兵イェーガーがインプラントで強化された脳でベリアたちのアイスを解析して攻撃エージェントを生成して叩き込み続ける。


「敵の学習能力高いよ! 次々にこっちのアイスと攻撃エージェントを解析されている! そっちからも来るよ! ジャバウォック、解析急いで!」


「数が多過ぎるよ! 攻撃が激しい! このままじゃジリ貧だ!」


 ベリアとロスヴィータはタスクフォース・エコー・ゼロを含めて4つの勢力から攻撃されるのに対応が困難になり始めていた。


「暁! アクセスルートはまだ確保できてないの!?」


「まだだ。TMCサイバー・ワンは待ち伏せされている。外から迷宮回路とブラックアイスが展開されている。他に脱出できるルートを探さないとな」


「急いで!」


 ベリアが暁を急かす。


「……うんざりだ。本当にうんざりだ。肉に群がる腐肉食動物スカベンジャーどもめ。私の前から消えろ」


 ヘレナがそう言って全ての攻撃エージェントを無力化してしまう。


 一瞬で。


『攻撃エージェントが無力化されただと。どうなっている。目標パッケージアイスの解析結果は?』


『タイプ・ニューロノミコンです! 解析できません! 敵のアイスは現在のデータベースでは解析不可能!』


『クソ。通信負荷ばかりが増して来た』


 ヘレナ──マトリクスの魔導書を巡る四勢力の争いは過激化していき、TMCのマトリクスに大きな通信負荷を生じさせ始めていた。


『スカー・ゼロ・ワンより全部隊。ネロとヤヌスを投入する。このまま通信負荷をかけていき、他の連中と目標パッケージの行動を困難にするぞ。攻撃エージェントを生成し続けろ』


『了解』


 グローバル・インテリジェンス・サービスの戦略電子支援群の電子サイバー猟兵イェーガーがそう合図し、封鎖されているはずのTMCのマトリクスにネロと自律AIヤヌスが姿を見せる。


「また会ったな! 今度はぶちのめさせてもらうぜ!」


「相手になってやる! かかってこい!」


 ネロが叫ぶのにベリアが叫び返した。


 両者が攻撃エージェントを叩き込み合い、通信負荷がさらに増大していく。


アイスの再展開にラグが生じ始めているよ、ベリア! このままじゃ、脳を焼き切られる!」


「暁! まだなの!?」


 ロスヴィータが大急ぎでアイスを生成し続けるのにベリアが大量の攻撃エージェントで四勢力からの攻撃を送らせようとする。


「見つけた。なんとまあ、国連チューリング条約執行機関のネットワークに乗ってジュネーブまで脱出できる。そこからはお守りのラムネ程度の効果しかない欧州連合EUサイバーC空間S防衛D協定Pを突破するだけだ」


「分かった! 今から連中の検索エージェントや追跡エージェントを攻撃して排除するから、合図したら飛んで!」


「任された」


 暁がそう返した。


「さあ、これを食らえ!」


 ベリアがとっておきの攻撃エージェントを一斉に放つ。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る