アサルト//偵察活動
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──アサルト//偵察活動
東雲たちはTMCセクター9/3の喫茶店を訪れた。
「遅いぞ」
いつものジェーン・ドウの心温まる歓迎と技術者のスキャンを受けて東雲たちは喫茶店の個室に通された。
「運び屋がくたばったと聞いたが」
「暁は死んだよ。あんたなら犯人を知ってると思ったんだが」
「あいにく運び屋なんて腐るほどいる。いちいちそいつらの状況を把握しておくのは俺様の仕事じゃない」
「そうかい」
ジェーン・ドウが心底どうでも良さそうに語るのに東雲は肩をすくめた。
「とはいえ、少しばかり悪戯坊主どもがTMCの暴れたのは気に入らん。連中の
「おい。それってまさか」
「そうだよ。例の吸血鬼だ。グローバル・インテリジェンス・サービスの連中に襲撃された。電子戦で無人警備システムを制圧され、手品のように吸血鬼は姿を消した。中に狩り損ねたモグラがいたとしても結構な腕前だよ」
ジェーン・ドウがうんざりしたようにそう言った。
「で、俺たちの
「馬鹿言え。今ごろとっくにロンドン行きの飛行機に乗ってる。もはや、今の段階では奪還は期待できない。大井医療技研の保安部は粛清を始めているだけだ」
「じゃあ何をするんだ? お別れ会か?」
「アトランティス・バイオテックのTMC支社を襲撃してもらう。正確にはアトランティス・バイオテックのTMC支社が入っているセクター2/1のアトランティス・ユナイテッド・タワーの襲撃だ」
「テロでもやれってのか? ヘレナを奪還するわけでもなく、特に何の用事もなしにオフィスビルを襲撃しろって?」
「報復だ。殴られたら殴り返す。俺様たちは右頬を殴られたら相手を銃殺していい世界で生きてるんだ。これだけ舐めた真似をしてくれたんだからアトランティスのクソ野郎どもには思い知ってもらわないとな」
「おいおい。テロをやりたいなら爆弾でも放り込めよ」
ジェーン・ドウが言うのに東雲は手を振った。
「お前らが爆弾を使いたいなら使ってもいいぞ。ただし、アトランティス・ユナイテッド・タワー以外に影響が及ばない爆弾だがな」
「爆弾を調達する伝手はなくてね。あんたが準備してくれないか」
「ふざけるな。俺様はお前らに仕事を斡旋してやるだけだ。仕事道具は自分たちでどうにかしろ。それともおしめも替えてもらわなきゃ
「はいはい」
ジェーン・ドウの嫌味に東雲が肩をすくめる。
「まあ、手当たり次第に暴れまわっても構わないんだが、こっちとしてはふたつ重要目標を破壊してもらう。アトランティス・バイオテック支部長とデータサーバー」
「ふむ。他はどうでもいいのか?」
「ただのアトランティスの社員を惨殺してもしょうがない。俺様の依頼主は相手が嫌がることをご所望だ。それについては連中が後生大事にしているデータサーバーと相手側の責任者をぶっ壊すに限る」
ジェーン・ドウがそう言ってアトランティス・バイオテックのTMC支部長の情報を東雲のARデバイスに送信する。
「あいよ。じゃあ、その
「大井統合安全保障は今夜23時から翌日14時までセクター2/1のアトランティス・ユナイテッド・タワーを警備手続きから外す。その間にやれ。大井統合安全保障が見逃すのはそれまでだ」
ジェーン・ドウはそう言って出ていけというように個室のドアを指した。
東雲たちはそのまま喫茶店から出ていく。
「さて、
「賛成だ。それから八重野に連絡しておけよ」
「もちろんだ。それからベリアにも連絡しないとな。マトリクスからアトランティス・ユナイテッド・タワーをどうにか出来たらそれでお終いだ」
呉が言うのに東雲がARでまずは八重野に連絡を取る。
「八重野。
『分かった。準備して、すぐに向かう』
八重野はそう言って連絡を切った。
「ベリア。今大丈夫か?」
『大丈夫。ちょっとばかり失われた自然に思いを馳せて、ちっとも情報を漏らさないルナ・ラーウィルに腹を立てていたところだから』
ベリアが皮肉気にそう言った。
「これからアトランティス・ユナイテッド・タワーに
『わお。アトランティスの日本最大の拠点に
「冗談で言ってるんじゃないだ。大井統合安全保障があと1時間で警備から外すからその間にやらないといけない。できるか?」
『やってみる。けど、油断はしないでね』
「もちろんだ」
東雲たちはまずは車で八重野を駅まで迎えに行く。
「アトランティス相手の
「ジェーン・ドウは大層ご立腹でね。ヘレナが
「分かった。まずは偵察と言ったところか?」
「その通り。ベリアたちもマトリクス上から支援する」
「なら、行こう」
八重野が車に乗り込み東雲たちはセクター2/1というTMCの中核に近い場所に向かう。
セクター2/1は政治中枢であるセクター2/2に隣接しており、
公園に作られたわざとらしい自然はコンクリートと鋼材とガラスで作られた超高層ビルを前に霞んでしまっている。
「相変わらずでけえビルばっか。また
「大層なビルと一緒に心中するんじゃないか。まあ、あれから耐震技術はかなり向上しているし、公園に見える場所もいざというときは大井統合安全保障の防空コンプレックスの一部に変わる」
「本当に大層なこった」
セイレムが返すのに東雲が立ち並ぶビルの群れを見渡す。
「あれが目標のビルだ」
「でっか。何階建てだよ」
「マトリクスの情報によれば129階建て。そのうち90階から105階までがアトランティス・バイオテクに割り振られたフロアだ。アトランティスは正直あまり日本で商売したがらない」
「そりゃこういうことを画策されるんじゃな」
東雲はさもありなんというように頷いた。
「そして、内部の警備はALESSがやってる。どれだけの規模かは分からないが」
「ベリアに頼むしかないな」
東雲たちは高層ビルの立ち並び、大井統合安全保障の軍用四輪駆動車が行き来するセクター2/1で目立たないようにアトランティス・ユナイテッド・タワーの広大な建物を一周していった。
「さて、どうなるやら」
「見たところ、エントランスに重武装の部隊がいるな」
「エントランスからこんにちはしたら蜂の巣かよ」
場が
ベリアたちはマトリクス上からアトランティス・ユナイテッド・タワーの構造物を眺めていた。巨大な構造物で、厳重な
「見るからに不味い相手だね。やれそう?」
「とっておきがあるからね。なんとマトリクスの魔導書由来の技術で作られたアイスブレイカーです」
「わあ。解析できたの?」
「今出回っているマトリクスの魔導書のデータから白鯨由来の技術を取り除き、そしてそれをBAR.三毛猫のストレージにあった解析プログラムを改良して、ジャバウォックとバンダースナッチに解析させた」
ベリアがそう言って解析データをロスヴィータと共有する。
「ふうむ。規則性はかなり見いだせたようだね。けど、マトリクスの魔導書を完全に解析できたわけじゃないんだね」
「そう。完全な規則性を見出すには情報が足りなかった。マトリクスの魔導書の出回っているデータは少なすぎるから」
「データが足りなければ解析もできない。猫の抜け毛から猫の絵は描けない」
「そういうこと。今はただデータが足りない」
ベリアは肩をすくめた。
「でも、使える技術は使う。これは有効なはずだよ。やってみよう」
ベリアはそう言ってアトランティス・ユナイテッド・タワーのマトリクス上の構造物に
「順調。そっちはALESSのTMCに展開している部隊に
「了解」
ベリアがアトランティス・ユナイテッド・タワーに
同じアイスブレイカーはALESSの
「よし。アトランティス・ユナイテッド・タワーの無人警備システムにアクセス。これを無力化することはできるよ」
「ALESSの部隊間ネットワークにもアクセスできたけど、行動を起こしたら一瞬で奪還されると思う。どこもここも
「無線の傍受は?」
「できるよ。静かに行動する分には大丈夫」
「私はアトランティス・ユナイテッド・タワーの監視カメラから部隊の位置を探るからまずは無線傍受から始めよう」
そう言ってベリアがALESSの無線を傍受する。
『
『テキサス・ゼロ・ワンより
『爆発物に警戒せよ。郵便物の開封は制限される。全ての保安手続きの完了した郵便物以外のビル内での開封は禁じられる』
『オーロラ・ゼロ・ワンより
ALESSの無線ではやけに爆弾テロを警戒してる様子がうかがえた。
「エントランスの映像が出た。わお。重機関銃陣地だ。オートマチックグレネードランチャーが設置された陣地まである。自爆テロをやろうにもこれじゃ爆発させる前に蜂の巣にされちゃうよ」
「ALESSの通信装備が愚痴を拾ってる。聞いてみよう」
ベリアが要塞と化したエントランスを見てため息を吐くのに、ロスヴィータがALESSのネットワークからコントラクターたちの言葉を拾う。
『どうなってるんだ? 対テロ警報アージェント・オレンジは最大限の警戒をしろって命令だぞ。テロの予告でも出たのか?』
『知らねえよ。そこに行って、そこを守れってのが上の命令だ。軍隊にいたときと同じだ。変わりやしない。上官はいつも情報を出し渋るんだ』
『フーヴァー・ビルのようなことにはならないだろうな……』
『手製爆弾でふっ飛ばした奴か。あれの身元確認はまだ終わってないらしい。他人の肉片で汚染されてDNAからも身元が分からない死体があるんだと』
『最悪だな。そんな目に遭うぐらいなら先にぶちのめしてやる』
ALESSのコントラクターたちはこのように会話していた。
「東雲。敵は爆弾テロを警戒してエントランスに自爆トラック対策の陣地を作っている。迂闊に入ったら蜂の巣だよ」
『ああ。最悪。どうすりゃいい?』
「幸い、無人警備システムは機能しない。こっちで掌握してるから。それからこっちで陽動を仕掛けるよ」
『そりゃあありがたいな。だが、具体的に何をするんだ?』
東雲がそう尋ねて来た。
「成田国際航空宇宙港の意趣返しだよ」
ベリアはそう言って不敵に笑った。
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