企業亡命//残業手当

……………………


 ──企業亡命//残業手当



 爆発が収まった。


「無事か……」


「クソ。やってくれやがる。あたしは無事だ」


 東雲が立ち上がるのにセイレムが答える。


 辺りは煙に覆われ、死体やスーツケースが転がっている。


「無事だ! 他の連中は!?」


「八重野! 八重野! 無事か!?」


 呉が叫び、東雲が呼びかける。


「無事だ。ルーカスも無事だ」


 くたびれ切った声で八重野が返事を返す。


「クソ。無茶苦茶しやがる。空港にドローンを突っ込ませるなんて」


 東雲が爆発が起きた空港内を見渡した。


『東雲。大井統合安全保障が回復に乗り出した。見つかる前に逃げた方がいいよ』


「あいよ。全く。八重野、呉、セイレム。大井統合安全保障が動いてる。逃げるぞ」


 東雲がそう言ってルーカスを八重野とともに守り、成田国際航空宇宙港の出口に向かう。大井統合安全保障が駆け込んできて、被害状況を確認し始めている。


『足を準備した。乗って』


「乗り込め!」


 装甲バンが成田国際航空宇宙港の出口に滑り込み、東雲たちが乗り込む。


『番組の途中ですがニュースです。成田国際航空宇宙港にて爆弾テロとの情報が──』


「もう報じてやがる。珍しいこともあるものだ」


 車のテレビがニュースを伝えるのに東雲が呟く。


「東雲。目的地は?」


「セクター9/3のホテルだ。真っすぐ向かうぞ」


 八重野が尋ねるのに東雲がハンドルを握りながら答える。


「ベリア。不審なドローンやハッキングは?」


『ないよ。敵は撤退したみたい。今、セクター9/3までの道路情報を見てるけど不審な車両なし。ドローンもロスヴィータが確認しているけど所属不明機は存在しない』


「いい知らせだ。これ以上のトラブルはごめんだからな」


 東雲は高速道路を走ってセクター9/3に向かう。


 工業地帯と港湾区域が広がって行き、セクターが下るにつれて景色がどんよりとしたものへと変わっていく。


「不審な車両を見つけたら警告してくれ」


「分かった」


 八重野がそう言って見張りに着く。


 だが、そのままトラブルらしいトラブルもないまま東雲たちはセクター9/3へと入った。セクター9/3の治安は大井統合安全保障によってそこそこに維持されている。


「よーし。着いたぞ。ルーカスは死んでないな?」


「あたしが見る限り生きた人間に見えるよ」


 東雲が後部座席をのぞき込むのにセイレムがそう言った。


「じゃあ、俺から降りるから狙撃手に警戒してルーカスを降ろしてくれ」


 東雲は周囲に立ち並ぶホテルなどの建物を見渡す。この地域は寄港した船員たちが宿泊する場所でもある。そのため娯楽施設や宿泊施設が充実している。


「狙撃手はいない」


「ルーカス。こっちだ」


 狙撃手の有無を確認したのち、東雲たちはルーカスをホテルに移送した。


 エレベーターに乗り込み、指定されたフロアに向かう。


「お使いはできたようだな」


 ジェーン・ドウが指定された部屋で技術者と民間軍事会社PMSCのコントラクターたちと一緒に東雲たちを待っていた。


「ほら。目標パッケージだ。生きてるぞ」


「当り前だ。俺様は死体をはるばるニューヨークから運んで来いとは言ってない」


 東雲がルーカスをジェーン・ドウに引き渡すのに、ジェーン・ドウが鼻を鳴らした。


「ルーカス博士。一緒に来てもらう。待遇については話し合った通りだ。より具体的な詳細は担当者と話し合ってくれ。それからもう一度スキャンを受けてもらう。それが終わったら安全な場所に移送する」


「分かった」


 ジェーン・ドウがルーカスにそう言い、ルーカスは技術者たちに別室に連れていかれた。技術者たちはいつものようにルーカスをスキャンするのだろう。


「報酬だ。50万新円。よかったな。借金が返せるぞ、ちびのサイバーサムライ?」


 ジェーン・ドウはそう言って50万新円がチャージされたチップを4人分東雲に向けて渡した。東雲はそれを受け取る。


「じゃあ、帰っていいか?」


「いいぞ。帰れ」


 ジェーン・ドウがそう言い、東雲たちはホテルを出る。


「なあ、飯食いに行こうぜ。この前はいろいろあって打ち上げできなかったけど今回はいいだろ?」


「気楽なもんだな。まあ、賛成だ。ここら辺で美味い店知ってるか?」


「知ってるぜ。鯨肉を出す店があるんだ。鯨って食ったことあるか?」


「どうせ合成品だろ」


「よくできた合成品なんだよ。それに俺も天然ものの鯨肉なんて食ったことないから、合成品でも違いが分からないのがいい」


「そういうもんだよな」


 東雲と呉がそう言って暢気にバンに乗り込む。


「酒は?」


「合成品だが安全基準はクリアしてる。妙な混ぜ物はなし。工業合成アルコールに合成調味料の代物だ。ここら辺は外国人も相手にしてるから強い酒だぞ」


「そいつはいい」


 セイレムがにやりと笑った。


「鯨肉の他には何があるんだ?」


「居酒屋だからいろいろあるぞ。から揚げとか焼き鳥とか刺身とか」


「野菜が食べたい」


「サラダもあるよ。便秘か?」


「お前、女性にそういうことを聞くのか?」


 八重野が心底呆れた表情をして東雲を見た。


「美味い飯食って、酒飲んで、仕事ビズのストレスを晴らしてから帰ろうぜ。今回の仕事ビズはマジで最悪だったからな。無人戦闘機には撃墜されかかるし、アトランティスの特殊作戦部隊には狙われるし」


「全くだな。で、今度はどこに行かされるやら。このままの流れだとロンドンか?」


「勘弁してくれよ。アトランティスの総本山じゃねーか。今回の仕事ビズどころの騒ぎじゃなくなるぞ。トロントに殴り込んだときも危うくジャクソン・“ヘル”・ウォーカーにミンチにされかかったんだぜ?」


 呉がそう言うのに東雲が肩をすくめる。


「だが、大井はアトランティスと揉めてる。それも深刻に。今回の件でアトランティス側からの報復がないとは考えられないな」


「TMCに殴り込んでくる分には迎え撃ってやる。だが、もう海外出張はごめんだよ。命がいくらあっても足りやしない」


 東雲はそう言ってセクター9/3の道路を走る。


「さて、と。ここからは歩きだ。TMCはニューヨークと違って路上駐車は禁止だからな」


 東雲はセクター9/3の交通ハブの駐車場に車を止めて、そこからは歩きで居酒屋へと向かっていった。


 セクター9/3の通りは韓国語、中国語、英語、フィリピン語の看板がネオンとホロで輝いている。ここは基本的に船乗りたちの街なのである。セクター13/6も外国化しているが、ここはさらに顕著だ。


 だが、治安そのものは大井統合安全保障によって保たれている。


「ここだ、ここ。さあ、入ろうぜ」


 居酒屋“海鮮処『鯨腹』”と書かれている居酒屋に東雲たちは入った。


「いらっしゃいませ、お客様」


「4名で。案内頼む」


「畏まりました」


 東雲が案内ボットに言うと案内ボットが東雲たちをテーブルに通した。


「俺は鯨肉の刺身とから揚げ。それからビール」


「俺は冷や奴と枝豆。それからビール」


「あたしは焼き鳥と刺身。それからビール」


「私はサラダ盛り合わせ。それからウーロン茶」


 東雲たちが注文を出す。


「肉食べろよ。ベジタリアンにでもなったのか?」


「どうせ同じ合成タンパク質だ。それなら、最初はさっぱりとしたものから始めたい。それだけだ」


 東雲が言うのに呉がそう返す。


「それにしてもきな臭い案件になったな。ルナ・ラーウィル。こいつはどうにも怪しい。こいつが事件の裏側にいる可能性もあるんだろう」


「ハッカーに調べてもらったらどうだ?」


「そうしよう」


 東雲がベリアに連絡を取る。


「ベリア。ルナ・ラーウィルって人間について調べてくれないか?」


『いいよ。それってアトランティスの人間だよね?』


「そうだ。どうも今回の一件に関わっているらしい」


『わお。それはハードな仕掛けランになりそう』


 ベリアがそう言って肩をすくめる。


「頼むぜ」


『オーキードーキー』


 そこでベリアとの連絡が切れた。


 そして、その後すぐに着信があった。暁だ。


『東雲。今どこにいる?』


「セクター9/3の居酒屋だ。どうした?」


『今回の仕事ビズについて情報を共有しておきたい。いろいろと気になる点もあったことだしな。会えるか?』


「ああ。居酒屋“海鮮処『鯨腹』”って店にいるから来いよ。今住所を送った」


『確認した。すぐに行く』


 暁はそう言って連絡を切った。


「誰からだ?」


「暁。こっちに来るってさ」


「ふうん。終わった仕事ビズの仲間と会うのはジェーン・ドウがいい顔をしないんじゃないか……」


「俺たちだってこうして飯食ってるんだから大丈夫だろ」


 東雲はそう言って鯨肉の刺身を口に運んだ。


「そう言えば結局ニューヨーク土産って何買ったんだ?」


「あ。忘れてた」


「そんなことだろうと思ったよ。今のニューヨークに土産らしい土産もないし、土産話でいいんじゃないか?」


「そうしとこう」


 呉が呆れたように言うのに東雲がビールを呷る。


 合成品のビールは妙な化学薬品感があるが、冷えていれば飲めないこともない。


「合成品の質がいいな。確かにこれはいいものだ」


「八重野、サラダばっかり食べてないで肉も食えよ」


 セイレムがそう言いながら料理を食べつつ度数の高い酒を呷るのに、東雲がサラダをもくもくと食べている八重野にそう言った。


「いずれ肉も食べる。今は食物繊維を取りたい」


「食物繊維って合成品にも含まれてるのか?」


「含まれている。食物繊維も合成できる。知らなかったのか?」


「知らなかったよ」


 八重野はもくもくとサラダを食べ続け、ときどきウーロン茶を飲んでいる。


「東雲」


「おう、暁。早かったな」


 東雲たちが盛り上がっているところに暁がやってきた。


「それで仕事ビズに関して共有しておきたい情報っていうのは?」


「今回の企業亡命に関してだ。アトランティスの研究者がどういう理由で企業亡命を選んで、そしてどういう理由で引き抜き側がそれに応じたか」


「ルーカスが企業亡命を決意したのはルナ・ラーウィルって経営陣のひとりのせいだとさ。そいつが不老不死を望んだかららしい。少なくともルーカスはそう言っていた」


「なら、引き抜き側が望んだのは不老不死の技術か?」


「さてね。純粋に生物情報学者が欲しかったとか?」


「それはないだろう」


 暁がそう返す。


「まあ、とりあえず何か頼めよ」


「ああ。そうし──」


 暁が注文をしようとしたとき、銃声が鳴り響いた。


 けたたましい機関銃の射撃とグレネード弾による攻撃が居酒屋に叩き込まれ、居酒屋に破壊の嵐が吹き荒れる。


『セイレーン・ゼロ・ワンよりセイレーン・ゼロ・フォー。目標ターゲットの死亡を確認。本隊と合流して撤退せよ』


『セイレーン・ゼロ・フォー、了解』


 そして、襲撃者たちが姿を消す。


「クソッタレ! 全員、大丈夫か!?」


「こっちは無事だ!」


 東雲が起き上がって叫びのに呉がそう返した。


「こっちも無事だ。辛うじてな」


「暁が撃たれた。出血している!」


 セイレムが答え、八重野が叫ぶ。


「クソ。今、大井統合安全保障の救急医療サービスに連絡する。金はかかるが今は仕方ない。助かるはずだ」


「出血が激しい」


 東雲が大井統合安全保障の救急医療サービスに連絡する。法外な料金を取られるが、迅速かつ正確なサービスが売りの民間医療事業だ。


「ダメだ。死んだ」


「畜生」


 八重野が血塗れの手で言うのに、東雲が居酒屋の床をダンと蹴った。


……………………

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